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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
391/681

379手目 囃子原礼音〔編〕

【2015年6月28日(日)】


 青空に、小さな白球が舞った。

 それは弧をえがいて飛び、はるか遠くの芝生しばふのうえに落ちた。

 囃子原はやしばらくんはドライバーをにぎりしめ、ショットの体勢をたもったまま、

「もう5県も回ったのか……仕事が早いな」

 とコメントした。

 それから姿勢をもどして、ドライバーをつるぎさんに手渡す。

 剣さんはいつものようにスーツ姿で、なんか場違いな印象を受けた。

 ここは囃子原グループ所有のゴルフ場。そのプライベートコース。

 囃子原くんと剣さん、それにあたしと犬井いぬいくんをふくめた4人は、最初のショットを打つティーに立っていた。ここは9番ホールらしい。あたしと犬井くんがアポを取ろうとしたら、コース上で会うことになったのだ。あたしと犬井くんは、普段着にゴルフキャップというかっこうで、ちょっと浮いている。靴はさすがにスポーツシューズを借りた。

「あの、なんかお邪魔しちゃったみたいで……」

 恐縮するあたしに、囃子原くんはほほえんだ。

「そんなことはない。商談をするのに、ゴルフ場はもってこいだ」

「は、はい……」

 商談って言われると、また緊張する。

 四国の旅館で犬井くんと話したときのように、ギャラが発生していることを思い出してしまうからだ。とはいえ、あんまりヘコヘコしてもしょうがない。

 あたしたちはボールの落下地点まで歩き始める。

 キャディは剣さんだった。重そうなゴルフバッグを、すいすいと運んでいた。

「で、用件はそれだけか?」

 先頭の囃子原くんは、前を向いたままたずねた。

 あたしは犬井くんに目配せする。

 犬井くんはアイコンタクトで「いいよ」と返した。

「あのぉ、今日は、囃子原くんにも取材を、と……」

「なるほど、ついでに剣の取材もしていくつもりか?」

「あ、はい、できれば……」

 剣さんの視線を感じる。怖いなぁ。

「よろしい、質問をしたまえ」

 あたしはさっそく、メモ帳をとりだした。

「将棋を始めたのは、いつですか?」

「囃子原グループの幼稚舎で習った」

「習った、というのは?」

「幼稚舎ではいろいろなゲームを学ぶ。そのなかに将棋もあった」

「あ、じゃあ、囲碁とかもできたりします?」

 囃子原くんは、もちろんだ、と答えた。

 あたしはそれをメモしつつ、

「なぜ将棋をとくに選んだんですか?」

 と追加の質問をした。

「選んではいない。囲碁もチェスも現役だ」

 んー、オールマイティなのか。

 囃子原くんってほんとに【ザ・帝王学】みたいな感じだなぁ。

「では、次の質問を……」

「『ふだんの練習はどうしていますか』かね?」

 あたしはギョッとした。

「ハハハ、そんなに驚くことはないだろう。ちょっとした情報収集だよ」

 うわぁ、どっから漏れてるんだろ。

 ちょっと怖い。

「あ、はい、それじゃあ、その質問で……」

 ここで剣さんのストップがかかった。

 芝生のうえにボールが見えたのだ。

 剣さんはゴールの旗のほうを遠目にみながら、

「ピンまで216ヤード、風は1時から7時へのアゲインストです」

 と報告した。

 あたしには、なんのことかわからない。ゴルフはやらないから。

 囃子原くんは腕組みをして、向かい風に吹かれながら、

「プロなら5番アイアンでツーオンを狙うのだろうが、さすがに僕ではムリだな」

 と言って、剣さんのほうをみた。

「ハザードは?」

「右手前にバンカーがあります」

「風は強く、コースは狭い、か。ユーティリティでいこう。20度」

 剣さんは、ヘッド部分がちょっと丸っこくて黒いクラブを渡した。

 囃子原くんはそのままアドレスに入る。

 静かにしないといけない。ギャラリーなのに、なんか緊張しちゃうね。

 

 パシュ

 

 風を切る音がして、ボールは青空に舞いあがった。

礼音れおんさま、グッドショットです」

 あたしたちはふたたび歩き始めた。

 囃子原くんはクラブを返しながら、

「将棋の練習は、部員と指すことが多い」

 と答えてくれた。

大都会だいとかい高校の部員ってことは、剣さんとかですよね?」

鬼首おにこうべや犬井とも指すし、妹と指すこともある」

「妹さんがいらっしゃるんですか?」

 囃子原くんはちらりとふりむいた。

 情報網がせまいのではないか、と釘を刺された気がした。

 けど、あくまでも笑顔だったから、あたしの錯覚かもしれなかった。

「このホールをあがったら、クラブハウスへ行こう。妹を紹介したい」

 昼食付きだ、と言われたあたしは、よろこんで快諾した。


  ○

   。

    .


 30分後、あたしたちは、クラブハウスに備えつけのテラスにいた。白い円形テーブルに腰をおろす。グリーンに一番近い席で、夏場だからパラソルで影をつくっていた。

 昼食をおごってくれるということで、サンドイッチと飲み物を注文。

 あたしは野菜たっぷりの卵サンドとオレンジジュース。

 犬井くんはハムカツポテトサンドにジンジャエールを注文した。

 うーん、あっちのほうがよかったかなぁ。でも、カロリーがすごそうだったしなぁ。

 囃子原くんはミネラルウォーターをグラスにそそぎながら、

「さて、3番目の質問に答えよう。たしか『趣味』だったな」

 と言った。

 あたしはうなずき返し、メモの用意をする。

「この質問は、なかなかむずかしいな。僕には、これといった趣味はない」

「ゴルフはちがうんですか? 仕事ではないですよね?」

「ゴルフに力を入れているということはない。今日がゴルフだったのは、たまたまだ」

 テニス、乗馬、ウィンドサーフィン――どれもおなじように楽しむ、とのことだった。

「すごいですね。スポーツもボードゲームも、だいたいプレイできるとか……」

「そうかな? 同世代の一流アスリートと肩をならべているものは、ひとつもないが」

 なんか急に謙虚になった。

 それとも、本心で言ってるのかな。

 いずれにせよ、囃子原くんだけ趣味欄が【なし】というのは困る。

 あたしは質問を掘りさげた。

「そのなかでも特にこれ、っていうものはありませんか?」

 囃子原くんはグラスを手にとって、しばらく瞑想した。

「そうだな……もしかすると、将棋がそうなのかもしれない」

 ん、ここで【趣味:将棋】なのか。

 意外だった。囃子原くんは、ぜったいに変わった趣味だと思ってたから。

「ほんとうに将棋が趣味なんですか?」

「納得がいかないかね?」

「理由を説明していただきたいかな、と」

 囃子原くんはグラスの水を3分の1ほど飲んだ。

 ひと息ついて、ゆっくりと答える。

「……そもそも、趣味とはなんだろうか?」

 むずかしい質問きた。

 こういうのって、感覚的にはわかってるけど、言葉にしにくいんだよね。

「仕事とはちがって、楽しんでやるもの……じゃダメですか?」

「いい回答だと思う。日本語の『趣味』はそうだろうな」

「日本語でない『趣味』があるんですか?」

「おっと、失礼、僕が念頭においていたのは英語のhobbyだ」

 ホビーか……あんまり意味が変わるようには思えないけど。

 あたしは意味のちがいをたずねた。

「趣味は楽しんでやるものだが、hobbyは向上心をもって取り組むものだ」

「つまり……ゲームをだらだらプレイしたりするのは趣味じゃない、と?」

 囃子原くんは、ネイティブが常にそう解釈するとはかぎらないが、と前置きして、

「僕はそう思う。そして、僕が今hobbyと呼べるのは将棋だけだ」

 ん? あたしはこの言い回しが気になった。

「つまり、将棋は向上心をもって取り組んでるんですか?」

「多少は、ね」

 囃子原くんは、すまし顔でそう答えた。

 あたしは今の回答の意味を、じゅうぶんには理解できなかった。

 どうまとめるか悩んでいると、サンドイッチが運ばれてきた。

 メニューの写真でみたよりも豪華だった。厚切りのライ麦パンに、数種類のハーブ、そこへ卵ペーストがたっぷりと挟んであった。犬井くんが注文したハムカツも、厚さ的にはトンカツくらいありそう。すくなくとも、あたしの家のトンカツより厚い。

「どうぞ、召し上がりたまえ」

「ごちそうになります」

 どれどれ……うーん、おいしい。食感がべとべとしてなくて、ちょうどいい具合のゆでタマゴを食べてるみたい。ホウレンソウかな、と思ったのは、ルッコラだね。中学のときに理科の授業で育てたことがある。

「すみません、食べながら質問してもいいですか?」

「もちろん」

「なんで将棋には向上心をもってるんですか?」

 囃子原くんはすぐには答えなかった。

「なぜだろうな……妹に訊いてみるか」

 そう言って囃子原くんは、テラスの入り口へ視線を移した。

 白いワンピースを着た少女が、日傘をさして姿をあらわした。

 くるくるカールの髪型で、靴はおませなローヒール。

 囃子原くんとはちがって、目が丸っこいカワイイ系の女の子だった。

「お兄さま、こちらにいらっしゃいましたか」

絆奏はんな、こちらに座るといい。ちょうどおまえの意見を聴きたかったところだ」

「まあ、お兄さまにわたくしからお教えするようなことは、ございませんけれど」

 近くに立っていた剣さんが、ハンナさんのために椅子をひいた。

 ハンナさんはスカートをととのえて優雅に着座する。

「僕の趣味が将棋なのはなぜか、だ」

 ハンナさんは、ややひかえめな表情をつくって、

「お兄さまのご趣味について、とやかく申せる立場にはありません」

 と、いかにも答えをはぐらかした返事をした。

 囃子原くんのほうも、深追いはしなかった。

 これが上流階級のたしなみ?

 それからハンナさんは、にこやかになって、

「犬井さん、いつも兄がお世話になっております」

 と、あたしたちのほうにあいさつした。

 犬井くんは会釈をしてあいさつを返した。

「こちらこそ、いつもお世話になっています」

「こちらのお嬢さまは? 犬井さんのご友人ですか?」

 お嬢さま? もうひとりいるの? ……って、あたし?

「いえ、あたしはお嬢さまでは……葉山はやまひかるといいます」

「わたくし、囃子原はやしばら絆奏はんなともうします。お見知りおきを」

「こちらこそ……ハンナさんは、高校生ですか?」

「いえ、中学3年生です」

 ほーん、中学生なのか。

 とはいえ、年下のあつかいをしていいってわけじゃないよね。

「ハヤマさんは、どちらのご出身で?」

「H島です」

「でしたら、姫野ひめのお姉さまをよくごぞんじなのでは?」

 でたぁ、藤花ふじはな女学園にいた姫野さん。

 知ってて当然みたいに言われるのがすごく困るひとナンバーワン。

 あたしが将棋部に入ったときには、もうはんぶん引退していた。

「すみません、2コうえの先輩っていうのは知ってるんですが……」

「さようですか……では、裏見うらみさんはごぞんじですか?」

 あれ? こんどは裏見先輩の名前が?

「はい、おなじ学校です」

「あら、でしたら、よろしくお伝えください」

 裏見先輩、じつはセレブリティだった?

 いや、そんなはずはない(反語)

 先輩の家に寄ったことがあるけど、ふつうの住宅だった。

「裏見先輩と、どちらでお知り合いに?」

「去年、ポーカー*をごいっしょさせていただきました」

 ハンナさんの話によると、どこかの将棋パーティーで出会ったらしい。

 なるほどなるほど、それなら納得。

「ってことは、ハンナさんも将棋が趣味ですか?」

「いいえ、わたくしの趣味はアンティークドール集めです」

 ほらぁ、こういうほうがお金持ちっぽいじゃん。

 囃子原くんのさっきの返答、本心なのかな。

 じつはハンティングとかで、印象を気にして言わなかったとかもありそう。

 あたしは囃子原くんをちら見した。

 すると、目が合ってしまった。

「さて、最後の質問がまだ残っているのではないかな」

「あ、はい……気になってる選手はいますか?」

「僕は選手よりもスタッフのほうに関心がある」

「スタッフ……ですか」

「おかしいかね」

 あたしは「いいえ」と答えたあとで、

「ちょっと吉良きらくんのことを思い出しました。似たようなコメントをもらったので」

 と答えた。

「ふむ……彼らしい話だな。しかし、僕の関心は彼とはすこし異なる」

「というと?」

「日日杯は囃子原グループ後援のイベントだ。スポンサーとして成功を期待している」

 あくまでも主催者として、ってことか。

 こういうドライな感じも、囃子原くんらしくて悪くないかな。

 あたしがメモをまとめていると、囃子原くんは剣さんに声をかけた。

「今日のゴルフはここできりあげる。葉山さんたちを高校の校舎へご案内しなさい」

「承知いたしました」

 おっと、ついに大都会高校にご招待?

 これは行くっきゃないでしょ。

 あたしはサンドイッチを頬張りながら、記者の好奇心に胸をおどらせた。

*148手目 ファイブ・スタッド・ポーカー

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/160/

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