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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
幕間 新入部員を探せ!(2015年4月22日水曜)
38/682

草薙巴、駒落ちに挑む

「駒の動かし方は、知ってるんだよね……?」

「ルールブックを読んできた」

 草薙くさなぎさんは、はっきりと答えた。

 飛瀬とびせ先輩は、将棋盤を用意した。折りたたみ式のマグネット盤だ。

「この盤と駒を使って、ちゃんと説明できる……?」

「ひとつ試してみよう」

 草薙さんは、プラスチック駒をじゃらじゃらと盤のうえにぶちまけた。

「まず、これが歩だ」


挿絵(By みてみん)


「一番弱い」

「それは語弊があるけど……まあいいや、続けて……」

「前に1マスだけ進める」

 草薙さんはそう言って、動かし方を実演してみせた。


挿絵(By みてみん)


「オッケー……その調子で……」

「私が弱いと思う順にやる」


【香車】

挿絵(By みてみん)


【桂馬】

挿絵(By みてみん)


 桂馬>香車とみてるわけだね。このへんは意見が分かれそう。

「桂馬の特徴は……?」

「途中に駒があっても、それを飛び越せる、だ」

「他に飛び越せる駒は……?」

「ない。桂馬だけだ」

 よしよし、正解。桂馬は混乱することが多いから、第一関門はクリア。

 次は、動かし方が似ている金と銀。


【銀】

挿絵(By みてみん)


【金】

挿絵(By みてみん)


「角と飛車は、どちらが強いのか、よく分からなかった」

 草薙さんはそう言いながら、先に角を動かした。


【角】

挿絵(By みてみん)


【飛車】

挿絵(By みてみん)


「最後に王様だ。プレイヤーの分身になる」


【玉】

挿絵(By みてみん)


「大丈夫みたいだね……じゃあ、『成る』のルールは知ってる……?」

「敵陣に入ると、駒がパワーアップする」

「あ、それはちょっと違うかな……」

「なぜだ? ルールブックには、そう載っていたが?」

「多分、それは記憶間違い……」

 飛瀬先輩は、メモ帳にさらさらとペンを走らせた。

「駒がパワーアップできる条件は、この3つ……」


 1 中立地帯あるいは自陣から、敵陣へ駒が移動したとき。

 2 敵陣の中を移動したとき。

 3 敵陣から、中立地帯あるいは自陣へ駒が移動したとき。


「なるほど、敵陣に入ったときだけではないのだな」

「ちなみに、敵陣がどこか、分かる?」

「敵陣というのは、だな」


挿絵(By みてみん)


「青サイドからみたときは赤のフィールド、赤サイドからみたときは青のフィールドだ。どちらでもない空間は、中立地帯とでも呼ぼう」

「では、成り駒の動きを説明してください……」

「簡単だ。ほとんどの駒は同じ動きをする」


【歩→と、香→成香、桂→成桂、銀→成銀】

挿絵(By みてみん)


「角と飛車は、動けなかった方向へ、ひとつだけ動けるようになる」


【角→馬】

挿絵(By みてみん)


【飛→龍】

挿絵(By みてみん)


「金と王様はパワーアップしない」

「それも正解……」

 ふむ、ひと通り大丈夫そうだね。

 正面の不破ふわさんも、そう思ったらしい。テーブルに身を乗り出した。

「おい、宇宙人、これなら実戦でもいいんじゃないか?」

 飛瀬先輩も、うなずいた。

「そうだね……もう駒落ちでいいみたいだね……」

 飛瀬先輩は草薙さんに、駒落ちを知っているかどうかたずねた。

「私が知っているのは、動かし方と勝利条件だけだ」

「勝利条件を知ってるなら、話は早いね……実際に指してみようか……」

 飛瀬先輩は、草薙さんのほうも並べて、駒落ちの局面を作った。


挿絵(By みてみん)


「最初はこれで……」

「そっちは未完成ではないのか?」

「これが駒落ち……ようするにハンデ戦だね……」

 ハンデという言葉をきいて、草薙さんはフッと笑った。

「勝負事でハンデをもらうのは、ひさしぶりだな」

 なんか怖いよ、その発言。格闘技だとハンデはないのかな。

「細かいルールは、指しながら教えるから……じゃ、私から……」

 飛瀬先輩は5二玉と指した。

「む? そっちが先だと決まっているのか?」

「ハンデ戦のときは、ハンデを負ったほうが先手です……」

「そうか……では、どうしたものか。なにを動かしても同じにみえるな」

 はじめのうちは、そうだよね。7六歩でも1六歩でも同じにみえる。

「好きなように指していいよ……どうやってもこっち勝てないし……」

「そうだな、習うより慣れろ、だ。角を使っていこう」

 草薙は、7六歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 おっと、これはスゴいな。勘がいい。最善手だ。

 駒落ちなら、初手はほぼ角道開け。

 特に10枚落ちなら、次に6六角で角成りが受からない。

「いい感じだね……」

 飛瀬先輩も感心していた。

「こっちは4二玉……」

「その暗号はなんだ?」

「盤のそれぞれのマスには、名前がついてるんだよ……」

「そうか、81マスもあるから、めんどうだな」

「いたって単純……横と縦の符号をあわせるだけだから……」

 飛瀬先輩は、初心者用につくっておいた説明キットを持ち出す。


挿絵(By みてみん)


「横→縦の順か? それとも逆?」

「横→縦だよ……私が動かした先は、4筋二段目だから、4二玉……」

「なるほど、分かりやすくていい。ならば、私は……」

 草薙さんは、さらに7筋の歩を伸ばした。


挿絵(By みてみん)


「これは7五歩か?」

「正解……3二玉とするね……」

「王様をうろうろしているだけだな」

「こっちはなんにもできないからね……」

 10枚落ちは、詰まされるのを待つだけのゲーム。

 よっぽどのミスがない限り、上手うわて負け。

 6六角に気づけば、もっと早く終わっていたけど、ま、そこはご愛嬌。

 最善、最善で迫れるなら、それは初心者じゃないからね。

「飛車を横にずらす」


挿絵(By みてみん)


 これもいい手だ。

 王様の守りがないほうに戦場を作れば、受けが利かない。

 以下、4二玉、7四歩、同歩、同飛、3二玉と進んだ。

「7二でパワーアップする」


挿絵(By みてみん)


「飛車が龍になった」

「さらに王手だね……」

 飛瀬先輩は、2一玉と逃げた。

「歩の壁を突破する」

 3三角成、3一玉、3二馬。詰み。

「負けました……」

「ありがとうございました」

 ちゃんと一礼できるんだね。

 このへんは、武道をやってるからかな。

 武道も将棋も、礼に始まり礼に終わる点は同じ。

 このあたりの考え方が、西洋のチェスなんかとはだいぶ違う。

 チェスのマナーは、開始と終了時に握手。

「もう終わりか? 王様で馬をとり、その王様を龍でとる必要があるぞ?」

「あ、それはちがう……勝敗は、詰んだときだから……」

「つんだとき、とは?」

 基本的なところが抜けてるね。勝利条件は知ってるって、さっき言ってたのに。

 たぶん、王様をとられたら負け、という説明を受けたのかもしれない。

 それは正確にはまちがい。

「王様が動けなくなったらおしまい……とだけ覚えといて……」

「王様は、まだ動けるのではないか?」

「王手がかかるところへ動くのは反則……」

 飛瀬の説明に、草薙さんはようやく納得した。

「どこへ動いても王手になってしまうな。反則だ」

「これだけできるなら、途中で5四歩とひねればよかったかな……?」

 それは、7四歩〜5四飛の攻めがみえて、どうしようもない。

 まあ、草薙さんは気づかなかったかも。

 ただ、指導対局でイジワルしてもねぇ。姉さんならそうしそうだけど。

「じゃあ、次は8枚落ち、いってみようか……」


挿絵(By みてみん)


 8枚落ちは、まだまだ楽勝の範囲。

 大切なのは、どのくらいの早さで寄せられるか、かな。

「じゃ、3二金……」

 飛瀬先輩は、左金を上がった。

 これは7二金でもいい。順番の問題だよ。

「さっきと同じようにする。7六歩」

 7二金、7五歩、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 今回は、ひねってきた。

 草薙さんは、おそらく7八飛〜7四歩が狙いだ。

 飛瀬先輩は、それを事前に防いでいる。

「7八飛」

「6二玉」


挿絵(By みてみん)


 さあ、草薙さん、どうする?

「誘いのスキに思えるが……仕掛けてみよう。7四歩」

 飛瀬先輩は、黙って同歩。

「飛車で取る」

「6三玉……」


挿絵(By みてみん)


 これが6四歩〜6二玉の狙いだね。

 ちなみに、6二玉のところで6三金を考える人がいるかもしれない。

 だけどそれは、7六飛〜9六飛で困る。

 同じ理由で、6三玉の代わりに6三金も、7六飛、7四歩、9六飛で困る。

 このあたりの攻防は、上手うわても神経を使うところだ。

 攻撃を受け止められた草薙さんは、両腕を組んでうなった。

「なるほど、こういう受け方があるわけか」

「まあ、どのみち潰れるんだけどね……」

 それを言ったら駒落ちは終わり。

「7六に引いておこう」

 草薙さんは、飛車を浅くひいた。

 無意識だろうけど、いい位置だ。上手うわての金の動きを牽制している。

「7四歩……」


挿絵(By みてみん)


 さぁて、下手したては攻めを工夫しないといけないよ。

 すぐに攻める順はない。方針を変える必要がある。

「すこし考えてもいいか?」

「どうぞ……」

 草薙さんは、じっと考え込んだ。

 怖いね。殺し屋みたいな風貌だし。でも、美人なのは間違いない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「端が弱いように思う」

 いい勘してる。8枚落ちまでは、端が弱い。

 ただ、注意しないと簡単に受け止められてしまう。

「ひとまず、端を伸ばしてみよう」

 草薙さんは、端歩を突いた。


挿絵(By みてみん)


「狙い筋としては、間違ってないかな……8四歩」

 9五歩、8三金。これは受け止められてしまった格好だ。

「それで受かるのか。気づかなかった」

「受かってると分かること自体が上出来……」

「ムリヤリに攻めてみるか」

 草薙さんは、飛車を6六に回った。


挿絵(By みてみん)


 よく分からない。9七角が狙いかな。

 この手をみて、不破さんが僕に耳打ちした。

「マズいな、下手したてが圧迫されそうだ」

 だね。草薙さんのほうは、しばらく防戦気味になるかも。

 飛瀬先輩もチャンスとみたらしく、30秒ほど考えた。

「7五歩……」

「9七角」

「7四金……」

「どうも窮屈だな。下がりなおす」


挿絵(By みてみん)


 草薙さんは、上がった角をもとに戻した。

「なるほどね……じゃあ、どんどん圧迫しようか……」

 6五歩、9六飛、8五金、9八飛、7四玉。

「9四歩」

 草薙さんは、駒音高く端歩を突いた。手つきもいいね。

「こっちは歩切れ……歩があったら受かるんだけど……」

 歩切れっていうのは、持ち駒に歩がないことだよ。

 飛瀬先輩が歩を持っていたら、取らずに7六歩、9三歩成、9六歩がある。

 でも現実は歩切れ。

「8五金より8五歩のほうがよかったかな……7六歩……」

 9三歩成、7五玉、8三と、7七歩成、同角、7六金。


挿絵(By みてみん)


 意外と危なくなった。

 負けそうって意味じゃない。まだ先手勝勢。入玉さえされなければ。

 入玉っていうのは、敵の王様が自分のフィールドに入ってくること。

 こうなると、捕まえるのがとてもむずかしくなってしまう。

「どうすればいいのだろうな。方針が見えん」

「勝ち筋はいろいろあると思う……」

「勝ち筋がたくさんあるときは、危ないとしたものだ」

 なにをやっても勝てそう、ってときが一番危ない。

 草薙さん、ほんとに初心者なのかな。

 格闘技の勘を応用してるだけかもしれないけど。

「中央に角をあがりたいが、それは8七に金を突っ込まれる」

「だね……」

 その順は、あんまり好ましくない。

「となると、こうだ」


挿絵(By みてみん)


 へぇ、そう上がったか。

 これは取るしかない。でないと、ほんとに5五角と逃げられてしまう。

「じゃ、7七金で……」

「私も金を取る」

「んー……完全に止まっちゃったかな……」

 入玉は無理そうだ。角の打ち場所もない。

「ダメだね……もう手がないや……投了……」

 飛瀬先輩が投了すると、草薙さんはちょっとだけきょとんとした。

「まだ王様は捕まっていないぞ? 新しいルールか?」

「格闘技でも、意識不明になるまではやらないということで……」

「なるほど、それもそうだ」

 あっさり納得てくれた。素直でいい。

 最初はびっくりしたけど、これなら戦力になりそうだ。

 11人目の問題、意外と早く解決しちゃったなぁ。

 あとで箕辺みのべ先輩に報告しとこっと。

場所:ゲシュマック

手合割:八枚落ち

下手:草薙 巴

上手:飛瀬 カンナ


△3二金 ▲7六歩 △7二金 ▲7五歩 △6四歩 ▲7八飛

△6二玉 ▲7四歩 △同 歩 ▲同 飛 △6三玉 ▲7六飛

△7四歩 ▲9六歩 △8四歩 ▲9五歩 △8三金 ▲6六飛

△7五歩 ▲9七角 △7四金 ▲8八角 △6五歩 ▲9六飛

△8五金 ▲9八飛 △7四玉 ▲9四歩 △7六歩 ▲9三歩成

△7五玉 ▲8三と △7七歩成 ▲同 角 △7六金 ▲7八金

△7七金 ▲同 金


まで38手で下手の勝ち

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