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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
411/681

399手目 腕力勝負

 御城ごじょう先輩は7六歩と突いた。

 動揺してる気配は、まるでない。

 さっきまでの会話は、過去のものになる。

「8四歩です」


挿絵(By みてみん)


 御城先輩は前髪をさわりながら、

「角換わりにするか、矢倉にするか……」

 と言い、しばらく盤をみつめた。

 そして、2六歩と突いた。

 角換わりか──

 8五歩、7七角、3四歩、6八銀、6二銀。

「ん?」

 御城先輩の手が止まる。

 僕が角交換をしなかったことをあやしんでいる。

「……2五歩」

 僕は3二金と合わせた。

「なるほどな。俺に選択権はない、と」

 さすがに気づいたね。

 御城先輩は定跡重視タイプだ。

 とくに角変わりは県内トップクラス。ここはハズさせてもらう。

 すくなくとも後手からは交換しない。

「力戦を希望か。べつにいいがな。7八金」

 7四歩、2四歩、同歩、同飛、7三銀。

「俺から交換もないぞ。6六歩」


挿絵(By みてみん)


 ふーん、先手も角交換拒否なんだ。

 ムリヤリ矢倉? ……いや、雁木がんぎか?

 たまたま6八銀とあがっていたから、雁木に組み替えは可能だ。

 僕は4一玉でようすをみる。

 すると、予想どおりに6七銀と立ってきた。

 うーん、このへんはさすがだ。

 用意してきた作戦は、ほぼほぼパーになった。

 とはいえ、力戦は力戦。ここからは構想力勝負。

 5二金、5八金、4二銀、4八銀。

 ここで先手の飛車を撤退させる。

「2三歩」

「ずいぶんタメたな。2五飛」


挿絵(By みてみん)


 高飛車だ。狙いはなんだろう。7筋に利かせた?

 3三桂でバックさせることもできる。

 それを誘ってるのかな。

 ただ、この状況で桂馬を跳ねると、争点を作りかねない。

「3一玉です」

 4六歩、8四銀、9六歩、5四歩。

 御城先輩は、9四歩と突き返されなかったことをいぶかしんだ。

「7筋からか?」

 さすがに答えない。

 まあ7五歩の予定なんだけど。

 先手は居玉だ。右玉も視野に入れていそうな布陣。

 でも、3六歩を突いていない。すぐに3七桂〜2九飛のかたちはとれない。

「4七銀」

 うーん、居玉を維持してきた。

 僕は1分使って、7五歩を再検討する。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………攻めるか。

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 御城先輩は、ふたたび前髪をさわった。

 どう受けてくるか、ある意味楽しみではある。

 ここまでは僕がオーソドックスな攻めの態勢。

 先手は変わったかたちになった。

 御城先輩は急にうしろをふりかえると、

「すまん、だれか缶コーヒーを買ってきてくれないか?」

 とたずねた。

 ギャラリーは目配せし合う。

 紫水館しすいかんの生徒がまえに出た。御城先輩は150円を渡した。

「ブラックで」

 生徒は人垣をかきわけて消えた。

 僕はなんの気なしに視線を送る。

 御城先輩はこの視線をとらえ返して、

「悪いな。古谷ふるやのように先に買っとくんだった」

 と言い、それから8八角と引いた。

 手損を選択か……これ、居玉のままだから、先手はやりにくいんじゃないかな。

 棋理的には、僕のほうが指しやすいはず。

 僕は7六歩の取り込みを読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………飛車の横利きが邪魔だ。

「4四角」

 次に3三桂を狙う。

 ところが、御城先輩は予想外の手を指してきた。

「7七金」


挿絵(By みてみん)


 御城先輩はひとさしゆびでチェスクロを押した。

「……」

「……」

 僕は静かに読む。

 そのうち、買い出しの生徒が帰ってきた。

 御城先輩は缶コーヒーを受け取り、タブを開けた。

 軽いアルミの音。僕は盤面に集中する。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………7六歩が成立してない?

 いや、そんなはずは……でも、僕の読みでは成立していない。

 攻めのタイミングを逸した気がする。

 先に7六歩、同銀、7二飛、7七金と決めてから4四角だったかも。

 本譜は、御城先輩が先受けできている状態だった。

 力戦に持ち込めば、というのはやっぱり甘かったか。

「……9四歩」

「手待ちにみえるな……2八飛だ」

 3三桂、5六歩、5三角、5五歩。


挿絵(By みてみん)


 反撃された。

 でも、先手はかたちが良くない。

 これは事実だ。翻弄されないように注意。

 棋理的には僕のほうがいいはず。ソフトにかけたら後手持ちの自信があった。

 5五同歩、6五歩、7三桂、7八金。

 いきなりの受けか……先手陣はムリができない、という自白。

 僕はここで1分使い、8六歩と突いた。

「5四歩」

 拠点を作りにきた。僕は4四角と出なおす。

 御城先輩は8六同歩と手をもどした。


挿絵(By みてみん)


 4五歩とはしてこなかったか。

 8筋を手抜いて4五歩もありだった気がする。

「7六歩」

「4五歩」

 んー、このタイミング──どうものらりくらりしてるな。

 押したり引いたりのゲームになってる。

「同桂」

 御城先輩は4六銀と立った。

 桂馬が死んだ。けど、これはむしろチャンスだ。

「5七桂成」

 捨てる。

 御城先輩は、缶コーヒーをテーブルにおいた。

「5六歩の決戦じゃないんだな」

「それ狙いの4六銀でしたか?」

 4六銀のところでは、代わりに4六歩、5七桂成、同金が本線だったと思う。

 4六銀は、僕に5六歩のチャンスをくれた手だ。

 つまり、5六歩からの角交換を誘ったのが4六銀だと、僕は読んだ。

 御城先輩は澄まし顔で、

「どう解釈してもらってもいい」

 と言ってから、5七同金と取った。

 僕は7五銀と力強く出る。


挿絵(By みてみん)


 シンプルな攻めになった。

 御城先輩は5六歩の当たりを避けて、4七金。

 僕は7七歩成、同桂、7六歩と押し込む。

「すこし反撃させてもらうぞ。3六桂」

 ん……2四歩、同歩、同桂の準備?

 角当たりだから一回対応するしかない。

 僕は3三角と引いた。

 8五桂、6五桂と跳ね違える。


挿絵(By みてみん)


 むずかしくなった。争点が多い。

 御城先輩は右手の中指をこめかみにあてて、テーブルにひじをついた。

 残り時間は、おたがいに15分。

 寄せをミスしたほうが負け。それを読む時間はたっぷりある。贅沢な終盤になった。

 僕は7七歩成を中心に読んだ。

 御城先輩が読んでいるのは、2四歩だろう。

 2四歩は手抜けないんだよね。7七歩成よりも2三歩成のほうが速いから。

 ここは一回受けにまわる展開になりそう。

「……2四歩」

 僕はノータイムで取った。

「ずいぶんせっかちだな」

「次の手が広いので、早めに見せてもらったほうが得かな、と」

「なるほど……ちなみにこれだ」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 んー、そうきたか。

 5六歩の緩和だ。

 この手を指してきたってことは、御城先輩も決戦はイヤなわけだ。

 もしかすると、このあと受けて来るかもしれない。

 ここも手が多いから迷うな。

 怖いのは、4四同歩、5五角、6四歩、4四角の飛び出し。

 以下、同角、同桂が両取り──あ、4四角の時点で無視すればいいのか。7七歩成、7一角成、6七とのとき、さすがに同金だよね。仮に8二馬なら、5八銀、同飛(4八玉は6六角の飛び出しが王手)、同と、同玉、2八飛かな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷ふるやくんの脳内イメージです。)

 

 さすがに先手が悪そう。それでもまだむずかしいけど。

 とりあえず、4四同歩に5五角はそこまで怖くない、と。

 2四桂も当たりはキツくない。2三金と上がったあとが続かないからだ。

 やっぱり受けてきそう。

「同歩です」

 御城先輩は30秒ほど考えて、4九玉と寄った。

 いまさらながらの居玉解消。

 評価がむずかしい。

 団体戦っぽいヒヨリともとれるし、こっちに指して欲しいともとれる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………後者っぽいな。

 まずこうしよう。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


「ん、そうくるのか?」

 御城先輩はロダンの銅像みたいに、すっかり考え込んでしまった。

 僕はここでペットボトルを開ける。一服。

 ほんとは窓辺でリフレッシュしたいくらいなんだけど。

 ギャラリーが多すぎて、席を立てないんだよね。

 気分転換のチャンスもない。

 だんだんと息苦しくなってくる。

 御城先輩はようやく顔をあげた。

「……攻めるしかないか」

 先輩はそう言って、2四桂と跳ねた。

「同角」

 角桂交換でいい。飛車を上にひっぱりだす。

 同飛、7七歩成、同金、4五歩、5五銀。

 僕は桂馬をおろす。


挿絵(By みてみん)


 挟撃。2筋からの脱出口を封じた。

 御城先輩は冷静に4八金。

 じょじょに網をしぼっていく。

 7七桂成、同角、7六歩、8八角。

 んー、全面的に押さえ込めそうかな。だったら──

「3三銀」

 飛車もついでに追い回す。

 2六飛、2五歩、5六飛、6五金、5九飛。


挿絵(By みてみん)


 玉飛接近に追い込んだ。あとは王様を包むように──とはいえ、微妙だな。

 4七歩と打てれば簡単なんだけど。

 先手陣は見た目がめちゃくちゃなのに、意外と耐久力があった。

「……4六歩」

 わざと取らせる。

 同銀、4七歩、3八金、7七歩成、同角、7六銀。

「5筋がガラ空きだ。5三歩成」

 それは承知してます、なんて、面と向かって言うわけもなく。

 あとは玉形の差で押し切る。

 考えているのは、6七銀成、4三と、5八歩の攻め合い。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)

 

 先手は2択。攻めるか、受けるか。攻めから読んで来そうだ。そもそも受けるなら飛車を逃げる手しかないからね。まず、3三角成みたいに角が突っ込んでの詰めろ(3二と、同飛、2三桂以下)は、5九歩成で先手の負け。角が退いた時点で、先手玉は詰む。

 次に、3三とも大丈夫そうかな。5九歩成、同角、4八銀、同金なら、同歩成、同角、5八金、3八玉、4八金、同玉に6八飛と離して打って詰み。以下、3九玉、2八角、4九玉、5八飛成まで。だから、4八銀には同金じゃなくて同角で、同歩成、同金、4七歩の詰めろをかける。あるいは、4八銀じゃなくて5八銀、3九玉、5九銀不成の詰めろのほうがいいかもしれない。

 というわけで、本命は3二と、だ。この場合は同飛でよさそう。そこで7九飛と手順に逃げるのは、4八銀、同金、同歩成、同玉、7七成銀のとき、同飛と取れない。取ると5九角で王手飛車。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷くんの脳内イメージです。)


 あとひとつ気になるとすれば、3二と、同飛に4三桂の王手。

 これは2二玉と逃げて大丈夫なんじゃないかな。

 以下、追い回されても詰まない。

 ここで僕の残り時間が5分を切った。潮時かな。

 いずれにせよ、主導権を渡された状況だ。応じる。

「6七銀成です」

 御城先輩は10秒ほど考えて4三と。

 僕は敵陣にむけて、まっすぐ手を伸ばした。

「5八歩」


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