表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第40局 ぼくらの夏休み(2015年7月下旬)
427/681

415手目 不破楓の夏休み

※ここからは、不破ふわさん視点です。

 大会の翌日、あたしは歩夢あゆむの部屋で寝っ転がっていた。

 『将棋ワールド』を読む。ぶっちゃけ飽きてきた。

 歩夢はカーペットのうえに座り、背の低いテーブルにむかって勉強中。

「うーん、ここがこうなって……100グラムの水の浮力は、1ニュートンだよね?」

 あたしは「知らね」と答えた。

 歩夢は教科書を確認する。

 あたしは『将棋ワールド』を閉じて、わきにおいた。

「なあ、まだ終わんねぇの?」

「夏休みの宿題だからね。すぐには終わらないよ」

 あたしはタメ息をつく。

「あのなぁ、7月中に夏休みの宿題全部やる必要ないだろ」

「そのほうが楽じゃない? 不破さんもいっしょにやる?」

天堂てんどうは夏休みの宿題とかないの。あってもだれもやんねーし」

 ちぇッ、せっかく髪も染めなおして、ちょいと気の利いた服装で来たんだけどな。

 なんの反応もねーや。

 あたしは仰向けになる。

「だいたい、なんであたしの応援に来なかったんだよ?」

「んー、ちょっと用事があった」

「あたしの応援よりだいじな用事ってなに?」

「……」

 黙秘権か、くそぉ。

 めんどくさかったとか、そういう理由なんだろうな、たぶん。

 駒桜こまざくらからH島市内へ出るのは、そんなに簡単じゃない。

 あたしはそれ以上追及しなかった。室内をみまわす。

 こいつの部屋、ほんとになにもないよな。

 勉強机、本棚、ベッド、接客用の背の低いテーブル。

 あと、ノートパソコンや目覚まし時計を置く金属製のラック。

 入り口の近くの壁には、詰将棋カレンダー。

 アイドルのポスターはないし、アニメキャラのフィギュアもない。

 いや、じつはベッドのしたに……ないな。

「おまえ、エ○本とかどこに置いてるの?」

「それ女子高生がしていい質問じゃないよね」

「ハァ……なんかおもしろいことしようぜ」

「目隠し将棋?」

 あたしは起き上がって、歩夢にアイアンクローをかました。

「すこしは将棋からはなれろ」

「あいたたた……じゃあ、不破さんが決めてよ」

 よし、この不破さまが決めてやるぜ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………むずかしいな。

「やっぱ歩夢あゆむが決めろ。将棋以外でな」

「えー、その縛りはキツいなあ」

「おまえ、将棋以外のことをまったく考えないわけじゃないんだろ?」

「人間だからね。24時間おなじことを考えるのはムリだよ」

「だろ? ほかになに考えてるのか教えろ」

 歩夢の好みそうな話題って、じつはよく知らないんだよな。

 小学校のころからの付き合いなのに、変な話だ。

 今までいろいろとふってきたが、どれも反応がイマイチだった。

 今回はじぶんから話してもらう。

 歩夢はペンをとめて、天井をみあげた。

「今進行中の王位戦……は将棋か。前期の期末考査は?」

 そんなクソつまんねぇチョイスがあるかよ。

 どうなってるんだ、いったい。

「もういい。あたしが決める……夏休み、どっか行く予定はあるか?」

 歩夢は黙って、カバンをまさぐりだした。

 あのなあ、無視はさすがにキレるぞ。

「おまえ、その態度はないだろ……ん?」

 歩夢は、1枚のチケットをテーブルのうえにおいた。


  実写版 5月のトラ 流れゆくもの

 

「ペアチケットなんだけど、不破さんもいっしょに、どう?」


  ○

   。

    .


「うひゃひゃひゃ……あいつ、いいところあるじゃーん」

 アタリーのお礼がまだだったから、だってよ。

 うはーッ! これはワンチャンあるゼェ──っと、ゲーセンのまえに師匠を発見。

「師匠、おはようございまーす」

「ふ、不破さん、すごいクネクネしながら歩いてたけど、酔っ払ってるの?」

「いやぁ、ちがいますよ。これからデ・ェ・ト、してきます」

 これには師匠もにっこり。

「あ、そうなんだ。楽しんできてね」

 あたしは意気揚々と、駅前のバス停へむかう。

 H島行きの路線で、歩夢が先に待っていた。

「わりぃ、待たせたな」

「だいじょうぶ、まだバスは来て……あ、来たね」

 あたしたちはバスに乗る。うしろの2人席にならんで座る。あたしが窓がわ。

 いつも会ってるけど、こういうのって新鮮でいいよな。

 こう、肩に頭を乗せちゃったりなんかして。

「あれ? 不破さん、もしかして狭い?」

「ちげーよ、察しろ」

「?」

 とりあえず出発だーッ!

 バスは順調にH島へむかう。

 歩夢は……ん? 学生手帳をひらいてる?

 スケジュールの確認……のわりには、ずいぶん考え込んでるな。

「なにやってるんだ?」

「詰将棋」

「そんなの、今はいいだろ」

「このあと並木なみきくんと答えあわせなんだよね」

 なんでまた並木に……ん? このあと?


  ○

   。

    .


 あたしがバス停を降りると、安奈あんなが待ちかまえていた。

 Vネックの白いブラウスに、濃紺のズボン。ばっちりキメ込んでるな。

「おはよう、かえでさん……どうしたの、ムスッとして?」

「おまえらが来るって聞いてなかったの」

「前回もグループデートだったんだし、いいじゃない」

 まあ、そこはいいんだけどな。

 ただ、ふつうは先に言わないか? ドッキリ番組じゃないんだぞ、これ?

 いっぽう、歩夢は並木とごあいさつ。

「並木くん、おひさしぶり。このまえの詰将棋、解けたよ」

駒込こまごめくん、やるね。あとで答えあわせしようか」

 はいはい、将棋から離れる。

 あたしたちは映画館へ移動。

 さすがは100万都市だな。ずいぶんとした人混みだ。

 夏休みだけあって、少年少女も多い。

 歩夢と並木は、よくわからない会話で盛りあがっていた。

 あたしと安奈は、うしろをついていく。

 あたしはポケットに手をつっこみながら、

「なんつーか……ただの仲がいい高校生4人組じゃね、これ?」

 と愚痴った。

 安奈は平然とした顔で、

「彼氏同士の仲がいいのって、ステキじゃない?」

 と返してきた。

 まあ、それはそうなんだが……とりあえず気を取りなおしていくか。

 映画館につくと、電子チケットで入館。

 満席に近いな。人気があるみたいだ。

 あたしたちは前方中央部の席に座る。

 それじゃ、じっくり観るぜ。


  ○

   。

    .


 終演後、あたしたちは遅めのランチタイム。

 四越よつこしデパートのレストラン街で、イタリアン。

 小分けにして食べられるように、いろんなものを注文した。

 サラダ、ピザ、牛肉の4点盛り。デザートはあとでいいよな。

 奥のソファーにあたしと安奈、通路がわの椅子に歩夢と並木。

 男子ふたり組は、映画で観た将棋の内容について議論していた。

 あたしと安奈は、べつの切り口で語り合う。

「奨励会に専念したいから別れるってシナリオ、安奈はどう思った?」

「そうね……彼女に支えてもらうことを拒む理由が、あいまいだった気がする」

「安奈らしい感想だな」

「楓さんは?」

「んー……なんで将棋に命賭けてんの、って訊く」

「楓さんらしいわね。でも、言い方によっては喧嘩けんかになりそう」

 たしかに……っと、メニューが運ばれてきた。

 まずはサラダ。あたしたちは小皿にとりわける。

 ヨーグルトドレッシングか。いただきまーす。

「……うん、うまいな、この店」

 あたしの舌鼓したづつみに、並木は、

「ここは市内でも評判のお店なんだ。気に入ってもらえてうれしいよ」

 と教えてくれた。

 なるほどね。メニューの価格をみたとき、ちょっとヤバいな、という気はしていた。

 支払いはどうするんだろうな。割り勘か。そんなに持ってきてないんだが。

 ま、とりあえずは食事を楽しむ。なるようになるだろ。最悪、借りればいい。

 あたしたちは次第に、4人で共通の会話をするようになった。

 2回目のグループデートだから、瑣末さまつな質問はスキップ。

 わりとつっこんだ会話になった。

 とくに並木が、

「そういえば、夏休みのまえに進路相談があったんだよ」

 と言い始めたとき、安奈は聞き耳をたてた。

 並木は歩夢のほうをむいて、

「1年生だからまだ迷ってるけど、情報系がいいかな、と思ってる。歩夢くんは?」

 とたずねた。

 こんどはあたしが聞き耳をたてる。

 歩夢はピザを小皿にもどした。

「……とくに決めてないね」

「おおざっぱな分野は? 機械とかバイオとか」

「僕の姉さんは理学部なんだ。材料の話とか、ちょっとおもしろいと思う」

「あ、いいね。物性にも機械学習は応用できるから、僕も関心があるよ」

 なんだかマニアックな会話になってきた。

 あたしがそう思っていると、並木はあたしたちのほうへふりむいた。

正力しょうりきさんは、どう? 将来の夢とか、ある?」

 安奈はフォークとナイフをとめて、

「私は金融に興味があるの」

 と答えた。

 へぇ、そこで話を合わせないんだ。わりと芯があるな、こいつ。

 並木は感心して、

「金融もおもしろそうだよね。銀行? それとも証券会社?」

 と、これまたつっこんだ質問をした。

「どちらかといえば、証券かしら。外資系の金融とか、かっこいいわよね」

「そっか……不破さんは?」

 あたしにも振ってくるのか。

 あたしはジュースを飲みつつ、しばらく思案した。

「……とくに決まってないね。そもそも、地元を出るのかも決めてない」

 本音だ。

 駒桜は、いい街だと思う。けど、けっきょくは地方都市。

 出世するなら出ていかないといけない。

 でも、出世する意味ってあるのか? それも分かんないんだよね。

 天堂の生徒は、ほとんどが高卒で就職する。女なら結婚するやつもいる。

 あたしは、空になったグラスをズズッと音がするまですすってから、

「並木は、なんで急に進路の話をし始めたんだ? まだ1年生の夏休みだろ?」

 とたずねた。

 並木は、なぜかすこし動揺して、

「あ、うん、そうだね……ごめん、変な質問だったかな」

 と謝った。

 待て待て待て、安奈から殺気がただよってくるだろうが。

 あたしは悪くない。

 そのあとは、もっと明るい話題に変えた。

 クラスで起きたバカ話とか、そんな感じ。

 3時間ほど居座って、ようやく解散。

 デザートは、ホットチョコレートをたっぷりかけたバニラアイスを食べた。

 いやぁ、料金がたいへんなことになってんじゃないのか。

 あたしは伝票を確認しようとした。

 ところが、ボードをひっくり返すまえに、並木がそれをひろった。

「不破さんと正力さんは、先に出て待っててよ。僕と駒込くんで支払うから」

 あたしたちは遠慮したが、歩夢も並木もゆずらなかった。

 レストランを出て待つ。

 あたしはポケットから飴玉をとりだして、口直しにほおばった。

「んー、いいのかね。わりと高かったんじゃね?」

 あたしのひとりごとに、安奈は反応しなかった。

 なんだか緊張した面持ちだ。

「どうした? 腹でも痛いのか?」

「すごく、いい感じに進んでいると思う……」

「なにが?」

「ここ、H島でも有名なデイトスポットなのよ。わざわざ予約を入れて、しかも将来の話まで……これってもう、お見合いみたいなものでしょ。心臓が破裂しそう」


  ○

   。

    .


「うひゃひゃひゃ……あ、師匠、おはようございまーす」

「ふ、不破さん、またクネクネしてるけど、どうしたの? 酔っ払ってるの?」

 いやぁ、これがクネクネせずにいられますかってんだ。

 これってもう、お見合いみたいなものでしょ──だってよ、うはーッ!

 歩夢も支払いに同意してたし、並木と相談済みだったってことだよなぁ。

 つまり、歩夢もお見合い気分。ムフフフフ。

「師匠、春って来るんですねぇ」

「春はこのまえ終わったばかりだよ……」

「不破楓、青春へむかって邁進まいしんしまーす」

「こ、交際相手に、変なクスリでも飲まされたのかな……菅原すがわら先輩に相談しなきゃ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ