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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
388/681

376手目 二階堂早紀・二階堂亜紀・長尾彰〔編〕

 【2015年6月27日(土)】

 

 さて、一回し切り直しで、今週は四国の右側を攻略していこう。

 まずはK川県なんだけど――

 あたしたちは、T松市の商店街を歩いていた。

「うどん屋、見当たらなくない?」

 あたしはスマホの位置情報を確かめつつ、あたりを見回した。

 いかにも地方都市って感じの通りだ。地元のひとが経営している個人商店が多い。

 犬井いぬいくんもじぶんのスマホでチェック。

「いや、あってるよ。この道をまっすぐで右手でしょ」

 あたしはマップを拡大。

 あ、ほんとだ。たかやぐら、っていう店名が出てきた。

 あたしのスマホ、地図アプリがイマイチなのかな。地図アプリには、地図がメインのアプリと、ナビがメインのアプリがあるみたいなんだよね。優劣はあまりないらしいんだけど、店舗情報の豊富さとか、タップしたときの動作とか、ちょっとずつ違うみたい。

「犬井くんは、どこの地図アプリ使ってる?」

「GooGooマップ」

 最大手のやつか。

「使いやすい?」

「そういうのをじぶんで体験して調べるのが記者じゃないかな」

 ぐぅの音も出ない。

 でもなぁ、あんまりギガ使いたくないんだよねぇ。

 とかなんとかやってると、一軒のうどん屋に到着した。

 真っ赤な暖簾のれんに黒字で「たかやぐら」と書かれている。

 開店していることを確かめて、あたしたちは木製の格子戸こうしどをスライドさせた。

「こんにち……」

「はいはいはーい、いらっしゃーい」

 左右から、顔がそっくりな少女が飛び出した。ふたりとも元気があって、ミディアムボムをひとつ結びにしていた。ひとりはそれを向かって右に、もうひとりはそれを向かって左に流している。そこ以外は区別がつかない。目鼻立ちがそっくりだし、デニムのハーフパンツに黄色いTシャツを着ているところもそっくりだった。

 彼女たちがK川代表の二階堂にかいどう姉妹だと、あたしはすぐに気づいた。

「今日はようこそいらっしゃいました」

「どうぞどうぞ、奥の席へ」

 少女たちは、あたしたちの背中を押して、どんどん奥へ案内する。

 お座敷に通されそうになって、あたしは立ち止まる。

「待って待って、カウンターでいいんだけど」

 すると、向かって右肩に髪を流した少女は、もみ手をしながら、

「いえいえ、お客さん、せっかくですから」

 とニヤニヤした。

 犬井くんはあきれて、

早紀さきちゃん、悪いけど今日はグルメガイドの取材じゃないから」

「でも載りますよね? 讃岐さぬきうどん屋の双子姉妹って?」

「そりゃそうだけど……とりあえず、お座敷じゃなくてカウンターでいいよ」

 あたしたちはふたりの少女を説得して、カウンターに替えてもらった。

 目のまえに厨房があって、作っているところを見れるらしい。

 白木しらきのいい香りがする。まずは湯呑みでお茶が出てきた。

「ご注文は?」

 左肩に髪を流した少女が注文をとりに来た。

 これはグルメ取材じゃない……って言いたいところだけど、ちゃんとお腹は空かせてあるんだよねぇ。あたしは夏らしく、おろしぶっかけうどんを注文した。犬井くんは温かいものが好みなのか、それとも何回か来ているからなのか、ふつうの天ぷらうどんだった。

 あたしはお茶をひとくち飲む。少女たちもカウンター席に座った。

「えーと、どちらが……」

 右に髪を流している少女が手をあげた。

「わたしが姉の早紀です」

 双子にも姉と妹の区別があるんだよね。タイミングの差だと思うんだけど。

「じゃあ、早紀ちゃんからでいいかな。将棋を始めたきっかけはなんですか?」

「狭い家だからおとなしくしろということで、両親から教わりました」

「屋内ゲームだからね……でも、あんまり静かにならなくない?」

「はい、けっきょく亜紀とケンカするから静かにならないっていう」

 そうそう、ゲームでもなんでもそうだけど、屋内向け=静か、じゃないから。

「ふだんの練習はどうしてますか?」

「妹と指した回数が一番多いですね。あとはパパとか、近所のおじさんとか」

「あれ、将棋部のひととは?」

「うちの将棋部は入れ替わりが激しくて、あんまりおなじひとと指さないんです。中学のときのメンバーは、高校でけっこうバラけちゃいましたし」

 そういうパターンもあるのか。ちょっと新鮮。

「趣味はなんですか?」

 この質問に、早紀ちゃんはすぐには答えなかった。

「うーん……趣味はいろいろあるんですが……」

 この質問に詰まったのは初パターン。これまでの選手は即答していた。

 あたしが待っていると、うどんが運ばれてきた。

 大根おろしとゆずの乗った冷たいおうどんが、カウンターに置かれる。

 うむむ、ヨダレが……あたしが早紀ちゃんをチラ見すると、まだ考え込んでいた。

 これには亜紀ちゃんのほうが見かねて、

「お姉ちゃんは考え始めるとしつこいですから、お先にどうぞ」

 と言った。

 じゃ、いただきまーす。あたしは箸を割ってすする――おいしいッ!

 ぶっかけうどんにありがちな、大根おろしが一箇所に固まったり、麺の味付けが不均一だったりするところがない。コシのある麺にからんだ醤油しょうゆダレが甘くておいしい。

「犬井くん、これめちゃくちゃおいしくない?」

「隠れた名店だよね」

 いやぁ、これで並ばずに食べられるんだから、まさに役得。

 あたしがホクホク顔で食べていると、ようやく早紀ちゃんが答えた。

「趣味はほんとにいろいろあるんですが、一番はネイルアートです」

 うわ、またすごいのが出てきた。けど、あたしは早紀ちゃんの指をチラ見する。

「早紀ちゃん、なにもデコってないですよね?」

「飲食店ですから、ふだんはまったくしません……学生が言うのも変ですが、完全にオフの日しかしないんです。学校も家の手伝いもない日です。そういうのって1年のあいだに何回もないので、そのときにやりたいことが一番なんだと思います」

 うーん、一理ある。

 感心するあたしに、こんどは早紀ちゃんのほうから質問してきた。

「先輩たちは、予定がないときになにしてますか?」

 あたしから答える。

「カメラのお手入れ、かな」

葉山はやま先輩はカメラが趣味ですか……犬井先輩は?」

「僕はマーケティングの本を読んでることが多いよ」

「犬井先輩らしいですね。将来は起業を考えてるとか?」

「起業云々とは関係なしに、今後のマスメディアは個人業に近くなるよね。どこかに所属してても個人としての営業を求められる。そのときにマーケティングのノウハウを知っているのは、悪くないと思ってるんだ」

 なんというか、意外とあたしのほうが記者としては硬派なんだよね。

 いや、自慢してるとかじゃなくて、あたしの取材方針のほうが昔ながらだと思う。

 あたしはお茶で舌を休めて、それから最後の質問をした。

「気になってる選手はいますか?」

「とりあえず妹よりは上に行きたいです」

 これには亜紀ちゃんがあきれて、

「姉妹で低レベルな争いして、どうするの……」

 とつぶやいた。

「いやいや、一番わかりやすい目標じゃん。実力も拮抗してるし」

「そりゃそうだけどさ、お姉ちゃん相手だとあんまりヤル気出ないんだよねぇ」

 ほほぉ、そのあたりの理由も聞いてみたいな。

 あたしは早紀ちゃんの取材を終えて、亜紀ちゃんに質問を移した。

「亜紀ちゃんが将棋を始めたきっかけ……は、お姉さんといっしょですよね?」

「はい」

「ふだんの練習とかも?」

「はい」

 まいったな。二階堂にかいどう姉妹で一枠ってわけじゃないから、個性を出して欲しい。

「お姉さんが話し忘れてることを付け足してもらっても、全然かまいませんよ」

「わたし、お姉ちゃんと比べて出たがりじゃないんです」

 これには早紀ちゃんが噛みついた。

「ちょっと、だれが出たがりなのよ?」

「わたしのお姉ちゃんってひとりしかいないじゃん」

「はて、わたしに妹っていたかしら?」

「んー、目のまえのそっくりさんは、わたしのドッペルゲンガーかもしれないね」

 まあまあ、落ち着いて。

「亜紀ちゃんの趣味は? 姉妹でネイルアート?」

「わたしは料理です」

「なんかすごくそれっぽい……うどんとか打てます?」

「打てますよ。っていうか、お姉ちゃんが実家の手伝いをしなさす……」

「わーッ! わーッ!」

 双子でもけっこう性格が違うんだね。

 あたしがその点を指摘すると、亜紀ちゃんは肩をすくめてみせた。

「わたしはお姉ちゃんほどねちっこくありませんから」

「あのさぁ……わたしのどこがねちっこいのよ?」

「お姉ちゃん、負けるとすぐにムキになるじゃん」

 将棋指しはだいたいその傾向があると思うけどね。駒桜こまざくらのメンバーとかみても。

 あたしは最後の質問を飛ばす。

「気になってる選手はいますか? やっぱりお姉さん?」

「気になってるというか、指してみたい選手はいますね。H島の早乙女さおとめさんです」

「まだ対戦経験なし?」

「彼女、ほかの強豪とあんまり指してないと思います。みかん先輩も磯前いそざき先輩もひよこ先輩も指したことないって言ってましたし……H島のなかでは、どうなんですか?」

「あ、うーん、ごめん、あたしもよく知らない」

 そもそも早乙女さんと会ったことないしなぁ。

 記者として情報不足を感じる。

 とはいえ、これでふたりのインタビューは終わった。

 亜紀ちゃんが控えめだったけど、そのへんはこっちでフォローしておこう。

「えーと、次は長尾ながおくんなんだけど……長尾くんってここに来てません?」

 いっしょに取材していいって話だったような。

「僕ならここにいますよ」

 カウンター越しに声をかけられて、あたしはびっくりした。

 ふりむくと、割烹着かっぽうぎを着た少年が立っていた。見た目は優しそうだけど、どこか一本芯が通っているような感じの少年だった。調理師らしく短髪で、アクセサリーとか整髪料とかも一切つけていないっぽい。

 少年はにっこりと笑ってあいさつした。

「はじめまして、K川の男子代表、長尾ながおあきらです」

「い、いつの間に?」

 あたしが目を白黒させていると、長尾くんは笑って、

「さっきうどんを出したのは僕だよ。犬井は気づいてたっぽいかな」

 と、急にタメ口で語った。

 犬井くんは最後のうどんをすすりながら、

「もちろん気づいてたよ……これ、長尾の手作り?」

 と尋ねた。

「僕はでて盛りつけただけさ。お味のほうは?」

 大満足です。

 あたしは感想を告げてから、インタビューを始めた。

「長尾くんは、料理学校に通ってるんでしたっけ?」

「調理学校の高等課程だよ」

「将棋を始めたきっかけはなんですか? どうやって練習してます?」

「将棋を始めたのは、たまたまかな。オセロも囲碁もチェスもやってたけど、伸びたのが将棋っていうだけ。調理学校のおじさんとかとよく指してる」

「同世代はあんまりいない感じですか?」

「まあ、しょうがないよね。高等課程があるって言っても、1学年に数人だし」

 すっごく少ない。3学年で30人いかないわけだよね。

 普通科高校とはけっこう違うのかな。

「一日中、料理の勉強をするんですか?」

「あ、それは違うよ。高等課程なんだから、ベースは他の高校といっしょ。英語も国語も数学も理科社会もぜんぶやる。それ以外の課外活動として調理が入るんだ」

「それだとふつうの高校と変わりません?」

「プロが使う実習室を借りられることと、材料が支給されることが大きな違い」

 なるほどなるほど、ふつうの高校だと、家庭科室を勝手に使ったりできないし、そこの冷蔵庫にあるものを勝手に使ったりもできないよね。

「どうして調理学校に入ろうと思ったんですか?」

「それって日日にちにち杯のインタビュー?」

「あ、すいません、個人的な興味です。イヤなら答えなくても……」

「べつにいいよ。僕の一番の楽しみが、食べることなんだ。とくにスイーツが好きで、パティシエを目指してる。高等課を卒業したら、フランスへ修行に行く予定だよ」

 えぇ、すごい。あたしなんか志望校もまだ決めてないのに。

「こんど食べてみたいです」

「ハハッ、そう言われると思ってね、じつは用意してあるんだ」

 やったーッ!

 長尾くんはキツネ色のシフォンケーキ2皿を、カウンターの下から取り出した。

 ありがとうございます。あたしはフォークでひとくち。

「……ん、変わった食感」

「うどん粉シフォンだよ」

 すっごいもちもちしてる。

 最初は食感におどろいちゃったけど、市販のシフォンに負けないおいしさだ。

 ちょっと甘さひかえめでも、うどんを食べたあとだから十分にイケた。

「さて、次の質問はなにかな?」

「趣味はなんですか?」

「料理って言いたいところだけど、本職だからね。趣味はスキューバダイビング」

 長尾くんは、免許も持っていると言った。

「H島にはダイビングの名所があって、夏休みに泊まりがけで行ったこともあるよ」

「ずばり、スキューバダイビングの魅力は?」

「いつもと違う世界を鑑賞できること、かな。料理の参考にもなる」

「例えば?」

「今温めてるレシピがあるから、日日杯で披露するよ」

 それはぜひ行かねば。

 捨神すてがみくんの友だちっていう設定で同伴できないかな。

「次が最後の質問です。気になってる選手はいますか?」

「んー、亜紀ちゃんたちが質問されたときから考えてるんだけど……マークしてる相手、と言えばE媛の是靖これやすだね」

阿南あなんくんですか……?」

「おっと、中堅どころを出したから、不思議に思った?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ……」

「是靖とは地理的に近いから、けっこう指すんだよね。なぜか気も合うし。だけど、そういうことでマークしてるわけじゃなくて、おたがいに手の内を知り尽くしてる以上、気をつけないとな、って……料理でもそうだけど、基本が大事だろう。慣れたことこそ丁寧にやらないと……あ、今のは是靖にはナイショね」

 最後のお願いを、あたしは一瞬解釈しかねた。

 そしてこう結論づけた。

「もしかして、調子に乗りそうだからですか?」

「それもあるけど……男の友情って恥ずかしいだろ、どこか」

 そう言って手をあわせた長尾くんは、どこか年相応な照れ笑いだった。

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