392手目 カレピのちから
3四歩をみた土居さんは、ひとこと、
「これはもう決戦ね」
と言ってから、8八歩と打った。
私は同飛と取る。
持ち時間は双方10分にまで減っていた。
手数にしては使った感がある。
以下、同飛成、同玉、9六桂、7七玉。
土居さんは30秒ほど考えて、8八飛と打った。
これは……入玉の阻止?
あんまり入玉したいとは考えてなかったんだけど。
とはいえ、選択肢を潰されるのは、おもしろくない。
それに、6六玉からの脱出口が安全とも限らなかった。
私は念入りに読んでから、8六飛と合わせた。
土居さんは腕組みをして、体をゆらす。
「んー、いい手ね。交換するしかなさそう」
8六同飛成、同玉、8八桂成、9六角、9九飛。
ん? これはなんだろう?
……6三角成に8九飛成〜8七成桂とするつもりかも。
ただ、べつに6三角成でも問題はなさそう。
ということは、ちょっと手がヌルいんじゃないかな。
「8二飛……」
私は飛車を敵陣におろした。
土居さんは、うーんとうなってから、8九飛成とした。
8一飛成、9八成桂、8七歩。
これで止まるなら、やっぱり飛車打ちはヌルかったと思う。
じゃっかん先手がいいような気がしてきた。
土居さんも手がとまる。
「……」
「……」
ん? 背後に気配を感じる。
捨神くん……じゃないね、これは。
他校の観戦者っぽい。偵察されてる。
ふりかえるわけにもいかないから、盤面に集中。
たっぷり3分使って、ようやく土居さんが動いた。
「9七成桂」
What is this?
……………………
……………………
…………………
………………同玉で一手稼ぐ、っていう狙いかな。
単純に6九龍だと、すぐに8五玉と立たれてダメ、という読みっぽい。
でも、これは放置できる。
9六成桂、同玉のかたちは寄らない。
私も時間を使って読む。
……………………
……………………
…………………
……………あ、後手に詰めろがかかるね。
「3三桂……」
金銀がないからムリかな、と思ったけど、間に合っている。
以下、2一龍、1三玉、2五桂、2四玉、3五角、3四玉、1三角成、4五玉、4六馬までだ。4七に金が、6五に銀がいるから包囲できている。
土居さんも、さすがに気づいた。
9六成桂、同玉と王手してから、3一桂と打ってきた。
これは筋に入ったと思う。
私はのこり5分を有意義に使う。ここで時間があるのはありがたい。
王様を龍の横利きに誘導するのがいいね。玉は下段に落とせ、とも言うし。
だとすると、2一桂成、同玉……そこから3三歩成でイケそう。
私は1分だけ残して、2一桂成とした。
同玉、3三歩成、同金直、同香成、同金、2五桂。
「あらやだ、きびしい」
土居さんはさっきから1分将棋になっていた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二銀」
ここが最後の考えどころかな。
後手玉はあきらかに寄っている、はず。
ピッ
私も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
パシリ
これで決まり。
同香、同桂成は一手一手。
土居さんは59秒まで考えて、3二玉とあがった。
5三金、5一銀打。
「同龍」
同銀なら詰みだね。
土居さんも気づいて、嘆息した。
「同銀」
2一角、2二玉、3三桂成、同玉、4三金、同桂、3二金。
「負けました」
「ありがとうございました」
おたがいに一礼して終了。
他がとても気になる。でも、そのまえに感想戦。
土居さんはしばらく考えて、
「9七成桂って、あんまり意味なかったかしら?」
とたずねてきた。
とりあえず局面をもどす。
【検討図】
土居さんは龍をゆびさして、
「6九龍のほうがよかった?」
と訊いた。
うーん、むずかしいね。
「6九龍はとてもすなおだと思う……けど、どのみち3三桂と打ち込むかな……」
「9六成桂を入れてなければ、角じゃなくて金がこっちの手持ちなのよね」
「そこは影響があるかも……3三桂、3一桂、2一桂成、同玉、3三歩成、同金直、同香成、同金、2五桂、4二銀、1三桂打のとき、同香、同桂成、2二金とできるから、即寄りはないんだよね……ただ、どっちにせよ受かってない気がする……」
「そうねぇ」
それからもうすこし手前の局面を検討していると、ふいに大きな影がうつった。
みあげると、暮さんが立っていた。
暮さんはめんどくさそうな感じで、
「先輩、どうでした?」
と、土居さんにたずねた。
「負けちゃったわ」
「マジすか? じゃあチーム負けですね」
あれ、そうなんだ。
土居さんもちょっとびっくりして、
「暮さん、負けちゃったの?」
と訊き返した。
「いや、朝井が負けてるんで1−2です」
遊子ちゃん、やるね。
感心していると、会場内に月代さんの声がひびいた。
「それでは昼食休憩に入ります。再開は1時半からなので、遅れないでください」
これで対局は解散。
私は遊子ちゃん、馬下さんと合流して、ファーストフード店へ。
店内はずいぶん混んでいた。ちょっと席が空いてないね。将棋部単位で陣取っているところもあった。しかたがないから持ち帰りにして、公民館へもどった。
すると、廊下の途中の休憩スペースが空いていた。自動販売機と観葉植物、それに数脚のソファーしかない、がらんとした場所だった。広さは高校の教室の半分くらい。窓はついていなかったけど、ゴミ箱と換気扇があるから飲食OKだよね。
私は紙袋をガサガサやりながら、
「とりあえず、おつかれさま……」
とねぎらった。
遊子ちゃんはシェイクをチューチューしながら、首をタテに振った。
馬下さんはあいかわらず緊張してるみたいで、
「す、すみません、負けてしまいました」
と謝った。
「ぜんぜん問題ないよ……っていうか、準決勝まで来ると思ってなかった……」
遊子ちゃんはハンバーガーのつつみをときながら、
「だね。次がきびしいけど」
と言った。
そうなんだよね。次は優勝候補筆頭のソールズベリーだ。
「作戦は、どうする……」
私の質問に、遊子ちゃんはもぐもぐしながら考え込む。
ちゃんとぜんぶ飲み込んで、
「……ま、ヘタな小細工してもしょうがないよね」
と答えた。
「そうだね……とりあえずリラックス……」
そのあと、私たちは食事を終え、ゴミもかたづけて会場へ移動。
外食していた高校も、続々とあつまっていた。
私がトーナメント表でテーブル番号をチェックしていると、ふいに脳内に、
(あ、カンナちゃん、準決勝進出おめでとう)
という声が聞こえた。
ふりかえると、静ちゃんが立っていた。
そういえば、獄門もまだ残ってたね。
「静ちゃんも、準決勝進出おめでとう……」
(郭子ちゃんに勝ったんでしょ? 絶好調じゃん)
「カレピに応援してもらっているので……」
(は? 全力でつぶす、って言いたいけど、当たるなら決勝なんだよねぇ)
「獄門のあいては美沙ちゃんのところだっけ……?」
(そうそう、椿油だよ。こっちは神崎先輩と私、あっちは美沙ちゃんと桐野先輩だから、だいぶいい勝負かな)
ちょっぴり獄門のほうが分が悪いんじゃないかな。
まあそれは言わないでおく。うちも分が悪いし。
「じゃ、おたがいにがんばろうね……」
(カレピによろしくねぇ)
左右にわかれる。
準決勝のテーブルには、ひとだかりができていた。
みると、福留さんと赤井さんも来ていた。
福留さんは元気に手をふって、
「先輩たち、どこ行ってたんですか?」
と大きな声を出した。
小走りに合流する。
「ごめん……食事してた……」
「あ、そうだったんですね。MINEに既読つかないんで、ちょっと心配してました」
あ、チェックしてなかった。
赤井さんもいつもより上機嫌で、
「次は強敵ですが、がんばってください」
と応援してくれた。
「うん、がんばるよ……」
というわけで、部員との盛り上がりはこれくらいに。
対局席へ移動。
中央席には、ソールズベリーの主将、西野辺さんが座っていた。
うーん、主将対決か。
1番席が東雲さん、3番席は知らないメガネの女の子だった。
とりあえず着席。
「よろしくお願いします……」
「よろしくぅ」
駒をならべる。
西野辺さんは大会常連なだけあって、なんにもそわそわしたところがなかった。
彼氏持ちだから私の優位性もないし……って、それはちがうか。
そうこうしているうちに、準備がととのった。
月代さんの指示が聞こえる。
「振り駒をお願いします」
遊子ちゃんが振ろうとしたら、東雲さんがさえぎった。
「待ってくださいッ! ここは公平にじゃんけんしましょうッ!」
「あ”?」
「あ、はい、ゆずりますッ!」
遊子ちゃんにケンカを売るのはダメだよ。
遊子ちゃんの振り駒。
「駒桜、奇数先」
後手番になった。
おとなしく開始を待つ。
「対局準備はよろしいですか? ……では、はじめてください」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押す。
西野辺さんはすこしだけ黙想して、それから初手を指した。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、6六歩。
あれ? 事前調査だと、横歩になるはずだったんだけど?
私はいぶかしがりつつ、4二銀と指した。
6八銀、5四歩、6七銀。
え……これって──
場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選)
先手:飛瀬 カンナ
後手:土居 郭子
戦型:後手雁木
▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲5八金右 △4三銀 ▲6八玉 △9四歩 ▲9六歩 △8四歩
▲7八銀 △3二金 ▲4六歩 △8五歩 ▲7七角 △5四歩
▲7九玉 △6二銀 ▲4七銀 △5三銀 ▲5六銀 △5二金
▲1六歩 △1四歩 ▲3六歩 △4一玉 ▲3七桂 △3一玉
▲4八飛 △4二金右 ▲4五歩 △同 歩 ▲2二角成 △同 玉
▲7七角 △4四角 ▲4五銀 △7七角成 ▲同 銀 △4四歩
▲5六銀 △9五歩 ▲同 歩 △3五歩 ▲同 歩 △9五香
▲同 香 △3六歩 ▲3九香 △8六歩 ▲同 歩 △3七歩成
▲同 香 △6四角 ▲4七金 △5五歩 ▲6五銀 △8六角
▲同 銀 △同 飛 ▲3四歩 △8八歩 ▲同 飛 △同飛成
▲同 玉 △9六桂 ▲7七玉 △8八飛 ▲8六飛 △同飛成
▲同 玉 △8八桂成 ▲9六角 △9九飛 ▲8二飛 △8九飛成
▲8一飛成 △9八成桂 ▲8七歩 △9七成桂 ▲3三桂 △9六成桂
▲同 玉 △3一桂 ▲2一桂成 △同 玉 ▲3三歩成 △同金直
▲同香成 △同 金 ▲2五桂 △4二銀 ▲1三桂打 △3二玉
▲5三金 △5一銀打 ▲同 龍 △同 銀 ▲2一角 △2二玉
▲3三桂成 △同 玉 ▲4三金 △同 桂 ▲3二金
まで107手で飛瀬の勝ち




