405手目 おすそわけ
「……同銀」
取ってそのまま攻める。
同歩、5四歩、同歩、同飛、6三金、5九飛。
暮はこれを見て、
「あ〜、いっぽうてきに攻められるのイヤだな」
と言った。そりゃだれだってそうだろ。
ただ、後手から動けるのか、これ?
4五歩ポンじゃないだろうな。それなら楽なんだが。
「8六歩」
……なるほど、そう来たか。
同歩だと8七銀があるから、同角だわな。
そこで4五歩ポンってわけか。
しかし、手を変えられねぇ。
「同角だ」
「4五歩ね」
「7七角」
「交換拒否。5五歩」
位を取り返された。
「おまえ、なかなかやるな」
「ブロック代表だから」
そりゃそうだ。
しかし、困った。
中飛車党が5筋の位をとられるなんて、笑い話にもならない。
盛り返す。
「7八金」
「5二飛。相中飛車」
ん? あたしは飴玉のスティックを噛んだ。
直感的に悪手。
「……慣れないことは、するもんじゃないぜ。5三歩」
暮はその高身長に似合わず、猫背になった。
「……7二銀があるのか」
そのとおり。5三同飛、7二銀だ。
5三同金は5四歩、6三金、5五角、同角、同飛と強く出て、以下、2二角なら5三歩成と攻め合う。5五角と飛車を取るなら、5二と、同金、7一飛で先着。8二飛と飛車を逃げるのは、4二銀、同金、同と、同飛、5一飛成で、後手が崩壊する。
暮はめんどくさそうな顔で、
「あ〜、手拍子だったかも。まあしょうがないや。同飛」
7二銀、5四金、8一銀成、5一飛、8二成銀。
「9四歩」
これはなんだ? ……ああ、9五角出を阻止したのか。
飛車を攻めよう。7二成銀。
1四歩、7五歩、5二飛、7三成銀、5三飛、7四歩。
この手をみた暮は、
「変わった支え方をするんだね」
と言った。
「7四成銀は、攻め駒として使えなくなるだろ」
「たしかに……4三飛」
あたしは予定どおり、6二成銀と入る。
「4四角」
「もう一回5三歩」
同飛なら5二歩。同角なら7三歩成。
7三歩成のほうが痛いから、暮は同飛と取った。
5二歩、4二銀、7五桂、7六歩、8八角、3五歩。
んー、耐えて玉頭戦に持ち込む気か。
左サイドから圧殺するだけじゃ、後手玉にすり抜けられるかもしれないな。
とりあえず6三桂成。
以下、3三飛、3八銀、3六歩で、暮も反撃してきた。
「同歩」
「ぎりぎりかな。3五歩」
この継ぎ歩で、暮の持ち駒はゼロになった。
あたしはふつうに同歩と取る。
4六歩、同歩、3五角、4七銀、4五歩、3七歩、4六歩、3八銀。
「へへへっ、攻め駒が足りないだろ」
暮はここで長考した。
手なりで指してたっぽいし、本格的に困ったか。
のこり時間は、あたしが14分、暮が17分。
早期決着もありえるな、これ。
「……1三桂」
攻め駒を足してきた。
が、ここにスキあり。
あたしは5一歩成と攻めた。
同銀、同成銀、同金、5五角。
盛大に切る。
同金、同飛に対して、暮は4二銀で補強。
あたしは5二成桂で迫る。
「このままだと負けか。4七歩成」
よし、ここで寄せる。
あたしは腰をおちつけて考えた。
4二成桂、同金から入るとして、そのあとだよな。
……………………
……………………
…………………
………………ん? 意外と即寄りはないか?
4七とを放置すると、かえって危ないな。
先に4七同銀……いや、手順が逆だ。
「4二成桂」
同金に4七銀と手をもどす。
あいてに一手指してもらう。
暮はここでも3分ほど考えた。
「……4四角しかない。4四角」
5一飛成で手順に王手。
以下、4一歩、5四歩、6九角、3八金打。
心を折りにいく。
先手陣を補強しつつ、後手陣だけ削っていく方針にきりかえた。
暮もこの手を理解して、
「7八角成だと5三銀かぁ」
と、ひとりごとを言った。
そうそう、次の5三銀が詰めろだ。
「どうする? 投了するか?」
「もうちょっとだけ指す。2二玉」
暮は早逃げしてきた。
あたしは予定通りに5三銀。
同金、4五歩(いい手だろぉ)、7八角成、4四歩、同金、5三歩成。
暮は4五歩の痛打であきらめたのか、指し手が速くなった。
6七馬、5八銀打、8九馬、4三歩、3五桂、4二歩成。
暮は盤をみつめて、
「先手はダイヤモンド美濃、こっちは受けなしか。投了」
と投げた。
「ありがとうございました」
一礼して終了。
あっさりと土俵を割ったな。
「あんまり粘らないタイプか?」
「粘るの向いてない。途中からずっと悪かったね」
感想戦に入る。
まず暮が、
「序盤で4五歩ポンは、よくなかったかも」
と言って、代わりに5四歩を提案してきた。
【検討図】
暮は持ち駒を確認しながら、
「歩損だけど、こっちで我慢したほうがよかった」
と言った。
んー、むずかしいな。
あんまり読んでない順だ。
「これ、後手の方針とちぐはぐじゃないか? あたしが7七桂ならどうする?」
「ふつうに3三角。ただ、そのうち6六歩〜6五歩とされそう」
あたしたちは何手か検討した。
一例としては、7七桂、3三角、7八金、2二玉。
そのあとの手がむずかしかった。
端歩を入れるのもありかな。
あれこれ言い合っていると、月代が昼食休憩を宣言した。
「終了したところから、昼食休憩に入ってください。再開は1時半からとします。遅れないように集合してください」
あたしは暮に、
「じゃ、ここで打ち切りだな」
と告げた。
暮はじっとあたしをにらむ。
あたしは椅子のうえで身構えた。
「なんだ、なにか言いたいことでもあるのか?」
「その飴、いつも食べてるの?」
「ん? これか? まあな」
あたしはポケットをごそごそやる。
オレンジ味のやつがヒットした。
「ひとつやろうか?」
「いいの? ありがと」
暮は受け取って包みをはがし、パクリとくわえた。
「……おいしい」
「だろ。お気に入りのメーカーだ。じゃ、またな」
席を立つと、うしろに早乙女が立っていた。
あたしはびっくりして飛びあがる。
「幽霊みたいな現れ方するなッ!」
「私は生きてるわよ。どうやら勝ったみたいね。おめでとう」
「サンキュ。おまえのほうは?」
「準決勝で、楓さんと当たることになったわ」
ようするに勝ったってことか。
次が本番だな。
早乙女は、長いうしろ髪をかきあげながら、
「あの暮っていう子、どうだった? 私たちとおなじ1年生みたいだけど?」
とたずねてきた。
「なんか変わってるやつだった」
「ここにいるひとは、みんな変わり者でしょう」
「それはおまえ自身もカウントしてるんだろうなぁ?」
「もちろんよ」
自覚があるのかよ。
あたしはとりあえず、
「棋力はそこそこあったぜ。ただ、事前準備とかして来ないタイプらしい」
と答えた。
早乙女は「そう」と言って、
「高校将棋を続けていれば、そのうちお手合わせになるでしょうね。ところで、お昼ご飯はどうする予定? 行きつけのカフェがあるのだけど、今日はペア割みたいなの」
とたずねた。
「ああ、わりぃ……準決勝で当たるのに仲良くランチ、ってのも変じゃねぇか?」
「それもそうかしら。じゃあ、次は対局席でお会いしましょう」
早乙女は会場から去った。
あたしは男子の会場へ移動する。
師匠はまだ感想戦の最中だった。
このようすだと、昼飯を忘れてそうだな。あたしは敢えて声をかけた。
「師匠、どうでした?」
師匠はふりかえって、
「あ、不破さん、どうだった?」
とたずね返して来た。
感想戦に集中してて、質問が聞こえなかったパターンか。
「勝ちましたよ。師匠はどうです?」
「あ、よかった。僕も準決勝に残ってるよ」
また感想戦を再開しかけたから、あたしは、
「そろそろ昼飯にしませんか?」
とたずねた。
師匠はあいての男子──レゲエの奥村に話しかけた。
「奥村くん、ごめん、ちょっとお昼ご飯にするね」
奥村は腕組みをして笑った。
「捨神っちと指すと勉強になるべ。ほんじゃ、また」
あたしたちは公民館を出た。
自動ドアをくぐったところで、あたしは師匠の準決勝のあいてをたずねた。
「たぶん、比呂の大文字くんじゃないかな」
「え、準決勝なのに、まだそのレベルとですか?」
「大文字くんも強いよ。ただ、反対の山のほうが激戦区かも」
ああ、そういうのあるよな。
これ、御城も六連も並木も、ぜんぶ反対の山に行ったパターンか。
「不破さんの準決勝のあいては?」
「早乙女です」
「そっか、強敵だね」
そうなんだよなぁ。
ひとまず飯食って、作戦を考えるか。
「師匠、どこで食べます?」
「ファーストフードでよくない?」
「じゃあ、そこのメックで……」
場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)
先手:不破 楓
後手:暮 早佳
戦型:先手ゴキゲン中飛車
▲5六歩 △8四歩 ▲7六歩 △6二銀 ▲5八飛 △4二玉
▲4八玉 △5二金右 ▲3八玉 △3二銀 ▲2八玉 △3一玉
▲5五歩 △3四歩 ▲7七角 △8五歩 ▲6八銀 △4四歩
▲5七銀 △7四歩 ▲5六銀 △7三銀 ▲6五銀 △6四銀
▲同 銀 △同 歩 ▲5四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6三金
▲5九飛 △8六歩 ▲同 角 △4五歩 ▲7七角 △5五歩
▲7八金 △5二飛 ▲5三歩 △同 飛 ▲7二銀 △5四金
▲8一銀成 △5一飛 ▲8二成銀 △9四歩 ▲7二成銀 △1四歩
▲7五歩 △5二飛 ▲7三成銀 △5三飛 ▲7四歩 △4三飛
▲6二成銀 △4四角 ▲5三歩 △同 飛 ▲5二歩 △4二銀
▲7五桂 △7六歩 ▲8八角 △3五歩 ▲6三桂成 △3三飛
▲3八銀 △3六歩 ▲同 歩 △3五歩 ▲同 歩 △4六歩
▲同 歩 △3五角 ▲4七銀 △4五歩 ▲3七歩 △4六歩
▲3八銀 △1三桂 ▲5一歩成 △同 銀 ▲同成銀 △同 金
▲5五角 △同 金 ▲同 飛 △4二銀 ▲5二成桂 △4七歩成
▲4二成桂 △同 金 ▲4七銀 △4四角 ▲5一飛成 △4一歩
▲5四歩 △6九角 ▲3八金打 △2二玉 ▲5三銀 △同 金
▲4五歩 △7八角成 ▲4四歩 △同 金 ▲5三歩成 △6七馬
▲5八銀打 △8九馬 ▲4三歩 △3五桂 ▲4二歩成
まで113手で不破の勝ち




