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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
413/682

401手目 裏番組

※ここからは、西野辺にしのべさん視点です。

 くおらぁあああああああッ!

 なんで女子の決勝を見に来んのんじゃいッ!

 裏番組じゃないっちゅーの。

「これには、おはなも激おこなのですぅ」

 あ、お花おねぇだ。

 私はガランとした会場で、開戦前の雑談。

「おねぇ、調子はどう?」

「絶好調なのですぅ。今日は無敗なのですぅ」

 私も無敗なんだよね。

 とはいえ、お花おねぇとは当たらないんだな、これが。

 ならびはソールズベリーに有利。

 観客がすくないのも、そのへんの事情がありそう。

 お花おねぇはニコニコしながら、

日日にちにち杯の前哨戦で、イイ子イイ子してあげようと思ったのに、残念ですぅ」

 と言った。

 ひえっ、怖い。

 とりあえず着席。

 幹事は月代つきしろ。あいかわらずポニーテールがデカい。

「えー、それでは準備をお願いします。1番席は振り駒を」

 1番席の青來せいらが振り駒(を強奪)。

「ソールズベリー、偶数ぐうすう先ッ!」

椿油つばきゆ奇数きすう先」

 私は先手か。

 あいては艶田つやだの魔女こと、黒木くろき美沙みさちゃん。

 ちゃちゃっとやっつけよう、ってわけにもいかないか。

 それにしても、あいかわらず黒一色のファッション。

 黒いブラウスに黒いスカートに黒いニーソックス。靴も黒。

 暑くないのかな。っていうか、制服は?

「それでは、準備はよろしいですね? ……対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

 おたがいに一礼。私はチェスクロを押した。

 7六歩、3四歩、2六歩、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あのさぁ。

「これ決勝なんだよ?」

 乙女のいきどおりに対して、美沙ちゃんは、

袖飛車そでびしゃも、れっきとした戦法かと思いますが」

 と返してきた。

 潰す。

 2五歩、6二銀、2四歩、同歩、同飛、3二金。

「3四飛ッ!」


挿絵(By みてみん)


 さっそくの一歩得。

「横歩3年のわずらいです」

「いつの時代の話よ?」

「あ、昔はそう言われた、ということで、7三銀」

 美沙ちゃん、その時代に生きてないでしょ。

 私は2四飛ともどる。

 美沙ちゃんは8八角成と角交換をしてきた。

 ふむふむ、飛車がでしゃばったところで、角の打ち込み狙い、ね。

 そのへんは、2四歩と突いた時点で考慮済み。

「同銀」

 2二銀、2八飛、2七歩。


挿絵(By みてみん)


 叩いてきたね。

 取ると4五角ってわけか。

「6八飛」

 いったんこちらに逃げる。

 3三桂、3八金、6四銀、2七金。

「さあさあ二歩得だよ」

「2手かけて取り切りですか……」

 歩は取り切ってなんぼ。

 美沙ちゃんは持ち駒に手を伸ばした。

「では8四角で」


挿絵(By みてみん)


 こんどは5筋かぁ。

 でも、この手はちょっと圧があるね。

 最悪、4五桂跳ねで中央に殺到できる。

 2七金を処置する余裕はなさそう──ま、手なりでいこう。

「5八飛」

 5四歩、7七銀、5二飛。

 本気で中央に殺到なのか。

 こっちから5筋に盛り上がるのはムリだしなぁ。

 後手の方針はみえみえで、5五歩〜6五銀でしょ。

 こっちが中央を厚くしたら、4五桂と跳ねる、と。

 ちょっと考えどころになっちゃった。

 うーん……………

 ……………………

 …………………

 ………………こうするか。

「3六金」


挿絵(By みてみん)


 美沙ちゃんはきょとんとした。

「金上がりですか……?」

 よく見て欲しいなあ。

 これは一石三鳥の手なのだよ。

 まず、浮いた金の処置。

 次に4五桂跳ねの阻止。

 そして4六金と寄れば、5筋の防衛。

 さあ、どう出るかな。

 美沙ちゃんもマジメに読み始めた。

 私は自販機で買ってきたミルクティーを飲む。

 はぁ、至福。すでに先手のほうがちょっといいと思うんだよね。

 後手は変則的なのに、めだった戦果はなし。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ふむふむ、方針を変更しないわけね。了解。

 4九玉、6五銀、4六金。

 美沙ちゃんは4四歩と伸ばした。

 なるほど、4五桂の準備ってわけか。

 だけどスキありッ!

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


「!」

 2五歩で止まる。けど、そこに打つ歩がないんだな、これが。

「あ、しまった、歩切れがモロに……」

 さあさあ美沙ちゃん、どうする。

「……5三飛」

 浮いて受けた。

 3段目を選択したか──賢明。

 逃げ間違えてくれたら、楽だったんだけどね。

 っていうのも、次は6六銀とぶつける予定。

 同銀、同歩、同角、6八飛と仮定すると、

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は西野辺にしのべさんの脳内イメージです。)

 

 こうなるよね。

 このとき、5三以外に飛車が浮いてると死亡。

 まあ本譜でも流れは一緒か。

「6六銀」

 美沙ちゃんはここでまた長考。

 5三飛で手を変えてくると思ったかな。甘い甘い。

 ここから先手は動くよ。私はどっちかっていうと攻め将棋だし。

 美沙ちゃんは手番のまま離席した。

 私もちょっと他を観に行こうかな。

 どれどれ。


【1番席 先手:山内やまうち貴子たかこ 後手:東雲しののめ青來せいら

挿絵(By みてみん)


【3番席 先手:桐野きりのはな 後手:向井むかい文乃あやの

挿絵(By みてみん)


 ふむ……2−1の流れ。

 やっぱり私と青來は勝たないとダメか。

 席にもどる。

 おなじタイミングで、美沙ちゃんももどってきた。

 すぐに次の手が指される。

 

挿絵(By みてみん)


 まあそうするしかないよね。

 同歩、同角、6八飛。

 美沙ちゃんは当然に9九角成。

 じゃ、仕留めに入りますか。

「5四銀」


挿絵(By みてみん)


 必殺のタダ捨て。これで後手陣突破は確定。

 美沙ちゃんはこの先で悩んでいたんだと思う。

 じつは王手飛車までほぼ確定なんだよね。

 本譜から以下、同飛、6一角成とさらに捨てて、同玉、6三飛成。

 これが王手飛車。回避するには6六香くらいしかないけど、それは5三銀成で勝ち。

「……」

 美沙ちゃん、なかなか踏ん切りがつかないようす。

 彼女ののこり時間は、10分を切りかけている。

「……同飛」

 よしよし、6一角成、と。

 同玉、6三飛成、6二歩。

 すぐには飛車を取らないよ。

「7二金ね」

「5筋に動かせてから5四龍ですか……カラいですね。5一玉」

 まあまあ、美沙ちゃんもそれが分かってるから、6二香じゃなかったんでしょ。

 5四龍、5二銀。


挿絵(By みてみん)


 うーん、ここからなんだよね。

 どうしよっかな。

 もちろん、いくつか手は読んである。

 どれもイケそう……ってのが危ないんだよねぇ。

 勝ち筋が多いときは、ちょっと注意しないと。

 現に私の王様も安全ってわけじゃない。

 とりあえず5四の龍を動かさないとね。このままだと2七角で王手龍になっちゃう。

 動ける範囲が冴えない。7四龍もあんま意味ないしなあ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ヒヨるのはよくない。こうしよっか。

「6二金」


挿絵(By みてみん)


 美沙ちゃんは困ったような顔をした。

 一番イヤだったかな。

「同玉です」

 8二飛とおろす。

 7二銀に5二龍と切って、王手龍の筋を解消。

 同玉、7二飛成、4一玉、6一龍。

 さあさあ、2二の壁銀が効いてきたよ。

 4二玉、6二龍、3一玉、4三銀。


挿絵(By みてみん)


 詰めろで迫る。

 ここで美沙ちゃんは大長考。

 たぶん受けないで攻めてくると思う。

 2七角とかね。

 2七角に3八銀打と受けたら、そこで4三金と手をもどされちゃう。

 5九玉は9五角の王手龍、5八玉は6七金っていう奇手がめんどい。


挿絵(By みてみん)


 (※図は西野辺さんの脳内イメージです。)

 

 同龍なら6六香、同玉なら4九角成と王手。

 下手したら先手が詰むからね、これ。

 ようするに、2七角には3八銀と立つ予定。

 で、同角成、同玉に2七銀でしょ。これを同玉は、2三香から頓死する。

 だから2七銀は取れなくて、4九玉と下がる一手。

 以下、3九飛、5八玉で、6七金の筋が復活する、と。

 きわどいねぇ。

 美沙ちゃんは、のこり時間にかまわず読んでいる。

 もう最終盤だしね。70手くらいしか指してないけど。

 けっきょく、美沙ちゃんはのこり3分を切るまで考えた。

「2七角」

 ほい。私は30秒だけ使って、3八銀と立つ。

 同角成、同玉、2七銀、4九玉、3九飛、5八玉。

「さすがに頓死はしていただけませんか。6七金です」


挿絵(By みてみん)


 さて、こんどは私の長考タイム。

 だいたい方針は決まってるけど、見落としがないかチェック。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………だいじょうぶそうかな。

「同龍」

 美沙ちゃんは6六香と打った。

 同龍、同馬。

 美沙ちゃんはチェスクロを押す。私の番。

 もう1分くらい使おうかな──いや、あんまり使うのも嫌味か。

「4一金ね」


挿絵(By みてみん)


 美沙ちゃんは、目をパチクリさせた。

 むふふふ…………

 ……………………

 …………………

 ………………龍が撤退したら詰まないと思ってたでしょ。

 詰むんだなあ、これが。

 同玉なら5二銀打、3一玉、3二銀成、同玉、3一角、2一玉、3二金、1二玉、2二金、同玉、2三銀、2一玉、3二角成まで。4一金を取らずに2一玉と逃げても、3二銀成、同玉、4二金打、2三玉(2一玉は3二銀、1二玉、2一角まで)、3二角、2四玉、3五銀、1五玉(2五玉は4三角成)、1六香。


挿絵(By みてみん)


 (※図は西野辺さんの脳内イメージです。)


 以下、同銀成、同歩、2五玉、2六銀打まで。ぴったり。

 美沙ちゃんは、ととのった眉毛をピクピクさせた。

「詰んで……ます?」

 詰んでますねぇ。

 美沙ちゃんは大きくタメ息。

「龍を警戒しすぎましたか……とりあえず詰みまでは指します」

 だね。団体戦だし。

 パシパシパシっと、はい、詰みあがり。

「負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼。

 時間余っちゃったね。

 とりあえず感想戦かな。

 美沙ちゃんの発言を待つ。

「……6七同龍に4三金でしたか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「まあそうじゃないかな。6一龍で合駒を強要するよ」

「4一香、5二銀、4二金……このあとどうしますか?」

 うーん、そこからはちょっと難しいんだよね。

「先手のほうがいいのは間違いないから、角を打つかな。攻防なら8六角」

「こちらの即詰みはなくなりましたが……一手一手のような……」

「3八龍で一回王手するんじゃない?」

 一応、先手勝ちだとは思うんだよね。

 時間を残してたのは、この先を考える必要があったから。

 美沙ちゃんは腕組みをして、

「あ、それと、もうひとつ、2七角に5八玉でなかった理由はなんですか?」

 とたずねてきた。

「5八玉は6七金、同玉、4九角成、5八合駒、6六香、同龍、同馬じゃない? あ、5八合駒が銀なら、6六香、同龍、5八馬、同玉、6六馬ね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 私は手順を示した。

 すると、美沙ちゃんは異議をとなえた。

「こちらのほうが先手勝ちやすくないですか? 飛車を下ろされていないですし」

「うーん、本譜は明確な勝ち筋があるから、本譜でよくない?」

「なるほど、この手順では頓死筋がありませんね。しかし……」

 そこへ、お花おねぇが登場。

 横合いからめちゃくちゃのぞきこんできた。

「ああ、もう終わってるのですぅ」

 私はお花おねぇの勝敗をたずねた。

「お花は勝ちましたぁ。だけど、貴子たかこちゃんは負けちゃったのですぅ」

 よっしゃ、チーム勝ちぃ。

 お花おねぇは泣き真似をする。

「ふえぇえん、チーム戦はむずかしいのですぅ」

「お花おねぇも、さすがに分身はできないからねぇ」

「というわけで、あしたの個人戦は、茉白ましろちゃんをイイ子イイ子しまぁす」

 ひえぇ、だから怖いってば。

 とりあえず、日日杯に向けて箔もついたし、個人戦もがんばっていこう。

 それじゃあ、またあした。

挿絵(By みてみん)


場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選)

先手:西野辺 茉白

後手:黒木 美沙

戦型:力戦形


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △7四歩 ▲2五歩 △6二銀

▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二金 ▲3四飛 △7三銀

▲2四飛 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀 ▲2八飛 △2七歩

▲6八飛 △3三桂 ▲3八金 △6四銀 ▲2七金 △8四角

▲5八飛 △5四歩 ▲7七銀 △5二飛 ▲3六金 △5五歩

▲4九玉 △6五銀 ▲4六金 △4四歩 ▲1六角 △5三飛

▲6六銀 △同 銀 ▲同 歩 △同 角 ▲6八飛 △9九角成

▲5四銀 △同 飛 ▲6一角成 △同 玉 ▲6三飛成 △6二歩

▲7二金 △5一玉 ▲5四龍 △5二銀 ▲6二金 △同 玉

▲8二飛 △7二銀 ▲5二龍 △同 玉 ▲7二飛成 △4一玉

▲6一龍 △4二玉 ▲6二龍 △3一玉 ▲4三銀 △2七角

▲3八銀 △同角成 ▲同 玉 △2七銀 ▲4九玉 △3九飛

▲5八玉 △6七金 ▲同 龍 △6六香 ▲同 龍 △同 馬

▲4一金 △2一玉 ▲3二銀成 △同 玉 ▲4二金打 △2三玉

▲3二角 △2四玉 ▲3五銀 △1五玉 ▲1六香 △同銀成

▲同 歩 △2五玉 ▲2六銀打


まで93手で西野辺の勝ち



東雲「表彰式ッ!? 表彰式はッ!?」

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