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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第35局 清心高校、県大会に備える(2015年7月14日火曜)
373/682

361手目 右玉はバランスの塊

「……5九銀成」

 僕は銀を交換する。

 新巻あらまきくんはノータイムで同金引としながら、

「千日手はわりと歓迎ですよ」

 と言った。さすがに千日手にはしない。

 この局面、悪くないと思うんだよね。

 先手は王様の位置が悪いだけでなく、7筋に大きなキズがある。

「7七銀」


挿絵(By みてみん)


 新巻くんはこの手をみて、うしろ髪を結び直した。

 彼の癖だね。むずかしい局面でやってる気がする。

 ちなみに、この7七銀は取れないよね。同桂、同歩成、同金、8五桂から攻めが止まらなくなる。本線は2三馬と引いて、自陣に効かせること――あ、そう指したね。

 僕は2二歩と叩く。

「ん? 馬引きの強要ですか?」

 ノーコメント。

「まあ、引くしかないですね。6七馬」

 3三角、3四飛、7八銀成、同馬、2九龍。


挿絵(By みてみん)


「後手の攻めが止まったように見えますけど……」

 かもしれない。けど、このかたちは意外と薄い気がする。

「反撃しますね。7四銀打」

 僕は2五龍から3五歩、2八龍で、スキマを狙うかたちに持ち込んだ。

 新巻くんも危ないと気づいたらしく、6八金右と上がった。

 7七桂、同桂、同歩成、同馬。

「8五桂打」

 単に跳ねるんじゃなくて、桂馬をかさねる。

「……8八馬」

 7八歩、同馬、7七歩で再度拠点をつくる。


挿絵(By みてみん)


 新巻くんはすこしばかりイヤそうな顔をした。

「思ったより厳しいですね……受け続けるとジリ貧ですか……」

 案の定、4五馬と出てきた。

 これは6三銀成、同金、同馬、同玉、6四飛があるから受けないといけない。

 僕は7四銀で銀を入手して、同銀に5四銀と受けた。

 

挿絵(By みてみん)


「え、あ……」

 新巻くん、見落としかな?

 馬を逃げると、先手の攻めは完全に止まる。

 新巻くん、まさかの大長考。観戦の不破ふわさんはニヤニヤしている。

 顔に出しちゃダメだよ。観戦マナー。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「ま、負けました」

 新巻くんは、30秒将棋に入ったところで投了した。

 まだまだの局面――に見えるけど、だいたい決着はついてるかな。ここから先手ができそうなのは、3三飛成、同桂、6三銀打、同銀、同銀成、同金、同馬、同玉、4一角、5二銀、7五桂の追い込みくらい。これは5四玉で受かる。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 先手は駒を渡しすぎてるから、次に7八金からの詰み。

 5二角成とするタイミングがない。

「ありがとうございました」

 僕も一礼して終了。

 新巻くんは気まずそうに、

「すみません、最後うっかりでした」

 と告げた。そういうこともあるよね。

「どこが悪かったですか? 一手ばったりなのは確かなんですけど、そのまえの段階で先手が悪くなってたような……2三角成がやりすぎでした? 2八飛とおとなしく引いて、3五銀、同銀、同飛を許容したほうがよかったですか?」

 僕たちは盤面をもどした。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 これはこれでむずかしそうだ。でも、やっぱり後手が指しやすいかな。

 先手は3七歩と打たないといけない。ちぐはぐ。

「先手だけバラバラになってるから、僕としては歓迎するよ」

「ですよね……とはいえ、本譜よりはこっちがマシだったかもしれません」

 僕たちが終盤を検討していると、不破さんがうずうずして、

「3人で回すんだから感想戦はそこそこで切り上げろよ」

 と言ってきた。それもそうか。

 僕は新巻くんに、とくに検討しておきたい局面があるかどうか確認した。

 新巻くんの答えは、とくにないということだった。

「じゃ、こんどはあたしな」

 不破さんと新巻くんが交代。

 ルールは決めてなかったけど、負け抜けになったっぽい。

 駒をならべなおして振り駒。僕が先手だ。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 7六歩、3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。


挿絵(By みてみん)


 不破さんといえば、これ。ゴキゲン中飛車。

 ゴキゲン中飛車は学生棋界だとメジャーな戦法だ。練習して損はない。

 4八銀、5五歩、6八玉、3三角、7八玉、6二玉、5八金右。

 いちおう対策はいくつか考えてきた。今回は固める方針。

 4二銀、7七角、7二玉、8八玉、8二玉、7八金、9二香。


挿絵(By みてみん)


 あ、不破さんも固めるのか。

「マジシャン、そのようすだと、相穴は予想してなかったみたいだな」

 不破さんは椅子にもたれかかった。あぶないよ。

「ゴキゲン穴熊って、バランスがちょっと悪くない?」

「おまえにバランスとか言われたくねーよ」

 右玉はバランスの塊だよ。

 とりあえず、固める方針は変更しない。

 6六歩、9一玉、6七金右、8二銀、9八香。

 不破さんは5四飛と浮いた。次に3五歩で困るから、一回3六歩と突く。

 7四歩、9九玉、9四歩、8八銀、9五歩。


挿絵(By みてみん)


 すごいバランスだ。

「不破さんみたいな陣形だね」

「おまえマジでときどきすげぇ失礼だぞ……」

 いや、とがってるのはきらいじゃないよ。マジックもとがっていないとね。

 僕はバランス重視で3七銀、4四歩、4六銀と進めた。

 後手から攻めるのはむずかしいという判断だ。

 不破さんもそう考えているらしく、駒の移動を始めた。

 4三銀、3七桂、5二飛、1六歩、5一角。

 僕は1分使って小考。先攻できるかも。

「……2六飛」

「6四歩」

 僕の2四歩で開戦。


挿絵(By みてみん)


「しばらくは受けか……同歩」

 6五歩、同歩で角道をあけて、5五銀と繰り出す。

 不破さんは4筋での銀交換を嫌って、5四銀と出てきた。

 同銀、同飛に5五銀と打ちなおしておさえこみ。

「5三飛」


挿絵(By みてみん)


 これは……誘いのスキかな。4四銀に2三飛の狙いだね。

 後手から7三角と出られるとめんどうになる。そのまえに動こう。

 まずは6四歩で手裏剣をとばして、5二金右を強要。

 さらに3五歩とたたみかける。飛車のスライドを見せた手だ。

「こっちも動かないとマズいか。7五歩」

 同歩、4二角――この手はうまい。5六飛〜5五銀の進出を未然に防いで、しかもスキがあれば6四角から歩を取り払うつもりだ。こっちも銀を動かしにくくなった。

「7四歩」

 7筋に便乗する。

「おっと、こっちも便乗させてもらうぜ。7五銀」


挿絵(By みてみん)


 そう打ってくるのか……7六歩に同金でもだいじょうぶかな?

 7六歩、同金……いきなり5筋につっこまれる心配はなさそうだ。

「2二歩」

「いやらしいところに打ってくるねぇ」

 不破さんは30秒ほど考えて、桂馬を逃げずに2五歩と伸ばした。

 飛車の逃げ場所がむずかしい。縦に逃げると7六歩が厳しくなる。

 ふたたび小考。

「……4六飛」

「そこね、了解。7六歩」

 同金、同銀、同飛、6六歩、同飛、7五金、6八飛。


挿絵(By みてみん)


 安定はした。

「もういっちょ7六歩」

 してなかった。

 6六角、同金、同銀、5九角。

 これはもう殴り合いだ。

 僕は2一歩成で駒損を解消した。飛車角交換は許容する。

 こっちは金銀5枚の穴熊だから、飛車を渡したくらいじゃ寄らない。

「9六歩」

 っと、端攻めか。

 同歩、3七角成、1一と、6二金寄――こんどこそ安定したかな。反撃。

「6五香」


挿絵(By みてみん)


「ぐッ……やっぱ微妙にキツいな……5九馬」

 6筋の攻めの拠点、飛車を抜きにきた。

 こんどこそ交換してくると思うから、先に受けておく。

「6九金」

 6八馬、同金直、7七桂、同銀引、同歩成、同銀。

 後手は攻めの拠点がなくなった。

「チッ、受けるしかねぇか。5四銀」

 あ、僕の香車が浮いちゃってる。どうしよう。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こうかな。

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 角で紐付け。

「おまえ手品みたいな受け方してるな」

 マジシャンだからね、というのは冗談で、棋理だよ。

 後手は飛車しか持ち駒がない。この角に打ち返す駒がないんだ。

 不破さんは3九飛と攻め合いに出た。

 これは怖くない。6六桂と追撃する。

 6五銀、同角成、3五飛成、5四銀、2三飛。

 3九飛は受けの手だった?

 3六歩、同龍、7五桂、3九龍。

 うーん、攻めるか守るか、なやましいね。

 のこり時間も1分しかない。秒読みまで考えよう。

 

 ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8六歩」


挿絵(By みてみん)


「げッ、シブすぎだろ」

 これで僕の穴熊は金銀6枚分になった。盤石。

 不破さんは次の手に悩む。そのまま30秒将棋に。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6七歩ッ!」

 ほぐしにきた。冷静に対処する。

 同金直、5一香、8七銀、3五龍、3六歩。

 これを取ったら、龍の横利きがそれる。こんどこそ6三歩成だ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!


挿絵(By みてみん)


 さすがに切ってきた。同銀とする。

「さっきの角の受け、使わせてもらうぜ。3七角」

場所:清心高校将棋部

先手:新巻 虎向

後手:佐伯 宗三

戦型:後手右玉


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀

▲6八玉 △6二銀 ▲4八銀 △6四歩 ▲7七銀 △6三銀

▲3六歩 △3二金 ▲2五歩 △3三銀 ▲3七銀 △7四歩

▲5八金右 △7三桂 ▲4六銀 △7二金 ▲7九玉 △8一飛

▲7八金 △8四歩 ▲6六歩 △6二玉 ▲9六歩 △9四歩

▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △1四歩 ▲4六銀 △3一飛

▲5六角 △2二金 ▲3五歩 △1五歩 ▲7五歩 △同 歩

▲8六銀 △7六歩 ▲7五銀 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩

▲同 飛 △2三歩 ▲同角成 △3五銀 ▲同 銀 △同 飛

▲2二馬 △3九飛成 ▲5九銀 △4八銀 ▲6九金 △5九銀成

▲同金引 △7七銀 ▲2三馬 △2二歩 ▲6七馬 △3三角

▲3四飛 △7八銀成 ▲同 馬 △2九龍 ▲7四銀打 △2五龍

▲3五歩 △2八龍 ▲6八金右 △7七桂 ▲同 桂 △同歩成

▲同 馬 △8五桂打 ▲8八馬 △7八歩 ▲同 馬 △7七歩

▲4五馬 △7四銀 ▲同 銀 △5四銀


まで88手で後手の勝ち

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