394手目 白いスーツの少年
※ここからは、佐伯くん視点です。1回戦にもどります。
バス停を降りると、夏の日差しが僕らを照らした。
H島は、今日も暑くなりそうだ。
赤い郵便ポストが、電信柱のそばで涼んでいる。
制服姿の新巻くんは「うひゃあ」と言って、
「はやく公民館に入りましょう」
と、道路をわたった。公民館は、バス停のすぐ向かいがわだ。
走ると逆に暑いんじゃないかな。
僕と古谷くんは、歩いてあとを追う。
カバンのなかの駒箱が、カシャカシャと鳴った。
自動ドアをくぐると、冷気がお出迎え。
もしかして1番ノリかな、と思ったら、幹事のひとたちは先に来ていた。
大きなポニーテールの女子、月代さんの姿がみえる。
月代さんは、案内用のポスターを貼っていた。
とりあえずあいさつしておこうか。
「おはようございます」
僕があいさつすると、月代さんはふりむいた。
「あ、おはようございまーす。ひかえ室は、3階の研修室を2部屋とってあります」
了解。
僕たちは奥へ移動する。
途中に自動販売機があった。新巻くんは麦茶を購入。
エレベータもあったけど、階段であがった。
ふたつある研修室は、片方がじゃっかん広かった。40人前後ってところ。
僕はどっちにするかたずねた。新巻くんは、
「広いほうがスパイされにくいですよ」
と言った。じゃあ広いほうにしようか。
僕らは窓ぎわの後方を確保。ブラインドをおろす。
だれも来ないうちに最後のミーティング。
手帳をひらき、ならびを確認。
佐伯 古谷 新巻
「これでいいかな?」
古谷くんはうなずいて、
「それでけっこうです」
と答えた。新巻くんも同意見だった。
正解はよくわからなかったんだよね、けっきょく。
僕は手帳をしまった。将棋盤をとりだす。
さあ練習しよう。さっそく3人でまわす。
5分もしないうちに、次のグループが入ってきた。
修身高校のメンバーだった。アホ毛のはえたかわいらしい少年が先頭だった。
たしか並木くんだね。並木くんは僕たちをみて、
「あ、おはようございます」
とあいさつした。
僕は席を立ち、手をさしだす。
意味が伝わらなかったらしく、並木くんはきょとんとした。
「……あ、すみません、握手ですね」
並木くんは僕の手をにぎって、
「駒桜代表の佐伯先輩ですよね? ポーランドからいらしたとか?」
とたずねてきた。
「うん、そうだよ」
「僕は並木です。修身の副主将をやらせてもらってます。こちらは……」
ずいぶん強気そうな、短髪の少年を紹介される。
「主将の石鉄先輩です」
イシヅチくんとも握手。力のこもった情熱的な握手だった。
さらに、3人目の選手として、細顔の少年を紹介される。
「このひとは横田先輩です」
横田くんとも握手。
僕も古谷くんと新巻くんを紹介した。
けど、チームはもう知っていた。
それもそうか。古谷くんは県大会の準優勝経験者だ。
新巻くんは古谷くんといっしょにいることが多いから、有名なんだろう。
並木くんは、古谷くんたちにもあいさつをした。それから、僕のほうへ向きなおって、
「どこかで当たるかもしれないので、よろしくお願いします」
と言いのこし、廊下がわの席を陣取った。
ちょっと距離をとられた感じがする。
とりあえず練習対局、と。
しばらくして、飛瀬さんたちも到着した。僕らの近くに座る。
あっちはあっちで打ち合わせに入ったから、あいさつだけにしておく。
控え室は埋まって、見学者たちもちらほら見えてきた。
捨神くんもいた。捨神くんは、紫水館の御城くんとなにか話していたらしい。
らしい、というのは、あとで古谷くんに教えてもらったからだ。
僕はそのとき新巻くんと10秒将棋をしていた。
「あすの個人戦はがんばろうね、とかかな」
僕の推測に、古谷くんは、
「かもしれないですね」
と、すこしうわのそらの返事だった。
そうだね。いまは目のまえの対局に集中しよう。
僕たちは男子会場へ移動する。
初戦は友愛塾か。
ホワイトボードをみていると、うしろから声をかけられた。
「新顔だな」
ふりかえると、サングラスをかけたツーブロックの少年が立っていた。
ビシッと白いスーツを着て、赤いネクタイをしていた。
クールビズのほうがいいと思う。熱中症には気をつけよう。
少年はサングラスをはずした。威圧感のある瞳がのぞく。
「おたくらが清心?」
「うん、そうだよ。僕は主将の佐伯。友愛塾のひとかな?」
「大伴だ。よろしく」
ああ、大伴勝利くんか。棋譜は見たことがある。
僕は手をさしだした。すると、大伴くんは、
「俺は他人に利き手をあずけないんだ」
と答えた。
んー、じゃあハグ、と言いたいところだけど、ポーランドにもハグの習慣はない。
僕がハグするのは父さんと母さんだけ。あとおじいちゃんおばあちゃん。
大伴くんはサングラスを胸ポケットにしまいながら、
「悪く思わないでくれよ」
と言った。
「もちろんだよ。ひとそれぞれだからね」
ここで、運営のほうから合図があった。全員着席──大将席のあいては大伴くん。
とりあえず駒をならべる。
それから振り駒。どっちが振ろうか。
「大伴くん、振る?」
「ゆずり返すのがスジなんだろうが、佐伯は手品ができるんだよな?」
よく知ってるね。うれしいよ。
「そうだよ」
「悪いが、不正防止で振らせてもらうぜ」
たしかに、やろうと思えば先後は自在なんだよね。やらないけど。
大伴くんが振ると、と金が4枚出た。
「友愛塾、偶数先」
「清心、奇数先」
会場内がだんだんと静かになる。
運営の男子が大声を出した。
「対局準備のととのっていないところはありませんか?」
返事なし。
「それでは、対局を開始してください」
「よろしくお願いします」
おたがいに礼。
初手は7六歩。
8四歩、2六歩、8五歩、2五歩、3二金。
横歩のおさそいかな。
もうしわけないけど、僕は横歩はやらないんだよね。
右玉への変化がないから。
「7七角」
大伴くんはこの手をみて、
「俺サマの横歩を拒否か」
とつぶやいた。
「ごめんね」
「いや、謝らなくてもいいぜ。我を通すのはだいじだ。3四歩」
8八銀、7七角成、同銀、2二銀、1六歩、3三銀。
さっきの発言を聞くかぎり、僕の棋風はチェック済みっぽい。
用心しよう。
3八銀、6二銀、3六歩、7四歩、7八金、7三桂、3七銀。
「6四歩だ」
これはなんだろう?
後手も変わったかたちにしてきてるね。
すなおな角換わりではない気がする。
速攻? 6三銀だけ上がって、すぐに7五歩とかかな?
そうなると右に囲うヒマはなさそうだ。
僕は30秒ほど考えて、4六銀と出た。
大伴くんは6三銀。
6六歩、6二金で、大伴くんのほうが右玉っぽい反応。
やっぱり右玉対策をしてきてるみたいだ。
じゃあしょうがない。マジックだって、ムリに通しちゃダメだからね。
「3五歩」
僕にとっては変則。将棋的には正則。
大伴くんはこの手をみて、小考に入った。
まあ同歩だよね。大伴くんが考えてるのは、たぶんそのあと。
攻めてくるんじゃないかな。7五歩が第一候補か。
「……同歩」
僕は同銀。
大伴くんは10秒追加してから、次の手を指した。
パシリ
ふーん、そっち。
僕は手の意図を考える──同銀、6五歩かな。
そこで同歩は5五角だね。飛車香両取り。
でもこれは、取らなければいいだけだ。
さっきの長考時間にしては、タネが単純すぎる。なにかありそう。
「同銀」
大伴くんはノータイムで6五歩。
僕はこれを無視する。7七銀バック。
「4五角」
あッ、放置すると6六歩〜6七歩成か。
だけど、これも5六角で消せるね。
5六角、同角、5七角には4六銀でいい。
5六角、同角、8八歩、同金、5七角も、4六角で消せる。
となると、大伴くんの狙いは、さらにその先にありそうだ。
僕は5六角と打った。
同角、同歩。
「8八歩」
同金に5七角路線? なんか単調だな。
「同金」
「6六歩」
取り込みか……同銀だと6七角がある。
「6八歩」
大伴くんはパシリと角を空打ちした。8四にすえる。
僕は顔をあげた。
「ずいぶん凝った手だね」
「遠距離射撃だ。避けられるか?」
タネはわかった。
ここから6七歩成、同歩、5七角成だ。
4八角で、もういちど消そうかな。
それとも2四歩で攻めようかな。
僕は小考した。
「……2四歩」
「攻めか。いい度胸だ。同歩」
同銀、同銀、同飛、2三歩、2八飛。
銀交換をしておく。
6七歩成、同歩、5七角成。大伴くんは馬をつくった。
「6六角」
こっちで消そう。
「4七馬」
あれ、消せなかった。でもこれは香アタリだよ。
僕は1一角成とする。
大伴くんは3六歩と垂らしてきた。
2一馬、3七歩成、3二馬、2八とは、僕のほうが詰めろか。
一回受ける必要がある。
一番単純なのは3八歩。だけど、飛車の横利きが消える。
横利きが消えると、先手は寄るかもしれない。
僕は横利きを消さない方法を考えた。ところが、これもむずかしかった。
……………………
……………………
…………………
………………馬にアテながら受けようか。
候補は4八香か2七飛。
【候補手1】
【候補手2】
どっちもありそうだ。
そして、どっちも馬と飛車の交換になる。
4八香は3七歩成、4七香、2八と。
2七飛は3七歩成、同飛、同馬、同桂。
清算後に4七香と残っているのがいいのか、それとも右桂を跳ねてあるのがいいのか。
4七に香車がいるメリットは、4三香成が狙えることだね。2一馬〜4三香成とできれば、先手が優勢。そうはならないだろうけど。3七桂と跳ねておくメリットは、2八飛の打ち込みが緩和できることかな。ただ、こんどは2九飛〜3八銀が成立している。
僕は勝負どころだと思った。5分使って、優劣を比較する。
結論として、香車は手持ちにしたい、ということになった。
それに、4八香、3七歩成、4七香、2八と、2一馬は、金を逃げずに3八銀と絡んでくる可能性がある。これを受けきる自信がなかった。
「2七飛」
大伴くんも長考に入る。
飛車を渡すルートになりそうだ。安全に着地しないと。
なにかびっくりな手はないかな?




