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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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2手目 香子ちゃんの、瀬戸内海一周計画

挿絵(By みてみん)


 桂太(けいた)は、ひらき直った。このまま自陣龍で受け切るつもりらしい。

 あっさり暴発されるよりも、こういうタイプのほうが厄介なのよね。

 私は気を引き締める。

「同角」

 6二角、7八金引、3三龍。

 7八金引と3三龍の交換は、若干迷った。でも、次の一手がある。

「3四歩」


挿絵(By みてみん)


 取ったら5三角成、同角、6三金として、逆から張り付く。

 途中で6六歩を入れてもいい。

「これは……取れないか。4三龍」

 それなら、6六歩だ。私は銀を殺した。

 ここで5九成桂かと思いきや、桂太は4四金を選択した。

 2六角、3五金。私は悩む。うちわで頬を扇いだ。

 さすがに終盤の入り口だけあって、桂太も長考に文句を言わない。

「……3三歩成」

 予想外の手だったのか、桂太はウーンと唸った。

「同龍」

「3九香」


挿絵(By みてみん)


「あッ!」

 さあ、これをどう受ける? 私の予想は、3六歩、同香、同金、6二角成、同金。

 このとき、金と龍の位置が悪くて、放置するなら5一角と打てる。6三龍と回っても、5四銀から張り付いていって勝ちだ。

「本格的に参ったな」

 桂太は口もとに手をあてて、あれこれつぶやいた。

「……3六歩」

 同香、同金、6二角、同金、6五歩。

 私の読み筋通り。

 ここでうまい手がなければ、私の勝ち……む、8四角と打ってきた。


挿絵(By みてみん)


 これがあったか。でも、後手が苦しいのに変わりはない。

 私は桂馬を5四に打ち込む。

 6一金、4一飛、6三龍、3四角、7一金、5二銀、7三龍、6一銀成。

「な、7二金」

「5二角成」


挿絵(By みてみん)


 全軍躍動。一気に包囲する。

 桂太は6六香と打って、反撃に出た。

 5八銀、同歩成と清算してから、8五桂を足す。

 6九香成、7三桂不成、同角、6二桂成、7九成香。

 一回同金……いや、その必要はないか。8九成香でも、大したことはない。

「7二成桂」


挿絵(By みてみん)


「あ……うぐ……」

「もう、受けがないわよ?」

 この7二成桂は、詰めろ。8一成桂、同玉、7一金、同銀、同成銀、9一玉、8一成銀までだ。私のほうはゼット。8九成香、同玉で、絶対に詰まない。

 桂太は大きく息をついて、仰向けに倒れた。

「投了」

 こらこら、お行儀の悪い。

 私は麦茶を飲んで、深呼吸した。真夏の将棋って、疲れる。

「感想戦は?」

 桂太はようやく起き上がって、両腕をテーブルにつき、顔を乗せた。

「……中盤の分かれで、既に悪かった気がする」

「3五歩がムリ攻めだったんじゃない?」

 そうかなあ、と、桂太は同意しなかった。

「あれ自体は、成立してると思うけど」

「振り穴の攻めが成立するなら、だれも苦労しないでしょ」

 プロだって、みんなやるはずだ。実際は、角交換型四間のほうが多い。

「で、どこのだれが強いのかしら?」

 私の嫌味に、桂太はむずかしそうな顔をした。

香子(きょうこ)姉ちゃんが、ここまで強いとは思わなかったからさ……もしかして市代表?」

「なったことないわよ」

「そっか……駒桜(こまざくら)市って、人材が厚いんだね」

 厚いというか、女子は姫野(ひめの)先輩が完全に鬼門。

 あそこをどうにかしないと、市代表はムリ。

 燃え尽き症候群な理由のひとつも、そこにあった。勝てる気がしないのだ。

「6六歩で銀を殺したとき、4四金と上がったわよね。初志貫徹で、5九成桂はダメだったの? 方針が、ちぐはぐに見えたわ」

 私たちは、局面をもどした。


挿絵(By みてみん)


「角を殺しに行かないと、先手はいくらでも手がありそうじゃない?」

「例えば?」

「6五歩、5八歩成、5四銀とか」

 ん……たしかに、5四銀が激痛か。

「だったら、本譜のほうがマシかしら」

「4四金、2六角で、角の位置が改善されちゃうのがなあ……この進行だと、3五に歩を打った意味がないし……2六角が好手過ぎたよ。正直、読んでなかったから」

 おほほ、そうでもありましてよ。

 私たちは中盤を掘り下げて、検討を終えた。

 終始、私が良かったみたいね。快勝譜。

「ところで、香子姉ちゃん、うちまでは、どうやって来るの?」

「え? 桂太が考えてくれるんでしょ?」

 私の返事に、桂太はアチャーと言った。

「もしかして、おたがいに丸投げしてた?」

「丸投げもなにも、私は四国の地理を知らないんだけど」

「船か電車かくらいは、考えてあると思ってさ」

 電車? ……ああ、淡路島経由で繋がってた気がするわね。

「さすがに陸路は遠いでしょ。船でちゃちゃっと行きましょう」

 桂太は、呆れ顔になった。

「ちゃちゃっとって……H島から船便があるのは、E媛のM山だよ。K知じゃないから」

「同じ四国でしょ?」

「あのさ……M山市からK知市まで、電車で何時間かかるか知ってる?」

「1時間くらい?」

「4時間以上だよ」

 えぇッ!? 私は驚愕した。

「そ、そんなに遠いの?」

「そうだよ。ちなみに、H島からK知までは、電車で3時間だから」

 そっちのほうが早いのか……意外過ぎる。

 私が陸路に変えようと思った瞬間、桂太はポンと手を叩いた。

「あ、ちょっと待って……K知からM山まで、高速バスがあったような……」

 桂太はスマホを取り出して、調べ物を始めた。

「……あった。バスなら、2時間半で行ける」

「船は、どれくらいかかるの?」

 桂太はそれも調べて、1時間くらいだと答えた。

「なんだ、あんまり変わらないわね。値段は、どっちが安いの?」

「船でM山経由が1万円、陸路でO山経由が9千円くらい」

 そっちも、大差なしか……私は、妙手が思い浮かんだ。

「じゃあ、こうしない? 瀬戸内海を一周できるように、船で入って電車で出るか、あるいはその逆にするっていうのは?」

「あ、それ、いいね。フェリーは乗ったことないから、フェリーで帰りたいな」

 相談がまとまった。H島から高速フェリーに乗って、E媛経由でK知入り。帰りはK知から電車でO山経由。途中で、讃岐うどんが食べたい。そのための一周。

 あとで揉めないように、今から旅行計画を立てることにした。

「T島とK川までは、簡単に移動できる?」

「ンー、それも簡単じゃないかな。どっちも電車で2、3時間だと思う」

 四国、思ったより広い。

「まあ、2、3時間ならいいわ。在来線にしては、ちょっと長いけど」

「えっと……在来線は、4、5時間かかるよ」

 私は絶句した。

「何駅あるのよッ!?」

土讃(どさん)線で……T松まで、40駅くらいかな」

「おかしいでしょッ! H島ーK知が3時間くらいって言ったじゃないッ!」

「あれは、途中まで新幹線で行けるからだよ」

 ぐぅ……そういうことか。四国は新幹線が通ってないんだった。

「ただ、俺も全部把握してるわけじゃないから。親父に訊いたほうが早いと思う。ダメならダメで、K知から特急で四国を出たほうがいいんじゃないかな」

 ……そうね。私は、現時点で計画を立てるのを諦めた。

 あちらに到着してから、いろいろ考えてみましょう。

 中学生と高校生であれこれ思案するよりも、道がひらけそう。

 なにか見落としてる可能性もあるし。

「とりあえず、明日はフェリーに乗るのね。何時の便?」

「H島港から、1時間おきに出てるっぽいよ」

「H島港って、どうやって行くの? H島駅の近く?」

 桂太は、スマホから顔をあげた。

「地元なのに知らないの?」

 ここはH島市じゃないから。駒桜市だから。内陸。

 今度はさすがに、私がスマホで調べた。

「……ん、H島駅から路面電車か」

「あ、路面電車あるなら、それも乗りたいな」

 じゃあ、これで決定。

 桂太は両親にメールを送って、プランの了承待ちになった。

 私たちはお茶を空っぽにして、いろいろと雑談する。それにも飽きてきたから、外出することにした。サンダルをつっかけて、道路に出る。真夏の太陽がまぶしい。まだお昼まえだから、すこしばかり散歩。

「香子姉ちゃんって、どこの高校なの?」

駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)よ」

「へぇ、公立なんだ。近い?」

 桂太は、私の高校を見たがっているようだ。

 なにがおもしろいのか分からないけど、一応案内した。

 桂太はグラウンドから校舎を眺めて、

「いかにも公立って感じだね。平凡」

 とつぶやいた。まったく、案内させといて、それが感想かい。

 私が憤っていると、聞き慣れた声が聞こえた。

「おーい、裏見じゃないか」

 振り返ると、制服姿の松平が立っていた。

 歩いてくる方向からして、校舎にいたようだ。

「松平、なにしてんの? 補習?」

「俺は赤点取ってないぞ」

「じゃあ、なに? 部活ってわけじゃ、ないんでしょ?」

 松平は、部活だと答えた。そして、一冊の本をみせた。

「……中座(ちゅうざ)プロの横歩取り本?」

 最近出たばかりの、横歩取りガイドブックだった。

「部室へ取りに来たんだよ。秋の個人戦は、横歩が出そうだからな」

 なるほど……ずいぶんと熱心だ。私は、ちょっと恥ずかしくなった。

 そのとなりで、桂太は片足立ちになり、松平の顔をじろじろと見つめていた。

 松平も気づいて、こいつは誰だと尋ねた。

「私の従兄弟で、桂太っていうの」

「ちゃーす」

「俺は松平だ、よろしく」

 おたがいにあっさり挨拶してから、松平は私のほうへ向き直った。

「裏見って、従兄弟がいたんだな。知らなかった」

「K知に住んでるから、普段は全然会わないわ」

 そういうことか、と松平は納得して、いきなりマジメな顔になる。

「今度から、お義兄さんと呼んでくれ」

 私は青空のしたで、爽快なハイキックを決めた。

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