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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
385/682

373手目 遊びじゃなくて

 はぁ〜、生き返る。

 その夜、あたしは温泉でくつろいでいた。

 そのとなりで、伊代いよちゃんがもうしわけなさそうな顔をする。

「さきほどは失礼しました。つい興奮してしまいまして」

 と謝った。

 いやぁ、命の危険を感じたけどね。菊地きくちのホームランボールは死守したよ。

「ところで、伊代ちゃんはよく温泉に入るの?」

「いえ、地元の温泉に入ったのはひさしぶりです」

 やっぱりあれかな、H島のひとが毎日も○じまんじゅう食べてないのといっしょかな。

 あたしはよく食べてるよ。チョコとかチーズとか、おいしいもん。

「シラフにもどったところで訊きたいんだけど、日日にちにち杯はだれが優勝すると思う?」

「そういう話は香宗我部こうそかべ先輩から禁止されてまして……」

 いいじゃんいいじゃん。

 あたしは伊代ちゃんを説き伏せた。

「ほんとうにむずかしいです質問です……女子は全員にチャンスがあるような……」

「たとえばさ、Y口のひとたちは萩尾はぎおさんが優勝候補だって言うんだよね」

「Y口の選手は横並びというか、よくいえば連帯感があって、萩尾さんをワンチームで推している印象です。あんまり個人戦だと思っていない節がありますね」

 だよね。Y口から出発したから、みんなああいう感じなのかと思ったら、ぜんぜんそうじゃないみたい。E媛の選手は個人プレイが大好きみたいなメンツだった。

「やっぱり萩尾さんは優勝候補の一角?」

「かなり有力かと」

「そんなに強いの?」

「私レベルでは一発入れるのがむずかしいです。みかん先輩、磯前いそざき先輩、あるいは大谷おおたに先輩クラスでいい勝負だと思います。あ、もちろん私も全力でいきますけどね」

「そういえば、温田さんも磯前さんと大谷さんを挙げてたね。飛び抜けてる感じ?」

「ほかの選手にはもうしわけないですが、四国はみかん先輩、磯前先輩、大谷先輩で3強なんじゃないでしょうか。2番手グループは団子です」

 これはあとでメモっとこ。

 のこり時間は女子高生らしい会話をした。内容はヒミツ。

 さっぱりしてから伊代ちゃんとは温泉の出口でわかれた。

 あたしはそのまま2階の部屋へ移動する。

 ふすまを開けると、料理がならべられていた。犬井くんは先に座って待っていた。

 エビ、アワビ、オコゼの唐揚げに、焼き物は地元の特産牛。定番の茶碗蒸しもある。

「うひゃ〜、これだけの懐石料理を食べるのひさしぶり」

 あたしはもみ手をして着席。犬井くんはウーロン茶の瓶をかたむけながら、

「さすがにアルコールはダメだから、お茶でどうぞ」

 と言ってそそいでくれた。

 ありがとうございます。

 あたしもそそぎ返して、乾杯。グラスが鳴る。

犬井いぬいくん、おつかれさま〜」

葉山はやまさんもおつかれさま」

 いっただきまーす。

 あたしはお味噌汁で箸をぬらしてから、まずはお刺身をちょうだい。

「うーん、やっぱり瀬戸内海の魚はおいしいねぇ」

「そうだね……そろそろ記事の構成を考えたいんだけど、食べながらでいいかな」

 うーん、もうちょっとゆっくりしてもいいような。ま、いっか。

 食事をあじわいながら、どういうかたちで広報するのか相談する。

 まず、紙媒体をつくるかどうか。これ重要。インターネット時代だから、かならずしも紙媒体を用意する必要がない。印刷代ってすごく高いんだよ。何百冊も印刷すると平気で100万円超えちゃうからね。新聞部でも、外注するときは必要最小限しか刷らない。

 でもでも、今回は資金が潤沢そうだから、思い切って提案してみる。

「思いっきり豪華なパンフにして、将棋関係者に配るのは、どう?」

「あ、それは通らないかな、たぶん」

「なんで? 記者にこれだけしてくれるなら、予算けっこうあるんでしょ?」

囃子原はやしばらグループは『不合理なお金の使い方をしない』のがモットーなんだよ。人件費は記事のクオリティと関係するからしっかり補助してくれるけど、読んでもらえるかどうかわからないパンフレットにお金は出ないと思うな。これでも礼音れおんとは長いつきあいだからね。彼が投資しそうかどうかは、だいたいわかるよ」

「つまり、ダイレクトメールっぽいのはダメ?」

「ダメ。もらってもゴミになって困ることが多いだろ?」

 たしかに、エコでもないしね。

「じゃあネット配信?」

「僕もそっちを考えてる。問題はどうやって閲覧してもらうか、かな」

 あたしは唐揚げにレモンをかける。オコゼはね、瀬戸内海の高級魚なんだよ。小ぶりなやつを唐揚げにすると、頭からしっぽまで食べられる一品。いただきまーす。

「もぐもぐ……広告を打ってもらうのが手早くない?」

 犬井くんは天ぷらをツユにつけながら、

「葉山さん、もうちょっと視点を変えてみない?」

 と言った。

「視点?」

「今回の日日杯ってさ、囃子原グループの趣味でやってると思う?」

「……もしかして宣伝?」

「もちろんだよ。100%そうってわけじゃないけどさ、さっきも言ったとおり、囃子原グループは『不合理なお金の使い方をしない』んだ。礼音くんのポケットマネーならともかく、グループとして協賛している以上は【投資】なんだよ」

 あ、うーん、なるほど。

 ここまで聞いて、あたしはちょっと疑問が生じた。

「えっと……それだとあたしたちにも投資してるってことになっちゃわない?」

 犬井くんは「そうだよ」と答えた。

「囃子原グループは葉山さんに100万円ほど出してもいいと判断したんだよ」

 なんかビジネスライクな話になって、あたしは困惑した。

「え、でも、あたしそんな100万円ももらう価値ないし……」

「それは投資するサイドが判断することだからね。まあ、ちょっと話がそれたけど、ようするにこれって投資なわけだから、リターンがないといけないんだ。葉山さんと僕は、そのリターンを考えないといけない立場にある」

「リターン……売るしかなくない?」

「さっき葉山さんは『宣伝』だって言ったよね。その視点はいいと思う。べつに売らないとリターンが見込めないわけじゃないんだ。問題は、宣伝を打つ場合、どこに打つかっていう話。囃子原グループ自身が宣伝を打った場合、どこに届きそう?」

「……ふだん囃子原グループのサービスを使ってるひと」

「そうだよね。それって広告になるかな?」

 ならないね。囃子原グループを使ってるひとは囃子原グループを知ってるわけで、そこに追加で将棋イベントの情報を落としても、なにも知見が広がっていない。将棋に興味があるひとはうれしいかもしれないけれど、それはリターンじゃないわけか。

 あたしが感心していると、犬井くんはハッとなって、

「しまった、鍋が冷めるね。先に食べよう」

 と言った。

 いつのまにか固形燃料が燃え尽きて、一人用の鍋ができあがっていた。

 あたしは猫舌だからこれくらいが適温かな。中身は……伊予牛のすき焼きッ! お口のなかで溶けるような柔らかさ。この脂肪の量はリブじゃなくてサーロインだ。

「葉山さん、ほんとうにおいしそうに食べるよね」

「食は人生の楽しみでしょ」

「じゃあ、食通の葉山さんに質問。たとえば、この和牛を売り込むとするよね」

「ふぁい」

「あ、聞いてくれるだけでいいよ。そのときにさ、このブランドを知っているひとに売り込んでも、しょうがないわけだ。そうじゃなくて、ブランドを知らないひとに売り込む。今回の企画もおなじで、囃子原グループがふだんどおり広告を打つんじゃダメなんだ」

 重複しちゃうもんね。

 あたしはネギを食べつつ思案する。

 ひらめいた。ちゃんと飲み込んでから話す。

「なんかわかってきた。広告のターゲットは、将棋ファンのうち、これまで囃子原グループとあんまり縁がなかったひとたちだね」

「そう、僕たちは囃子原グループの広告部門を使わずにアピールしないといけない。これが僕たちに課された役割になる」

 あたしは茶碗蒸しをすくいつつ、犬井くんのコメントについて考えた。

「ってことは……囃子原グループが進出してなさそうな分野? でも、囃子原グループは日本5大財閥のひとつでしょ? 手をつけてない分野なんてあるのかな?」

「あるよ。5大財閥のひとつだからこそ、新興産業に食い込めていないところがある」

 新興産業――

「もしかして、ダンス産業とかも?」

「ビンゴ。というわけで、次のインタビューはけっこう重要なんだ」

 次はK知の吉良くんだ。吉良くんは四国でも有名なダンス少年。

 犬井くんが急にこの話をふってきた意図がわかった。

「犬井くん、このあと打ち合わせの時間ある? 写真とか構図とか考えたいんだけど」

「もちろんだよ」

 こうしてあたしたちは食事を終え、打ち合わせに入った。

 あれこれアイデアを出す。いちおうかたちになったのは0時を過ぎたころ。

 あたしはじぶんの部屋にもどった。敷いてある布団にもぐりこむ。

「100万円か……」

 天井をみあげる。

 耳を澄ますと波の音が聞こえた。ひとりきりの旅館は、すこしばかりさみしい。

 さっきのアイデア、がんばって考えたけど100万円の価値はないかな。

 あたしはだんだん不安になってきた。ちょっと温泉気分だったと反省する。

 しばらく眠れない時間が続いて――いつのまにか意識が落ちた。

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