363手目 スパイ大作戦
※ここからは、飛瀬さん視点です。
今日も夏真っ盛り。暑いね。
地球は温暖化。というわけで、駒桜市の公園に来ている。
避暑ってわけじゃないけれど、噴水の近くで静ちゃん、美沙ちゃんと井戸端会議。
話題は必然的に恋バナへと突入――
「というわけで、捨神くんに身体的特徴をとらえられている飛瀬カンナです……」
大きなため息が聞こえる。
(あのさぁ、これそういうお話じゃないから)
静ちゃんがテレパシーでつっこんできた。
「どういうお話なんですか……?」
(女子高生が将棋に青春をささげるお話だよ)
いつからそうなったのかな。
エスパーは歴史改竄が得意。
「そもそも、私の身体的特徴ってなんだと思ってるの……?」
(だから、これそういうお話じゃないから)
私はコンタクトレンズをはずす。
美沙ちゃんがおどろいた。
「あれ? 飛瀬先輩、赤目だったんですか?」
「シャートフ星だとこれが基本……」
「なるほど、たしかに身体的特徴ですが、人間でもアルビノはいますよ」
「うん、捨神くんがそうだよね……」
じつは捨神くんもカラーコンタクトで黒目にしてる*。
箕辺くんたちも知っている。
(それじゃあ宇宙人の身体的特徴でもなんでもないじゃん)
「そう言われるとあまり反論できないんだけど……」
そもそも、私の身体的特徴を語る場ではないので。
今日集まったのは、ほかの学校の偵察のため。
とりあえず、身内の偵察からはじめる。
「獄門と椿油は、こんどの県大会に自信あり……?」
ふたりは「ある」と答えた。
(もちろんだよ〜、神崎先輩と私で2枚看板だし、雨宮ちゃんもいるし)
「それは椿油もいっしょです。お花先輩と私で2枚看板です」
ぐぅの音も出ないほど強い。
ほかにライバルになりそうなところがないかも訊いてみる。
するとふたりは、ソールズベリーの名前をあげた。
「全国大会常連校ですし、最大のライバルです」
(といっても、今年は南海さんが出ないんじゃないかな。3年生だし、神崎先輩みたいな就職組じゃないもんね)
美沙ちゃんもうなずいた。
「その可能性は高いですか……すこし偵察してみたいところです」
これは、えーと……渡りに船だっけ。地球のことわざ。
乗るのはやぶさかじゃない。けど、私たちじゃ目立つ気がする。
3人とも県内で無名じゃないからね。
そのことを指摘すると、美沙ちゃんは魔法のステッキをとりだした。
「それなら簡単です。Transformor in cattam!!」
美沙ちゃんは魔法のステッキをふって、黒猫に変身した。
(あ、ロシアンブルーだ。私も変身するね。えいッ!)
静ちゃんはピンとひとさしゆびを立てて一回転。
三毛猫に変身――って、あれ?
「エスパーって変身できるの……?」
(アハハ、これは脳波に働きかけてるんだよ。ほんとは変身してないから)
さすがにエスパーでも、細胞を変えることはできないよね。
というわけで、私も変身。
ポケットから丸い機械をとりだす。
「ホログラフマシンです……ポチっと」
私のまわりに光学迷彩ができあがる。これで透明人間。
では、スパイに出発。
○
。
.
私たちは空を飛んで、ソールズベリー女学院に到着。
藤花はお嬢様学校って感じだけど、ここはいかにも進学校って感じ。
モダンな白い建物に、シンメントリを意識した花壇や木々。
真っ白なブラウスにダークブラウンのスカート。胸元には水色の花柄ネクタイ。
かわいらしい制服を着た女子生徒が、美沙ちゃんたちに気づいた。
「あ、猫だ」
「はじめてみるね。迷子かな」
美沙ちゃんと静ちゃんはニャ〜と鳴いて、そそくさと移動。
将棋部はどのあたりにあるのかな。さがすのにひと苦労。
美沙ちゃんが窓からのぞきこんで、ひとつずつ確認していく。
「あ、ここですよ。1階で助かりました」
どれどれ――あ、ほんとだ。見たことのある女子が何人かいる。
ねじりんぱっていう髪型をしたひとが、部屋のまんなかでなにかしゃべっていた。
えーと、たしか……西野辺さんだったかな。県大会優勝経験者だね。
なにやら揉めてるっぽい。あきれたような声が聞こえてきた。
「だからぁ、南海おねぇは出ないんだって」
このセリフに、大きなりぼんをした小柄な子が反応した。
1年生のエース、東雲青來さんだ。
「なんで出ないんですかッ! 規律違反ですよッ!」
「3年生で将棋指してないんだから、べつのレギュラー出したほうがいいでしょ」
「3年間を部活にささげない高校生活なんてありえないですッ!」
「そりゃあんたの中ではそうなんでしょ」
なるほど、南海さんは出ないみたいだね。裏見先輩といっしょか。
これには静ちゃんがほくそえんで、
「南海さんが出ないなら、獄門もワンチャンあるかなぁ」
と言った。けど、美沙ちゃんは慎重な態度をとる。
「ジャビスコ杯をみたかぎり、南海先輩は棋力が落ちていましたよ。出ないという判断は正しいように思います。それより、べつのレギュラーがだれか気になります」
室内のふたりは、ああだこうだと揉めている。
でも、だれをレギュラーで出すかの話はしなかった。3人目は決まってないのかな、という雰囲気になったとき、東雲さんがこちらに気づいた。
「あッ! 猫ちゃんがいますッ!」
東雲さんはこちらに駆け寄って、窓を開けた。
そして、いきなり静ちゃんたちに話しかけた。
「猫ちゃんたちも、南海先輩は出ないといけないと思いますよねッ!」
えぇ……猫に訊いてもしょうがないのでは。
と思いきや、三毛猫の静ちゃんが悪ふざけをして、
「ニャ〜」
と、いかにも同意したっぽいような鳴き方をした。
「ほらッ! 茉白先輩ッ! 猫ちゃんもそうだって言ってますッ!」
「いや、あのさぁ……ただの偶然でしょ」
「フーッ!」
静ちゃん、怒ったような鳴き方。これには西野辺さんもドキリ。
ちょっとからだをひいた。
「び、びっくりした……」
「猫ちゃんが怒ってますよッ! 猫ちゃんは南海先輩の出場を希望してますッ!」
「ニャ〜」
「猫が日本語わかるわけないでしょ」
「フーッ!」
「また怒ってますよッ! ですよね、猫ちゃんッ!?」
「ニャ〜」
「だから偶然だって」
「フーッ!」
西野辺さん、さすがに怖くなってきたらしい。
窓を閉めるように指示した。
だけど、東雲さんは反抗。
「猫ちゃんを締め出す気ですかッ!」
「っていうか、青來が仕込んだ猫なんじゃないの、それ?」
「おっとッ! 茉白先輩ッ! じぶんに都合が悪いから陰謀論を唱えだしたッ!」
「じゃかぁしぃ、南海おねぇは出ないつったら出ないの」
H島の女子高生らしい仁義なき戦い(?)がはじまった。
静ちゃんも、悪ふざけがすぎる。
私は三毛猫にこっそり話しかける。
「静ちゃん、めちゃくちゃになってきたよ……」
「うーん、ちょっとやりすぎたかな。それじゃあ、えいッ!」
静ちゃんは超能力でふたたび変身……南海さんになった。
窓から部室に突入する。
「おーい、こら、あたしのことでケンカするなよ」
これには西野辺さんと東雲さんもびっくり。
「なんで窓から入って来てるんですかッ!」
「べつにいいじゃん。それより、ケンカはやめろよ〜」
3年生をまえにして、西野辺さんも東雲さんもおとなしくなった。
ただ、西野辺さんはちょっとあやしんでるみたいで、
「えーと……南海おねぇ、だよね?」
と、確認をいれてきた。
「そうだよ」
「神崎おねぇの変装じゃないよね?」
あ、そっか、変装できるひとがいるから、意外とうたがわれるのか。
静ちゃんは冷静に、
「ほっぺ、ひっぱってみる?」
とたずねた。すると、西野辺さんは、
「腕のほうでいい?」
と、わざわざさわる箇所を指定した。
「いいよ」
西野辺さんは、静ちゃん(が変装した南海さん)の腕をわしわしつかんだ。
「……筋肉のつき方からして、神崎おねぇっぽくはないかな」
筋肉はアイデンティティを物語る。
ところが、これがかえってまずくて、西野辺さんは、
「ん? ……南海おねぇ、ちょっと細くなった?」
とたずねた。静ちゃん、ここでも冷静に対応。
「なに? まえは太かったって言いたいの?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……おねぇ、スポーツやってるわりに細いね」
静ちゃんはスポーツしてないからね。
サイコキネシスで物を持ち上げるのも楽チンだから、腕力ぜんぜんなさそう。
「いつまでさわってるの?」
「あ、ごめんごめん……神崎おねぇじゃないなら、だいじょうぶかな。ところで、今日は模試とか言ってなかった?」
「あ、そうだ、模試の最中だった。じゃあね」
「えぇッ!?」
静ちゃんは窓から飛び出す。私たちは一斉に退散。さようならぁ。
この調子でどんどんまわっていこう。
○
。
.
というわけで、次の高校へまいりました……七日市高校です。
七日市高校は、山と海に面した狭い平野部にある、簡素な高校だった。
(ザ・田舎って感じだね)
獄門高校がある鎌鼬市も、たいがい田舎のような。
そもそも、H島県ってH島市から西へ寄るとけっこう過疎ってるという。
まあ、私の出身シャートフ星も銀河の田舎だから、あまりひとのことは言えない。
私たちは七日市高校のなかをうろうろ。
「猫のかっこうで校舎をうろついてると、まずくない……?」
(アハハ、だいじょうぶだよ。迷い猫、迷い猫)
2階にようやく部室をみつけた。私たちはこっそり近く。
灯りがついてるね。
廊下でようすをうかがう。すると、女の子の声が聞こえてきた。
「ああ、並木くん、どうしてあなたは並木くんなの?」
*198手目 乾杯する少女
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