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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第39局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月20日月曜)
424/681

412手目 起きなかった手渡し

※ここからは、捨神すてがみくん視点です。

挿絵(By みてみん)


 アハッ、まいったね。

 手抜いたわけじゃなくて、ふつうに悪くなっちゃった。

 劣勢──と言いたいところだけど、そうでもないと思う。

 そんなに差はないんじゃないかな。互角まであるかもしれない。

 僕の大局観によれば、ね。先手の攻めは細い。

 飛車を渡すといけないから、とりあえず受けよう。

「3三銀」

 5三金、7二玉、5五馬。

 入玉はムリ。攻める。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 手筋のたたき。

 放置は8七歩成に同金とできない。6八飛成があるからね。

 おなじ理由で、8六同銀もむずかしい。

 御城ごじょうくんは、あごをなでた。

 わりと速い手があって、ちょっと動揺してるっぽい。

「……7六銀」

 先手陣への味つけはできた。

 僕はいったん6二銀と受ける。

 8二と、6一玉、4三金、4二金。


挿絵(By みてみん)


 ベタベタ貼り付けていって、なんとかならないかな。

 じゃっかん必至のかたちになりそうなのが怖いけど。

 4四歩、3四銀引、4二金、同飛、5四馬。

 飛車の横利きで、なんとかなって。

 3二角、7二と、5一玉、3二馬、同飛。

「打ちなおすぞ。5四角」


挿絵(By みてみん)


 うーん……僕はひたいにゆびをあてて、しばらく考え込んだ。

 飛車を逃げるか、それとも4四飛成で自陣に利かせるか。

 4四飛成は、ちょっと消極的過ぎるかな。

 逃げるなら2二だよね。

 ただ、王様が逃げ回るとき、飛車が邪魔になりそう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こうしてみようか。

「4三歩」


挿絵(By みてみん)


 いい手かどうかは分からない。撹乱かくらんぎみの手。

 御城くんはこの手を読んでいなかったらしく、だいぶ長考した。

 のこり時間は、おたがいに少ない。御城くんは1分を切っていた。

 

 ピッ

 

 秒読みが始まる。

 

 ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6二と」

 同飛、5三金、8二飛、4三歩成。

 左への退路はひらけたけど、と金がめんどくさくなった。

 そろそろ反撃しなきゃ。圧殺されそうだ。

「8七金」

 同銀、同歩成、同角、4三銀。

 御城くんは、持ち駒の歩をつまんだ。

「8三歩」


挿絵(By みてみん)


 ……厳しいね。飛車の横利きが消えたら、後手はほとんど丸裸。

 だけど、取らないのも難しい。

 逃げるなら2二しかないけど、3一銀、3二飛、4二歩があるんだよね。

 これが詰めろだから、同銀、同銀成、同飛で、もう一回3一銀。だいぶ苦しい。

 ここで僕も1分将棋になった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同飛ッ!」

 御城くんは6三銀と打つ。

 4一玉、8五歩、4二歩、4三角成。

 切ってきたね。次に2三銀か。

 同飛成としたいけど、同金が再度詰めろだから無意味だ。

「同歩」

 御城くんは銀を器用につまんで、2三の地点へ打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 両サイドからの詰めろ。

 3一銀も5一銀も受けになっていない。

 僕は時間攻めのつもりで、8二飛と引いた。どのみちこれしかない。

 将棋は気合いでなんともならないのが、ツラいよね。

 まあ、ピアノでも気合いじゃ弾けないんだけど。

 あとは御城くんがどう斬ってくるかだ。首を差し出す準備。

 6二銀成(詰めろ)、3二銀、2二金(詰めろ)、同銀、同銀成(詰めろ)。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ? こうしたら、どうするんだろ?

「6二飛」

 僕は飛車を切った。

 御城くんは同金。でも、これは詰めろじゃない。

 もしかして、2手スキでもオッケーと読んだ?

 急にターンが回ってきた。読みなおす。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 御城くんは缶コーヒーに手をかけた。そのまま戻す。

 とりあえず歩を置いたけど……うーん……詰めろではないんだよね。

 まだ先手がいい。5一飛くらいで困るかも。

 僕は自玉の受けを読みすすめた。入玉もまだできないっぽい。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 受けか。主導権が回ってきた。

 僕は7六角で詰めろをかけた。

 3一飛、4二玉、3二飛成、5三玉。

 僕の王様は、急に寄らなくなった。

 御城くんは、ペースがおかしくなったことに気づいたはず。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 御城くんは、すこしあわてた手つきで、9八銀と受けた。

 6九角、5二龍、4四玉──先手の攻めは切れた。

 持ち駒がないから、受けもない。

 御城くんは1分を使い切らず、飛車を取った。

 僕は8七金と打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 御城くんは、静かに目を閉じた。

 チェスクロの数字だけが、時の流れをあらわす。

「……寄せがヘタすぎたな。投了だ」

「ありがとうございました」

 僕は一礼した。

 ギャラリーから、どよめきが漏れる。

 歓声とも落胆ともちがっていた。

 御城くんは腕組みをして、目を閉じたまましばらく沈黙した。

「……最後、後手は寄ってたか?」

「あ、うーん、どうだろう。僕のほうに詰み筋が発生したことは、なかったよ」

「必至は?」

「必至は検討が難しいけど、たぶんなかったと思う」

 僕たちは局面をもどした。

 先手が勝勢、という合意がとれるところまで。

 

【検討図】

挿絵(By みてみん)


 御城くんは8二の飛車をゆびさして、

「その飛車引きが、思ったよりめんどうだった」

 と漏らした。

「引いたときは、やぶれかぶれだったけどね」

金挟きんばさみに近かったから、後手に必至がかかると思ったんだが……」

 そのときだった。

 御城くんのうしろから、並木なみきくんが顔を出した。

「ごめん、ちょっと質問してもいい?」

 御城くんはふりかえって、

「なにか手があるか?」

 と訊き返した。

魚住うおずみくんと観戦中に検討してたんだけど、3六歩で手渡しはどう?」

 御城くんは盤へ視線をもどして、

「3六歩? それこそ受けられて、攻めが切れないか?」

 と反論した。

「3二銀の受けは、2二銀成で寄らないかな?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 御城くんと僕は、この局面に見入った。

 御城くんは唖然あぜんとして、

「そうか……同銀だと壁銀になるのか……」

 とうなった。

 だね。2二同銀は5二金打で詰むよ。

 御城くんは、自分のひたいにこぶしを当てた。

「見落としだな。これなら俺の勝ちか」

 並木くんは、

「あ、でも、1分将棋だったし、僕と魚住くんは5分くらい検討してたから……」

 と、すこしフォローを入れた。

 僕も見落としてたね、これは。

 3六歩の手渡しは考えてなかったし、指されたら負けだったかも。

 御城くんはタメ息をついた。

「ま、それが俺の実力ってことだな。完敗だ」

 ここで、副幹事長の寒九郎かんくろうくんが動いた。

「もうしわけありませんが、撤収の作業もありますので……そろそろ……」

 僕たちはうなずいて、もういちど一礼した。

 そのあと表彰式になり、僕は賞状をもらって壁ぎわへ。

 今日は応援に来ないでね、ってみんなに言っちゃったから、すこしさびしい。

 とりあえず、不破ふわさんと雑談。

「師匠、日日杯にむけて、はずみがつきましたねッ!」

「ありがと。不破さんも、ベスト4はすごいよ」

「いやぁ、ベスト4で威張ってもしょうがないですよ」

 と言いつつ、不破さんもちょっと嬉しそう。

 ふたりでお祝いでもしようか、というところへ、寒九郎くんが顔をだした。

「あ、すみません、椿油つばきゆ立花たちばなです。優勝おめでとうございます」

 なんか他人行儀だね。僕はちょっと警戒してしまう。

「そんなに改まらなくていいよ。どうしたの?」

 寒九郎くんは敬語をやめて、

「じつは、幹事長の提案で、日日杯の壮行会でもどうかな、と……メンバーはだいたいそろってるんだよね。会場は、近くの飲食店を予定してる」

 と言った。

 僕は不破さんのほうをみた。

「どうする?」

 不破さんはきょとんとして、

「どうするもなにも、あたしの許可はいらなくないですか?」

 と答えた。

「ん、まあ、そうだけど……ねぇ、寒九郎くん、これって出場メンバーだけの壮行会? できれば不破さんもいっしょだといいんだけど……」

「かまわないよ。ファミレスじゃなくて、幹事長の知り合いの店らしいし」

 なんだ、じゃあだいじょうぶだね。

 僕はオッケーして、移動を始めた。

 階段を降りたところで、御城くんと出くわす。

「あ、御城くんもこれからいっしょ?」

「さあ、どうしたもんか。紫水館しすいかんから日日杯に出るやつはいない」

「べつにいいんじゃない? おなじH島県なわけだし」

「日日杯は個人戦だろ。県は関係ないと思うけどな」

 たしかに、そうなんだよね。

 これってタテマエは個人戦だから。

「ま、そう言わずにさ、僕からもお願いするよ。魚住くんとかも呼ぼう」

「おいおい、敗者を祝賀パーティーに誘う勝者って構図なんだが、わかってるのか?」

 僕はちょっとひるんだ。

 けど、御城くんは軽く笑って、

「冗談だ。早乙女さおとめ渋川しぶかわも行くらしい。俺も参加せざるをえないな」

 と言った。

 僕たちは公民館のそとに出る。まだ空は青い。

 蒸し暑い空気が、右から左に流れた。

 歩道まで出ると、麦わら帽子をかぶった魚住くんが、

「あんちゃんたち、遅かったね。先発組は移動しちゃったよ」

 と声をかけてくれた。

 御城くんは、

「主役の捨神すてがみがまだなのに、月代つきしろも薄情だな」

 とあきれた。

「アハッ、べつに僕は主役ってわけじゃないよ。魚住くん、お店の名前はわかる?」

 魚住くんは、スマホで検索済みだと答えた。

「じゃ、移動……」

 僕がそう言いかけた途端、近くの横断歩道が赤になった。

 数人の男女が、あわてて渡り始める。

 それを見た僕は、ふと気分が変わった。

「……もうちょっとここにいようか」

 僕のセリフに、魚住くんは、

「まだだれか待ってるの?」

 とたずねた。

「ううん……ただ、急がなくてもいいかなって……ほら、夏休みは始まったばかりだよ」

挿絵(By みてみん)


場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)

先手:御城 悟

後手:捨神 九十九

戦型:後手角交換型四間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4二飛 ▲6八玉 △8八角成

▲同 銀 △6二玉 ▲4八銀 △7二玉 ▲7八玉 △2二銀

▲5八金右 △3三銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲8六歩 △2四歩

▲3六歩 △2二飛 ▲4六歩 △8二玉 ▲4七銀 △7二銀

▲8七銀 △5二金左 ▲8八玉 △4四銀 ▲7八金 △5四歩

▲7七桂 △3五歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲3六歩 △4四銀

▲3一角 △3二飛 ▲7五角成 △3五歩 ▲同 歩 △同 銀

▲6五馬 △3六銀 ▲3七歩 △4七銀成 ▲同 馬 △1四角

▲4八馬 △2二飛 ▲8五歩 △3八歩 ▲3六銀 △3九銀

▲3八馬 △2八銀成 ▲同 馬 △6四歩 ▲7五歩 △6三銀

▲3八馬 △7二金 ▲6八金右 △5五歩 ▲4五歩 △5三金

▲6六歩 △4四歩 ▲同 歩 △同 金 ▲8四歩 △同 歩

▲8五歩 △3五歩 ▲4五歩 △3四金 ▲8四歩 △3六歩

▲8三銀 △7一玉 ▲7二銀成 △同 玉 ▲8三歩成 △6二玉

▲8二歩 △9三桂 ▲1六馬 △4五金 ▲8一歩成 △5四銀

▲7三と △5三玉 ▲4六歩 △同 金 ▲3四馬 △4五金

▲6三と △同 玉 ▲4四金 △4八飛 ▲4五金 △同 銀

▲4四馬 △3三銀 ▲5三金 △7二玉 ▲5五馬 △8六歩

▲7六銀 △6二銀 ▲8二と △6一玉 ▲4三金 △4二金

▲4四歩 △3四銀引 ▲4二金 △同 飛 ▲5四馬 △3二角

▲7二と △5一玉 ▲3二馬 △同 飛 ▲5四角 △4三歩

▲6二と △同 飛 ▲5三金 △8二飛 ▲4三歩成 △8七金

▲同 銀 △同歩成 ▲同 角 △4三銀 ▲8三歩 △同 飛

▲6三銀 △4一玉 ▲8五歩 △4二歩 ▲4三角成 △同 歩

▲2三銀 △8二飛 ▲6二銀成 △3二銀 ▲2二金 △同 銀

▲同銀成 △6二飛 ▲同 金 △8六歩 ▲5九銀 △7六角

▲3一飛 △4二玉 ▲3二飛成 △5三玉 ▲9八銀 △6九角

▲5二龍 △4四玉 ▲4八銀 △8七金


まで166手で捨神の勝ち

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