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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
410/682

398手目 過去と向き合って

 局面は終盤。石鉄いしづち先輩の指し手を、僕は悪手だと直感した。

 あせらずに、裏づけをとる。

「……2七銀」


挿絵(By みてみん)


 この打ち込みでイイはず。

 同銀、同歩成、同玉、2六歩。

 石鉄先輩の手がとまった。

 気づいたかな。どう逃げても、次の6七歩成が詰めろになる。1七玉や1八玉は、2七金打までの詰めろ。2八玉は、2七銀、3九玉、3八金、同金、同銀成、同玉、2七銀、4九玉、3八金、5九玉、6八龍までの詰めろ。3八玉もほぼ一緒だ。2七銀、4八玉、3八金の腹打ち以下で、詰むかたち。

 一番もつれるのは1七玉かな。僕はそこを中心に読み進めた。

 石鉄先輩は、のこり3分まで消費した。

「……1七玉だ」

 僕は6七歩成で詰めろをかける。

 2八歩、6八龍、5八歩。

「2七銀」


挿絵(By みてみん)


 再度の銀打ち。

 石鉄先輩は時間をほぼぜんぶ使って、3二とと入った。

 僕のほうが詰まないか読んでたっぽい。

 ノータイムで1三玉と逃げる。

「3三……」

 石鉄先輩は、置きかけの駒をもどした。自陣を確認し始める。

「……詰んでる?」

 うーん、気づかれたか。3三となら、1八金で詰み。


挿絵(By みてみん)


 (※図は古谷ふるやくんの脳内イメージです。)

 

 以下、同香、1六銀成、同玉、1五歩、同玉、2四金、1六玉、1五歩、1七玉、1六銀まで。つまり、現時点で先手玉は詰めろ。僕の王様を寄せるヒマはない。

 

 ピッ

 

 石鉄先輩、1分将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2三金だッ!」


挿絵(By みてみん)


 おっと、力技で回避してきた。

 3三とが王手になるかたちに持ち込む気だ。

 僕も慎重に考える。

「……同玉」

 3三と、同桂、3二角。

 石鉄先輩の方針は、僕の王様を上に押し込むことだ。

 双玉形で、先手の詰めろがほどけることを期待してるっぽい。

 

 ピッ

 

 ここで僕も1分将棋に。

 先手の持ち駒は銀桂か。1四角成とかの筋も注意して──

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 おびえる必要なし。王様を立つ。

 石鉄先輩は3六桂と王手した。

 同銀成、同歩、2七金、同歩。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

 僕は3三の桂馬を跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 石鉄先輩はこめかみを震わせた。

「こんどは桂馬が活きるのか……1八玉」

 2七歩成、同玉、2六歩、3八玉、2七銀。

「3九玉」

 僕は王様の頭に歩を打った。


挿絵(By みてみん)


 石鉄先輩は、ふかくタメ息をついた。

 やや未練がのこる表情で、

「まさに全軍躍動だったな……投了だ」

 と言い、頭をさげた。

 僕も一礼して終了。

「ありがとうございました」

 さて、僕の役割は果たせたけど……先に感想戦だね。

 人だかりができてるし、この2番席が最後だったんじゃないかな。

 石鉄先輩は腕組みをして、しばらく目を閉じた。

「……ちょっと消極的になりすぎたか」

 そうかもしれない。

 意気込みがかえって邪魔になったんじゃないかな。

 1番席は勝ち確だから、じぶんが勝てばチーム勝ちだろう、とか、そういう。

「2六桂は意味がなかった。どうすればよかった?」

「積極的にいくなら、そのまえに飛車切りかな、と思いました」

 僕たちは盤面をもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 僕は対局中に読んでいた順を示した。

 5三同角、4三金、3五角、2六桂だ。

 石鉄先輩は難色をしめした。

「いや、さすがにそれはヤリすぎだ」

「先手勝ちとは言えませんが、主導権はにぎれますよ」

 以下、2五銀、3六銀、8三飛、2五銀、4三飛みたいな展開。

 先手は薄くなった後手玉にせまる。

 後手はそのあいだに4筋の攻めを通せるかどうか。

 石鉄先輩は、僕が力説したのを不審に思ったらしく、

「それなら、古谷くんはなぜこの順を選んだんだ? 5三歩成、同金に代えて同歩としていれば、今の順はなかっただろう? そもそも5七桂成は最善だったのか?」

 とたずねてきた。

 うーん、なかなか鋭い指摘。

「たしかに、5三同歩のほうが安全だったかもしれません。それに、5七桂成よりも3三角のほうが手堅かったのも事実です。本譜は冒険しました」

「なぜ冒険した? 団体戦だから手堅く……」

「それが答えになっていませんか? 石鉄先輩は5三飛成を手堅く避けましたよね?」

 先輩は眉を持ちあげた。

 半分納得、半分唖然といったようす。

「……古谷くんは、ほんとうに勝負師だな」

「ほめ言葉と受け取っておきます。ほかにありますか?」

 石鉄先輩は、公民館の壁時計をみた。

 3時5分前だった。

「決勝は3時からだったな」

「多少は遅らせてくれると思いますが……」

「いや、休憩時間が必要だろう。俺の完敗だった。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 席を立つ。

 うしろにいた虎向こなたはガッツポーズして、

兎丸うさまる、よろこべッ! 決勝進出だッ!」

 とさけんだ。

 だろうね。石鉄先輩は、結果を知ってるみたいな雰囲気だった。

 おそらく、修身しゅうしんのだれかが手で合図したんじゃないかな。

 僕の反応が薄かったせいか、虎向は、

「どうした? うれしくないのか?」

 とたずねてきた。

「あ、うん……うれしいけど、べつに優勝したわけじゃないし」

 虎向は僕の心境を察してくれたらしい。

 急にテンションがさがった。

「そ、そうだな、ここで喜んでちゃいけないな」

「いや、まあ、そのほうが虎向らしくていいよ」

 ちょっとプレッシャーかけちゃったかも。あとでフォローしておこう。

 僕は話題を切り替えるため、佐伯さえき先輩に話しかける。

「おつかれさまです。どうでした?」

「おつかれさま。僕のほうは、大差で負けちゃった」

「決勝のあいては紫水館しすいかんですか?」

「たぶん。対局は観に行ってないけど、まわりの話だと、そうみたい」

 本命vs大穴か。盛りあがってきた。

 その証拠に、会場は満員御礼になりかけていた。

 女子の会場からもひとが流れているようだ。

 馬下こまさげさんたちの顔もみえる──あれ? 対局中じゃないのかな?

 駒桜こまざくら市立いちりつのメンバーは、僕たちのほうに歩いてきた。

 先頭の飛瀬とびせ先輩が、

「決勝進出おめでとう……」

 と祝福してくれた。

 んー、市立も準決勝をやってたような気がする。

 ってことは、アレか。

 佐伯先輩も察したらしく、

「ありがとう、そっちはどうだった?」

 と、遠回しにたずねた。

 飛瀬先輩はいつものポーカーフェイスで、

「ソールズベリーに負けちゃった……0−3……」

 と答えた。

「そっか、残念。僕たちはギリギリなんとかなってる感じ」

「決勝は応援してるから……」

「ありがとう。心強いよ」

 さらに他のメンバーも集まって来た。

 箕辺みのべ会長と葛城かつらぎ副会長、それに捨神すてがみ先輩たちも。

 捨神先輩は上機嫌で、

「アハッ、みんなすごいね。駒桜からの団体決勝は、ひさしぶりなんじゃないかな」

 と言った。

 葛城副会長は、くちびるにゆびをそえて、

「男子だと、千駄せんだ先輩がいたときの升風ますかぜ以来だよぉ」

 と教えてくれた。

 そこへ箕辺会長が割って入る。

「おいおい、捨神、ふたば、あんまり3人にプレッシャーかけちゃ悪いぞ」

 いや、ほんとにそうですよ。虎向がプルプルしてきてる。

 見かねた僕は、虎向に声をかけた。

「ちょっと飲み物買いに行かない?」


  ○

   。

    .


「……はい、これでよし、と」

 僕は虎向のヘアゴムをむすび終えた。

 いつものシンプルなマンバンのできあがり。

 さいわいなことに、自販機前にはだれもいなかった。

 ブーンという機械音のよこで、虎向はすこし恥ずかしそうにしていた。

「いやぁ、高校生にもなって悪いな」

 おまじないみたいなものだから、いいんじゃないかな。

 小学生のときは、よくやってたんだよね。虎向ってあがり症だから。

 最初はクラスのお遊戯会だった。

 虎向が王子様の役だったんだけど、第一幕でセリフを噛み噛みだった。舞台裏で衣装をなおしているとき、僕がヘアゴムをむすんであげた。どういう経緯だったかな。無意識にやった気がする。それ以来、大会で虎向が緊張してるときも、むすびなおしてあげた。

 でも、中学でクラスメイトにからかわれて、やらなくなったんだよね。

「緊張は解けた?」

「ん、まあ……」

「団体戦だから、もっと気楽でいいんじゃない?」

 僕は落ち着かせるつもりで言った。

 ところが、虎向は真顔になって、

「優勝がかかってるんだぞ」

 と答えた。

「それはそうだけど、人生がかかってるわけじゃ……」

 虎向は一瞬、悲しそうな顔をした。

 僕は口を閉じる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………なるほどね。

「ごめん、虎向の言うとおりだ。優勝しよう」

 虎向は笑った。

「そうこなくっちゃなッ!」

 そろそろもどろうか──っと、虎向は走ってもどっちゃった。

 調子がいいなあ。

 僕はお茶を買ってから、階段をあがった。

 会場につくと、決勝テーブルのまわりには人だかり。

 がんばって通してもらって、中央席へ。

 対局相手の御城ごじょう先輩と目が合った。

「遅かったな。立花たちばなが心配してたぞ」

「すみません、飲み物を買ってました」

 僕はペットボトルをテーブルのうえに置いた。

 椅子を引いて座り、駒を並べる。

「御城先輩は、県大会で優勝したことがありますよね」

「ん……ああ、直近だと、去年の高校竜王戦だが……」

「やっぱりうれしかったですか?」

 御城先輩は、けげんそうな顔をした。

「まあな……どうしてそんなことを訊く? まさかの盤外戦術か?」

「自分語りになりますけど、僕は県大会で優勝していないのがコンプレックスなんです。さっき気づかされました……いえ、まえから気づいてたんですが、ごまかしてました」

 僕は最後の香車を置く。

 御城先輩はチェスクロを設定した。

「俺には関係のないことだ」

「……ですね」

 沈黙──立花副幹事長が、振り駒を指示する。

 1番席でおたがいにゆずり合ったあと、佐伯先輩がふった。

清心せいしん奇数先きすうせん

「紫水館、偶数先ぐうすうせん

 僕は後手だ。

 気息をととのえる。高揚感はない。

 どこか吹っ切れたような気がした。

 対局開始の合図を待つ。ギャラリーも静かになった。

「準備はよろしいでしょうか? ……それでは、始めてください」

挿絵(By みてみん)


場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選)

先手:石鉄 涼

後手:古谷 兎丸

戦型:先手ゴキゲン中飛車


▲5六歩 △8四歩 ▲7六歩 △6二銀 ▲5五歩 △4二玉

▲5八飛 △8五歩 ▲7七角 △7四歩 ▲6八銀 △7三銀

▲5七銀 △6四銀 ▲6六銀 △5二金右 ▲4八玉 △3二銀

▲3八玉 △3一玉 ▲2八玉 △1四歩 ▲3八銀 △4四歩

▲5四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4三金 ▲5九飛 △3四歩

▲5四歩 △5二歩 ▲1六歩 △3三角 ▲4六歩 △2二玉

▲5六飛 △7三桂 ▲5八金左 △8六歩 ▲同 角 △6五桂

▲9六歩 △9四歩 ▲9八香 △4二角 ▲9七香 △9二香

▲4五歩 △8五飛 ▲5五銀 △4五歩 ▲4四歩 △3三金

▲6四銀 △同 歩 ▲4三銀 △同 銀 ▲同歩成 △同 金

▲5三歩成 △同 金 ▲6六歩 △5七桂成 ▲同 飛 △4六銀

▲6七飛 △3三角 ▲2六桂 △2四歩 ▲6五歩 △4三金

▲6四角 △6六歩 ▲7七飛 △2五歩 ▲3四桂 △同 金

▲4三銀 △4四金 ▲4二歩 △5一金 ▲7三角成 △6二桂

▲6四歩 △4三金 ▲6三歩成 △2六歩 ▲同 歩 △2五歩

▲6二と △4二金上 ▲4七歩 △3五銀 ▲5七飛 △2六歩

▲5二と △3二金 ▲5三と △3四金 ▲7四馬 △5六歩

▲同 飛 △8二飛 ▲6五馬 △6七歩成 ▲同 金 △8七飛成

▲7七桂 △7八龍 ▲6八歩 △6六歩 ▲4三と △2七銀

▲同 銀 △同歩成 ▲同 玉 △2六歩 ▲1七玉 △6七歩成

▲2八歩 △6八龍 ▲5八歩 △2七銀 ▲3二と △1三玉

▲2三金 △同 玉 ▲3三と △同 桂 ▲3二角 △2四玉

▲3六桂 △同銀引成 ▲同 歩 △2七金 ▲同 歩 △2五桂

▲1八玉 △2七歩成 ▲同 玉 △2六歩 ▲3八玉 △2七銀

▲3九玉 △3八歩


まで146手で古谷の勝ち

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