404手目 上から目線
んー、どうすっかなぁ。
あたしは長考する。
ぶっちゃけ、受けは嫌いじゃないんだよね。
しばらくは守勢に回ってもいい。
「……6六歩」
安奈はノータイムで飛車を切った。
同歩、7七歩、同金。
「6八角よ」
はいはい、6六金、と。
ここに逃げておかないと、5九角成、同金のあとがバラバラすぎる。
以下、本譜も5九角成、同金、8九飛と進んだ。
あたしは4八銀でがっつり補強。
「9九飛成」
「7一飛だ」
「……桂馬をガードするわ。8二馬」
あたしは7八飛成と自陣に引いた。
安奈はあたしの意図を察する。
「徹底的に受け、ってことかしら……たしかに攻め入るスキがないみたい」
安奈は9四歩と、いきなり端を突いた。
これは……9三馬か?
ただ、あたしに一手指せって催促でもある。
あたしは1分ほど考えて、1五歩と伸ばした。
後手の王様を閉じ込めにかかる。
「先手玉はだいぶ広いわね……4四歩」
んー、次に4三桂くさいな。銀を殺しに来たか。
「逆用させてもらうぜ。6二角」
4三桂、4四銀、9三馬。
あたしは6七金と引いて固める。
ここ数手の応酬で、あたしはてごたえを感じた。
これはもう先手がいいだろ。
「安奈、手がないんじゃないか?」
「……」
9九の龍もあんまり利いてないしな。
さすがに9七龍とは脱出できないだろう。
のこり時間は、あたしが16分、安奈が11分。
けっこう差がついた。
安奈は10分を切るまで考えて、端に手を伸ばした。
パシリ
ほほぉ、そう来ますか。
端と9九龍をフルに絡める展開。
盤面を大きく使ってきたな。
9三の馬も切ってくる可能性がある。ちょいと用心するか。
とりあえず同歩とする。
安奈は1二香打と重ねた。
「鉄板でいかせてもらうぜ。7九歩」
1四香、1七歩、7三歩。
唐突に陣形の再構築が始まった。
「3六歩」
「龍の活用が見込めないわ。9七龍よ」
っと、マジで撤退するのか。
どうすっかな。こうなったら徹底的にイヤらしくいくか。
「4九金」
9六龍、5七金と、金銀をぜんぶドッキングさせる。
このままだとなにもできなくなると思ったのか、安奈のほうから仕掛けてきた。
「4五歩」
同歩なら3六龍とスライドさせる気だな。
そうはさせない。ここで反撃。
3三銀成、同桂、4四角成、2一玉、3四馬。
「さあ、どうする? あたしのほうは寄りそうにないぜ?」
安奈はマジメに読んでいる。
そろそろ会話もなくなってきた。
安奈は玉頭戦に持ち込むしかない。
案の定、1分ほどして2五銀と打ってきた。
4四馬、4六歩、9七歩、8五龍、6七龍。
あたしも玉頭戦にうつる。
7四龍、7八歩、7五馬、4六金。
まずは拠点をひとつ排除。
「6五龍」
安奈は龍をぶつけてきた。
これは応じる。
同龍、同馬、6一飛、4一歩、8一飛成。
あたしは桂馬を回収してから、6四馬に4七歩と打った。
後手は4一歩と打ったばかりだから、4五歩とは打てないぜ。
ここで安奈の持ち時間は5分を切った。
「……2四飛」
んー……次に1七香成の準備か。
馬を逃げておく。6二馬。
安奈はさらに1分を投入して、1七香成と成り込んだ。
同桂、同香成。
「切らす。同馬」
このために馬筋を変えなかったんだよ。
安奈も1六歩の継続手。
6二馬、3四桂。
「1五香だッ!」
後手陣にプレッシャーをかける。
ただ、あたしのほうも頓死がありうるかたちになってきた。
「……」
「……」
安奈は前傾姿勢で黙々と読んでいる。
そのまま1分将棋に突入した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4六桂」
同歩、4五桂──後手のふところが微妙にひろがった。
次に3六銀だと、あたしのほうが潰れる。
あたしは安全をとるため、のこり時間をぜんぶ投入した。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ひらめいた。
「3七香」
攻防に利かせる。
安奈は「うーん」とうなった。秒読みに追われる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
3五歩が指される。
あたしも59秒まで読んで、1三歩と置いた。
2手スキ。安奈の3五歩は2手スキじゃない。
速度で上回ったことが確定した。
安奈はうしろに重心を移し、すこしだけ前髪をさわった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
仕留めたッ!
1二歩成、3三玉、4五歩、3六歩、4四銀。
安奈は持ち駒をそろえた。
「受けなしね、負けました」
「ありがとうございました」
快勝、いや、ふつうの勝ちか。
安奈は革手袋をなおしながら、
「途中から、だいぶ押されてしまったわね。飛車切りが悪手だった?」
とたずねた。
「8五飛自体は、アリなんじゃね。もうちょっとうまい端攻めなかったの?」
「そうね……1七同馬に3六銀?」
【検討図】
あたしはちょっと首をひねった。
「狙いがあいまいに見えるな」
「次に2五桂が狙いよ」
「先に2六香と打たれないか?」
「それでも2五桂が成立しないかしら。同香と取る?」
あたしは読みを入れる。
2五同香、同銀──なるほど、安奈の考えていることがわかった。
「もしかして、香車と桂馬の入れ替え?」
「ええ、香車が手に入れば、次に1一香とする予定」
「2五桂を取らないで1六馬だと?」
「4五桂と跳ねて、3筋から殺到するわ」
「なるほどね……じゃあ3七歩と単純に受ける」
【検討図】
安奈は腕組みをして、
「そうよね、そう受けられると困るわ」
と言いながら、4五銀と引いた。
これを同金は同桂でめんどうだから、6二馬と入りなおす。
全体を読みなおしてみて、本譜のほうがいいと判断した。
「もうちょいべつの……」
「そろそろ感想戦を切り上げてくださーい」
おっと、やけに早いな。
安奈はあたしに、
「ほかに確認しておくこと、あったかしら?」
とたずねた。
「気になったことは、こんどダベりながらでも、いいんじゃね」
「それもそうね……それじゃ、ありがとうございました」
ありがとうございました、と。
あたしは席を立つ。トーナメント表を確認した。
ん? 暮ってやつが残ってるな。
事前情報がなにもない。
しまった、安奈に訊いておけばよかった。
と、そう思った瞬間、ふいにあたりが暗くなった。
あたしはうしろを見上げる。
でっかい女が立っていた。
女はぎろりとあたしをにらんで、
「あ〜、あんたが不破楓?」
と訊いてきた。
「なんだおまえ、初対面のくせに……ん? もしかして暮か?」
「そうだよ……あんた、思ってたよりキラキラしてるね」
暮は、身長差を利用して、じろじろと眺めてきた。
くそぉ、ここで威圧されたら女がすたるぜ。
あたしは胸をはって、
「2回戦で優勝候補の不破さまにあたったのは、残念だったな」
と啖呵を切った。
暮はジーッと見下ろしてくる。
「あんた、強いの?」
「あのな、あたしは県大会に何度も出て……」
「あ〜、そういうのわかんない」
「じゃあここで決着つけるか?」
「なんで疑問形なの? 今から指すよね?」
……………………
……………………
…………………
………………だな。
月代のアナウンスが入る。
「それでは、2回戦にはいります。選手は着席してください」
さっきとは別のテーブルに着席。
駒をならべて、チェスクロをセットしなおす。
「あたしが振っていいか?」
「あ〜、どっちでもいい」
あたしの振り駒──よし、また先手だ。
あとは月代の合図を待つ。
つーか、月代も選手なんだよな。スタッフは多めに用意したほうがいいぞ。
「対局準備は、よろしいでしょうか? ……それでは、始めてください」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしく〜」
暮がチェスクロを押してスタート。
「5六歩」
初手でかます。
これをみた暮は、
「へぇ、中飛車党なんだ」
と言った。
マジでなにも調べてないんだな。
本榧のメンバーは、もうちょっとサポートしてやれよ。
「チームメイトから、なにも教えてもらってないのか?」
暮はあさってのほうをみながら、
「なんか資料もらったけど、まだ読んでない」
と答えた。
じゃあ自己責任だな。
8四歩、7六歩、6二銀、5八飛。
暮の手も速い。対策してないっていうの、嘘じゃないだろうな。
4二玉、4八玉、5二金、3八玉、3二銀。
穴熊は放棄か。
あたしは2八玉と入り、3一玉に対して5五歩と伸ばした。
3四歩、7七角、8五歩、6八銀、4四歩。
「そういや、これまでどこにいたんだ? H島に引っ越してきたのか?」
「本榧生まれだけど?」
「将棋を始めたのが最近?」
「まえからやってる。部活に入ったのが初めて」
そういうパターンか。
ここまでの指し方をみても、棋力はありそうだ。
ひとまず情報を入手できたな。
あたしが内心ほくそえんでいると、暮はギロリと虚空をにらんで、
「もしかして、情報抜かれた?」
とつぶやいた。
「いや、ただの日常会話だぞ。5七銀」
7四歩、5六銀、7三銀。
「そこから超速は、まにあわないだろ。6五銀」
「6四銀」
そういうことか。ぶつけてくるわけね。
5四歩を防ぐ手は、これしかないもんな。
あたしはポケットから、スティック付きの飴玉をとりだす。
りんご味。糖分補給、大事。
さーて、どう料理するかなぁ。
初手合いだし、常連の貫禄をみせてやるぜ。
場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選・個人)
先手:不破 楓
後手:正力 安奈
戦型:先手ゴキゲン中飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲1六歩 △8四歩 ▲5六歩 △8五歩
▲5八飛 △6二銀 ▲5五歩 △4二玉 ▲7七角 △7四歩
▲4八玉 △7三銀 ▲3八玉 △6四銀 ▲7八銀 △3二玉
▲5四歩 △7七角成 ▲同 銀 △5四歩 ▲同 飛 △7五歩
▲同 歩 △8六歩 ▲同 歩 △8七角 ▲5九飛 △5五歩
▲2八玉 △5四角成 ▲7四歩 △6五馬 ▲3八銀 △7四馬
▲7八金 △4二金 ▲6六銀 △8六飛 ▲8七歩 △8二飛
▲5五銀 △5六歩 ▲6六銀 △2二銀 ▲5四歩 △3三銀
▲7五歩 △8三馬 ▲7四角 △7二馬 ▲7七桂 △5一金
▲4六歩 △4一金寄 ▲5六角 △2二玉 ▲7四歩 △3二金上
▲7三歩成 △同 馬 ▲6五桂 △同 銀 ▲同 角 △5二歩
▲5五銀 △8五飛 ▲6六歩 △6五飛 ▲同 歩 △7七歩
▲同 金 △6八角 ▲6六金 △5九角成 ▲同 金 △8九飛
▲4八銀 △9九飛成 ▲7一飛 △8二馬 ▲7八飛成 △9四歩
▲1五歩 △4四歩 ▲6二角 △4三桂 ▲4四銀 △9三馬
▲6七金 △1四歩 ▲同 歩 △1二香打 ▲7九歩 △1四香
▲1七歩 △7三歩 ▲3六歩 △9七龍 ▲4九金 △9六龍
▲5七金 △4五歩 ▲3三銀成 △同 桂 ▲4四角成 △2一玉
▲3四馬 △2五銀 ▲4四馬 △4六歩 ▲9七歩 △8五龍
▲6七龍 △7四龍 ▲7八歩 △7五馬 ▲4六金 △6五龍
▲同 龍 △同 馬 ▲6一飛 △4一歩 ▲8一飛成 △6四馬
▲4七歩 △2四飛 ▲6二馬 △1七香成 ▲同 桂 △同香成
▲同 馬 △1六歩 ▲6二馬 △3四桂 ▲1五香 △4六桂
▲同 歩 △4五桂 ▲3七香 △3五歩 ▲1三歩 △2二玉
▲1二歩成 △3三玉 ▲4五歩 △3六歩 ▲4四銀
まで149手で不破の勝ち




