365手目 身近な裏切り者
「他県が俺たちのことをスパイしてるだと?」
ドキッ――な、な、なんでバレたの?
私は動揺する。すると、静ちゃんがテレパシーで、
(私たちのことじゃなくない? 他県って言わなかった?)
と指摘してくれた。
あ、そういえば、他県って言ったような気がする。
でも、他県とかんちがいしているだけかもしれない。
私たちはドアのすきまから、こっそりとのぞきこむ。ふたりの高校生が、深刻そうな顔で会話をしていた。ひとりは、おっきなポニーテールの女子高生。比呂高校将棋部の主将で、高校将棋連盟H島県支部の支部長、月代さん。もうひとりは、髪の両サイドをとがらせた大柄な男子だった。彼はだれかわからなかった。
私はこっそり、静ちゃんにたずねた。
「あの男子……知ってる……?」
(知ってるよ。大文字くんでしょ。ジャビスコ将棋祭りに来てたよ)
ん……そういえば、捨神くんと対戦したチームで見かけた気がする。
大文字くんは扇子で顔をあおぎながら、うーむ、と声を漏らした。
「晶子の考えすぎだろう。支部長になってから、すこし神経質だぞ」
「まあ、それは否定できないけど……目撃情報が多いから」
「目撃情報?」
「男女2人組の高校生が、将棋関係者をストーカーしてるらしいわ」
大文字くんは首をひねった。あんまり信じてないっぽい。
「だいじな大会とはいえ、しょせんは高校生のアマ将棋だ。そこまでするとは思えん」
「四国勢は、わりと本腰入れてるみたいだけど?」
大文字くんは扇子を閉じて、耳の穴をかっぽじった。
「で、そのストーカーはどこに出没してるんだ?」
「目撃ポイントと、去った方向をリサーチしてあるわ」
さすがは幹事長。ぐぅ有能。
月代さんは、H島の地図をホワイトボードに貼った。
あれ……これって……。
○
。
.
え〜、というわけで、このなかに裏切り者がいる――かもしれない。
私は駒桜市の喫茶店八一で、犯人を物色していた。
2年生の主だったメンツが集合している。
箕辺くん、葛城くん、佐伯くんの役員メンバー。
それに、捨神くん、遊子ちゃん、大場さん、エリーちゃんも。
今日は県大会直前ということで、市内スタッフの会合。箕辺くんと葛城くんは手伝いに行かないといけないし、ほかのメンバーにもそこそこの雑用が割り振られていた。その打ち合わせもひと段落して、休憩タイム。私たちは思い思いのスイーツと飲み物を一品づつ注文した。私はコーヒーと季節のゼリー。さすがに経費じゃ落ちないんだよね、これ。
私はひとりずつ観察する。
「じーッ」
「角ちゃんの顔に、なにかついてるっスか?」
大場さん、あいかわらず変な制服を着ている。
今日はピエロみたいな水玉模様。
って、論点はそこではなく。
「大場さん、Y口県の男の子とよく遊んでるよね……?」
「優太くんのことっスか?」
「あの子と、どういう関係……?」
「ただの友だちっス」
あやすぃ。大場さんの個人的趣味じゃないのかな。
って、論点はそこではなく。
「優太くんは、どうしてわざわざH島へ遊びに来るの……?」
「I国市からH島へ遊びに来るひとは大勢いるっスよ」
そう言われると、そうだね。さすがに100万都市だから。
それに、優太くんって無邪気なかわいい系キャラだし、スパイではないかな。
男女2人組で県外っていう情報に照らすと、1番あやしいところだったけど。
「疑ってごめんね……」
「?」
ほかに候補がいるとすれば――私は遊子ちゃんを見つめる。
「じーッ」
「?」
遊子ちゃんは手帳をとりだして、ボールペンでなにやら書きつけた。
私だけにみせてくる。
なにガン飛ばしとんじゃわれ
ヒエッ……裏社会に触れるのはやめておこう。
それに、男女ペアだったら相方は箕辺くんだよね。箕辺くんもなさそう。
ほかには……エリーちゃん。
「ジーッ」
「? わたくしの顔になにか?」
「エリーちゃん、県外に友だちいる……?」
エリーちゃんは顔を赤くして、
「それは、わたくしに友だちが少ないという指摘ですのッ!?」
と怒った。あ、しまった、言い方が悪かった。
「ごめん、そういう意味じゃなくて……最近、知らない高校生が駒桜市をうろうろしてたから、だれかの友だちかな、と……」
てきとうにごまかす。すると、思いもよらぬ情報が手に入った。
それまで黙って紅茶を飲んでいた葛城くんが、ふいにつぶやいたのだ。
「そういえば、街中でやたら写真をとってる男子を見かけたよぉ。メガネとマスクをしてたから、なんかあやしくておぼえてるよぉ」
「そのひとの制服、どこの学校か分かる……?」
「うーん、制服は着てなかったけど、体格と肌年齢をみるかぎり高校生だったよぉ」
「どのあたりで目撃した……?」
「市立の裏門だねぇ」
えッ、うちの学校?
まさか箕辺くんと遊子ちゃんでワンチャン……なわけないか。葛城くんが箕辺くんたちを見間違えるとは思えない。この場にいる全員シロだと判断。
「いつごろ……?」
「先月の頭だったかなぁ」
この話を聞いた箕辺くんは、心配そうな顔で、
「不審者か……学校に通報しといたほうがいいかもな」
と言った。
警察が捕まえてくれたら、万事解決なんだけどね。
ただ、ちょっと今の情報で気になることがあった。
「その男子高校生は、裏門でなにしてたの……?」
「んー、植物の写真を撮ってたねぇ。だれかを待ってるっぽかったよぉ」
「だれかを待ってた……? どのあたりからそう感じた……?」
「荷物を2人分持ってたからだよぉ」
「どんな荷物だったか、おぼえてる……?」
葛城くんは、うーん、と上目遣いに記憶をたぐった。
「……女物だった気がするぅ。怖いからあんまりジロジロ見なかったけどぉ」
なるほど、月代さんたちが言っていたことと合致している。
男女2人組で、葛城くんがすぐには見分けられない人物=県外濃厚。
一方、箕辺くんはこの話を聞いて、すこし安心したようだった。
「どこかの写真好きっぽいな。うちの学校は桜並木で有名だから、それを撮りに来たんだろう。もうひとりが女なら、変質者って線も薄い」
そうかな。けっこう夫婦で事件を起こしてるケースが地球だと多いような。
とりあえず、私が見えている情報と箕辺くんが見えている情報はちがう。
私はかばんを持って席を立った。
箕辺くんは、
「ん? もう帰るのか?」
とたずねた。
「ごめん、ちょっと用事を思い出した……」
捨神くんも席を立つ。
「あんな話があったばかりだし、僕が送って行くよ」
「ありがと……」
ふたりでお金を払って、喫茶店を出る。
まだ夕暮れには早くて、人の流れも多かった。
「ちょっと不自然だったかな……」
私のつぶやきに、捨神くんはちょっぴり赤くなった。
「あ、うん、そうかもね……でも、さっきので思い当たることがあるんだ」
信号が赤に変わる。私たちは横断歩道のまえで静止した。
「気になったこと……?」
「さっきの2人組、僕も心当たりがあるんだよね」
衝撃的な事実。私は調査の目的も忘れて、不安になった。
「捨神くんがストーカーにあってるの……?」
「あ、いや、ストーカー……なのかな。一回だけ、写真を撮られた気がする」
「どこで……?」
「天堂の帰り道だよ。マンションまでの近道をたどってたら、シャッター音がした……気がしたんだ。そのときは気のせいだと思ったけど、今日の話を聞いて、なんとなくそうなのかな、って思った。そのときも6月の頭だったから」
ということは、スパイがいることは確実なんだね。さらに、日日杯がらみだという予想も当たっているらしい。
でも、ちょっと奇妙かな。捨神くんが使ってる近道は、市内でもそんなに知っているひとはいない。行き止まりの多い住宅地のあいだをすり抜けるルートだから。待ち伏せポイントだって限られているはず。あのへんを熟知しているとしたら、市内の将棋関係者だけじゃないかな……やっぱり身内に犯人がいる?
2年生じゃないのかもしれない。1年生であやしいひと、3年生であやしいひとも考えてみる。でも、わざわざ他県とつるんでスパイをしそうなひとはいな……ん?
ちょっと待って……ひとりいた。
○
。
.
「いやぁ、今回の現像、神技でしょ」
「やっぱり光ちゃんだったんだね」
「うわぁあああああああッ!?」
薄暗い現像室のなかで、光ちゃんは飛び上がった。
ピンセントから写真がひらりと落ちる。
光ちゃんはそれを拾い上げようとした。先手必勝。私が先に手を出す。
そこに写っていたのは――六連くんと早乙女さんだった。
「光ちゃん……まさか他県のスパイだったなんて……」
「ち、ちがうってばッ! 誤解だよッ!」
なにが誤解なのかな。物証はある。
ここは弁明してもらわないと。
私は光ちゃんに圧力をかけた。
すると、光ちゃんは思いもよらないことを言い始めた。
「は、囃子原くんに頼まれたの」
「囃子原くん……? 囃子原グループの御曹司、礼音くんのこと……?」
光ちゃんは、そうだと答えた。
ますますあやしい。お金で買収された宣言に近いものを感じる。
「なんで囃子原くんが光ちゃんに写真撮影を頼むの……?」
「あたしの記事を気に入ってくれたんだよ。うちと清心の取材したじゃん*」
そういえば、光ちゃんが清心の取材をしたんだった。おぼえてる。
でも、そこから日日杯の撮影を任されるって、ちょっと唐突じゃないかな。
私は作り話じゃないかどうか、詳細を話すようにお願いした。
「あれはね、5月の終わりなんだけど……」
*192手目 突撃取材、となりの将棋部さん!
https://ncode.syosetu.com/n2363cp/204/
地図はこちらからお借りしました。
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