413手目 野性の論理
※ここからは、桐野さん視点です。
えへへぇ、ついに決勝戦なのですぅ。
素子ちゃんあいてに、気合いバリバリでいきまぁす。
「桐野先輩、よろしくお願いします」
素子ちゃんは、長い髪をなでなで。
「よろしくお願いしまぁす」
もう振り駒は済んでるのですぅ。お花が後手ですぅ。
あとは晶子ちゃんの開始待ちでーす。
「準備はよろしいですか? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまぁす」
チェスクロ、ポチポチ。
7六歩、3四歩、2六歩、8八角成、同銀、4二銀、2五歩、3三銀。
「ここまでは計算するまでもありませんね。4八銀です」
「2二飛ぃ」
お花のほんわか向かい飛車を食らうのですぅ。
6五角、7四角、4三角成、4二金、6一馬、同玉。
定跡サクサク、スナックスぅ。
7五金、7二玉、6八玉、3五歩、7八玉、5四歩。
「桐野先輩のバランス感覚は絶妙なので、どう組むか楽しみです。7七銀」
期待されると緊張しちゃうのですぅ。へいじょうしーん。
6二銀、7四金、同歩、4六歩、3四銀、4七銀。
うにゅにゅ、攻めるか守るかの考えどころなのですぅ。
先手は矢倉ちゃんか雁木ちゃんで、ほぼまちがいないと思いまぁす。
「金銀3枚なのか4枚なのか、それが問題ですぅ」
「シェイクスピアですか?」
将棋でぇす。3三桂。
素子ちゃんは、髪をなでなで。
「機会をみて2五桂ポン……なるほど」
素子ちゃんは5六銀。
うにゅぅ、これは態度保留の手なのですぅ。
6七銀と引けば雁木、引かずに攻め駒もありえまぁす。
ただ、お花の勘では前者なのですぅ。
「……6四歩ぅ」
「後手も盛り上がってきますか。とりあえず囲います」
8八玉、2一飛、7八金、6三銀、6六歩。
角打ちに気をつけながらMAXまで広げるのですぅ。
お布団と自陣は、広いほうがいいのですぅ。
7三桂、5八金、9四歩、9六歩、8四歩。
「これ以上の保留は無理ですね……6七銀」
矢倉じゃなくて雁木ちゃんでしたぁ。
ここは考えどころですぅ。
お花のパッションは攻めろと言ってまぁす。
「突撃ぃ、2五桂」
次に3七桂成を狙うのですぅ。
「3七桂成、同桂、3六歩、4五桂で桂馬は助かりますが、と金ができますね」
3七歩成が入れば、優勢でぇす。
「では、3八飛で」
ここで桂成りは意味がないのでぇ、いったん手待ちですぅ。
「4三銀」
「こちらは手待ちが難しいことも計算済み、と」
「計算とかしてませぇん」
ここで素子ちゃん長考ぉ。
考えてる姿もかわいいですぅ。
「……こちらも攻めます。4五歩」
「3六歩ぅ」
同歩、5五角、4四歩、同銀、4八飛。
素子ちゃんは、争点を変えてきたのですぅ。
1九角成は、4四飛のときに金が浮いてるからできませぇん。
「……4五歩ぅ」
「我慢してきましたね」
「おいしいものを食べるまえにグッとガマンすると、もっとおいしくなるのですぅ」
「教育の根は苦いが、その果実は甘い……ですか」
「ふえ? キョウイクってなんのお野菜さんですかぁ?」
「アリストテレスです」
ふえぇえ、知らないお野菜さんばっかりなのですぅ。
2六角、5三銀、4五飛、3二金打、2五飛。
桂馬を取られちゃいましたぁ。ちょっと変わった取り方なのですぅ。
でもでも、香車をひろえるので、おあいこでぇす。
「1九角成ぅ」
「7五歩です」
うにゅにゅ、強いのですぅ。
2四香は5三角成、同金のスキに逃げられちゃうのですぅ。
5三角成に2五香は、8三銀、同玉、6三馬、7二銀、7四馬があるのですぅ。
「というわけで、一回受けまぁす。4四歩ぅ」
3七角、1八馬、7四歩、同銀、8六桂。
逃げても7四歩で一手一手ですぅ。
ここは反撃ぃ。
「2四歩ぅ」
素子ちゃんは2二歩でしたぁ。
逃げまぁす。
3一飛、2四飛、2三香、3四飛、3三歩、3五飛。
飛車さんには逃げられちゃいましたが、こっちはめちゃんこ安全になったのですぅ。
「2九馬ぁ」
「7四の地点に紐づけられてしまいましたか……」
これで守備は万全なのですぅ。
「しかし、跳ねるしかありませんね。7四桂です」
同馬ぁ、としたいけど、7五歩があるので、先に飛車の横利きを止めまぁす。
「4五桂ですぅ」
これを見た素子ちゃんは、髪をなでなで。
「角に当てつつ、7四の桂馬の取りきり……おまけに飛車殺しですか……まさに盤上この一手ですね。まいりました。投了です」
うにゅ?
「もう投了ですかぁ?」
「飛車が死んでいますし、後手玉は捕まりません」
うにゅう、ちょっとさびしい終わり方なのですぅ。
でもでも、こういうときに言うことは決まってるのですぅ。
「ありがとうございましたぁ」
というわけで、感想戦でぇす。
「4四歩が飛車の包囲網になっていました。これが痛かったです」
「飛車さんが窮屈なのでイケるかなぁ、と思いましたぁ」
「途中から、狙いが複数の手ばかりになり、対応ができませんでした。こうなると、6七銀と引いた手、あるいは5八金と寄せた手がよくなかったようですね。駒組み負けです」
将棋はむずかしいのですぅ。
そんなこんなで、みんな集まってきましたぁ。
「あれ? お花おねぇの対局、もう終わってるの?」
「大楽勝ってやつですかッ!」
「うーん、男子でも観に行こっか」
あ、お花も九十九ちゃんたちの将棋を観たいのですぅ。
「素子ちゃん、いっしょに観にいきませんかぁ?」
「そうしましょう。この将棋は検討する局面もなさそうなので」
九十九ちゃんの将棋で、お勉強しまぁす。
○
。
.
「2015年度、全国高等学校将棋トーナメント、H県予選、女子個人戦の部、優勝、桐野花殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、ここに表彰します。2015年7月20日、日本高等学校将棋連盟H県支部支部長、月代晶子。おめでとうございます」
「ありがとうございまぁす」
みんなが拍手してくれて、うれしいのですぅ。
男子のほうは九十九ちゃんが優勝してましたぁ。
終盤はハラハラのドキドキだったのですぅ。
「お花殿、日日杯にむけて景気がよいな」
あ、忍ちゃんなのですぅ。
「今日は応援に来てくれて、ありがとうございまぁす」
「拙者は就職組だ。時間はいくらでもある。しかし、丸子殿はよかったのか?」
「べつに1日くらいサボっても落ちませんよ」
さすがなのですぅ。
「でも、お花はもうちょっと指したかったのですぅ」
忍ちゃんはうなずいて、
「げに、あの投了は早すぎる」
と、同意してくれましたぁ。
でも、丸子ちゃんは、
「プロでも、あそこで投げるひとはいるんじゃないですかね。以下、5九角と引くくらいですが、7四馬と桂馬を取られ、さらに3四歩、1五飛、1四歩、1六飛、1五歩で飛車が詰みます。あとは9五歩あたりから攻めて行けば、寄るのではないでしょうか。5九角が壁になっているという悪循環なんですよね、これ」
と、むずかしい解説を語ってくれましたぁ。
「うにゅにゅ、将棋は勘で指すものなのですぅ」
「左様」
「勘もニューラルネットワークの産物なので、本来はロジカルなはずですが」
意見が合わないのですぅ。しかも、にゅうらるなんとかなんて難しい言葉を使うから、素子ちゃんが反応しちゃったのですぅ。
「吉備先輩、ニューラルネットワークに関心があるのですか?」
「あ、いえ、新書で読んだ程度ですよ。ちなみに早乙女さんは、勘を科学的に分析できると思いますか? あるいは、数学的に表現できる、と?」
「人間の行動が物理法則に服していない、と考えるのはオカルトだと思います。オカルトを信じるかどうかは、またべつの問題かもしれませんが……ところで、桐野先輩」
うにゅ、話しかけられたのですぅ。
「なんですかぁ? 続きを指しますかぁ?」
「いえ、さきほどの将棋は私の完敗でした。優勝おめでとうございます。先輩の野性の勘と、私の棋風は相性が悪いようですね。西野辺先輩のように、頭で考えてくれるタイプのほうが、マウントを取りやすいです」
なんだか失礼オブ失礼な気がしますが、お花は気にしませぇん。
「日日杯でも、いい子いい子してあげまぁす」
「そのときはまた、お手合わせ願います。ところで、このあと日日杯の壮行会があるらしいのですが、みなさんは参加なさいますか?」
「パーティーですかぁ? お花、パーティー大好きですぅ」
「拙者たちも参加してよいのか? 拙者も丸子殿も、今季は市代表ですらないが?」
「問題ないと聞いています」
では、れっつらごぉなのですぅ。
場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)
先手:早乙女 素子
後手:桐野 花
戦型:後手ダイレクト向かい飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △4二銀
▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △2二飛 ▲6五角 △7四角
▲4三角成 △4二金 ▲6一馬 △同 玉 ▲7五金 △7二玉
▲6八玉 △3五歩 ▲7八玉 △5四歩 ▲7七銀 △6二銀
▲7四金 △同 歩 ▲4六歩 △3四銀 ▲4七銀 △3三桂
▲5六銀 △6四歩 ▲8八玉 △2一飛 ▲7八金 △6三銀
▲6六歩 △7三桂 ▲5八金 △9四歩 ▲9六歩 △8四歩
▲6七銀 △2五桂 ▲3八飛 △4三銀 ▲4五歩 △3六歩
▲同 歩 △5五角 ▲4四歩 △同 銀 ▲4八飛 △4五歩
▲2六角 △5三銀 ▲4五飛 △3二金打 ▲2五飛 △1九角成
▲7五歩 △4四歩 ▲3七角 △1八馬 ▲7四歩 △同 銀
▲8六桂 △2四歩 ▲2二歩 △3一飛 ▲2四飛 △2三香
▲3四飛 △3三歩 ▲3五飛 △2九馬 ▲7四桂 △4五桂
まで78手で桐野の勝ち




