387手目 桐野花・西野辺茉白〔編〕
はーい、というわけで、午後はH島市。
あたしから見たら、ほとんどご近所さん。
勝手知ったる地元ということで、はりきって取材しちゃおう。
あたしがやって来たのは、H島でも名門の女子校、ソールズベリー女学院。
紺を基調としたワンピースで、夏は白いそでを出すタイプ。
冬にはボレロ風の上着があって、これがまたかわいいんだ。
女子校だから、犬井くんは留守番で、あたしだけ潜入することに。
べつにそういうの気にしなくてもいいと思うんだけどね。
将棋部は校舎の1階にあった。
あたしはノックする。
「こんにちは、日日杯の取材でまいりました」
「えへへぇ、お花も入れるのですぅ」
あたしがびっくりしてふりかえると、白い夏服を着た黒髪ロングの少女が立っていた。
H島代表の桐野花さんだ。
「こんにちはぁ」
「こ、こんにちは……」
「そんなにびっくりしなくてもいいのですぅ。打ち合わせどおりなのですぅ」
たしかに。
H島市→艶田市→駒桜市の移動がたいへんだから、ここで二人分やる約束。
桐野先輩は、
「ところでぇ、だれもいないんですかぁ?」
と言って、あたりをきょろきょろした。
ノックしたのに返事がないね。
すりガラスの窓をのぞくと、なんだか薄暗い。
もしかして、日程をまちがって送っちゃったかな。
あたしはスマホをポチポチしながら、約束の時間を確認した。
するとろうかの奥から、パタパタと走ってくる音が聞こえた。
「ごめんごめん、遅れちゃった」
ソールズベリーの制服を着た少女が、手をふる。
西野辺茉白さんだった。
西野辺さんはちょっと小柄な女の子で、ねじんりんぱっていう髪型をしていた。
顔立ちは幼いけど、けっこう気が強そうな雰囲気。
西野辺さんはササッと鍵を開けて、なかに通してくれた。
「てきとうに座って」
室内はいかにも女子校風……というわけでもなく、ただの部室だった。
テーブルと椅子がならんでて、本棚には将棋の本がぎっしり。
やっぱり強豪校は、ちゃんと勉強してるんだね。
あと、定番の参考書とかもおいてあった。このへんは進学校らしい。
あたしはパイプ椅子のひとつに腰かけた。
桐野先輩は勝手に本棚をあさって、
「ほえぇええ……むずかしいですぅ……」
と言った。
西野辺さんはペットボトルのお茶を出しながら、
「お花お姉ぇは直感型だから、あんまり読んでも意味ないでしょ」
と言った。年上に強い。
桐野先輩も、あたしの右どなりに着席。
あたしたちのまえに、紙コップのお茶が出された。
「ありがとうございます」
お礼を言ってひとくち。ひんやりしてておいしい。
桐野先輩もご満悦で、
「夏は麦茶にかぎるのですぅ」
と言って、ぜんぶ飲んでしまった。
「ところで、お花お姉ぇ、丸子お姉ぇたちといっしょじゃなかったの?」
「さそったけど、断られちゃったのですぅ」
桐野先輩、ちょっとさみしそう。外野はわりと歓迎なんだけどね。
西野辺さんは「ふーん」と言って、
「あのふたり、将棋関連だとなんかストイックだよね」
と、ひとりごとのようにつぶやいた。
それからあたしの正面に座った。
「じゃあ、葉山さんだっけ、今日はよろしく」
「よろしくお願いします……西野辺さんからですか?」
「ううん、お花お姉ぇからでいいよ」
「ふえ? いいんですかぁ?」
「もち、先輩だしさ」
先輩後輩だからどっちが先ってこともないと思う。
むしろ大御所はあとなんじゃないかな。
ま、そのへんで揉める必要もない。あたしは手帳をとりだした。
「では、将棋をはじめたきっかけなどを」
「将棋はぁ、小学生のとき、丸子ちゃんに教わりましたぁ」
「マルコちゃん、というのは?」
「吉備丸子ちゃんですぅ」
……聞いたことあるかも。
たしか、裏見先輩の友だちで、そういうひとがいた気がする。
ただ、桐野さんとおなじ学校じゃなかったような? 本榧だっけ?
「教わった、というのは?」
「教室でひとりで遊んでたらぁ、教えてくれたのですぅ」
んー、よくわかんない。
どういうシチュなんだろ。
「わりとひとりで遊ぶタイプですか?」
「お絵描きが好きでぇす」
あ、趣味を先に聞いちゃったかも。
あたしは質問を変えた。
「ふだんの練習は、どうしてますか?」
「丸子ちゃんと指したりぃ、忍ちゃんと指したりしてまぁす」
「部活動では、どうですか?」
「部では寒ちゃんと指しまぁす」
「カンちゃんというのは?」
「立花寒九郎くんなのですぅ」
なるほど、男子と指してるのか。
ただ、そのひとは県代表じゃないから、桐野さんのほうが強そう。
「趣味はなんですか?」
「食べることと寝ることと、それからお絵描きとお散歩と……」
「あ、ひとつだけ、特にこれというやつでお願いします」
桐野先輩は、はたと固まってしまった。
「……ふえぇええ、選べないのですぅ」
「じゃあ、最初に言ったふたつでもいいですか? 食べることと寝ることで?」
「オッケーですぅ」
あたしはメモしつつ、
「これは好奇心からの質問なんですけど、好きな食べ物はなんですか?」
とたずねた。
「お母さんが作ってくれるホットケーキでぇす」
あ、いいねぇ、ホットケーキ。
「バターつける派ですか?」
「もちろんですぅ。あとハチミツもたっぷりかけまぁす」
なんか食べたくなっちゃった。
あとで八一に寄って、猫山さんお手製のホットケーキをつくってもらおうかな。
と、仕事仕事。
「気になってる選手はいますか?」
「ふえ? どういう意味ですかぁ?」
「とくに深い意味はないんですが、マークしてるとか、そういう」
桐野先輩は、首を左右にかしげて、
「いませぇん」
と答えた。
これは桐野先輩らしいね。
「じゃあ、次は西野辺さん、おなじ順番で質問します。将棋をはじめたきっかけは?」
西野辺さんは、すぐには答えなかった。
イントロの簡単な質問なんだけど。
「えーとさ、これオフレコにしてもらってもいいかな?」
「将棋をはじめたきっかけが、ですか?」
「うん、あとで犬井に訊かれるとどうせバレるから、ウソつけないんで言うけど、彼氏に教えてもらった」
冒頭からマウンティングか。強いな、この女。
こうなったら勢いを借りて、
「じゃあ、記事には『友だちに教わった』と書きますから、オフレコで詳細を」
と、好奇心丸出しの質問で反撃。
「詳細もなにも、彼氏の趣味が将棋だったから、教えてもらっただけだよ」
「……もしかしてけっこう有名な選手ですか?」
「ぜんぜん、いまでも初段あるかないか。ただ犬井の知り合いだから、これウソつけないんだよね。あたしと彼がつきあってること、犬井は知ってるし」
初段あるかないかって、あたしくらいじゃん。
これはあれだね、カノジョに教えたら追い抜かれたパターン。
あたしはメモをとりつつ、ふと妙なことに気づいた。
「……あれ? 西野辺さん、小学校のときも大会出てますよね?」
「うん、彼氏に教わったの小2のときだし」
犯罪の匂いがする。
あたしの態度を読み取ったのか、西野辺さんはすぐに、
「あ、彼氏は同い年だからね」
とつけくわえた。
いやいや、ちょっと待って、混乱してきた。
「小2のときからずっと付き合ってるんですか?」
「告白したのは中学にあがってから」
あ、そういうことか。
ようするに幼馴染なわけね。
「いずれにしても、つきあってる期間長いですよね……」
西野辺さんは、いかにもノロケな笑みをみせつつ、目を閉じて、
「今思い返すと、幼稚園のときから好きだったと思うんだよね」
と言った。
はぁああああ、いかんいかん、葉山光、このノロケの流れを断ち切れ。
「練習は彼氏と……じゃないですよね?」
「練習は部員と指すよ。ソールズベリーは部としても強いし」
「趣味は?」
「日本舞踊」
マジ? 高尚すぎるでしょ。
「日本舞踊が趣味って、どういう流れで……?」
「うちのママが日本舞踊の家元なんだよ」
いかん、そっち系のセレブだったか。
なんか言葉遣いがびみょうに荒いから、かんちがいしてた。
「実家が日本舞踊の家元なら、趣味っていうか本職では?」
「そう言われたくないから『趣味』って強調してるの。継ぐ気ないし」
なるほど、家業を継ぐ気がないことの意思表示なのか。
わりと断固としたものを感じるから、深入りはやめておく。
家庭の事情だと困るし。
「気になる選手はいますか?」
西野辺さんは、くちびるに指をあてて、しばらく考えた。
「……いないかな。いるって答えた選手、これまでいたの?」
あたしは、取材で得た情報はヒミツです、と答えかけた。
けど、どうせパンフに載るんだから、隠す意味もないような気がした。
あたしはあたりさわりのない範囲で答えた。
「ふーん、みんなおとなしいね。女子だと、あざみちゃんだけ過激な感じか」
「掲載されるってわかってますし、本音を言いづらいかな、とは思います」
「たしかにねぇ、パンフに載らないなら、あたしも名前をあげたい子がいるし」
「……オフレコで教えていただけません?」
「囃子原グループの記者なら、そこそこ信頼できるかな……素子ちゃん」
早乙女さんか。県内の選手を挙げてきた。
「理由は?」
「小6の大会で負けて以来、勝ててないんだよねぇ」
そっか、この項目、オフレコにしたら、指名したひとがもっと多かったかも。
過去の対戦成績とかで、気にしてる選手はいそうだから。
とはいえ、それじゃあ取材にならないから、やっても意味ないんだよね。
さっきのノロケ話で固まっていた桐野さんも、これには乗ってきて、
「素子ちゃんはめちゃんこ強いのですぅ。お花もブルっちゃうのですぅ」
と言って、わざとらしくブルブルと演技をした。
あたしはうまい会話のきっかけができたから、
「桐野先輩は、早乙女さんに対してどのくらい自信がありますか?」
とたずねた。
「数学の問題が出たら勝てないと思いまぁす」
「いや、将棋で……」
桐野先輩のオーラが変わった。
なにか闘気のようなものを感じる。
「将棋は、負けるつもりで指しちゃダメなのですぅ。わかりますかぁ?」
「あ、はい……すみません」
「なんで謝るんですかぁ?」
詰めないでください。反省してます。
と言ってもなぁ、これは怒られるから言わないけど、上位層のめちゃくちゃ負けず嫌いなところ、あたしはちょっとよくわかんないんだよね。
ついでだから、西野辺さんにも訊いてみようか。
「西野辺さんは、対局前のモチベをどうしてます?」
西野辺さんは頬杖をついて答える。
「おっきな大会で勝つと、彼氏に『すごいね』って言ってもらえるんだ。それかな」
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………………あのさぁ、ノロケが許されるのはワンエピソードだけだよ。
あたしがあきれていると、部室のドアがパーンと勢いよくひらいた。
凛々しいポニテの長身女子と、小学生くらいの背たけの女子があらわれる。
西野辺さんは目を白黒させた。
「え? なんで忍お姉ぇと丸子お姉ぇがいるの?」
「西野辺、なんだその軟弱な発言は? 大和撫子たるもの、恋愛にうつつを抜かすな」
「いや……忍お姉ぇ……もう戦後70年だよ、70年?」
「えへへぇ、もはや戦後ではないのですぅ」
「いや、それ意味違うし」
小学生くらいの背たけの女子は、メガネをなおしつつ、
「県代表がこれでは、締まりがつきません。私たちで調整しましょう」
と言った。ほかのふたりも同調する。
「左様、調整が必要だな」
「というわけで、茉白ちゃんを調整しまぁす」
3人は西野辺さんを囲んだ。
「ちょ、ま、葉山さん、助けてッ!」
ノロケは罪だよ、西野辺さん。
それじゃ、いよいよ次が最後なんで、さいなら〜。




