408手目 いくつもの勘違い
※ここからは、御城くん視点です。
やれやれだな。
俺は食後の缶コーヒーで一服しながら、首を左右にふった。
うしろから、陽気な声で話しかけられる。
「御城のあんちゃん、キツイ山に入っちゃったね」
ふりかえると、魚住が立っていた。
半パンに袖なしのシャツ。頭には麦わら帽子。
ちょっと場ちがいな感じがする。が、魚住らしい。
「わざわざ観戦に来たのか?」
「おいらの野生の勘がいうんだよ、なんかいいもの見られるって」
オカルトだな、というのが第一印象。一方で、いい勘してるとも思った。
俺は缶コーヒーを飲みながら、
「捨神のやつ、なんか本気っぽいぞ」
と告げた。
「え? ほんと? ……なんかあったのかな?」
「さあな。日日杯の追加選手を出したくないのかもしれんが」
魚住は、俺の推理に首をひねった。
「捨神のあんちゃんにかぎって、それはなくない? むしろ決勝で御城のあんちゃんとかに当たったら、あんまり本気出せないタイプにみえるけど」
俺は内心でタメ息をついた。
捨神のやつ、けっこう誤解されてるよな。まあ、見た目があんな感じだし、言動もなよなよしたところがあるから、しょうがないのかもしれん。それに、魚住みたいな表裏のない性格だと、あいつの考えてることは読みにくいはずだ。
「御城のあんちゃん、つぎは昴くんとだね。自信のほどは?」
「そうだな、一発ボコっとくか」
「え……けっこうキツイ言い方するね」
ここで、場内アナウンスが入った。
俺は準決勝の席へ移動する。昴は先に座って待っていた。
俺は缶コーヒーをテーブルにおき、椅子を引く。
ギャラリーも集まってくるなか、駒をならべた。
最後の王様をおいた俺は、腕組みをして、ひと息ついた。
さて、どうしたもんか。昨日の捨神のセリフを思い出す。
あのときH島の将棋界は、ちょっとナメられたんじゃないかな、と思ってる
……………………
……………………
…………………
………………ちがうだろ、捨神。
おまえが言いたかったのは、そういうことじゃない。
昴が高校将棋界にいる現状を、おまえはよく思っていない。
隠していても、なんとなく伝わってくる。
ただ、その理由は不明だ。俺でも読めん。
ポッと出がいるのがムカつく、という安直な理由じゃないことだけは確かだ。
昴が伸び悩んでいることを、心配してやってるのか?
あいつはTCGに専念してなきゃいけない、という老婆心?
それはそれでちがう気がする。
魚住の誤解もそうだが、捨神はおひとよしじゃないんだよ。
「……」
「……」
壁の時計をみる。13時28分。あと2分で開始だ。
俺は昴のほうへ顔をむけた。
「……昴」
「はい?」
「本気でこいよ」
昴はちらりと視線をあげた。
「……最初からそのつもりですが」
「言いわけはなしだ。おたがいにな」
けっきょく、俺は昴のことをあまり知らないんだよな。
将棋が好きなのか、嫌いなのか。
本気でやってるのか、余技でやってるのか。
なにを目指していて、なにを期待しているのか。
口ではなんとでも言える。指してみなきゃわからない。
幹事の立花は、壁の時計をみあげた。
「対局準備はよろしいですね。それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
昴はすぐに7六歩と開けた。
3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
横歩の進行になる。
2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。
俺の3三角に、昴は5八玉。
かたちは決まった。
俺のほうもひねらずに5二玉と立った。
3六歩、7六飛、7七角、7四飛。
チェスクロを押す。
序盤は研究勝負になった。
昴は、横歩をどこまで調べてるんだろうな。カードゲームが得意なら、直感タイプではないのだろう。むかしの俺は、カードゲームを運ゲーの一種だと思っていた。カードを裏返しにして、めくっていく。将棋とはぜんぜんちがう。でも、それは俺の誤解だった。なかなか緻密につくられていて、効率的でないプレイヤーは勝てないということを知った。又聞きだけどな。
昴は考えている。というより、定跡を思い出しているんだろう。
次の手には時間がかかった。
「……同飛」
同歩、2四歩、2二歩、8三飛、8二歩、8五飛成。
俺はここで2四角と出た。
昴はこの手をみて、
「めずらしいかたちになりましたね」
とつぶやいた。
「手将棋はキライか?」
「いえ、むしろ歓迎です。3八銀」
5一角、3五龍。
この3手に3分かかった。
一気に決着がついてもおかしくない。それが横歩だ。
現に、2二角成、同金、3一龍がみえている。
「3三角」
2六龍、4二銀、3五歩、7七角成、同桂、3三銀。
だんだん激しくなってきた。
俺のほうは、桂馬を跳ねるのがむずかしくなっている。
後手番の常套手段を禁じられたかっこうだ。
ただ、先手も動かす駒がないだろう。
俺は飛車が手持ちだからな。ヘタに金銀を動かすと、打ち込み放題になる。
となれば、昴の選択肢は──
パシリ
そこだよな。
先手の狙いは明確だ。1五歩〜1四歩〜1二歩と香車を釣り上げてから5六角。
止めるのは簡単だ。2三角と合駒すればいい。
が、俺のほうは防戦一方になる。プレッシャーをかけておくか? 例えば、現局面から4四銀、1五歩、7五歩、7四歩、7二銀、1四歩、同歩、1二歩、同香、5六角に2三角とぶつけるか。
(※図は御城くんの脳内イメージです。)
次に3四歩〜2四歩で角が死ぬ。ところが、先手は歩切れだ。歩を温存するために7四歩を入れないときは、1四歩、同歩、1二歩、同香、5六角に7六歩でいいだろう。1二角成よりも7七歩成のほうが速い。そこで1二角成とせずに6五桂も、7四歩と置いていないから7七歩成、同金、8九飛と先着できる。
さて、7四歩と置かれたケースでどうするか、だ。
歩を渡さずに攻める方法があるか?
一見して、ない。
7六歩、6五桂、7七歩成、同金、8九飛、7八銀、9九飛成、2四歩が本線か。
そうなれば、もう終盤だ。9九飛成は遅い気がする。
「……4四銀」
俺は銀を出た。
昴は1五歩と伸ばす。
7五歩、7四歩、7二銀、1四歩、同歩、1二歩、同香。
「5六角」
昴は角を5筋にすえた。
俺はもういちど読みなおして、2三角とぶつける。
3四歩、7六歩、6五桂、7七歩成、同金、8九飛、7八銀。
「7九飛成だ」
香車は拾わない。
昴の手が止まった。
「角を捨てる代償がある、と……」
昴は椅子に深く座りなおして、長考に入った。
まあ、タネは簡単なんだ。
2四歩に7六歩。
(※図は御城くんの脳内イメージです。)
これが2手スキ。7七歩成が詰めろになる。
問題は、この先。
2三歩成、7七歩成、同銀で詰めろを解除されたとき、7七龍としていいかどうか。
おそらくムリだ。3二と、7八龍、6八金、6九銀としても続かない。
いったん2三歩と手をもどして、6八銀、9九龍……3三歩成があるか。
2筋は突破されるのが確実だな。斬り合いになる。
俺は膨大な筋を読んだ。勝ってる順、負けてる順。
重要なのは、詰みの細部まで読むこと。なんとなくいい、はアウトだ。
この手はナニろなのか。それをきちんと把握する。
昴もそうしているはずだった。
「……」
「……」
チェスクロののこり時間が、先手は15分を切った。
昴が動く。口もとに手をあてて、かるくくちびるを撫でた。
「将棋はやっぱり、TCGと違いますよね」
「TCG? ……ああ、カードゲームのことか」
「僕のやってるゲームだと、デッキは60枚ずつが基本なんです。将棋の駒とくらべて、枚数も種類もずっと多い……でも、仮におたがいのデッキをのぞき見できたら、考えられるゲームパターンはあまりないんですよ。だからこそサイドボードが有効なわけですが」
俺は、昴の言ってることが、あまり理解できなかった。
ただ、なんとなく漠然とした印象から、
「なにが言いたい? 将棋のほうが奥が深いってことか?」
とたずねた。
「いえ、単に不思議だな、って……将棋は最初からぜんぶ見えてるのに……」
昴は盤に手を伸ばす。
「見えないほうが複雑だって、ありがちな勘違いですよね……2四歩」




