表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第39局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月20日月曜)
421/682

409手目 分かったこと、分からなかったこと

挿絵(By みてみん)


 さて、角が死んだな。

 すばるが7六歩を読んでいないとは思えない。

 やはり攻め合いになるか。7六歩以下は、9九龍までほぼ一直線だろう。そこで昴がなにを指してくるか、それが重要だ。7三歩成は、同桂で後手が広くなる。これはない。となると、3四歩の処理が第一感だ。角筋の邪魔になっている。3三歩成、同桂、2三角成を本線に読もう。

 俺は缶コーヒーを飲んだ。ブラックでもちょっと甘い。

 腕組みをして考える。昴も真剣に盤をみていた。

「……7六歩」

 そこからはパタパタと進んだ。

 2三成、7七歩成、同銀、2三歩、6八銀、9九龍。

 昴は3三歩成とした。同桂、2三角成、同金、同龍。

 俺は3七歩と叩いた。


挿絵(By みてみん)


 この手は、詰めろじゃないんだよな。6九角、4八玉、3八歩成に同玉だと詰みがあるかもしれないが、ふつうに3八同金でいい。ただ、後手も詰まない。例えば、3二龍、4二金、4一角は、5一玉と強く引いてオッケーだ。下手に6二玉と逃げるのは、4二龍、7一玉、7三香が詰めろになる。

 しかし、3二龍としてこないかもしれない。4二金で弾かれるからだ。だったら最初から遠距離の1二龍で当ててくるだろう。これは4二金ではなく4二香で節約できる(3二龍に4二香は弾いていないから少し怖い)。つまり、3二龍も1二龍も一長一短だ。3二龍は俺に金を使わせる代わりに、龍を逃げないといけない。手番は俺になる。1二龍は手番こそ渡さないが、4二香の安い合駒あいごまを認めてしまう。

 昴は1分考えて、1二龍と入った。

 俺は4二香と打つ。昴も3七銀と手をもどした。

「6九角」

「4八玉」

「切るぞ。4七角成」


挿絵(By みてみん)


 押すだろ、ここは。

 この手番で踏み込むしかない。

 昴もこれは予期していたらしい。ノータイムで同玉。

 以下、4九龍、4八歩と進んだ。

 俺は3六歩に活路を求める。昴の手が止まった。

「3六歩……同銀、3五歩、2七銀で弱体化狙いですか」

 俺は持ち駒をそろえながら、

「解説しても手は変わらんぞ」

 と答えた。

「TCGだと、プレイ中の私語はブラフになるからダメなんですよね。見えてないカードがありますから。これも将棋のいいところ……いや、それとも悪いところなのかな。とりあえず4六銀です」

 2九龍、3二金、5一金打。

 ここで昴は3三金と引いた。


挿絵(By みてみん)


 金桂交換? ……中央に殺到か?

 それ以外に、この金引きは解釈できない。

 3三同銀に4五桂が狙いだろう。かといって、取らないわけにもいかない。

 俺は3七歩成、同銀を決めてから、3三同銀とした。

「5六香」

 香車が先か。いずれにせよ、中央への殺到だ。

 6二金直、4五桂、4四銀。

「攻撃モンスターの展開完了。5三香成」


挿絵(By みてみん)


 さて……モンスター3体か。

 多いのか少ないのか分からんが、将棋的には多いな。

 王様が引っ張りだされることは確定した。昴は角の手持ちが2枚。

 王手龍の筋を警戒する必要がある。俺は方針について考えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………難しいな。

 残り時間は俺が5分、昴が4分。読みきれない。

 1番難解なのは、どこかで7一角が入ったケースだ。この局面が広すぎる。

 俺は、昴にかたちを決めてもらうことにした。

 5三同銀、同桂左成、同金、同桂成、同玉。

 昴に手を渡す。いきなり7一角とくるか?

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 受けた──直感的に、あまりいい手とは思えない。

 ただ、手堅いとは思った。先手の頓死とんしもなくなったからだ。

 俺は息をついて、すこし落ち着く。

 昴は主導権を握るのを拒否している。

 もういちど手を渡す方法は、おそらくない。

「……4四香」

 しかたがないので、俺から攻める。

 すこしばかり変調だ。さっきの読み筋と違ってきている。

 昴は5八玉と下がった。3九龍、7一角、6二桂、2四角。


挿絵(By みてみん)


 予想以上にめんどくさい局面になった。

 1分将棋。俺は覚悟を決める。方針のブレだけは避ける。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4六桂」

 昴はこの手を読んでいなかったらしい。

 ゴリ押しだからな。たぶんすぐには閃かない。

 昴も1分将棋になった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同銀」

 俺は4七金と捨てる。


挿絵(By みてみん)


「え……あッ」

 同歩は4八金の一手詰みだ、が、正直、いい手かどうかわからん。

 金銀を渡しすぎで、俺のほうが詰む可能性もあった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 昴は同玉と取った。

 4六香、5六玉。

 そっちか。同玉、5四桂(攻めつつ玉頭のガード)を狙っていたんだが。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 俺は5五歩、6六玉、5四桂で、ムリやりその筋を実現させた。

 7七玉、7五金。

 俺は詰めろをかけた。

 昴は落ち着きをとりもどしている。

 右手のひとさしゆびと中指を頬にそえ、少し猫背気味に読んでいた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………龍切り?

 なんだこれは? こんどは俺が混乱する。

 

 30……40……

 

 俺は龍を取りかけた──指先から良くない感触が伝わる。

 

 50……ピッ

 

 ちがうッ! 罠だッ!

 同金は4五桂、6四玉に4二角成があるッ!

 昴のトラップに気づいた俺は、慌てて手を変えた。

 

 ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

挿絵(By みてみん)


 昴はこの瞬間、わずかに悔しそうな顔をした。

 俺にみせた初めての表情だった。

「最後、取りかけましたよね……5六桂」

 同歩、6六香、7四玉、6五金。

 もしかして、こっちでも負けか?

 金銀が入り乱れるかっこうになった。

 双玉詰め将棋。俺は自玉の詰みと相手玉の詰みを同時に読む。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同金」

 8五銀、同玉、8六金、7四玉、6五香。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………勝った。

「7六歩」


挿絵(By みてみん)


 昴は6五香の時点で気づいていたのかもしれない。

 それとも、終盤特有の時間攻めだったのだろうか。

 ノータイムで同金とした。

 俺はギリギリまで読みなおす。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 昴は腕を組み、右手のこぶしを口もとにあてた。

 そのまま動かなくなる。

 チェスクロは時間を刻み、アラームが鳴った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

 前触れがなかったので、俺は反応がすこし遅れた。

 駒をそろえて一礼。

「ありがとうございました」

 感想戦は、すぐには始まらなかった。

 俺は缶コーヒーの残りを飲み干す。

 投了図以下は、同玉、8九龍、8八金、7八銀、9六玉、8四桂、9五玉、9四歩、8六玉、8八龍まで。簡単だな。王様が詰みに効いている。

 缶コーヒーをテーブルに置くと、昴が動いた。

御城ごじょう先輩、決勝進出、おめでとうございます」

 ……? 感想戦の滑り出しじゃないだろ、それは。

 俺は次の言葉を待った。

 ところが、昴は席を立ち、そのままギャラリーをかき分けて、姿を消した。

 俺はあっけにとられてしまう。

 次に聞こえたのは、捨神すてがみの声だった。

「アハッ、御城くん、おつかれさま」

 俺はうしろを向いた。

 捨神は、先に対局を終えていたらしかった。

「勝ったのか?」

「うん、決勝は僕と御城くんだよ。最後の詰みは綺麗だったね。7六歩、同金としてから8七金、同玉、8九龍、7七玉。ここで8六銀、同金とかたちをもどす。パズルみたい」

 俺は後頭部をかきながら、

「いや、まあ、打った瞬間は8九龍に合駒の順しか読んでなかった」

 と白状した。

 捨神は腕組みをして、

「そういうことってあるよね」

 と笑った。

 なんで捨神と感想戦になってるんだ?

 昴のやつ……まあ、いい。感想戦は義務じゃないしな。

 俺も席を立つ。捨神は、その動作の意味を読み取ってくれたらしい。

 ふたりでギャラリーから離れた。すみっこへ移動する。

 俺は白い壁にもたれかかりながら、

「悪かったな。俺が仕留めさせてもらった」

 と告げた。

 捨神は表情を変えず、

「僕は昴くんに恨みがあるわけじゃないよ。ただ、これでいつものメンツになった」

 と答えた。

 いつものメンツ。そうだな。俺と捨神の決勝、準決勝は腐るほどやってる。

「ところで、昴くんの将棋は、どうだった?」

「どの局面から見てた?」

「4二龍と切ったところ」

「ああ……それなら、昴の表情の変化には気づいただろ」

 捨神は、気づいたと答えた。

 俺は質問をかさねた。

「どう解釈した?」

「昴くんでも、あいてのミスに期待してることがあるんだな、って思った」

 そうだ。あれは俺のミスを期待していた。

 しかも秒読みの前半は、昴の流れだった。

 俺は同金としかけていたからな。最後の20秒でトラップに気づいた。

 運がよかった。俺はそう振り返りながら、

「でも、それだけだったな」

 と言って、会場を見回した。昴はどこにもいなかった。

 捨神は急にマジメな顔で、

「そうだね。それだけだったね。けっきょく昴くんは、将棋が好きなのかな?」

 と、例の質問をぶつけてきた。

「さあな……捨神はどうなんだ?」

 俺の質問に、捨神はきょとんとした。

「え? 僕?」

「捨神は将棋が好きなのか?」

 捨神はあごに手をあて、視線を天井にむけた。

「……好きかな。御城くんは?」

「分からん……こういう質問って、いざ自分に向けられると、困るよな。小学生の頃から惰性でやってる気もする。昴は将棋が好きかどうかなんて、答えはないのかもしれん」

 捨神は「そうかもね」と答えた。

 そして、こう続けた。

「じゃ、おしゃべりはここまでにしようか。次は決勝戦で」

「ああ」

 捨神は、俺から離れて行った。

 次は決勝。これに勝てば、日日にちにち杯に飛び入り参加できる。

 ここまでくると欲が出るな。

 ってことは、俺はやっぱり将棋が好きなのか、それとも名誉欲が強いのか。

 自分のことだって分からない。それだけは分かった。

場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)

先手:六連 昴

後手:御城 悟

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲5八玉 △5二玉

▲3六歩 △7六飛 ▲7七角 △7四飛 ▲同 飛 △同 歩

▲2四歩 △2二歩 ▲8三飛 △8二歩 ▲8五飛成 △2四角

▲3八銀 △5一角 ▲3五龍 △3三角 ▲2六龍 △4二銀

▲3五歩 △7七角成 ▲同 桂 △3三銀 ▲1六歩 △4四銀

▲1五歩 △7五歩 ▲7四歩 △7二銀 ▲1四歩 △同 歩

▲1二歩 △同 香 ▲5六角 △2三角 ▲3四歩 △7六歩

▲6五桂 △7七歩成 ▲同 金 △8九飛 ▲7八銀 △7九飛成

▲2四歩 △7六歩 ▲2三歩成 △7七歩成 ▲同 銀 △2三歩

▲6八銀 △9九龍 ▲3三歩成 △同 桂 ▲2三角成 △同 金

▲同 龍 △3七歩 ▲1二龍 △4二香 ▲3七銀 △6九角

▲4八玉 △4七角成 ▲同 玉 △4九龍 ▲4八歩 △3六歩

▲4六銀 △2九龍 ▲3二金 △5一金打 ▲3三金 △3七歩成

▲同 銀 △3三銀 ▲5六香 △6二金直 ▲4五桂 △4四銀

▲5三香成 △同 銀 ▲同桂左成 △同 金 ▲同桂成 △同 玉

▲3九歩 △4四香 ▲5八玉 △3九龍 ▲7一角 △6二桂

▲2四角 △4六桂 ▲同 銀 △4七金 ▲同 玉 △4六香

▲5六玉 △5五歩 ▲6六玉 △5四桂打 ▲7七玉 △7五金

▲4二龍 △6四玉 ▲5六桂 △同 歩 ▲6六香 △7四玉

▲6五金 △同 金 ▲8五銀 △同 玉 ▲8六金 △7四玉

▲6五香 △7六歩 ▲同 金 △8七金


まで136手で御城の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ