368手目 長門亜季〔編〕
えー、というわけで、Y口県の東端の街に来たけど――夜だね。
あたしたちは、駅前の街灯のしたにポツンと立っていた。
商店街はみえるけど、もうやっていない。パーキングの車も少なかった。
「萩尾さんたちと歓談してたら遅くなっちゃった。ウルウル」
犬井くんに泣き落とし作戦。
「ま、しょうがないよね。いい取材ができたし、今日はここで一泊しようか」
やったぜ。けど、ひとつ問題があった。Y口県は出場者が乱立してて、まだあと4人も取材しないといけないのだ。2泊3日だと、月曜日の朝帰りになってしまう。こんなことなら金曜日の夕方に萩入りしておいたほうがよかったかも。
まあ、後悔先に立たずだよね。とりあえず楽しんでいこう。
「犬井くん、このへんのホテル知ってる?」
「うーん、米軍基地で取材をしたときに泊まったところは……」
「Hello, what are you doing here?」
うわ、英語で話しかけられた。
ふりむくと、ショートヘアの白人少女が立っていた。
「は、ハロー……」
「青少年が夜中にホテルさがしちゃダメでしょ」
なんだ、日本語が話せるのか。
あたしは弁明する。
「すみません、じつはかくかくしかじかで……」
「Shogi? ……もしかして、アキのfriends?」
アキちゃん? だれ? ……あ、もしかして長門亜季?
あたしが確認するよりも早く、犬井くんが口をひらいた。
「なんだ、キャシーじゃないか」
「Good evening!! イヌイ、どうしたの? 彼女とデート?」
「取材に来たんだ。ちょっと到着が遅れてね」
また知り合いかあ、あたしの肩身がせまいなあ。
キャシーと呼ばれた少女は、腰に手をあてて胸を張った。
「OK、だったらワタシがアキの家まで案内するヨ」
「ここから近いの?」
「ちょっと遠いけど、No problemだヨ。車あるから」
キャシーちゃんは、道路に停めてあるジープをゆびさした。
え? マジ? これで行くの?
どうみても米軍の公用車でしょ? ナンバーが変だし。
ところが、犬井くんは全然ひるまずに、
「さすがは海兵隊員。よろしく頼むよ」
と快諾した。うわーん、なんか怖いよぉ。
○
。
.
到着――すっごい山奥なんだけど。
これ、騙されて拉致されるとかいうオチじゃないよね?
犬井くんの知り合いじゃなかったら、今頃チビってそう。
森の中からホーホーと声がして、夜空の月以外には明かりがなかった。
一歩進むのにも、懐中電灯で足元を照らさないといけない。
サクサクと砂利の音がして、ザワザワと夜風が木々の葉をゆらした。
「ほ、ほんとにここに家があるの?」
「そこだヨ」
キャシーちゃんがゆびさした方向に、ぽつりと明かりがみえた。
わたしはすこしホッとして、その明かりをめざした。
到着すると、ずいぶん古い民家だった。
インターホンもなくて、キャシーちゃんはドンドンと玄関の戸を叩いた。
「キャシーだよ、アキ、are you there?」
しばらくして奥から足音が聞こえた。
ドアが開いて、あたしはびっくりする。変なかっこうの少女が出てきたからだ。
黒地に階級章――こ、これって……軍服だよね。
ってことは、このひとがミリオタだって噂の長門亜季さんか。怖い。
三白眼が特徴の少女で、髪は肩までのセミロング。ちょっと危ない雰囲気がある。
「こんばんは……あら、犬井先輩じゃないですか」
「こんばんは、このまえメールした通り、取材に来たよ」
「夕方頃って話じゃありませんでした? 高校で待ってたんですけど?」
うわぁ、これは弁明しないと怒られるね。
あたしたちは、萩市でちょっと時間をくったことを説明した。
長門さんは、
「ふーん、そうですか……作戦参加の遅れは軍法会議ものだと思うんですけど」
とつぶやいた。帰ろうかな。なんか身の危険を感じる。
あたしはこそこそと戦線離脱。
襟首をつかまれた。
「敵前逃亡は銃殺刑デース」
うわーん、だれか助けてッ!
あたしたちはそのまま民家のなかに連れ込まれた。
○
。
.
翌朝――あたしたちは早起きして、山奥のキャンプ場にいた。
一列にならび、迷彩服を着た長門さんのまえに立つ。
長門さんはあたしたちに敬礼した。
「それでは、これより戦原高校vs吉川高校留学別科の試合を始めます」
どういうことなの……サイバイバルゲームに強制参加させられてしまった。
昨日の夜、いきなり作戦会議とかいうわけのわからない女子会(?)が始まって、これまたわけがわからないうちにエアガンを持たされている。あたしの服装はジャージ。
サバゲとかしたことがない。構え方と撃ち方は教えてもらったけど、そんなのルールを覚えたばかりの将棋じゃん。指してまともになるわけがない。
「なにか質問は?」
あたしは手をあげる。
「えっと……なにをすればいいんでしょうか?」
「作戦通りです」
あんな複雑なの覚えてないし。
あたしが反論するまえに、犬井くんが、
「葉山さんは僕とおなじグループだから、ふたりで行動すれば大丈夫だよ」
と言ってくれた。
こういうフォローアップ好き。
「犬井くんはサバゲ得意なの?」
「今回2回目」
えぇ……心配になってきた。
と、そのとき、遠くで大きな砲声が聞こえた。
長門さんは腕時計を確認する。
「まるはちまるまる。作戦開始ッ!」
長門さんの号令で、あたしたちはサッと散った。
えーい、とにかく犬井くんについて行く。
「あたしたち、なにをすればいいの?」
「横から撹乱するんだよ。あと、なるべく静かに」
ぐぅ、横から撹乱って言われてもなあ。
飛車を王様の腹から打つのとちがうし。H島の平和教育大事だし。
あたしたちはキャンプ場の遮蔽物に隠れつつ、前進する。
そうこうしているうちに、正面部隊が衝突したらしかった。発砲音が聞こえる。
「は、始まっちゃったよッ!」
……ん? 返事がない?
あたしはふりむく――犬井くんはキャシーちゃんに踏まれてノックアウトしていた。
弱すぎィ!
キャシーちゃんはあたしに銃口を向けた。
「あわわわ……命だけは助けて……」
「ジャパニーズ女子高生、へなちょこデスネ」
あたりまえでしょうッ! か弱い女子高生を捕まえてなにしてんのッ!
と、そのとき、頭上の木からなにかが飛び降りた。
「What!?」
キャシーちゃんはぎりぎりのところでよけた。
人影の正体は長門さんだった。
「チッ、仕留め損ねたわね」
「Why is she here?」
「ふふふ、ここの部隊は囮だったのよ。覚悟ッ!」
長門さんはそう言って、銃剣突撃した。
○
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.
で、結果は――全滅。
あたしたちはキャンプ場のBBQ施設でお昼ご飯。
いい匂いがする。こっちは焼けたかな。はふはふ。
あたしは食べる専門で、犬井くんと一緒にガンガン焼いては食べていく。
そのとなりで、長門さんたちはジュースを飲みながら反省会。
「Ahaha, へなちょこデスネ〜」
長門先輩はふつうに格闘技で負けた。
そもそも相手チームは、日本の高校に通ってる海兵隊の子女らしかった。
勝てるわけがない。
でも、長門さんはそこそこ自信があったみたいで、
「アメリカの物量には勝てないのかぁ」
と言って、そのまま芝生のうえに寝転がった。
犬井くんは笑って、
「まあまあ、いっしょに食べようよ」
となだめて、みんなでランチタイム。
あたしはけっこう食べたからお腹いっぱい。
烏龍茶でさっぱり油を切って、そろそろ取材に入ろうかな。うん。
あたしは手をよく拭いて、メモ帳をとりだした。
萩尾さんたちのときと同じように、まずは定型の質問から。
「長門さんが将棋をはじめたきっかけ、教えてください」
長門さんはロースをもぐもぐしながら、
「んー、なんだったかしら……将棋のゲームだった気がします」
と答えた。
あんまり覚えてないタイプか。そういうこともあるよね。
はじめて読んだ本のタイトルはなに、なんて訊かれたらあたしも分かんないし。
「ゲームよくやるんですか?」
「アキはゲームフリークだヨ」
「べつにフリークっていうほどやってないと思うけど」
いやぁ、どうだろ。昨日の夜、長門さんの部屋で作戦会議してたんだけど、ゲームハードが据え置きから携帯までめちゃくちゃあったし、壁にはモデルガンが並んでたし、なんかすごかった。本棚もミリタリ関係の雑誌ばっかりで、ファッション系ゼロ。
とはいえ、そこはひとの自由なので、次の質問に移る。
「ふだんはどういう練習を?」
「ネット将棋とか、キャシーと指すとか、まあそのへんです」
なんか変わった練習法とか訊きたいんだけどね。
毛利先輩と萩尾さんも、この質問に対してはほとんどおなじ答えだった。
あたしは個性を引き出すため、
「なんか特別な練習とかしてませんか?」
と尋ねた。
長門さんは「うーん」と言って、三白眼をきょろきょろさせる。
「……古棋譜をならべるとか?」
「こきふ?」
「江戸時代の棋譜とかの総称ね」
ん、けっこうめずらしい練習な気がする。
すくなくとも駒桜高校でそういう練習をしているひとはいなかった。
「ならべると、なにかいいことがあるんですか?」
「戦術とか戦略って、技術レベルが高くなっても、基本的なところはそこまで変わらないところがありますね。例えば軍事史でも、古代世界の戦術をきちんと学びます。カンナエの戦いとか、ガウガメラの戦いとか、いろいろ」
そうなのかな。
あたしはカンナエの戦いというのを調べてみた――紀元前3世紀ッ!?
「2000年以上前の戦いとか、原始的なんじゃないの?」
「もちろん銃器とかはありませんけど、ハンニバルはやっぱり天才なんですよ。士官学校でも今だに教材になってるくらいですし」
うーん、わからん。
「じゃあ、葉山先輩、高校で習ってる数学は、最新の数学だと思いますか?」
「……じゃない?」
「ちがいます。例えば三角比なんて古代エジプトからありますよね」
マ? むかしのひと、あたしより頭がいいかも。
犬井くんもこの解説にはうなって、
「なるほどね、普遍的な真理は時代を超えるもんね」
と、かっこよくまとめた。
じゃあ、次の質問。
「特に気にしている選手はいますか?」
「気にしてる選手……全国大会で一回当たったすみれちゃんには勝ちたいです」
ってことは、その全国大会では負けたのかな。
あとで調べておこう。メモメモ。
「趣味は……って、あんまり訊く必要ない?」
「ミリタリ関連全般が好きです。特に好きなのは潜水艦の資料集めですね」
「潜水艦?」
「なにか?」
「いや、なんか地味な印象があって……ふつうは戦車とか戦艦とか戦闘機かな、と」
「潜水艦は現代戦の中核ですよ」
んー、なんかこだわりがあるんだね。
「ほかに質問は……ん?」
あたしは肩を小突かれた。
ふりかえると、キャシーちゃんがこっちを見て、
「ワタシも取材してクダサーイ」
と言った。
「いや、これは日日杯出場選手の取材で……」
「ケチケチしないで、Let's try」
えぇ……あたしは困惑する。
犬井くんに小声で相談した。
「どうする?」
「めんどくさいからしとけば? 載せるかどうかは別だし」
なるほど、犬井くんも悪よのぉ。
あたしはおなじ質問を順番にする。
「将棋をはじめたきっかけは?」
「中学のときにパパママとこっちに来て、classmatesに教えてもらいマシタ」
「チェスの経験があったとか?」
「No」
ちがうのか。同郷の佐伯くんはチェス→将棋だから、そのルートかな、と思ったけど。
「ふだんはどういう練習してます?」
「アプリで練習してマース。evaluationが出るからvery niceデース」
むむむ、デジタル派。
っていうか、英語と日本語のちゃんぽんでしゃべられるとキツい。
「趣味は?」
「basketball」
「気になってる選手はいますか?」
キャシーちゃんはため息をついて、
「みんな気になりマース。ワタシも日日杯出たいデース」
と言った。しょうがないよね。出場資格が決まってるし。
「このウップンはゲームで解消するしかないデスネ。もう一戦しヨ?」
長門さんも、
「受けて立つわよ」
と言ってニヤニヤした。
あたしたちも誘われたけど、遠慮する。
「すみません、今日中にS関まで行かないといけないんです」
「S関? Why?」
まだY口の男子選手に取材してないんだよねぇ。
全員S関へ旅行に行っちゃってるみたいなので、レッツ・トリップ!




