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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
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372手目 宇和島伊代・香宗我部忠親〔編〕

 愛甲あいこうをあとにしたあたしたちは、お昼ご飯を近くのレストランでとった。

 これも経費で落ちるから奮発して高級イタリアンにしちゃった。えっへっへ。

 瀬戸内の幸をふんだんに使った海鮮パスタと名物オレンジジュースを堪能。コーヒーを飲んでから次の取材地へ。犬井くんと合流したから百人力だね。あとは流れでいけそう。

「って、なんで野球場に……?」

 あたしと犬井くんは、M山にある野球場に来ていた。

 通称『お坊ちゃんスタジアム』だ。総面積はけっこうあるね。マヅダスタジアムよりもすこし大きいかも。開放型の球場で、空には夏空が広がっていた。観客はそこそこ。

 今日のデイゲームはカァプvsジャイアント。まさかのプロ野球。たぶん年に何回かしかない特別試合だと思う。

 あたしたちはジャイアントサイドのスタンドに座っていた。まだ2回の表で、ちょうどジャイアントの攻撃が始まったところだ。

「いけいけ、我らがジャイアント、邪悪カァプをやっつけろッ!」

 だれが邪悪やねん。

 なにこの三つ編みメガネの女子。ジャイアントの応援ユニフォームを着て、両手にメガホン。腰にはジャビットくん人形。すごく危ないオーラがする。

 そのとなりには、ちょっと冷静そうなメガネの男子。このひとが四国将棋界のブレイン役、香宗我部こうそかべ先輩らしい。K知のひとだからK知で落ち合うはずだったのに、なぜかこのスタジアムを指定してきた。こちらはラフな私服で、とくにどちらのチームを応援するわけでもなく、野球観戦をしに来たという雰囲気じゃなかった。

 ひとつうしろのベンチに座った犬井くんは、

「香宗我部先輩がわざわざ出向いてくるってことは、なにかありますね」

 と勘ぐった。

 香宗我部先輩は試合のほうをみながら、

「べつになにもないさ。伊代いよと打ち合わせがあったからついでに寄った」

 と答えた。

 なんかあやしいなあ。

 あたしたち、けっこう疑われてる気がする。Y口から帰ったあと、松陰まつかげ先輩があたしたちのことをあやしんでいた理由を考えた。あたしたちは囃子原はやしばらくんから派遣されてるわけで、その囃子原くんは日日杯の出場選手だ。つまり、情報収集だと思われてるわけだ。

 バットの乾いた音がする。巨神軍のヒットで、三つ編みの少女はメガホンを叩いた。

「いいぞ〜」

 少女の狂乱ぶりに、犬井くんは、

「伊代ちゃん、あいかわらずジャイアント好きだね」

 と言った。

 えぇ……この子が宇和島うわじま伊代いよさんなの?

 四国の現・幹事長? よその地域ながら心配になる。

 とりあえず、香宗我部先輩へのインタビューを開始。

「では、質問です。香宗我部先輩が将棋を始めたきっかけは?」

「祖父に教わった」

 よくあるパターン。裏見うらみ先輩といっしょだね。

「いつ頃ですか?」

「小学校に入学するまえだな。ただ、本格的に始めたのは中学になってからだ。小学校では祖父か友だちとしか指さなかった。戦法を研究したり棋譜並べをしたりしてたわけじゃないんだ……葉山さんは?」

「あたしは高校からです」

「なんで始めようと思ったの?」

 えー、悪い先輩に騙されてですね、というのを外部で話すのもよくないのでごまかす。

「将棋ブームなので」

「ああ、それはあるよね。うちの部でも高校から入ってくる生徒は多い」

「しろうとが入部してくるのって、ベテランからみるとどうなんですか?」

「もちろんうれしいよ。羽生はぶさんも言ってるけど、ジャンルの裾野すそのは広いほうがいい」

 なるほど、新聞部でも新人が入ってきて悪い気はしないよね。

 あれこれ教えているとじぶんの勉強にもなる。たとえば、カメラの扱い方とか、記事の書き方とか、そういうのを感覚で教えるのはむずかしい。だから、ネットで用語とかを調べて教えることになる。そのときにじぶんが知らない情報もゲットできてお得。

「ふだんはどういう練習をしていますか?」

「去年は四国の代表幹事で事務仕事が忙しかったから、ほとんどネット将棋だった。今年は宇和島に代わってもらって、吉良きらとバーサスしてる」

「それは大変ですね。うちの市の会長でもけっこう忙しそうなのに」

 香宗我部先輩はメガネをくい〜っとさせて、

「将棋界は魑魅魍魎ちみもうりょうが多いからな」

 と言った。

 それは同意。自称宇宙人とか自称宇宙人とか自称宇宙人とか。

「とくに気になる選手はいますか?」

捨神すてがみ六連むつむら囃子原はやしばらの3人だ」

「上位3人ですね……あれ、吉良くんは?」

「吉良は同郷だからな。俺は中国地方勢を中心にマークしてる」

 いやいやいや、これ地域対抗戦じゃないから。総当たりの個人戦だから。

 さすがに犬井くんもあきれて、

「八百長はやめてくださいよ」

 と釘を刺した。

「吉良にわざと負けるつもりはない。ただ、情報収集は身内より外部だろ」

 んー、それもそうか。ただなぁ、なんか取ってつけたような理由なんだよね。いくら主催者が個人戦だって言っても、地域戦の雰囲気が出てしまうのは仕方がないと思う。たとえばプロの将棋会だって、関東所属か関西所属かの区別はある。

 まあ、そこはあたしが気にする必要もないかな。最後の質問に移る。

「趣味はなんですか?」

「天体観測だ」

 うわぁ、すごいそれっぽいのきた。

「天体観測って、なにをするんですか?」

「なにって……天体を観測するんだぞ」

「そういう『将棋とは将棋を指すことだ』みたいのはちょっと……」

 香宗我部先輩はすこし考えて、

「……美しい規則性を観察しながら新しい発見をする、かな」

 と答えた。

 こんどはテツガクになっとるやないかーい。

「星を観測するんですよね?」

「まあ、そうなんだが……ただ観るわけじゃない。たとえば、葉山さんが天体観測をするとしたら、まずなにを用意する?」

「天体望遠鏡です」

「天体望遠鏡がなくても、惑星や一等星なら肉眼で判別できるよ」

「……スケッチブック?」

「コンパスだよ。あるいは、方位がわかるスマホアプリでもいいけど」

 方位を調べてどうするのか、とあたしは尋ねた。

「天体はすべて一定の方角に一定の規則であらわれるだろう。方角が重要なんだ。じぶんがどの地点からみているかを特定しないと、デタラメな観察しかできないからね」

 あ、ふーん、そういえば、理科の授業で天文盤をもらったね。あれは方角と日時を合わせると、そのときの星の配置と一致するんだよね。

「葉山さんも自宅のベランダで調べてみるといいよ。意外な気づきがある」

「スマホでも天体観測アプリありますよね。あれ使ってみます」

 あたしはメモを取り終えて、宇和島さんのほうをちらりと見た。

 メガホンを叩いてずっと応援している。

 これ、話しかけていいのかな。

「あのぉ、宇和島さん、ちょっとインタビューいいですか?」

「今年のゴールデングラブ賞の予想ですか?」

「いえ……将棋を始めたきっかけなどを……」

「テレビで将棋の番組をみて、気になったので調べて勉強しました」

 これは初めてのパターンかな。

 ああいう番組をみてじぶんで調べるひとってあんまりいないはず。

「いつのことですか?」

「中1です」

「そのあと、実戦など?」

「そうですね、ネットで調べたり指したりしてました……ああッ!」

 場内がく。ジャイアントのバッターが打ち取られたようだ。

 宇和島さんは地団駄を踏んだ。

「もぉ、見逃し三振はダメでしょ〜!」

「えーと、ふだんはどういう練習をしてますか?」

「スクワットは大事ですよね。応援のときのウェーブは体力を使うので」

「将棋の話なんですが……」

「え? 将棋の練習ですか? 私は本を読んで研究するタイプです」

 ほんとぉ? なんかイメージと全然違うんだけど。

「本っていうのは、定跡書とかですよね?」

「はい」

「とくにお気に入りの本はありますか?」

 宇和島さんは両手のメガホンを持って万歳した。

「やっぱり藤井ふじいたけし先生の『四間飛車を指しこなす本』ですよッ!」

 あれ、その本、部室にもあったけど出版年がめちゃくちゃ古かったような。

 あたしはスマホで調べた――2000年だね。

「最近の本は読まないんですか?」

「読みますけど、あれはあれで完成されてるんです……ああッ!」

 また打ち取られたね。これでチェンジ。

 じつはあたし、カァプファンなんだよね。H島出身だからふつうなんだけど。

 ちょっと言い出せる雰囲気じゃないかな。

 宇和島さんは一回着席した。なにかぶつぶつ言っている。

 おちついたところで次の質問。

「趣味はなんですか?」

「野球観戦です」

 はい、見てわかります。

「とくに気になってる選手とかいますか?」

「やはり期待のルーキー吉山よしやま選手です。打ってよし守ってよしですよ」

「あの、将棋……」

「日日杯ですか? 早乙女さおとめさんです」

 あ、即答するんだ。

 これはアレだね、なにか因縁がある。

「理由を教えてもらえますか?」

「彼女、カァプから宗旨替えしないんですよ。邪教はいけません。来月、マヅダスタジアムで決着をつけます」

 野球の因縁かい。

 そういえば、早乙女さんもそうとうな野球フリークらしいね。

 彼女の取材もちょっと怖いかな。

「ところで、幹事長ってどういう仕事を……」


 カーン

 

「ああぁあああああああああああああッ!」

 あ、カァプのホームランだ。宇和島さんの絶叫がこだまする。

 その絶叫をよそに、ボールはこっちへ飛んできた。

 犬井くんはサッと立ち上がって、それをキャッチした。

 ナイスキャッチ。まわりのお客さんも拍手してる。

 犬井くんはボールをしばらく見つめて、あたしに差し出した。

「葉山さん、いる? カァプファンだって言ってたよね?」

「ありがとうございますッ!」

 ボールを受け取ってニンマリ。やったぜ。菊地きくちのホームランボール。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? なにか視線を感じる。強烈な視線を。

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