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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
397/682

385手目 六連昴〔編〕

【2015年7月5日(日)】


 押し寄せる波打ちぎわ。

 あたしは裸足はだしになって、瀬戸内海の砂浜を堪能していた。

 となりでは、折りたたみイスに腰かけて、つりざおを垂れる少年がひとり。

 よく日焼けした彼は、麦わら帽子のしたでうれしそうに、

「いやぁ、磯前いそざきの姉ちゃん、なんだかんだで優勝狙ってるんだなぁ」

 と笑った。

 彼の名前は、魚住うおずみ太郎たろうくん。

 磯前先輩が言っていた、H島の知り合いだ。1年生。

 さすがに地元の県だからねぇ、駒桜こまざくらのコネだけで連絡をとりつけたよ。

 犬井いぬいくんに頼らなかったの、今回が初めてかも。

 犬井くんは犬井くんで、釣りを堪能していた。

「んー、なかなか釣れないなぁ」

「今日はちょっとスレてる感があるね」

「魚住くんの爆釣れポイントとか、紹介してもらえないの?」

「ダメダメ、そういうのは秘密だから。それに、すばるくんが来やすい場所じゃないと」

 そうそう、今日は六連むつむらくんの取材なんだよ。

 というわけで、わざわざ7月の浜辺に来たんだけど……現れないね。

 六連くんが通っている皆星かいせい高校は、この近くにあるらしい。

 あたしは魚住くんに、ちゃんと連絡してくれたかどうかたずねた。

「もちろんだよ」

「意外と時間にルーズなひと?」

「逆だよ。カード大会とかの常連だから、むしろ時間にはきびし……っと」

 つりざおがしなった。

 魚住くんはイスからたちあがって、リールを巻き始める。

 トゲのある褐色の魚が、白波からあらわれた。

 オコゼだね。瀬戸内海出身なら、みんな知ってる。

 背中のトゲに毒があるから要注意。

 見た目はグロテスクだけど、唐揚げにするとめちゃくちゃおいしいんだよ。

 魚住くんもご満悦で、

「今夜のおかずゲット〜」

 と、トゲに気をつけながらクーラーボックスにほうりこんだ。

 あたしはボックスをのぞきこんで、

「んー、これだけ種類がバラバラだと、調理がたいへんじゃない?」

 とたずねた。

 すると、魚住くんじゃなくて、背後からべつの少年の声が聞こえた。

「魚住は料理も得意なんですよ」

 っと、このなんだか感情のこもっていない声は、もしや。

 あたしがふりかえると、白いスポーツキャップをかぶった少年が立っていた。

 いかにも冷めた表情で、顔立ちのよさがかえって冷淡な印象をあたえた。

 六連むつむらすばるくんだった。

 かがみこんでいたあたしは、背筋を伸ばして、

「あ、こんにちは、葉山はやまひかるです」

 とあいさつした。

「こんにちは、六連昴です」

 六連くんはポケットに手をつっこんで、犬井くんに視線を伸ばす。

「あなたは?」

 犬井くんはつりざおを台にセットして、席を立った。

 名刺をとりだす。

「犬井といいます。よろしく」

「高校生なのに名刺なんか持ってるんですか?」

 うわぁ、けっこう口が悪そう。

 H島だから比較的安心かとおもいきや、そうでもない。慎重にいこう。

 六連くんは名刺を受け取らなかった。

 うーん、だいじょうぶかなぁ。おっかなびっくり取材を開始する。

「では、これからすこしばかり質問を……」

「ふたりいるってことは、2回インタビュー?」

「いえ、あたしがおもに担当します」

「じゃ、よろしく」

 あたしは折りたたみ式のイスをすすめた。

 けど、六連くんは座らなかった。

「立ったままでいいです」

「そうですか……では、将棋を始めたきっかけからお願いします」

「なんとなく」

 ……ん? それだけ?

 さすがにひとこと過ぎるから、あたしはもうすこし掘りさげた。

「中2の夏に始めた、とうかがっていますが」

「そうですね」

「急に将棋をやりたくなった理由は?」

「なんとなく」

 うーん、これは……ほんとになんとなくなのかな?

 でもさ、それってなんか変な気がするんだよね。

 こんな冷めてるひとが、なんとなくで将棋始めないでしょ。

 ただ、むりやり聞き出すのもむずかしそうだと感じた。

「じゃあ、次の質問です。ふだんの練習は?」

「スマホのアプリ」

「部員との練習などは?」

「うちは将棋部を作ったときの寄せ集めだから、部室ではあんまり」

 ふーん……あたしはメモをとりながら、ふと疑問に思うところがあった。

「最近できた部なんですね。だれが作ったんですか?」

「……顧問の先生の指示」

 なんか一瞬、間があった。

 けど、これも聞いちゃいけない系な気がした。

「趣味はなんですか?」

「趣味……ですか」

 あれ? ここで迷うの?

 将棋とカードゲームのどっちを言うか、迷ってるのかな?

 あたしはそう予想したけど、六連くんはどちらもあげなかった。

「ぼんやりすること、です」

「ぼんやり……?」

「なんかおかしいですか?」

 あたしはあわてて否定する。

「いえいえ……つまり、リラックスするってことですよね?」

「ぼんやりするんですよ」

 ハァ……さっきから取材がうまくいってるように思えない。

 葉山光、ここにきて最大のピンチかも。

「たとえば、どんなふうにですか?」

 六連くんはそのとき初めて顔をあげ、青空を見上げた。

「……ベランダで夜空を眺めたりとか」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ロマンチストじゃん。

 あたしは、なんで夜空を眺めたくなるのか、その理由をたずねようとした。

 ところが、六連くんはすぐに視線を落とした。

「で、次は?」

「あ、すいません、さきほどの話をもうすこし……」

「ひとがぼんやりしてる話を聞いても、つまんないでしょ?」

「……次で最後です。気になってる選手はいますか?」

「いないです」

 これは予期してたかな。

 あたしは手帳を見返して、ちょっと困ってしまった。

 犬井くんも見かねたのか、

「六連くん、僕からも質問していいかな?」

 と、一歩まえに出た。

「質問は葉山さんの担当じゃなかったんですか?」

「葉山さんしかしない、とは言っていないよ」

「……わかりました」

「将棋はおもしろいかい?」

 六連くんは、ふたたび顔をあげた。

 あたしはこの質問にどきりとした。

 というのも、吉良きらくんのインタビューを思い出したからだ。

 六連くんは将棋を楽しんでいないようにみえる、と彼は言っていた。

 六連くんは、しばらく黙ったあと、

「おもしろくなきゃ、ふつうは続けませんよね」

 と答えた。

「ふつうは、ね。僕が訊いたのは、そういう一般論ではないんだけど」

 六連くんは肩をすくめて、

「僕に特別なところをさがさなくてもいいですよ……じゃ、以上で」

 と言って、その場を去ってしまった。

 護岸工事のほどこされた斜面をのぼり、そのまま姿を消す。

 砂浜に彼の足跡だけが残った。

 犬井くんはタメ息をついて、

「葉山さん、今ので記事書けそう?」

 と訊いてきた。

「ん、まあ、だいじょうぶだと思う。空欄はないし……」

 あたしたちが相談していると、魚住くんがいつのまにか立っていた。

 魚住くんはちょっとわたわたした感じで、

「あの……あんちゃんたち、あんまり昴くんのこと、悪く書かないでくれないかな」

 とお願いしてきた。

 あたしと犬井くんは顔を見合わせる。

 犬井くんは、

「いや、べつに悪く書くつもりはないよ。魚住くん、どうしたの?」

 と、逆に質問をかえした。

「昴くん、最近ようすが変だから、あれが平常運転だと思わないで欲しいかな、って」

「最近?」

「ジャビスコ杯*が終わったあとから、なんかよそよそしいんだよね」

 あ、うーん、そういえば、ジャビスコ杯のとき、ふつうにあいさつしてた気がする。あのときは駒桜の広報係として、あたしも会場にいた。男子の部Aクラスは六連くんたちが優勝で、彼がスピーチをしていた。

 どうやら犬井くんもそこにいたらしく、

「そういえば、大会慣れしてるようなスピーチだったね」

 と答えた。

 魚住くんもうなずいて、

「なんかここ2ヶ月くらい、だいぶ落ち込んでるみたいなんだよ」

 とつけくわえた。

 この言い方に、犬井くんはすばやく反応した。

「落ち込んでる? そうはみえなかったけど?」

 魚住くんは、なにかマズいことを言った自覚があるらしく、

「あ、うーん……ごめん、今のはナシ」

 とごまかした。

 ダメだよ、ごまかすと犬井くんはつっこんでくるタイプだから。

 案の定、犬井くんは、

「オフレコにするから、ちょっと教えてよ」

 と、ごりごり押していった。

 魚住くんはあれこれゴネたけど、最後は言いくるめられてしまった。

「これは絶対に昴くんに言わないでね」

「だいじょうぶ。信用して」

「おいら、昴くんが自殺しないかな、って心配してるんだよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………思ったより深刻な話だった。

 犬井くんもさすがにおどろいて、

「えっと……心配しすぎじゃないかな」

 と、あいまいに答えた。

 魚住くんはおどおどしながら続ける。

「もちろん勘違いだと願ってるよ……でもさ、おいらの島で自殺したおっちゃんに、雰囲気がそっくりなんだ。奥さんが死んでから、なんだか急にぶっきらぼうになって、半年後に岬から身投げしちゃったんだよ」

 すっごくゴシップっぽい話になってきた。

 けど、記者根性で聞き入ってしまう。

 犬井くんは、慎重にあつかう必要があると感じたらしく、

「自殺の兆候のひとつに『周囲への関心がなくなる』というのがあるらしいけど……六連くんは、もとから人付き合いがそんなによくないんじゃなかった?」

 とたずねた。

「それはそうだけど、ジャビスコ杯のあとからなんか変なんだ。さっきも、ベランダから夜空を眺めるとか妙なこと言ってたしさ」

 ジャビスコ杯という言葉が、犬井くんに返答をためらわせているらしかった。

 おそらく、ジャビスコ杯の後援も囃子原はやしばらグループだったからだ。

 犬井くんはすこし考えて、慎重に答えた。

「囃子原グループは選手のケアもちゃんとやるから、上にかけあっとくよ」

「犬井のあんちゃん、よろしく頼むからね」

 そのあと、あたしたちは次のインタビュー会場へ移動するということで、魚住くんと別れた。魚住くんはあたしたちが見えなくなるまで見送ってくれて、なんだかプレッシャーを感じてしまう。

 あたしは海岸沿いの道を歩きながら、ひと息つく。

「ふぅ……なんかすごいエピソードだったね」

「さっきのはさすがに記事にできないから、手持ちの情報で書くしかないか」

「うん……ところで、魚住くんの話、囃子原くんに伝えるの?」

 犬井くんは即答しなかった。

「……礼音れおんくんよりもスタッフに伝えたほうがいいと思う」

 ま、それはそうかな。囃子原くんもさすがにカウンセラーじゃないんだし。

 というか、半分以上は魚住くんの杞憂きゆうだと思うんだよね。

 じっさいは彼女にフラれたとか、だいたいそういう――

「お待ちしてました」

 唐突な少女の声に、あたしたちはびっくりした。

 ふりかえると、駐車場のそばに、ロングヘアの美少女が立っていた。

 少女はその長い髪をかきあげながら、うっすらとくちびるを動かした。

「私の計算より13秒ほど早かったですね……はじめまして、早乙女さおとめ素子もとこです」

*37手目 高校生男子の部A1回戦 捨神vs松平(1)

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