31手目 大場・柳ペア(2)
「僕のターンですね。5六香!」
優太くんの反撃が始まったっス。
風船のお姉さん、攻め間違えたんじゃないっスか。
「……4二銀」
「2一馬!」
これが厳しいっス。
単に3一金の受けは、同馬、同銀、5三香成。ここで4四角が王手成香取りに見えるっスけど、同飛、同歩、4三角とでも放り込めば、先手勝勢っス。
(※図は大場さんの脳内イメージです。)
「3一金打」
駒を足したっス。風船のお姉さんも、すぐには折れないっスね。
豪腕だけど、受けるときは受けるタイプっスか。てごわいっス。
「一回、1二馬ですね」
「私も香車をひろいます」
1九龍、8一飛成、8二香。
「あッ……そこに打てるんだ……」
優太くん、うっかりは禁物っス。
「9一龍で……うーん、後手の王様が狭いからそのまま……」
先手は薄いけど広い、後手は堅いけど狭いパターンっスね。
龍は動かさないで、7二に利かせておいたほうが、いいかもしれないっス。
「ごめんなさい、ちょっと考えます」
「うふふ、どうぞ」
んー、角ちゃんは、それだと微妙に困るんっスけどね。
遊園地で将棋観戦とか、ナゾ過ぎるっス。
……………………
……………………
…………………
………………
あれ? このお姉さんのかぶりもの、さっきから動いてるっスね。
かたつむりのツノみたいな突起が、ニョキニョキしてるっス。
電動式っスか。リアルっス。
こういうのみると、角ちゃん触りたくなっちゃうっス。
ちょんちょん。
「キャッ!?」
うわッ! おたがいにびっくりしたっス!
「触らないでください!」
「ご、ごめんなさいっス……」
そんなに怒らなくてもいいっスのにねぇ。
かぶりものを触るのは、だれだって……あれ?
ツノが、片方なくなってるっス……こ、こわしちゃったっスか?
「お姉さん、指しましたよ」
「はいはい」
あわわ、ど、どうすればいいんっスか?
さすがに弁償できないっス……って、あれ?
……………………
……………………
…………………
………………
角ちゃん、眼がおかしくなったっスか?
またニョキニョキ生えてきたっス。
もしかして、触られてひっこんだだけっスか?
……………………
……………………
…………………
………………
あんまり深く考えないことにするっス。気のせいっス。
将棋のほうは……。
こうなってるんっスね。6五桂に6四銀っスか。
よくある、桂頭に銀っス。
「9五角」
これも厳しいっスよぉ。優太くんが優勢だと思うっス。
風船のお姉さん、かなり真剣になってきたっスね。
前のめりで読んでるっス。こども相手に本気になっちゃダメっスよ。
「……2二金寄」
「ええ? 受けないんですか?」
「受けようがないですから」
そうっスね。6二銀は7三桂成、同銀引、同角成、同銀、7二銀が詰めろで、5二角、6一銀成、同角、7二金、5二銀、7三金くらいで死んでるっス。最初の6二銀に8二龍の安全策もあるっスから、盤石もいいところっス。
2二金寄は、受けずに逃げ出す手っス。でもこれ、寄ると思うっス。
「行子さん、ニャにやってるんですか?」
またへんな人が現れたっス……って、知り合いっス。
この猫耳型ヘアは、見間違えようがないっス。猫山さんっス。
「八一のメイドさんっスね、こんにちはっス」
「あ、これはこれは……大場さん、でしたか?」
大正解っス。常連さんの名前を覚えるのは、客商売の基本っス。
「ここでなにしてるんっスか?」
「アルバイトですよ」
そう言って、猫山さんも風船の束をみせてきたっス。
この人、いつもアルバイトしてる気がするっスね。
苦学生さんっスか? 大学生だと思うんっスけど……謎っス。ちなみに普段は、駒桜市にある、八一って喫茶店で働いてるっス。八一は、将棋好きのマスターが経営する、将棋指しの溜まり場っス。角ちゃんも、遊子ちゃんたちと一緒に、よく利用してるっス。
「愛さん、お疲れさまです」
風船のお姉さんも、挨拶したっスね。知り合いみたいっス。
「行子さん、お疲れさまです……って、ニャにしてるんですか?」
「みれば分かるでしょう。将棋です」
「いや、そういうことじゃニャくてですね……サボっちゃダメですよ」
やっぱりサボりじゃないっスか。
「サボってません。これはキッズサービスです」
「ものはいいようですね……どれどれ」
猫山さんは、マグネット盤を覗き込んだっス。
4人だと窮屈っスね。
あ、いつの間にか優太くんが指してたっス。
「ほおほお、こうニャってるんですか」
「うふふ、愛さん、呂律が回ってないですよ」
「そんニャ……そんなことはないですよ。それより、ピンチじゃないですか?」
「いえいえ、そうでも」
え? 互角だと思ってるんっスか?
さすがに優太くんがいいと思うんっスけど……。
「とりあえず、同銀上です」
「同香成!」
「同銀」
「7三角成!」
「これで馬が2枚、龍が1枚ですよ」
「駒の損得よりも、寄せの速度……4二玉」
寄りそうなのは、ナメコさんの王様だと思うんっス。
「5六馬……かな?」
ナメコさんは不気味に笑って、龍を持ち上げたっス。
「8九龍」
……あれ? いきなり危なくなったような……気のせいっスか?
8五桂、6六玉、7八龍が狙いっスね。8五桂に6八玉は、8六桂の追撃で困るっス。受けるなら、8六歩、あるいは6三馬……6三馬は、あんまり迫ってる感じがしないっス。
「うーん、8六歩」
優太くんは、そっちを選んだっスね。角ちゃんも賛成っス。
「7二香」
あ……これが激痛……。
6三馬、7六香。
これを取るかどうかっスよね……同玉、7八龍が王手……それとも、いきなり8六龍っスか? これは駒が足りないと思うんっスけど……あ、龍を動かさずに、6四桂もあるんっスか。王手馬取りっス。
優太くんも、顔色がおもわしくないっス。頑張るっス。
「取るのは全部厳しいから……6六玉」
「7八龍……駒が足りてきましたね」
「ニャハハハ、さすがは行子さん」
応援は禁止っス。ギャラリーは無表情、無言、無視線が大事っス。
「困ったなあ、龍を動かせないです」
8二香が、予想以上に働いてるっス。
9一龍〜9三龍とできないこともないんっスけどね……冴えないっスか。というか、その暇がなさそうっス。9一龍の瞬間に、6四金が詰めろ。同馬、同銀が詰めろ(しかも5四桂と7七龍のダブル詰めろっス)。3四馬と逃げ道を作るのは、4四桂と縛って詰めろ。とにかく、一手一手になっちゃうっス。
「うふふ、ぼうや、投了する?」
もはや丁寧語ですらなくなったっス。完全に優勢を意識してるっスね。
「投了はしません! 5五馬!」
優太くんは、さきに王様の逃げ道を確保したっス。
攻守が逆転しちゃったっぽいっスねぇ。
7七龍、7五玉、8六龍、6五玉。
ここで決め手がありそうっス。
風船のお姉さんは、あいかわらず前傾姿勢で、盤面をみつめてるっス。
「いろいろありそうだけど……6四歩」
うーん……一目、厳しいっス……まっすぐ引くのは7七香成で詰んじゃうっスから、5六玉……そこで、どうするんっスか? 4四桂とかでも勝ってるんっスかね?
「ニャるほど、これは終わってますね」
猫山さん、外野が口出ししちゃダメっス。
5六玉……あッ、5四歩があるっス。6六馬は4五金、反対側の4六馬は6五金で詰みっスか。でも、同馬上、同銀、同馬で、すこしは安全になると思うっス。その局面で後手は歩切れっスから、なんとかならないっスかね?
「……5六玉」
そう、そっちに逃げるっス。
5四歩、同馬上、同銀、同馬。
「6三角」
……………………
……………………
…………………
………………
「あ、そっか!」
優太くんは、ベンチから飛び上がったっス。
角のタダ捨てっスか? 同馬で?
「同馬とできないから、勝負ありね」
ナメコさんは、自分から勝利宣言。
「ま、負けました」
優太くんは、あっさり投了。
取ったらダメなんっスか? 同馬……あ、5五金があるっス。
(※図は大場さんの脳内イメージです。)
同玉、7五龍として、5四玉は6五龍まで。4六玉は、3四桂、3六玉、2五龍まで。龍と桂馬だけで詰んじゃうっス。だから、6三角は取れないっス。取れないなら、このまま馬を消されてゲームセットっスね。さきに5三銀、3二玉を決めてから6三同馬としても、詰み筋に影響がないっス。
ナメコさんの勝ちっス。
「お姉さん、強いですね」
「それほどでも」
「どこがおかしかったですか?」
ふたりが感想戦を始めようとしたところへ、猫山さんが割って入ったっス。
「行子さん、そろそろ仕事にもどりましょう」
「あ、そうですね」
行子さんは席を立って、スカートのほこりをはらったっス。
「じゃあ、またね、ぼうや」
「今度は勝ちますよ!」
再会できる確率は、めちゃくちゃ低いと思うっス。一期一会っスよ。
ナメコさんと猫山さんは、風船を持って、どっかに行っちゃったっス。
「んー、どこが変だったかなあ……」
「最後、同馬と取ったらどうっスか?」
「6四歩のところですか?」
「そうっス」
優太くんは、局面をもどしたっス。
「……どっちで取ります?」
「普通は同馬上じゃないっスか?」
ただ、同銀としてくるなら、同じことになりそうっス。
「同馬上、同銀、同馬……これが王手龍ですね!」
「あ、待つっス、5三桂で受かってるっスよ」
【参考図】
逆王手っス。8六馬とは、できないっス。
「そっかぁ……」
優太くん、しょんぼり。
「これはダメですね」
「もっとまえから悪いのかもしれないっス」
「どのあたりからですか?」
角ちゃんには分かんないっス。
石田流や三間飛車と違って、経験値不足っス。
「5六香から、攻め間違えちゃったのかなあ?」
「それより、遊ばなくていいんっスか? 検討なら、あとでできるっスよ?」
せっかく遊園地に来てるんっス。時間は有効に使うっス。
「そうですね! じゃあ、アレに乗りましょう!」
「ま、また絶叫マシーンっスか!?」
す、角ちゃん、墓穴を掘っちゃったっス! だれか助けて!
場所:アタリーのベンチ
先手:柳 優太
後手:久慈 行子
戦型:横歩取り4五角戦法
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩
▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △8八角成 ▲同 銀 △2八歩
▲同 銀 △4五角 ▲2四飛 △2三歩 ▲7七角 △8八飛成
▲同 角 △2四歩 ▲1一角成 △3三桂 ▲8四飛 △2六飛
▲3九金 △2七銀 ▲同 銀 △同角成 ▲6八玉 △2八馬
▲同 金 △同飛成 ▲7七玉 △2九龍 ▲5六香 △4二銀
▲2一馬 △3一金打 ▲1二馬 △1九龍 ▲8一飛成 △8二香
▲6五桂 △6四銀 ▲9五角 △2二金寄 ▲5三桂成 △同銀上
▲同香成 △同 銀 ▲7三角成 △4二玉 ▲5六馬 △8九龍
▲8六歩 △7二香 ▲6三馬 △7六香 ▲6六玉 △7八龍
▲5五馬 △7七龍 ▲7五玉 △8六龍 ▲6五玉 △6四歩
▲5六玉 △5四歩 ▲同馬上 △同 銀 ▲同 馬 △6三角
まで78手で久慈の勝ち




