391手目 井戸端会議
2回戦は本榧とだね。
近隣都市との因縁対決。
私たちが対局席へ移動すると、相手チームも来ていた。
ぽっちゃりした少女が、笑顔でこちらに手をふって、
「あら、カンナちゃん、おひさしぶり」
とあいさつしてきた。
本榧の主将、土居郭子さんだ。
「こんにちは……おひさしぶり……」
土居さんは遊子ちゃんのほうをみて、
「あら、そちらのかわいいキャラクターフードの子は?」
と尋ねた。
遊子ちゃんは前に出て、
「部長の来島です」
とあいさつした。
「はじめまして、土居です。何年生のかた?」
「2年生です」
「あ、じゃああたしと同じね。駒桜もメンバーがだいぶ変わってるじゃない」
まあそうかな。
裏見先輩も来てないし、以前出場したときはもっと上の代が出ていた。
土居さんは、ほんとにめんどうみのいいひとだから、
「こんどみんなでスイーツ食べに行かない? プリン・ア・ラ・モードとか」
と、親睦会のようなご提案。
「いいね……あ、そういえば、本榧のメンバーも紹介して欲しいかな……」
「あらヤダ、あたしったら」
土居さんは、まずもみあげの長い小柄な少女を紹介してくれた。
げんきのいい子で、
「はじめまして、朝井です。1年生です」
と、ハキハキしたあいさつだった。
「はじめまして……飛瀬です……」
土肥さんは次に、背の高い細身の少女を紹介してくれた。
さっきから気になってたんだよね。170は超えてそう。
目つきがちょっと悪い、というかあんまりやる気がなさそうな感じ。
あと、年頃なのかそばかすが目のしたあたりにあった。
「暮です。よろしく」
「よろしく……2年生?」
「1年です」
そっか、雰囲気がちょっと下級生にみえなかった。
土居さんは口もとに手をあてて、
「ふたりともけっこう強いの」
と笑った。
まあそりゃそうだよね。でないと県大会で2回戦進出しないだろうし。
とはいえ、あっちも吉備さんが来てないからチャンスはある。
私たちは席につく。
本榧は……朝井→土居→暮か。
2番席は主将対決になった。駒をならべる。
1番席の遊子ちゃんが振り駒。こういうときにゆずらないよね、遊子ちゃん。
「駒桜、偶数先」
んー、私の先手。なんにしようかな。
しばらくして、月代さんの声が聞こえた。
「準備はいいですね? ……では、はじめてください」
「よろしくお願いします」
おたがいに一礼して対局開始。
私は2六歩と飛車先の歩をつく。
土居さんはそれをみて、
「あら、それは相掛かりのおさそい?」
とたずねてきた。
「どうですか……一局……」
土居さんは腕組みをして、
「うーん、どうしようかしら」
と、序盤で30秒使った。
「こうしましょ」
拒否されたか。
まあしょうがない。相手の作戦はコントロールできないからね。
7六歩、4四歩。
ん、居飛車党の土居さんが4手目4四歩?
あっちもなにか用意してきてそう。用心。
4八銀、3二銀、5八金右、4三銀、6八玉。
まさかの振り飛車かな?
そのわりには飛車の移動が遅い。
土居さんは9四歩と打診してきた。9六歩と突き返す。
「8四歩よ」
んー、これは……陽動振り飛車?
いや、それよりも雁木の可能性が高いか。
私は7八銀とあがった。
3二金、4六歩、8五歩、7七角、5四歩、7九玉、6二銀。
うん、やっぱり雁木だね。このあと5三銀〜5二金の流れだ。
土居さんの方針はみえた。私は対応を考える。
……………………
……………………
…………………
………………右四間でいこうか。
4六歩も突いちゃったし。
4七銀、5三銀、5六銀、5二金。
うーん、ここからどうするか。
私は1六歩、1四歩、3六歩と突いて、4一玉に3七桂と跳ねた。
「右四間?」
「まあそうみえなくもないね……」
「ちょっと考えるわ」
土居さん、わざわざ長考の申告。
さて、右四間にはしてみたものの、突破できるかどうかは微妙。
これで簡単に突破できるなら、みんな右四間にするわけで。
正直に言っちゃうと、雁木対策をあんまりして来てないのが選択理由。
変にひねって指すくらいなら、勉強したことのある戦法でいきたい。
私は1番席と3番席をちらりと確認。
遊子ちゃんのところは矢倉、馬下さんのところは横歩。
まだ序盤だから、形勢はなんともいえない。
「3一玉」
土居さんは王様を移動させた。
私は4八飛と回る。
「やっぱり右四間じゃない。だったらこう」
パシリ
……評価がむずかしい手だね。
場合によっては5二金ともどすための、手待ちにもみえる。
私は読みを入れた。
4五歩、同歩、2二角成、同玉、7七角、4四角……一発で潰すのは無理そう。
一回後手に手をまわさないといけない。
そのとき土居さんが攻守のどちらを選ぶのか、っていう話か。
「4五歩……」
「開戦ね。同歩」
2二角成、同玉、7七角、4四角、4五銀、7七角成、同銀。
土居さんは4四歩と打った。
これがあるから突破はムリ。撤退。
「5六銀……」
「うーん、どうしましょ。矢倉に組みなおされると面倒なのよね」
それはちょっと考えてた。
後手は金矢倉にも銀矢倉にもできない。
先手は6六歩から組みなおせば、どちらかにできる。
土居さんはここで1分追加して、端に手をかけた。
「9五歩」
なるほど、後手から打開して……ん?
私は盤の右側をみた──桂頭の守備がはいってない。
マズいかも。9五同歩、3五歩、同歩、9五香、同香、3六歩と打たれる。
むりやり歩を入手して、桂頭に打ち込む作戦だ。
駒割り自体は問題ない。桂香交換。しかも後手は歩切れになる。
ただ、3六歩に4七金、3七歩成、同金のかたちが悪すぎるような?
3九角と打たれたら、困っている気がした。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
私は考え込んだ。
3六歩に2五桂と跳ねたほうがいい?
以下、3七歩成、4九飛、2七角、5九飛……入玉を阻止できる気がしない。
だとすると──私は黙って9五歩と取った。
3五歩、同歩、9五香、同香。
「さあ、これで困ってるんじゃないの。3六歩」
「3九香……」
土居さんはちょっとおどろいて、
「あら……そういう手があるの?」
とつぶやいた。
わかんない。正直、指してる私に自信がない。
3七歩成、同香で攻勢に転じるのが狙い。
この瞬間、後手には3三歩と打つ歩がないところがポイント。
先手は3四歩と伸ばしていける。
土居さんは、ここでまた長考した。
「……ヤダ、歩切れが痛いわね」
うーん、そうでもないんだよね。
先手は陣形がバラバラだし、おたがいに持ち角だから、受けはいろいろある。
とりあえず、ここは土居さんの対応をみていく。
「……こっちが先ね」
土居さんは8六歩と突いた。
味つけか。
ノータイムで同歩。
土居さんは3七歩成、同香としてから、持ち駒の角に手をのばした。
パシリ
ん……後手もひねってきた。
けど、この手の意味はなにかな?
私は土居さんの意図を考える。
……………………
……………………
…………………
………………もしかして8六角で歩の入手?
土居さん、ちょっと悲観しちゃったのかな。
じっさいには先手がいい気はしないんだけど。
それとも私のほうが悲観してる?
とりあえず、これは受けないといけない。
「4七金……」
土居さんは5五歩、6五銀としてから、8六角と出た。
ほんとに歩の入手なんだ……どうしよう。
ここに来て迷いが生じる。
ほんとうに後手不利なら、8六同銀、同飛、3四歩はありかも。
3三歩と受けられるまえに、決着をつけてしまうやり方。
でも、そんなに先手がよくなかったら?
私のほうが一回受けたほうがいい。8八歩とか……あ、それは意味ないか。
8七歩でこじ開けられるだけだ。
「むずかしくなった……」
「そうねぇ、むずかしいわね」
井戸端会議みたいになってしまった。
とりあえず攻めと受けを比較してみる。
攻めるなら8六同銀、同飛、3四歩、8八歩、同飛(!)の殴り合い。
以下、同飛成、同玉、9六桂の展開が一番過激になりそう。即寄りは……ないね。
3四歩とせずに受けるなら……受けはないっぽいかな、たぶん。
じゃあ攻めるしかないのか。
私は8六同銀、同飛と交換して、3四歩と伸ばした。
攻めきれるかどうか。不安になってきた。




