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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
393/682

381手目 梨元真沙子〔編〕

 乾いた高音こうおん。エンジンの音。

 トラック2台は入りそうなガレージをのぞきこむと、裸電球のしたに、ふたつの人影。

 ひとりは白い作業着をまとい、バイクの車体をいじっていた。

 さっきのはバイクの排気音だ。背中をむけているから、顔はわからなかった。

 もうひとりは西部劇でみるカウボーイのかっこう。

 腰に革製のホルダーと黒いモデルガンをさしていた。

 そのコスプレ少女は、近くのドラム缶に座って、作業を見守っている。

 あたしがためらっていると、犬井いぬいくんはかまわずに大声を出した。

梨元なしもとさん、はいるよーッ!」

 カウボーイコスプレの少女──梨元なしもと真沙子まさこさんは、ようやくこちらに気づいた。

 梨元さんはパッとふりかえって、

「あれ? もう来たの?」

 と、すこし大きめの声で返した。

 ドラム缶から飛び降りて、こちらへ歩いてくる。

「約束は3時からじゃなかった?」

礼音れおんくんがヘリを貸してくれたから、けっこう早かった……出直そうか?」

 梨元さんは俳優みたいに大げさなポーズで、両肩をすくめてみせた。

「ここじゃミルクも出せないけど、それでいいなら」

「かまわないよ。飲み物くらい携帯してるし……じゃ、葉山はやまさん、よろしく」

 あ、はい。

 あたしはまえに出る。

 なんか取材しにくいな。なんでだろ。

 このひとの雰囲気に押されてるというか、異質なものを感じるというか。

 梨元さんは、山陰さんいんの高校将棋界でも変わり者で有名らしかった。

 じっさい、コスプレしてるしね。

「まず、将棋をはじめたきっかけなどを……」

「『華麗なる賭け』っていう映画、観たことある?」

 質問を質問でかえされるパターン。

「いえ……」

「1960年代のアメリカ映画なんだけどさ、すっごくかっこいいチェスのシーンがあるのよ。それを小学生のときに見て、真似したいなぁと思ってまわりに訊いたら、だれもできなくてさ。将棋で代用してたらおぼえた」

 な、なんか斜めうえの理由だった。

「映画が好きなんですか?」

「ほぼ毎日1本観てる」

 マジで? ……このご時世、サブスクリプション方式でいくらでも観られるのか。

「お好きなジャンルは?」

 梨元さんはサッとホルダーからモデルガンを抜いた。

 ポーズもさまになっている。

「西部劇」

 質問したあたしが悪うございました。

「なんで西部劇が好きなんですか?」

「かっこいいから」

 すっごいシンプル。

 梨元さんはモデルガンをくるくると回してから、ホルダーにおさめた。

「将棋はだれと練習してますか?」

「高校の部員」

 これもシンプルだね。

「とくに気になってる選手はいますか?」

「んー……気になってる選手っていうか、とりあえず4日目に残りたいかな」

 4日目にのこる、ということの意味は、あたしにもわかった。

 日日にちにち杯は3泊4日でやるんだけど、総当たりなのは最初の3日だけなんだよね。ただ、今年は参加選手が多いから、正確には4日目の午前中までが総当たりになりそう。特に女子は18名いるから、予選だけで17局も指さないといけない。

 そこで決まったベスト4が、4日目の午後にトーナメントで準決勝と決勝をやる。

「つまり、ベスト4に残りたい、と?」

「ま、できれば優勝したいけどさ」

 ほぉほぉ、なかなか強気だね。

 あたしはそれをメモしながら、ちょっとイジワルな質問を思いついた。

「ベスト4に残ってるとき、ほかの3人はだれだと思いますか?」

 今のところ、そういう予想をしてくれた選手はいない。

 拒否されるかな、と思いきや、梨元さんはマジメに考えてくれた。

「ベスト4でしょ。あたしと好江よしえもえとおはなちゃんとひよこっちと……」

 あふれてるあふれてる。

 梨元さんも笑って、カウボーイハットごしに頭をかいた。

「いっぱいいるね。あと、あざみと桃子ももこちゃんとカァプ娘とみかんちゃんも」

 ライバル多し、と。やっぱり女子のほうが接戦な感じかな。

「えっと……それじゃ、以上です」

「それだけ? 質問3つしかないの?」

「いえ、実質的には4つです。ただ、趣味は途中で聞いちゃったので……」

「趣味? あたしの趣味、言ったっけ?」

「西部劇ですよね?」

 梨元さんは、ひとさしゆびを振ってチッチッチッと舌打ちした。

「ちがうちがう、あたしの趣味はバ・イ・ク」

 あ、やらかした。先入観で取材しちゃった。

「すみません、勘違いしてました」

「ノープレブレム、ジェーン梨元さまはアリゾナの砂漠のように心が広いから」

 なんでニックネーム? なんでアリゾナ?

 ひとまず、梨元さんの趣味をさぐる。

 倉庫の奥にあるバイクに目をつけた。

「あれ、もしかして梨元さんのバイクですか?」

「もちろん」

 梨元さんは胸を張って答えた。

 うーん……どう持って行こうかな。

 あたしはバイク持ってないし、種類もよくわかんないんだよね。

 ちょっと迷ったあと、やや遠回りな方向から話題をひろげた。

「K知の磯前いそざきさんも、バイクを持ってましたね」

「好江ともう会ったの?」

「はい、取材で」

「好江とはツーリング仲間だよ」

「あ、そうなんですか。どのへんを走ってます?」

「あちこち。今年の夏は、しまなみ海道を走る予定。因島いんのしまっていう聖地があるから」

 ん? どっかで聞いたことがあるような?

「もしかしてH島のO道ですか?」

「そうそう、O道に魚住うおずみっていう男子がいて、その男子が好江の釣り仲間なの」

 へぇ、まさかバイクと釣りが繋がるとは思わなかった。

 O道には六連むつむらくんもいるから、そのときにも訊いてみよう。

「梨元さんも釣りしたりします?」

「いやぁ、釣りはちょっと」

 梨元さんは苦笑いした。

 あれかな、衣装が汚れるからかな。あるいは、生きてる魚が嫌いなのかも。

 あたしはバイクの話にもどす。

「ちょっと突っ込んだ質問なんですが……さっきバイクの音が大きかったですよね?」

「音? ……排気音?」

「たぶんそれです。あれって、なんでわざわざ大きくするんですか?」

 まえから疑問だったんだよね。

 道路でファーン!ってすごい音出して走ってるバイクがあるけど、なんでわざわざ音が出るように改造してるのか、あたしは理由を知らなかった。

 すると、梨元さんは笑った。

「あれは改造マフラーでしょ。目立ちたいんじゃない?」

「じゃあ、あのバイクもそういう改造を?」

「あ、ちがうちがう、あれは純粋なエンジン音だよ。排気量ってわかる?」

「わかんないです」

「50ccとか100ccとかは?」

 あ、それは知ってる。

 某社のカーレースゲームでも、カートの基準になってるし。

 ただ、具体的な意味はよくわかっていなかった。

 あたしが正直に答えると、梨元さんは説明をしてくれた。

「ccっていうのは、エンジンの排気量だよ」

「排気量ってなんですか? なんとなく日本語としてはわかるんですが……」

「エンジンがガソリンの燃焼で動いてるのはOK?」

「はい」

「レシプロエンジンって呼ばれるタイプは、ガソリンを燃焼させたときのシリンダーの動きを利用するの。このシリンダーを動かす過程で、空気が入ったり出たりするんだけど、排気するときの空気の量が総排気量」

「ああ、なんとなくわかりました。エンジンを動かすときに使う空気の量なんですね」

「そうそう、で、この空気の量はけっきょくエンジンの大きさで決まるから、50ccバイクはエンジンのシリンダーの総排気量が50立方センチメートル、100ccは100立方センチメートルってこと。数字が大きくなればなるほどエンジンは大きい、と」

 メモメモ。

 50立方センチメートルって、けっこう小さい気がする。

 それであれだけ速度が出るってすごいね。ガソリンの力。

「改造車の音がうるさいのは、エンジンの大きさと関係があるんですか?」

「シリンダーを大きくして総排気量を増加させたら、とうぜんにパワーは上がるでしょ。たとえばこのバイクは小型二輪だから、ほんとなら125cc未満なんだけど、シリンダーの交換で140ccまで出せる」

「140ccのバイクって、市販されてないんですか?」

「ふつうにされてるよ」

「じゃあ、そっちを買わない理由は?」

 梨元さんはホルダーからモデルガンを抜いて、それをみせてくれた。

 銃身は黒くて、にぎりの部分だけ木目もくめがあった。

 タイプは、えーと、なんだっけ、リボルバー? 真ん中に回転式の弾倉だんそうがある。

「これって市販品にみえる?」

「……その質問があるってことはノーですよね?」

 梨元さんは笑って、銃口でカウボーイハットを持ち上げた。

「正解。これは亜季あきからのプレゼント」

 二階堂にかいどうさんから? ……そんなわけないか。うどん屋っぽくない。

 もうひとりのほうだ。

「Y口の長門ながとさんからですか?」

「そうそう、誕生日プレゼントにもらったの」

 誕生日プレゼントが改造モデルガンな女子高生、強い。

「んー、たしかに、長門さんの部屋ってすごいマニアックだったというか……」

「マニアックで悪かったですね」

 うわぁああああッ!?

 ふりかえると、さっきの作業着のひとが立っていた。

 っていうか長門亜季さん本人じゃんッ!?

 長門さんは三白眼さんぱくがんであたしのほうをじっとみていた。

「ご、ごめん、今のはナシで……」

 長門さんは機械油でよごれた手をふきながら、

「べつにいいですよ。ところで、なんの話ですか? 将棋の取材だったのでは?」

 とたずねた。

 梨元さんは、

「亜季のプレゼントを自慢してたの」

 と言った。まちがってはいない。

 長門さんは拭き終えたタオルを、そばのテーブルにおく。

 そして、梨元さんのモデルガンへ視線をうつした。

「コルト・シングル・アクション・アーミー……別名、ピースメーカーですね」

「これ、亜季のお手製なんでしょ? あのときは通販で買ったって言ってたけど」

「市販品にスプレーして、グリップ部分を木製と交換しただけです」

「んー、高かったんじゃないかなあ」

「プレゼントの値段は言わないのがマナーですよ、梨元先輩」

 長門さんはそう言ってから、あたしたちのほうへ顔をむけた。

「おふたりとも、今週がT取なんですね」

「あ、うん……長門さんは、梨元さんのお手伝い?」

「お手伝いというか、あのバイク、去年買ったときから先輩と私で仕上げてるんです。こんどのミニバイクサーキットに出ようと思って……去年は入賞できませんでしたが、今回は狙ってます。レディース大会とはいえ、おとなも出てるからむずかしいんですが……」

 ふーむ、なんか将棋の大会以外にもいろいろ参加してるんだね。

 っと、なんかだいぶ話が逸れてきちゃった。

 あたしは本題へもどす。

「梨元さん、けっきょくバイクを改造する意味ってなんなんですか?」

 梨元さんはニヤリと笑って、かっこつけたポーズをとった。

 モデルガンを持った右手をあたまに、空いた左手を腰にあてて、ななめに構える。

「ハンドメイドで『かっこいい』って言われたら、センス丸褒めじゃん? 将棋もそう。ソフトの正解手より、じぶんで考えた手を褒めてもらいたくないかな、高校生諸君ッ!」

 おお、かっこいい。

 記事もオリジナル記事を褒めてもらえると、うれしいよね。

 メモメモ──あ、そうだ、毛利先輩からメッセージがあるの忘れてた。

「毛利先輩から伝言です。1000円返してくれ、だそうです」

「さーて、亜季とサスペンションの調整でもしようかな」

 ダメだこりゃ、次いってみよう。

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