表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第36局 密偵Outsiders(2015年7月17日金曜)
376/682

364手目 空気が読めないエスパー

「ああ、並木なみきくん、どうしてあなたは並木くんなの?」

 この声は――私たちは、こっそりと部室をのぞいた。

 黒いブーツに黒い手袋をはめた女の子が、人形あいてに話しかけている。

 七日市なのかいち高校のエース、正力しょうりきさんだった。

 劇の練習かな。あれって、地球の有名な演劇のセリフだよね。

 部室には、ほかにだれもいなかった。

 正力さんは胸もとで手を組むと、人形に話しかけた。

「並木くんが今日もおかしな虫につかれませんように……」

 けなげだなぁ。

 美沙みさちゃんはすこし同情して、

「正力さんは、片想いの並木くんがべつの高校に行ってしまってかわいそうですね」

 と言った。私は、

「そうだね……なんで別々の高校に……?」

 とたずねた。

「並木くんが通っている修身しゅうしんは、県内でも有数の進学校ですが、男子校なんですよ」

 なるほど、正力さんは通えないんだ。

 でも、謎は謎を呼ぶ。

「正力さんもH島市内の高校に通えばよかったのでは……?」

「並木くんは修身を受けたことを卒業のときまで教えていなかったそうです」

 えぇ……説明責任。

(あ、その事件、知ってる。安奈あんなちゃんが自殺未遂したやつでしょ)

「それはデマですよ。まあ、尤もらしいから広まった噂かと思いますが」

 いや、それが尤もらしいって、どういうことなの。

 高校将棋界、闇が深すぎる。

「並木くん、もしかして正力さんのこと嫌いなのかな……?」

「それはないと思います。並木くんはかわいい天然系なので、正力さんの気持ちに気づいていないんでしょう」

「あれだけ熱烈アプローチしてるのに……?」

「世の中、鈍感なひとというのはいるものです」

 そんなものなのかな。とはいえ、他人の気持ちって気づきにくいよね。私と捨神くんが両想いだってわかったのも、けっこうあとだったし。じつは初対面のときから両想いだったというオチ。それもまたよし。

 ここでしずかちゃんがわりこんでくる。

(でもさ、そんなに好きなら、告白してすっきりしたほうがよくない?)

 これには私と美沙ちゃんがタメ息。

「恋愛の奥ゆかしさをわかっていませんね」

「同意……エスパーは恋愛が雑……」

(いいもん、旦那持ちと彼氏持ちでマウンティングしてきても気にしないもん。美沙ちゃんなんか、お尻さわられて付き合ってそのまま結婚なんでしょ。どのあたりが奥ゆかしいのか説明して欲しいなぁ)

 さすがエスパー、喧嘩っぱやい。

「ですから、江戸時代ではお尻をさわるのはアリだったんですよ」

(それ、調べてみたんだけど、江戸時代のナンパなんでしょ? 美沙ちゃんはアスモデくんにナンパされたんだよね? ナンパは奥ゆかしい?)

 黒猫に変身中の美沙ちゃんは毛を逆立てて、

「私とダーリンの恋愛を茶化すと怒りますよ」

 と言った。この声がちょっと大きかったから、正力さんがふりかえった。

「だれかいるの?」

「……」

 正力さんは人形を棚に隠すと、ろうかを確認した。

 猫2匹と目があう。

「あら、猫ちゃんだったのね。先生に見つかるとめんどうよ」

 正力さんはそう言って、美沙ちゃん猫と静ちゃん猫を説得しようとした。

 猫だから言葉は通じないと思うけど、話しかけるひとって多いよね。

 ここでも静ちゃんが悪ふざけして、

「にゃ〜」

 と鳴いてから、将棋部の部室に入りこんだ。

 棚へ飛び移って、さっきの人形をひっぱりだす。

 正力さんはびっくりして、

「ダメよ、それは並木くん人形なんだから」

 と言って叱った。

 えぇ……並木くんの人形なんだ。

 これには美沙ちゃんも、

「あんまり人形に強い念を込めないほうがいいんですけどね」

 とつぶやいた。正力さんがまた振り向く。

「変ね、さっきから人の声が聞こえるような……あら?」

 人形が急に動き始めた。正力さんは目を白黒させる。

「錯覚……?」

 人形はもじもじしながら、

「僕も安奈あんなちゃんのことが大好きだよ」

 と言った。

「な、並木くん人形に告白された……うーん……」

 正力さんはその場に卒倒した。

 あのさぁ、これはさすがにない。

「静ちゃん……人を好きになるってことを経験したほうがいいと思う……」

「悪魔もびっくりな所業です」

(え? なんで? 好きなひとの人形に告白されたらうれしくない?)

 ダメだ、このエスパー、はやくなんとかしないと。

 とりあえず私は透明人間モードを解除。

 正力さんの記憶を改竄かいざんする。

「これで忘れたかな……とッ」

 だれかきた。私はあわてて透明人間になる。

 開けっぱなしのドアから顔をのぞかせたのは――なんと、並木くんだった。

「あれ、ドアが開いてるね……あッ!」

 並木くんは、正力さんが倒れていることに気づいた。

 すぐに駆けつけて抱き起す。

「正力さん、だいじょうぶ?」

「うーん……並木くんの声がまた聞こえる……」

 正力さんは意識をとりもどした。そして、おどろく。

「な、並木くん人形がほんものの並木くんにッ!?」

「人形? 僕は人形じゃないよ?」

「じゃ、じゃあ、どうして並木くんが七日市に?」

 並木くんは正力さんを椅子に座らせた。

 並木くん自身も向かい合わせに腰をおろす。

「今日は実家に用事があるから、立ち寄ったんだ」

 正力さんは、すこし悲しそうな顔をした。

「そう……私に会いに来たわけじゃないのね」

「あ、ここに立ち寄った目的は正力さんだよ。いるかなと思って」

「え……?」

 なんだか神妙な雰囲気になる。

 まさかの恋愛ウルトラC? 唐突な告白?

 私たちはドキドキしながら見守った。

「僕、正力さんに謝らないといけないことがあるんだ」

(あ、これH島市で彼女できたやつだ)

 私たちは静ちゃんを羽交い締めにして黙らせる。

 一方、正力さんはなんのことか分からなかったらしく、

「謝らないこと……?」

 と不思議がった。

「うん……中学のとき、修身を受験したこと隠しててごめんね」

 正力さんは、複雑そうな表情を浮かべた。

 今更という感じでもあったし、うれしいという感じでもあった。

 でも、すぐに正力さんらしい回答をした。

「いいのよ……並木くんは修身に行きたかったんでしょ。将来のことは大事よ」

「うん、そこなんだけど……じつは修身に行きたかったわけじゃなくて……正力さんがソールズベリーを受けるって聞いたから、僕も近くの高校を受けることにしたんだ。でも、あとから正力さんが七日市しか受けてないって聞いて……その……公立の七日市も合格してたんだけど、修身合格を……父さんも母さんもすごく喜んでくれたから……」

「ど、どうして? 私はソールズベリーを受けるなんていちども言ってないわよ?」

「正力さんは女子で成績トップだったから、ソールズベリーは絶対に受けるし受かるみたいな空気で…… 担任の先生も勧めてたよね。僕は修身合格が確実ってわけじゃなかったから、言い出しにくかったんだ」

 正力さんはしばらくのあいだ唖然としていた。

「じゃあ、並木くんは、私といっしょに通学するために……?」

「うん、そのつもりだったんだけど……ごめんね、僕がちゃんとしてなかったから」

 正力さんは目もとを黒の革手袋でぬぐった。

「いいのよ。高校でもいっしょにいたかったっていう気持ちで十分だから」

 うるうる。そうだよ、これが愛だよ。

 ふたりの行動がちぐはぐでも、想いがあれば幸せなプレゼントになる。

 髪を切って金の鎖を買った女性と、時計を売って櫛を買った男性のように。

 ところが、静ちゃんはめちゃくちゃ醒めてて、

(え、なにこれ、いい話でまとめようとしてるけどコミュニケーション不足じゃん)

 とつぶやいた。

 あのさぁ、静ちゃんは一回、豆腐とうふかどに頭をぶつけたほうがいい。

「静ちゃんは今後、恋愛関係にコメント禁止……」

(えぇ〜、なんでぇ〜?)


  ○

   。

    .


 というわけで、次にやって来たのは比呂ひろ高校。

 H島高校将棋連合の幹事長、月代つきしろさんの通っている学校だ。

 ここは最近できた綺麗な校舎だった。まわりはあいかわらず山だけど。

(さっきのは絶対にコミュニケーション不足だよぉ)

 静ちゃんは納得がいかないらしく、まだぶつぶつ言っていた。

 美沙ちゃんはそれを無視して、比呂高校将棋部の部室へむかう。

「美沙ちゃん、ここに来たことあるの……?」

「今年は将棋連合の本部校ですからね。お花先輩の代理で来たことがあります」

 西のほうに本部校があると、東のひとたちは大変じゃないのかな。

 なんかH島の将棋界って、西と東でびみょうに対立してる感じがする。

 とにかく、私たちは最上階にある見晴らしのいい部屋に案内された。

 ここまで猫が入り込んでるとあやしまれないかな。

「だれかいますね。作戦会議中でしょうか」

 美沙ちゃんを先頭に、私たちは耳を澄ます。

「他県が俺たちのことをスパイしてるだと?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ