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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第37局 葉山光、中四国9県を取材せよ!(2015年5月18日金曜)
382/681

370手目 今治健児・阿南是靖〔編〕

【2015年6月20日(土)】


 いやぁ、ずいぶんと時間が空いちゃったね。

 先週*、先々週**は日日にちにち杯のミーティングがあって、いよいよ取材を再開。

 たたみの香り――やって来たのは、E媛県新浜にいはま高校の柔道場。

 ごついお兄さんたちが、柔道着で練習にいそしんでいた。

 あたしのまえで男子がひっくり返り、みごとな受け身を披露する。

「ほんとにここにいるのかな……?」

 あたしは写真を撮りつつ、道場をみまわした。

 柔道部のひとたちは、あたしの存在をあまり気にしていないみたいだ。

 たぶん、取材には慣れてるんだろうね。じつは柔道の取材じゃないんだけど。

 あたしは名簿の顔写真をチェックして、今治いまばりというひとをさがした。犬井いぬいくんがそばにいないから、簡単にはみつからなかった。犬井くんは学校の用事があるとかで、現地集合の約束になっていたのだ。あたしは囃子原はやしばらグループの高速艇で瀬戸内海を渡った。

「いないっぽい……?」

「僕ならここにいるよ」

 とつぜん声をかけられて、あたしはふりかえった。

 すると、シチサン分けにしたちょっとキザっぽい少年が立っていた。

 柔道部……じゃないね。ふつうの制服を着ている。

「こ、こんにちは……どなたですか?」

「いやだなぁ、この阿南あなん是靖これやすの顔を忘れてもらっちゃ困るよ」

 アナン……あ、思い出した。

愛甲あいこうの阿南くん?」

「そうだよ。四国最強の高校生将棋指し、阿南是靖とは僕のことさ」

 す、すごいビッグマウス。

 四国最強は吉良きらっていうひとじゃなかったっけ。

 ま、いいや、犬井くんがまだ来てないけど、とりあえず対応しておく。

 さすがにあたしもガキの使いじゃないからね。

「阿南くんは柔道部じゃないですよね? 場所を移動して……」

「あ、べつにここでいいよ」

 助かる。さっそく質問タイム。

「阿南くんが将棋を始めたきっかけはなんですか?」

「そういう質問、つまんなくない? もっと過激にいこうよ。だれをボコりたいとか」

「あ、それはあとで訊きます」

「んー、そっか。小学校でクラスメイトに教わった」

「最初はクラスメイトと指してたわけですか?」

「うん、1ヶ月くらいしたらだれも僕に勝てなくなって、そのまま将棋部に入ったよ」

 このひと、友だちいなさそう。

 Y口の嘉中ひろなかくんとはちがったKYさがある。

「最近は、だれと指してます?」

「僕は愛の使徒だから、アプリでいろんなひとと指すよ」

「えーと……それは愛と呼べるんですかね?」

 あ、しまった、あんまり取材と関係ないこと訊いちゃった。

 けど、阿南くんはこれに乗ってきた。

「人類愛っていうじゃん?」

「んー、人類愛と将棋ってなにも関係なくないです?」

「なんでそう思うの?」

「愛が欲しくて将棋を指してるわけじゃないですよね」

「愛は与えるものでしょ? 僕が与えてるんだから、あいては関係ないよ」

 どこかで聞いたことのあるセリフだね。とはいえ、あたしはあんまり納得しなかった。だってさ、愛だって一方的に与えられたらウザいというか、ちょっと迷惑だよね。もらえればなんでもうれしい、ってもんじゃないと思う。

 あたしがこれを伝えると、阿南くんは笑った。

「たしかに、将棋にも『駒の押し売り』って言葉があるしね」

「ですよね。アプリでいろんなひとと指すのも、愛じゃなくてランダムだと思います」

「アハハ、きみ、面白いね。じゃあ、えーと……」

葉山はやまです」

「葉山さんは、愛ってなんだと思う?」

 なんか将棋とぜんぜん関係ない話題になってきた。

「むずかしい質問ですね……決まったかたちの愛ってないんじゃないですか」

 阿南くんは意地の悪そうな笑みを浮かべて、

「ちょっと逃げっぽい答え方だなぁ」

 と言った。

 消極的な答えなのはわかってる。けど、抽象的な質問は苦手。

 まるで立場が入れ替わったかのように、あたしのほうが質問攻めにあう。

「葉山さんって将棋部なの? それとも新聞部?」

「両方です」

「あ、そうなんだ、犬井といっしょだね。だったら話が早いや。たとえば、団体戦でチーム勝ちがもう決まってるとするじゃん? じぶんが勝っても負けてもどっちでもいい状況になったとき、あいてに温情をかけてわざと負けるのは愛かな?」

 それはさすがにちがうと思う。あたしはそう答えた。

 っていうか八百長負けはダメだよ。

 あたしの答えに、阿南くんは笑った。

「でしょ? 葉山さんだって、愛はなんでもアリだとは思ってないじゃん?」

「うーん……たしかに……ちょうど将棋の話になったので訊きますけど、阿南くんはそういう状況ならどうします? 八百長負けはないとしても、あんまり本気で指さないとか、そういうのは? こんどの日日にちにち杯でも、そうなる可能性ってありますよね?」

 日日杯は、総当たりのあとにベスト4がトーナメントへ移る。

 だから、勝っても負けても関係なくなる状況は十分にありえた。

「それって危ない質問だね。オフレコかな?」

「あ、オフレコにします」

「僕はね、全体のポジションを気にしないタイプなんだ」

 あ、はい、なんかそんなイメージがある。

 あたしはその理由をたずねた。

「アハハ、理由なんかないよ。そもそもさ、優勝が決まっていようがいまいが、将棋を指すことには変わらないよね?」

「でも、1勝がプラスになるかならないかっていうちがいがありますよ?」

「つまり、優勝が確定してる状況で1勝してもムダ?」

 阿南くんがあまりにも堂々と質問してくるから、あたしは自信がなくなった。

「……じゃないですかね」

「それ自体が視野狭窄しやきょうさくじゃない?」

「視野狭窄なのは、個人プレイにこだわるほうじゃないですか?」

「そうかな? とりあえず勝っておけば、僕の棋力を外部にきっちりアピールするチャンスになるよね? 大会が終わったらみんなの記憶が消えるわけじゃないんだよ?」

 あ、なるほど……大会よりも広い視点でみてるわけか。

「一理ありますね」

「でしょ。ものごとは大局的にみないといけないのさ」

 そのときだった。あたしのそばに大きな影があらわれる。

「是靖の口から『大局的』という言葉が出るとは、俺の聞きまちがいか」

 大柄な無精髭ぶしょうひげの男子が、柔道着のかっこうで出てきた。

 あたしは彼が今治先輩であることに気づいた。

 阿南くんも知り合いらしく、笑顔であいさつした。

「今治先輩、お先に失礼してます」

「ふん、年功序列はどうでもいい……で、大局が、どうした?」

「今治先輩の将棋は大局観があっていいですね、っていう話です」

 大嘘。阿南くん、しれっとウソをつくなあ。

 さっきの会話も話半分で聞いたほうがいいかも。このひとの記事は慎重に書こう。

 あたしは今治先輩に自己紹介してから、

「まだ阿南くんのインタビューが終わってないんですが、だいじょうぶですか?」

 とたずねた。

 今治先輩は「かまわん」と答えて、仁王立ちになった。

「ただ、後輩に稽古をつけてやらんといかん。手早く頼む」

 はいはい、のこりの質問は少ないからね。さくさく。

「趣味はなんですか?」

「趣味……あきらのスイーツを最初に試食することかな」

 どんだけピンポイントな趣味なの。

 アキラっていうのは、K川県の長尾ながおあきらくんのことかな。高校生シェフで有名だよね。

「最後の質問です。とくに注目してる選手はいますか?」

義伸よしのぶだね」

「よしのぶ……吉良くんですか?」

「そうそう、今回の日日杯で、四国最強は僕だって証明してみせるよ」

 いいねぇ、このセリフは採用しちゃお。

 メモメモ……こんどは今治先輩に交代。

「お待たせしました。まず、将棋を始めたきっかけをお願いします」

「兄貴に教わった」

「柔道は、いつから?」

「柔道は小3からだ。生まれつき体格がよくてな、近所の道場に目をつけられた」

 今治先輩はひとりで豪快に笑った。

「人生、きっかけなど適当だな」

 それはあるかも。あたしも某見先輩に騙されて入部させられたし。

 まあ、そこはいったんおいておき。

「ふだんの練習などを、すこし」

 今治先輩は耳の穴をかっぽじりながら、

「んー、練習はあまりしとらん。気が向いたら、てきとうなあいてと指す」

 と答えた。

「将棋アプリでランダムマッチとか?」

「いや、俺はああいうのはやらん。手がでかくて画面がうまく押せん」

 たしかに、でかいね。

「それに、木の駒で指したほうが雰囲気がある」

 これには阿南くんがつっこみを入れた。

「今治先輩、あいかわらず古いですね」

「ようは遊びだ。ならばじぶんにしっくりくるほうがよかろう」

 それは正論だと思う。

 仕事ではスタイルを曲げる局面が出てくるけど、これは趣味だからね。

 あたしはちょっと興味のある質問をしてみた。

「アマチュアが将棋に打ち込む動機って、なんだと思いますか?」

 今治先輩と阿南くんは、ちらりとおたがいに視線をあわせた。

 阿南くんから答える。

「勝ってるときの優越感、みたいな?」

「……それ本音で言ってます?」

「あれ? 疑うの? 僕らしくない?」

 うーん、なんか阿南くんの会話って、半分演技な気がするんだよね。

 キャラを作っているというか、なんというか。

 今治先輩もニヤリと笑って、

「葉山、なかなかするどいな。こいつはけっこう繊細なところがあるぞ」

 と言ってから、じぶんの答えも告げた。

「楽しく指していつかじぶんの限界に達する……それがアマチュアの楽しみ方だろう」

「プロでもいつか限界が来ますよね?」

「トップアスリートと普通のアスリートのちがいか?」

「ええ、スポーツでもいいですし、将棋でもトップ棋士とそれ以外がいますし」

 今治先輩は、限界がみえたときの対応がちがう、と言った。

 あたしはこれを、

「つまり、壁にぶつかってもがんばるのがプロだ、と」

 と解釈した。

 ところが、これはハズれ。今治先輩は目を閉じて首を左右にふった。

「根性論ではない……限界がみえても、金が取れるようにがんばるのがプロ、だ」

 え? お金の話になるの?

 これが今治先輩から出てきたのは意外。

 阿南くんはさっきの仕返しみたいな感じで、

「先輩、けっこう打算的なところがありますよね」

 と言った。

「リアリストと言え、リアリストと……話をもどすとな、アマとプロの差は『仕事として金をもらっているかどうか』しかないんだ。プロ柔道を知っているか?」

「プロ柔道……オリンピックに出てるひとたちですか?」

「プロ柔道というのは、国際柔道協会のことだ。各地を回って試合をして観戦料を取っていた。1950年に経営難で解散したがな」

「え? それじゃあ、まるでプロレス……」

「そう、プロレスラーとおなじだ。そもそもプロレスの『プロ』はプロ棋士とかプロ野球選手のプロとおなじだろう? 単に呼ぶならレスラーだ。オリンピックに出ているレスリング選手はなんだ? 多くはアマチュア、つまりアマレスだ。オリンピック級のレスラーでも、プロは少ない。ふつうはべつのことを仕事にしているからだ。将棋もおなじで、プロというのは日本将棋連盟の正会員という意味で、それ以上でもそれ以下でもない」

 はぇ〜、たしかにフリー記者っていうのも、新聞社なんかに属してないっていう意味でしかないからね。取材能力が高いとか低いとかはぜんぜん関係がない。

 今治先輩はさらに続けた。

「アマチュアが将棋に打ち込む動機はなにか……葉山の質問は、仕事でもない将棋に打ち込む理由はなにか、というのと変わらん。答えは単純だ。金がもらえないという状況を楽しめるから……つまり、生活の余裕だな」

 すっごい納得。

 あたしは次の質問に移る。

「趣味はなんですか?」

「是靖とかぶるのはしゃくだが、食べ歩きだな。体を動かしたあとの飯はうまいぞ」

「とくに注目している選手はいますか?」

「うーむ……同学年の連中だ」

 ってことは、3年生のひとたちだね。

 男子だとY口の松陰まつかげ先輩、T取の今朝丸けさまる先輩、S根の葦原あしはら先輩、K知の香宗我部こうそかべ先輩。

 戦ってる期間がかぶってて、いろいろと因縁があるのかな。

「質問は以上です。ありがとうございました」

「よし、稽古けいこでもするか」

「じゃあ、僕は帰りますね」

 今治先輩は阿南くんの襟首えりくびをつかんだ。

「まあそう言わずに、阿南もひとつ稽古していけ。柔道経験はあるんだろう?」

「いえ、あの、僕は体育の授業でやってるだけで……」

 今治先輩に引きずられる阿南くん。

 稽古の掛け声に合わせて、彼の悲鳴が聞こえた。

 その去りぎわ、今治先輩はいちどふりかえり、こちらに親指を立ててみせた。

「余裕があるから楽しめる……ちがうか、葉山? 俺は楽しみでしかたがないぞ」

*213手目 上陸した強豪たち

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/225/

*241手目 下見するひと、されるひと

https://ncode.syosetu.com/n2363cp/253/

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