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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
402/682

390手目 消えた横利き

「3七銀……」


挿絵(By みてみん)


 まずはふつうに組んでいく。

 このかたちからの鳥刺とりざしが即成功、ってことはないと思う。

 ちょっと楽観的かな。

 月代つきしろさんは4二角で、壁角かべかくを回避。

 私は2六銀と棒銀に組んだ。

「ふーん、そうきますか……3一玉」

 すぐには攻めてこなかった。

 駒組続行。

 1六歩、4五歩、6八角、5三銀、3七桂。

「4四銀右」

 盛り上がってきた。

 私はここで小考。

 6七金右とするか、それとも7九玉とするか。

 9五歩がみえてるのに7九玉はないか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こう

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 5八の金は4七の防御に使う。

 左が薄くなるけど、月代さんは右銀を4四に移動させてしまっている。

 ここから援軍を送って8筋を潰すのはムリなはず。

 月代さんは1分ほど考えて、2二玉。

 速攻はあきらめた感じかな。

 7八玉、7二飛、2九飛、6四角。

 これは6五歩で追い返す。

 4二角、6六銀。

「6四歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 そっちから開戦するのか。

 ということは6四角は誘いのスキだった?

 ちらっとは考えてあったからだいじょうぶ。たぶん。

 同歩、同角、6五歩、4二角で収める。

 それから4六歩、同歩、同角、4五歩、6八角で、先手も追従。

 おたがいに持ち歩が手に入った。

 これはアレかな。端攻めしてきそう。

「9五歩」


挿絵(By みてみん)


 さて、後手は当初の狙いを実現してきた。

 とりあえず同歩とする。

「9七歩」

 この垂らしは当然の継続手。取れば8五桂だ。

 でも、歩を手に入れたのは月代さんだけじゃない。

 私も攻めを模索する。

 後手が1四歩と突いてくれば、端攻めが効くんだよね。

 だったら──

「1五銀」


挿絵(By みてみん)


 これで打診する。

 放置なら2四歩、同歩、同銀、同銀、同角、同角、同飛。

 こっちのほうが速いはず。

 月代さんは慎重に読み始めた。

 私は9五香の走りよりも棒銀のほうが速いことを確認する。

「……1四歩」

 月代さんは、一回受けてきた。

 2六銀とバック。

 月代さんは8五桂と跳ねて、攻めにはずみをつけた。

 私は1五歩で開戦。


挿絵(By みてみん)


 こういうのをなんていうんだっけ、せん

 地球の知恵。

 同歩、同銀、9八歩成、同香、9七歩。

 んー、こういう手順があるのか。

 1五の銀を放置されてしまった。

 感心している場合じゃないので、真剣に考える。

 9七歩を放置して2四歩も、じゃっかんアリのような?

 2四歩、同歩、同銀、同銀、同角、同角、同飛……むずかしい。2三歩のあと、飛車の引き位置も問題。ただ、後手は歩切れなんだよね……イヤ、ダメか。私のほうは5八の金が浮いている。9八歩成で挟撃になったらきびしい。

「9七同香」

 いったん受ける。

「同桂不成」

 不成か……絶対取ってね、っていう手だ。

 次に8九桂成をみせている。

 月代さんは、私が取ると思っているはず。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ウラをかこう。

「1二歩」


挿絵(By みてみん)


 私は攻めに転じた。

 月代さんは目をほそめた。

 そして、ちょっと考え込む。

 8九桂成がじつは痛くないことに気づいたかな。

 私のほうの1一歩成は痛いはず。

「……同香」

 1三歩、同香、1四歩、同香と吊り上げて、同銀、8九桂成の進行。

 私はこれを無視して、1三歩と打った。

「9七角成」

 私は飛車をスーッと横に動かす。


挿絵(By みてみん)


 8九飛。これで受かっている。

 後手は持ち駒の組み合わせが悪い。この飛車は追えない。

 ただ、さっきの長考で、月代さんもさすがに気づいていた。

 その証拠に、8五香を選択してきた。

 8八香と打ち返す。

「い、意外とカタい」

 さようでございます。

 月代さんはここでふたたび長考。

 先手からの狙いはわかりやすい。そのぶん、後手は攻めを中断できない。

「……4六桂」


挿絵(By みてみん)


 左右挟撃にしてきた。

 4八金、9八馬、2九飛。

「……9六歩」

 よし、手がとまった。

 私は1二歩成とする。

 月代さんは3一玉と逃げた。

 チェスクロを確認。まだ7分あるね。

 じっくりと考えよう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………辛口からくちでいく。

「8九桂……」


挿絵(By みてみん)


「???」

 月代さんはけげんそうな顔をした。

 けど、この手はちゃんと根拠がある。

 9七歩成、同桂、同馬で後手の攻めが遅れる。

 8九桂と打たない場合、9七歩成→9八と。

 本譜は、9七歩成、同桂、同馬のあと、9八馬と入りなおしたうえで9六にもう一回歩を打つか、あるいは馬を入りなおさずに9六桂→9八桂成。どちらも遅い。

 月代さんもこの手の意味を察したらしく、腕組みをした。

 猫背気味に考え込む。

 月代さんは、もう5分を切っている。

「……9五香」

 ん……それはちょっと意外。

 香車のタダ捨てか。

 9五同角に9二飛の予定かな。

「同角……」

 月代さんは9二飛と回った。

 8四角、8二飛(?)、5一角成、


挿絵(By みてみん)


 わざわざ挟撃形にさせてくれた? なんで?

 私、なんか見落としてないよね?

 このレベルの大会だと、かえって不安になる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………そっか、8四の歩を消させたのか。

 いつのまにか後手は、8七香成と突撃できる態勢になっていた。

 うーん、さすがにうっかりではなかった。でもまだ私がいいはず。

 月代さんは8一飛と引く。私は2一とで王手。

 同玉、6三桂、8七香成、6八玉、7八成香、5七玉。

「8八飛成」


挿絵(By みてみん)


 想定よりも危なくなってしまった。

 私は速度計算をする。

 

 ……ピッ

 

 私のほうが先に秒読みになっちゃった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 2三銀成とつっこむ。

 月代さんも秒読みになるまで読んでから同金。

 2四歩、同銀、同馬、同金。

 私は59秒ぎりぎりまで考えて、2四飛と走る。


挿絵(By みてみん)


 読みまちがっていなければ、これで決まり。

 後手が受けても一手一手。

 月代さんは頭をかかえる。

「う、受けがない」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3一玉ッ!」

 駒を節約してきた。

 私の頓死狙いだね。

 冷静に2三飛成としておく。


挿絵(By みてみん)


「3三金でも受けになってないか……負けました」

「ありがとうございました」

 一礼して終了──ふぅ、ひとまず一勝。

 月代さんはあんまり納得がいかないのか、うんうんうなっていた。

「8九桂の時点では、もう悪かったかも……」

 月代さんのひとりごとに、うしろから声がする。

「アハッ、そうでもなかったよ」

 ふりかえると、捨神すてがみくんが立っていた。

 月代さんは、捨神くんのコメントをちょっと不審がった。

「ずっと観てたわけじゃないでしょ?」

「ううん、観てたよ。8八飛成まではいい勝負じゃないかな?」

 私たちは局面をもどした。

 

【検討図】

挿絵(By みてみん)


 月代さんは飛車を持ち上げて、

「ここで飛車成が悪かったってこと?」

 とたずねた。

「飛車の横利きを消してまで龍を作る意味はないよね。8八馬じゃないかな。飛車の横利きがあるうちは、2三銀成〜2四歩〜2四馬〜2四飛でも寄らないと思う。だから8八馬に2四歩、同銀だと思うんだけど、次の手がけっこうむずかしいよ」

 月代さんは捨神くんの解説を聞きながら、

「なるほどね、勉強になるわ……もしかして、終盤全部観てた?」

「うん」

「わざわざ女子の1回戦を観てたの? しかもソールズベリーとかじゃなくて?」

「え、あ、うん……だっておなじ市だから」

「男子のほうは観ないの? 兎丸うさまるくんが出てるんでしょ?」

 いかんいかんいかん、この女、やたらさぐりを入れてくる。

 私はそっと口をはさむ。

「月代さん、今日もポニーテールがかわいくキマってるね……」

「な、なんでいきなり私のポニテの話になるの?」

 話題をそらせるなら、なんでもいいので。

 とはいえ、月代さんのチャームポイントなのはまちがいない。

 裏見うらみ先輩の倍は毛髪量がありそう。

 そうこうしているうちに、チームの結果も出た。3ー0で勝ち。

 月代さんは、

「全敗なのかぁ」

 とのけぞった。それから気をとりなおして、

「じゃ、運営の仕事ものこってるし、感想戦はこのくらいでごめんね?」

 と訊いてきた。

「オッケーです……ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私たちは席を立つ。

 捨神くんとお話ししたいけど、さっきみたいなことがあるので自重。

 まずはチームメイトとコミュニケーション。

 遊子ゆうこちゃんは勝ったのに淡々としていて、

「1回戦を突破したから、次は2回戦だよ」

 と言った。

「遊子ちゃん、それは進次郎しんじろう構文だね……」

 めっちゃガン飛ばされた。すみません。

 いっぽう、馬下こまさげさんはちょっと高揚こうようしているみたい。

「け、県大会で勝てるとは思いませんでした」

 馬下さんは自信がないタイプか。

駒桜こまざくらの女子はハイレベルだから、自信をもっていこうね……」

「は、はい」

 私たちがわいわいやっていると、月代さんのアナウンスが入った。

「次の対局は10時45分から開始します。準備を始めてください」

 さあさあ、お次はどこかな。

 駒桜女子、再出撃ッ!

挿絵(By みてみん)



場所:2015年度全国高等学校将棋トーナメント(H島県予選)

先手:飛瀬 カンナ

後手:月代 晶子

戦型:矢倉雀刺し


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七銀 △6二銀

▲2六歩 △4二銀 ▲2五歩 △3三銀 ▲4八銀 △3二金

▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △5二金 ▲5六歩 △5四歩

▲5八金 △4四歩 ▲7九角 △3一角 ▲3六歩 △7四歩

▲6六歩 △9四歩 ▲9六歩 △4三金右 ▲4六角 △7三桂

▲3七銀 △4二角 ▲2六銀 △3一玉 ▲1六歩 △4五歩

▲6八角 △5三銀 ▲3七桂 △4四銀右 ▲6七金左 △2二玉

▲7八玉 △7二飛 ▲2九飛 △6四角 ▲6五歩 △4二角

▲6六銀 △6四歩 ▲同 歩 △同 角 ▲6五歩 △4二角

▲4六歩 △同 歩 ▲同 角 △4五歩 ▲6八角 △9五歩

▲同 歩 △9七歩 ▲1五銀 △1四歩 ▲2六銀 △8五桂

▲1五歩 △同 歩 ▲同 銀 △9八歩成 ▲同 香 △9七歩

▲同 香 △同桂不成 ▲1二歩 △同 香 ▲1三歩 △同 香

▲1四歩 △同 香 ▲同 銀 △8九桂成 ▲1三歩 △9七角成

▲8九飛 △8五香 ▲8八香 △4六桂 ▲4八金 △9八馬

▲2九飛 △9六歩 ▲1二歩成 △3一玉 ▲8九桂 △9五香

▲同 角 △9二飛 ▲8四角 △8二飛 ▲5一角成 △8一飛

▲2一と △同 玉 ▲6三桂 △8七香成 ▲6八玉 △7八成香

▲5七玉 △8八飛成 ▲2三銀成 △同 金 ▲2四歩 △同 銀

▲同 馬 △同 金 ▲同 飛 △3一玉 ▲2三飛成


まで119手で飛瀬の勝ち

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