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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第4局 どっきり♡グループデート(2015年4月26日日曜)
42/681

32手目 ポーン・佐伯ペア(1)

※ここからは佐伯さえきくん視点です。

「Herrサエキ、少々、休みませんこと?」

「うん、いいよ」

 アトラクションはそこそこ乗ったし、息抜きだね。

 それにしてもポーンさん、ふたり乗りのアトラクションばっかり選んでて、ひとりで乗るのが怖いのかな。僕はあそこのバンジージャンプにチャレンジしてみたいんだけど……ペア行動だし、今回は自重するよ。

「なにか飲む? それとも、アイスクリームでも食べる?」

「Hmm……お昼まで、あと1時間ありませんわ」

 そうなんだよね。あんまり甘いものはとらないほうがいいかな。

 お腹がいっぱいになっちゃうから。

「休みながら観られるものがあれば、いいのですけれども」

 休みながら観る……ステージショーかな?

「そうだね。なにかやってるかも」

 僕たちは、地図を確認。

 中央のほうに、ステージがあるみたいだ。

「それじゃ、移動しようか」

「Dann los」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 結構、混んでるね。なにかイベントがあるみたいだ。

 男の人ばっかりで、なんだか異様な雰囲気。

「抽選カードを引いてらっしゃらない方は、いますか?」

 スタッフのひとが、箱を持ってうろうろしてるね。

「『ちゅうせんかーど』って、なにかな?」

「当たりくじのことではありませんの?」

「当たりくじ? ……宝くじみたいなもの?」

「Ich weiß es nicht」

 僕はポーランド生まれだから、ときどき分からない日本語がある。

 あと、ドイツ語はちょっと分かるんだよ。

 ポーランドとドイツは、となり同士だからね。

「Provieren wir?」

「Aha, bitte」

 僕はスタッフのひとを呼び止めた。

「あ、抽選ですね、どうぞ」

 僕は箱に手を突っ込んで、サッとカードを引きぬく。

 

 13

 

 ……不吉な数が出たよ。

「13番ですね。そのカードを持ったまま、お待ちください」

 すぐには当たりが分からないのかな? アイスの棒とは違うんだね。

 僕たちは、しばらくそこで待った。

 すると、スピーカーから音が聞こえた。

《ただいまより、内木(うちき)レモン主演、アタリー将棋フェスティバルを再開します》

 ステージに、ひらひらの服を着た、ツインテールの女の子がでてきた。

 赤黒チェック柄のスカートに、赤いネクタイをしている。

 カワイイ系じゃなくて、凛々しい系だね。目つきがちょっと鋭いよ。

 彼女が手を振ると、あたりがワーッとにぎやかになった。

「これってなにかな?」

 ポーンさんのほうへ振り向くと、なぜか顔色が悪い。

「Oh, nein, warum ist sie hier……」

「知り合い?」

「す、すこしだけ……」

 すこしだけ知り合いって、どういう意味かな?

 顔が分かる? 名前を知ってる? 話したことがある?

 少女はマイクを片手に、司会の男性と話し始めた。

《休憩時間が短かったけど、大丈夫かな?》

《ばっちりです。ファンのみなさんに、エネルギーをもらってますから》

 そう言って、少女はこちらに手を振った。

 また盛り上がる。

《次のセクションは、ファンのひとと将棋を指してもらうんだけど……》

《はい、こうしてファンの方々と触れ合えるのを、楽しみにしてました》

《では、係の人、抽選をお願いします》

 さっきの箱を持っていたひとが、壇上にあらわれた。

 そして、べつの箱から、カードを1枚引いた。

 司会のひとに手渡す。

《13番》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、僕だ。

《13番の方、いませんか?》

 みんな、おたがいに目配せする。

 えーと、これは挙手したほうがいいのかな?

「僕です」

 手を挙げると、会場が一瞬静まりかえった。

 イベントでシーンとしちゃダメだよ。

《では、こちらへどうぞ》

「ポーンさん、景品をもらってくるね」

「あ、あの、これは辞退したほうが……」

「え? なんで?」

「それは、その……」

 景品を辞退する必要は、ないんじゃないかな。

 いいものかもしれないし。

 僕は右手の階段から、ステージにあがった。

 スタッフのひとに番号札を渡して、中央に歩み寄る。

「きみ、将棋は指せるんだよね?」

 司会のひとが、小声でたずねてきた。

 景品は将棋の駒かな? チェスクロだといいな。部室に寄付するよ。

「はい」

「どのくらい?」

「そんなに強くありません」

 謙虚にいかないとね。日本の文化を尊重するよ。

 僕の返事に司会のひとは、なんだか安心したみたいだった。

 マイクを持ち直して、会場にアナウンス。

《それでは、タキシードのお兄さんに指してもらいます》

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「なにをさすんですか?」

 僕は、司会のひとに確認した。

「将棋でしょ?」

「え?」

「え?」

 ……プレゼントの抽選じゃなかったんだね。

 いきなりを将棋を指すって、罰ゲームかな。

「だれと指すんですか?」

「私とですよ」

 ツインテールの女の子が、僕のそばに寄ってきた。

 ちゃんと挨拶しないとね。

「こんにちは、僕は佐伯(さえき)宗三(むねみつ)

「内木レモンです……あなた、ファンのひとですよね?」

「なんのファン?」

「私の、です」

「……ごめん、きみのこと知らないや」

 あ、怒ったかな? でも、知らないものは知らないからね。

 少女はくるりと背を向けて、会場に手を振った。

《抽選に外れたひとは、ごめんなさい、またチャレンジしてくださいね》

 今からこの抽選券をだれかにあげてもいいんだけど、ダメなのかな。

 それにしても、あのムスッとした顔から笑顔になれるなんて、きっと役者さんだね。僕も手品師(マジシャン)として、この場を盛り上げていくよ。

《それでは、おふたりに将棋を指してもらいましょう》

 僕たちは、舞台中央のテーブルに案内された。

 チェスクロも用意されてて、本格的だ。

「ルールは?」

 僕は、レモンさんにたずねた。

「1手30秒です」

 早指しだね。これは注意しないといけない。

 僕たちが着席すると、舞台裏がちょっと騒がしくなった。

「え? 解説の子が来てない?」

「朝は、いたんですが……」

「困るよ。司会のひと、将棋知らないんだから」

 何人かのスタッフが、口々にそう言っていた。

 解説役までいるんだね、すごいや。高校将棋は棋譜取りすらいないよ。

「場内に呼び出しかけて……」

 そのとき、バタバタと階段をのぼってくる女の人の姿がみえた。

「ハァ……ハァ……お待たせしました」

 あ、このひと、知ってるよ。猫山(ねこやま)さんだね。

 喫茶店八一で、いつもメイド服を着てアルバイトしてるひと。

「猫山さん、遅刻したらダメだよ」

「すみません、風船の仕事がいそがしくて」

 ドタバタはあったけど、準備が整ったみたいだね。

 猫山さんと司会のひとが、大盤についた。

《では、振り駒をお願いします》

 猫山さんにマイクが渡ったね。

「私がやりますね」

 レモンさんは、カシャカシャと駒をかきまぜて、宙にほうった。

「歩が3枚、私の先手です……チェスクロは?」

「右で」

 さてと、どうしようかな。

 レモンさんは役者だと思うし、将棋はそんなに強くなさそう。

 だったら、この場を盛り上げるためにも、ちょっと変則的にいく必要があるかも。もちろん、手をぬくっていう意味じゃないよ。それは失礼だからね。

 八百長とプロレスは違うんだよ。

《それでは、対局を始めてください》

「よろしくお願いします」

 おたがいに一礼して、対局開始。

 レモンさんは7六歩と指して、ポンとチェスクロを押した。

 僕は、この一手。

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「なんですか、それ?」

 レモンさんは、目を細めた。

「6二銀だよ」

「見れば分かるんですが……ナメてますね」

 ナメてないよ。盛り上げるための、仕込みだよ。

 2六歩、8四歩、1六歩、8五歩、2五歩、3二金、7七角、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 角換わりっぽくなったね。

「8八銀です」

「7四歩」

 7八金に7三銀。どんどん攻めるよ。

「2四歩」

 レモンさんは、力強く飛車先を突いた。

 同歩、同飛、2三歩、3四飛。

 ん? 横歩を取るの?

 僕は29秒まで考えて、7七角成と交換した。

「同銀」

「2五角」


挿絵(By みてみん)


 角換わりだと、いつでもこの筋があるからね。

 簡単に横歩は取らせないよ。

「3六飛」

 うん、それしかないよね。同角、同歩、5二玉。

《今のやりとりは、どうなの?》

 司会がたずねた。

《序盤は飛車より角といいますが、例えば、こうして……》

 猫山さんは、符号を言わずに、駒だけ動かしてるみたいだ。

 アドバイスになっちゃうからね。しょうがないよ。

「3八銀」

 むずかしくなったね。角換わりと横歩のミックスみたいな将棋だ。

 こっちはとりあえず、中住まいにしよう。

「7二金」

 3五歩、6四銀、3四歩。

 これは将来的に5五角の筋が生じそうだから……5四歩。


挿絵(By みてみん)


「あなた、高校生ですか?」

 レモンさんは、3七桂。

「うん」

 僕は、7三桂。

「どちらの高校ですか?」

 あ、プライバシーを訊いてきたね。

 答えてもいいのかな。

駒桜(こまざくら)市だよ」

 僕が答えると、レモンさんは、かるく眉をひそめた。

「駒桜……サエキ……」

 もう20秒過ぎてるよ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 6六歩。

「あなた、清心(せいしん)の佐伯さんですね?」

 ……身バレしてる。

「なんで知ってるの?」

「さあ、なんででしょう」

 困ったな。もしかして、日本奇術協会のメンバーかな。

 どこかで会ったことあるかも。

「手品できる?」

「はい?」

「例えば、こんなふうに……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 危ない。時間切れになりそうだったよ。4二銀。

《あ、これは……》

《どうかした?》

《ニャンでもありません》

 ニャンともいえない、ってやつかな?

「それは緩手です」

 レモンさんは、角を2本指でつまみ、駒音高く打ちつけた。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あッ」

「さあ、次の7一角打が受かりませんよ?」

 だね……5三銀上は4五桂で、はずみがついちゃう。

「ところで、さっきの手品ってなんですか?」

「ああ、それはね」

 僕は、指のあいだから、ビー玉を出す手品を披露した。

 レモンさんはちょっとびっくりして、それからクスリと笑った。

 やった、楽しんでもらえたよ。

「うわさどおりの奇人ですね」

「キジンってなに?」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 1四歩。また切れそうだった。


「奇妙な人と書いて、奇人です」

 奇妙な人……奇人……ああ、奇術師のことだね。

「そうだよ、僕は奇術師(マジシャン)だよ」

魔術師(マジシャン)は、古谷(ふるや)先輩と黒木(くろき)さんで間に合ってます。7一角打」


挿絵(By みてみん)


 打たれちゃったね。

 僕は8四飛と浮いた。すぐに2六角成とされる。

「レモンさんって、強いね」

 僕が褒めると、レモンさんはニヤリと笑った。

 そういう黒い笑い方しちゃダメだよ。

「自己紹介がおくれました。藤花(ふじはな)女学園(じょがくえん)中等部3年、内木(うちき)檸檬(れもん)です。よろしく」

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