403手目 勝負パンツ
※ここからは、不破さん視点です。
というわけで、個人戦開幕だぜ。
師匠といっしょにバスを降りて、公民館へ一番のり。
……ってわけにはいかねぇか。さすがに先客がいる。
でっかいポニテの月代が、大会の掲示物を貼っていた。
とりあえずあいさつしとくか。
「ういーす」
あたしがあいさつすると、月代はふりむいた。
「あ、おはようございます。会場は昨日とおなじです」
おーい、その説明は不親切だぞ。
昨日来てなかったらどうするんだよ。
まあ来てるんだけどな。
あたしたちは2階へあがって、控え室で席取り。
窓ぎわにする。夏の朝日が気持ちいい。
あたしは椅子のうえで背伸びしながら、
「ふわぁ……それにしても、昼から開始にしてもらえませんかね、これ」
と言った。
師匠は笑って、
「アハッ、高校生だからね。終局が夜になるのを避けてるんじゃない?」
と答えた。
それは分かるんだけどなあ、あたしみたいに夜遊び組はキツいんだよ。
テーブルのうえで、しばらく突っ伏しておく。
だんだんとひとが集まって来た。
個人戦のときは、わりと人数がすくない。
応援にしても、午前中から来るやつはあんまりいないしな。
30分ほどショートスリープして起床。
すると、いきなり青來が話しかけてきた。
「あッ! おはようございますッ!」
「朝っぱらから元気だな……って、青來が代表だっけか?」
「茉白先輩を応援しに来ましたッ!」
「マジか、マジメだな」
「上下関係、人間関係ってやつですッ!」
けっきょく体育会のノリかよ。そういうのやめろ。
まあ、応援に来るか来ないかは、青來の勝手だ。
「そういや、昨日優勝してたよな。おめでとさん」
「ありがとうございますッ! っていうか観戦に来い、ですッ!」
いや、だって、あたしは駒桜市出身だし、清心を観に行くだろ。
オーダー的にも、ソールズベリーが勝ちそうだったしな。
あたしは青來に、どういう将棋だったのかたずねた。
「居飛車力戦の殴り合いですッ! おたがいにかかってこいや、みたいなッ!」
ちょっとテンション下げろよ。血圧すげぇ高いんじゃないか?
それから青來とダベっていると、月代が顔を出した。
「トーナメント表を張り出しましたので、会場で確認してください」
うーん、初戦が安奈とか。
となりの山の、暮ってだれだ? 知らないな。
早乙女と当たるなら準決勝。
あたしがトーナメント表をにらんでいると、うしろから声をかけられた。
安奈の声だった。
「あら、楓さんとなのね」
ふりかえると、いつもの革ブーツに革手袋の安奈が立っていた。
「おまえ、暑くないの?」
「暑いから対策でつけてるのよ」
手汗がひどいとたいへんだな。
自律神経をととのえたほうがいいぞ。
「ま、今日はよろしくな」
「こちらこそよろしく……と言っても、昨日会ったばかりよね」
そうなんだよなぁ。
このカードじゃ、なんの新鮮味もない。
っと、そろそろ着席だ。
あたしたちは指定のテーブルについて、駒を並べた。
月代の指示が聞こえる。
「準備のととのったところから、振り駒をお願いします」
あたしは歩を集める。
「振っていいよな?」
「どうぞ」
ちゃちゃっと振り駒。あたしの先手。
あとは月代の合図を待つだけ。
「準備はよろしいでしょうか? ……それでは、始めてください」
「よろしくお願いしまーす」
安奈がチェスクロを押して、対局開始。
7六歩、3四歩、1六歩、8四歩、5六歩、8五歩、5八飛。
いつもどおりいくぜ。
あたしがチェスクロを押すと、安奈はいきなり話しかけてきた。
「そういえば、アタリーからなにか進展はあった?」
「おーい、これ公式戦だぞ、公式戦。私語は慎もうな」
「個人戦だから、多少はいいでしょう。序盤だし」
よくないだろ。
ブロック代表の看板を背負え。
「風紀委員がそれでいいのかよ」
「だってそれ、ただのアダ名だし……で、どうなの?」
なんでそんなに興味津々なんだ。
「……あんま変わんねぇかな」
「あら、そうなの? 彼、すごい奥手なのかしら?」
うーん、どうなんだろうな。
歩夢は奥手ってわけじゃない。
会話とかイベントには、むしろ参加してくるタイプだ。
ただ、ちょっと変わってるというか、他の男子とちがうというか。
っていうか、あたしはなんで歩夢のことが好きなんだろうな?
わかんないよな、こういうのって。
「つーか、さっさと指せよ。まだ8手目だろ」
「とっくに6二銀を指したわよ」
「盤外戦術かよッ!」
くそぉ、5五歩だ。
4二玉、7七角、7四歩、4八玉、7三銀。
はいはい、超速超速。
3八玉、6四銀、7八銀、3二玉。
あたしはここで攻める。
「5四歩だ」
7七角成、同銀、5四歩、同飛、7五歩。
おっと。
「研究手くさいな」
安奈は革手袋を、お上品に頬にあてて、
「事前準備はしっかりするタイプなのよ」
と自慢げだった。
「さいですか……じゃあ今日は並木がいるから、勝負パンツなのか?」
「//////」
ほんとに勝負パンツなのかよッ!
あたしはあきれかえる。
「おまえ、将棋大会にどういうシチュを求めてるんだ?」
「風でめくれたとき、並木くんに見られるかもしれないじゃない。そのとき下着が汚れてたり、すごくダサかったりするとイヤでしょう。このあたりって、夕方になるとビル風がすごいのよ。昨日もちょっと危なかったわ」
ああ、そういう……って、それもおかしいだろ。
「並木のことになると変だよな、おまえ」
「飲酒喫煙なんでもありの楓さんには、言われたくないわね。で、応手は?」
「もう指したぜ」
安奈は盤面をみた。
7五同歩を、とっくに指してあるんだよなぁ。
さっきのお返しだ。
安奈はじっさいに研究してきたらしく、すぐに8六歩と指した。
同歩、8七角、5九飛、5五歩。
んー、つっぱりすぎじゃねぇの?
馬を先に作るって狙いは、わかるけどな。
「2八玉」
「不破さんからの仕掛けはナシ、と……悠長なのね」
あたしはじっくりいくタイプなの。
安奈は5四角成と成った。
7四歩、6五馬、3八銀、7四馬、7八金、4二金。
7筋の歩を捨てたが、これでも1歩得だ。
あたしは6六銀と上がる。
安奈は歩損の解消で8六飛と走った。
8七歩、8二飛、5五銀。
はい、また歩損だぞぉ。
安奈は腕組みをした。
「銀交換のお誘いか……」
交換は先手が有利だと思うぜ。
あたしは炭酸飲料のキャップを開けた。ひとくち飲む。
「ぷはぁ、やっぱり対局中に飲むのが一番だな」
「それ、お酒じゃないでしょうね?」
「んなわけないだろ。で、取る? 取らない?」
「……拒否するわ」
安奈は5六歩と垂らした。
チッ、取らないのか。あたしは6六銀と下がる。
2二銀、5四歩、3三銀、7五歩。
その馬には、どいてもらうぜ。同銀、同銀、同馬は5三銀があるからできない。
「8三馬」
「7四角」
この手をみて、安奈は、
「ずいぶんと窮屈なところに打つのね」
と言った。
「窮屈なのは安奈の馬だろ。で、交換する? しない?」
「……これも拒否するわ」
安奈は7二馬と引いた。
あたしは7七桂と跳ねる。
安奈は感心して、
「なるほど、そう紐づけるわけか……じゃあ、5一金」
と指し、駒組みを再開した。
あたしもお付き合いする。
4六歩、4一金寄、5六角、2二玉。
細かく点数を稼いでいくぜ。
「7四歩だ」
「困ったわね。7三歩成に同桂とできない」
それは7四歩で桂馬が死ぬからな。
安奈は30秒ほど考えて、3二金上と固めた。
あたしは7三歩成と捨てて、同馬に6五桂と跳ねる。
これが馬当たり。5三歩成が確定。
「同銀」
っと、食いちぎったか。
まあそれでもいいや。
「同角だ」
「5二歩よ」
んー、手堅く指してきたな。
後手も固くなった。
5五銀と上がって、次に5三歩成、同歩、5四歩を目指すか。
「5五銀」
安奈はここで長考。
後手も動きにくいんじゃね、これ。
あたしは炭酸飲料を補給。
こう来たらこうして──おっと、安奈の腕がのびた。
パシリ
ん……なるほど、そう来たか。
あたしはペットボトルのキャップを閉める。
脚を組み、本格的に考え始めた。
わりといい手っぽいんだよな。
角を支えるなら6六歩しかないんだが……切ってきそうだ。
例えば、6六歩、6五飛、同歩、7七歩。
(※図は不破さんの脳内イメージです。)
取ると6八角……だが、タダ取りじゃない。
金を逃げて5九角成、同金、8九飛……うーん、どうするかな。
初戦で敗退すると、師匠に合わせる顔がない。
ここは本腰入れて読むか。




