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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第38局 2015年度全国高等学校将棋トーナメント(2015年7月19日日曜)
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389手目 やってきた県大会

※ここからは飛瀬とびせさん視点です。

 というわけで、ひかるちゃんの長い長い弁明も終わり──県大会です。

 全国高等学校将棋トーナメント。47都道府県の覇者を決める、最大の公式戦。

 そのH島予選が、いよいよ開幕する。今年は夏休み初日が団体戦、2日目が個人戦。

 会場はH島の公民館。

 こぎれいな控え室は、県内からあつまった高校生でにぎわっていた。

 白いテーブルがならんでいて、各校で場所とりをしている。

 ほとんどの生徒は制服姿で、なんだか展覧会みたい。

 私たち駒桜こまざくら市立いちりつは、窓際のいい席をとれた。近隣の自治体さまさま。

 清心せいしん佐伯さえきくんたちとは同席。男女別で利害関係がないからね。

 ただ、佐伯くんたちはすぐに練習をはじめた。

 私たちも最終調整に入っていて、話したりする時間はなかった。

 10秒将棋でまわす。いまは私と馬下こまさげさんの対局。

 遊子ゆうこちゃんはとなりで棋譜とにらめっこしながら、

「……やっぱりプランAでいくしかないかな」

 とつぶやいた。

 プランAっていうのはオーダーに関する暗号。

 遊子ちゃん→私→馬下さんでならべる。

 と言っても、オーダーのならびはほとんど読めないんだよね。

 キーポイントは、馬下さんがセンターだと威圧感がないかな、と。

 そのあたりは遊子ちゃんの提案。

 

 ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

 馬下さんが投了。

 勝ち抜けだから私がアウト、遊子ちゃんがイン。

 すぐに対局がはじまって、私は観戦。

 これ、福留ふくどめさんと赤井あかいさんにも、定刻どおり来てもらったほうがよかったかな。

 とはいっても、あのふたりとはけっこう棋力差がある。

 裏見うらみ先輩がいれば一番いいんだけど、模試でいなかった。

 しょうがないから、じっと観戦する。

「……」

「アハッ、飛瀬さん、熱心に観てるね」

 っと、この声は──ふりかえると、捨神すてがみくんが立っていた。

 空色そらいろのシャツにぶかぶかの白いロングパンツを履いていた。

 あいかわらず尊い。朝一なので拝んでおく。

「ど、どうしたの? 僕はまだ幽霊じゃないよ?」

「なんとなく……あれ? 個人戦はあしただよね?」

「うん、僕の出番はあしただけど、せっかく県内から選手が集まってるしさ。団体戦と個人戦の両方に出る選手もいるから、偵察……あと、同郷の応援かな」

 捨神くんは、ちょっと照れくさそう。

 すると、さらにうしろのほうから、

「最後のやつが本音なんじゃないのか、捨神」

 と、男子の声が聞こえた。

 私はその声に聞きおぼえがあった。

 アタリー遊園地で出会った、紫水館しすいかん御城ごじょうくんだった。

 やや長めのうしろ髪と、目元までかかるアシメの前髪。

 夏用の黒いイージーパンツに、白いシャツを着ていた。

 捨神くんは「おはよう」とあいさつしてから、

「ずいぶんとラフなかっこうだね。似合ってるよ」

 と言った。

「紫水館のモットーは『自由じゆう闊達かったつ』だ……というか、おまえもラフだろ」

「ごめんごめん、べつに皮肉で言ったんじゃないよ。それにしても、大胆だね」

「そんなに崩したかっこうじゃないと思うが?」

「ううん、このスペースに顔出ししたこと」

 捨神くんの指摘に、御城くんはちらりと視線を変えた。

 その数メートル先には兎丸うさまるくんがいた。

 抜け番になっていた彼も、御城くんを見つめ返す。

 だけど、あいさつはしなかった。

 御城くんはタメ息をついて、

「たまに会うと、年下とは思えないときがあるな」

 と評した。捨神くんは、

「ここにいるメンバーはだいたいそうだよね」

 と返した。

「まあな……そういえば、六連むつむらも来てたぞ」

 捨神くんはちょっとおどろいた。

「そうなの? 団体戦の男子代表は、皆星かいせいじゃなくて黒潮くろしおだよね?」

「明日の偵察だろうな……もっとも、偵察に来たこと自体が、あいつははじめてだ」

「アハッ、これって僕の年齢で言うことじゃないかもしれないけどさ」

 捨神くんはスッと笑みを消した。

「明日の決勝は、同世代対決にしたいかな、っていう気がする」

 御城くんは一瞬困惑して、それからセキばらいをした。

「なんだ? 試合前の心理戦か?」

「ちがうちがう。日本の教育制度って、小中高で分離してるでしょ。1コ差ですら学校が変わるときに対局しないし、ずっとおなじ土俵で戦ってきたって言えるのは、同世代だけじゃないかな」

「おい、捨神、俺はわりと勘ぐるタイプだから、そういう発言は深読みするぞ……おまえとすばるが同世代なら、一度も全国大会には出場させなかった、って言いたいのか?」

「……」

 捨神くんの沈黙は、暗にイエスだと言っていた。

 御城くんはなおさら不審がって、

「昴となにかあったか?」

 とたずねた。

「ううん、それどころか、対局以外で話したことないんだよね、じつは」

「だったら、なんで昴のことなんか気にしてる? ……さては日日にちにち杯か?」

「……まあ、そう受け取られちゃうかな。ごめん、さっきのはナシで」

 御城くんは、六連くんよりも捨神くんのほうが心配になってきたみたい。

 腕組みをして、

「おれは日日杯の参加選手じゃないから、憶測だが……プレッシャーがあるんだな」

 とつぶやいた。

「アハッ、たぶんにね」

「……もうひとつ深読みしていいか?」

「ハラスメントじゃなければ、御城くんの好きなように」

「昴を短期間で県代表にさせたことは、、と思ってるか?」

 捨神くんは、なんともいえない能面になった。

 それは、私たちがつきあい始めてからも、一度も解読できない表情だった。

 どこか無関心で──それでいて、悲しげ。

「ちょっと昔話なんだけど、僕がはじめてピアノコンクールで入賞したのは、中2のときなんだよね。審査員賞っていって、オマケの賞だったんだけどさ。養護学校で僕にピアノを教えてくれた先生は、受賞に反対だったんだ、審査員のひとりとしてね」

「……早めの成功には罠があるってことか?」

「さすがにそうは思わないよ。中学生でプロ棋士になるのは悪いことじゃないし。ただ、あのときH島の高校将棋界は、ちょっとナメられたんじゃないかな、と思ってる」

 御城くんはふかくため息をついた。

「ジャビスコ杯で捨神は負けてるだろ。昴の実力はホンモノだ」

「アハハ、さすが御城くん、痛いところを突いてくるね……うん、やっぱり忘れて」

 微妙な空気がながれる。

 それをやぶるかのように、入り口で声が聞こえた。

 開会式の呼び出しだった。

 選手は会場へ移動。公民館で一番大きなホール。

 スポーツの大会とはちがって、整列したりはしない。

 このへんルーズなんだよね。

 でっかいポニテの女子高生、月代つきしろ幹事長がまえに出た。

「これより2015年度全国高等学校将棋トーナメント、H島予選をはじめます。ルールは大会要項で配布したとおり、3人制、登録後のオーダー変更不可、30分60秒、16ブロック16校のトーナメントです」

 つづいて千日手や持将棋の説明があった。

 このへんは常連も多いから、みんなあんまり聞いていない。

「では、トーナメント表を発表します」


挿絵(By みてみん)


 むッ……いきなり幹事長の比呂ひろ高校とか。

 ここは政治的圧力に屈しないようにしないとね。

 私は遊子ちゃん、馬下さんと即興でミーティング。

 そのあいだも大会の運営はすすんだ。

「それでは、オーダーを提出し、対局テーブルへ移動してくださーい」

 オーダーの提出は、部長の遊子ちゃんに任せる。

 すでにならべられていた長机のまんなかに着席。

 ちょっと遅れて、月代さんが正面に着席した。

「振り駒をお願いしまーす」

 幹事長、たいへんだね。

 対局しながら運営とか。

 こういうのがあるから、運営と将棋の実力はわけたほうがいいと思う。

 とりあえず勝って、この労苦ろうくから月代さんを解放してあげよう。

 1番席で遊子ちゃんが振り駒。偶数先ぐうすうせん

 チェスクロの位置を調整し、月代さんはひざのうえに手をおいた。

「対局準備が整っていないところはありますか?」

 ふかい静寂。

 それまでの軽い雰囲気は消えていた。

「では、はじめてください」

「よろしくお願いします」

 月代さんがチェスクロを押して、対局開始。

 7六歩、8四歩、6八銀。


挿絵(By みてみん)


「矢倉か……了解」

 月代さんは3四歩と開けた。

 私は7七銀で決め打ち。

 6二銀、2六歩、4二銀、2五歩、3三銀、4八銀、3二金。

 さすがに矢倉だから速い。

 おたがいにノータイム。

 7八金、4一玉、6九玉、5二金、5六歩、5四歩、5八金。


挿絵(By みてみん)


 月代さんはここから4四歩と突いた。

 うーん、どうしよっかな。

 ノリで矢倉にしたわけじゃないんだけど、いろいろ案があって困る。

 とりあえず後手が変化してこないかどうか確認。

 7九角、3一角、3六歩、7四歩、6六歩、9四歩、9六歩、4三金右。

 これは後手、総矢倉のかまえっぽい?

 だったら私のほうでかたちを決めていいってことか。

「4六角……」

「7三桂」


挿絵(By みてみん)


「!」

 ちがった。後手から変化してきた。

 これはなんだっけ……? そうだ、スズメ刺しにこのかたちがあった。

 でも、スズメ刺しなら5二金は保留しているはず。

 つまりは研究手か。

 私は腰をすえて読む。

 捨神くんも応援にきてくれてるし、しっかり指さなきゃね。

 優勝目指して、女子高生、全力疾走します。

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