361手目 右玉はバランスの塊
「……5九銀成」
僕は銀を交換する。
新巻くんはノータイムで同金引としながら、
「千日手はわりと歓迎ですよ」
と言った。さすがに千日手にはしない。
この局面、悪くないと思うんだよね。
先手は王様の位置が悪いだけでなく、7筋に大きなキズがある。
「7七銀」
新巻くんはこの手をみて、うしろ髪を結び直した。
彼の癖だね。むずかしい局面でやってる気がする。
ちなみに、この7七銀は取れないよね。同桂、同歩成、同金、8五桂から攻めが止まらなくなる。本線は2三馬と引いて、自陣に効かせること――あ、そう指したね。
僕は2二歩と叩く。
「ん? 馬引きの強要ですか?」
ノーコメント。
「まあ、引くしかないですね。6七馬」
3三角、3四飛、7八銀成、同馬、2九龍。
「後手の攻めが止まったように見えますけど……」
かもしれない。けど、このかたちは意外と薄い気がする。
「反撃しますね。7四銀打」
僕は2五龍から3五歩、2八龍で、スキマを狙うかたちに持ち込んだ。
新巻くんも危ないと気づいたらしく、6八金右と上がった。
7七桂、同桂、同歩成、同馬。
「8五桂打」
単に跳ねるんじゃなくて、桂馬をかさねる。
「……8八馬」
7八歩、同馬、7七歩で再度拠点をつくる。
新巻くんはすこしばかりイヤそうな顔をした。
「思ったより厳しいですね……受け続けるとジリ貧ですか……」
案の定、4五馬と出てきた。
これは6三銀成、同金、同馬、同玉、6四飛があるから受けないといけない。
僕は7四銀で銀を入手して、同銀に5四銀と受けた。
「え、あ……」
新巻くん、見落としかな?
馬を逃げると、先手の攻めは完全に止まる。
新巻くん、まさかの大長考。観戦の不破さんはニヤニヤしている。
顔に出しちゃダメだよ。観戦マナー。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ま、負けました」
新巻くんは、30秒将棋に入ったところで投了した。
まだまだの局面――に見えるけど、だいたい決着はついてるかな。ここから先手ができそうなのは、3三飛成、同桂、6三銀打、同銀、同銀成、同金、同馬、同玉、4一角、5二銀、7五桂の追い込みくらい。これは5四玉で受かる。
【参考図】
先手は駒を渡しすぎてるから、次に7八金からの詰み。
5二角成とするタイミングがない。
「ありがとうございました」
僕も一礼して終了。
新巻くんは気まずそうに、
「すみません、最後うっかりでした」
と告げた。そういうこともあるよね。
「どこが悪かったですか? 一手ばったりなのは確かなんですけど、そのまえの段階で先手が悪くなってたような……2三角成がやりすぎでした? 2八飛とおとなしく引いて、3五銀、同銀、同飛を許容したほうがよかったですか?」
僕たちは盤面をもどした。
【参考図】
これはこれでむずかしそうだ。でも、やっぱり後手が指しやすいかな。
先手は3七歩と打たないといけない。ちぐはぐ。
「先手だけバラバラになってるから、僕としては歓迎するよ」
「ですよね……とはいえ、本譜よりはこっちがマシだったかもしれません」
僕たちが終盤を検討していると、不破さんがうずうずして、
「3人で回すんだから感想戦はそこそこで切り上げろよ」
と言ってきた。それもそうか。
僕は新巻くんに、とくに検討しておきたい局面があるかどうか確認した。
新巻くんの答えは、とくにないということだった。
「じゃ、こんどはあたしな」
不破さんと新巻くんが交代。
ルールは決めてなかったけど、負け抜けになったっぽい。
駒をならべなおして振り駒。僕が先手だ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
7六歩、3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。
不破さんといえば、これ。ゴキゲン中飛車。
ゴキゲン中飛車は学生棋界だとメジャーな戦法だ。練習して損はない。
4八銀、5五歩、6八玉、3三角、7八玉、6二玉、5八金右。
いちおう対策はいくつか考えてきた。今回は固める方針。
4二銀、7七角、7二玉、8八玉、8二玉、7八金、9二香。
あ、不破さんも固めるのか。
「マジシャン、そのようすだと、相穴は予想してなかったみたいだな」
不破さんは椅子にもたれかかった。あぶないよ。
「ゴキゲン穴熊って、バランスがちょっと悪くない?」
「おまえにバランスとか言われたくねーよ」
右玉はバランスの塊だよ。
とりあえず、固める方針は変更しない。
6六歩、9一玉、6七金右、8二銀、9八香。
不破さんは5四飛と浮いた。次に3五歩で困るから、一回3六歩と突く。
7四歩、9九玉、9四歩、8八銀、9五歩。
すごいバランスだ。
「不破さんみたいな陣形だね」
「おまえマジでときどきすげぇ失礼だぞ……」
いや、とがってるのはきらいじゃないよ。マジックもとがっていないとね。
僕はバランス重視で3七銀、4四歩、4六銀と進めた。
後手から攻めるのはむずかしいという判断だ。
不破さんもそう考えているらしく、駒の移動を始めた。
4三銀、3七桂、5二飛、1六歩、5一角。
僕は1分使って小考。先攻できるかも。
「……2六飛」
「6四歩」
僕の2四歩で開戦。
「しばらくは受けか……同歩」
6五歩、同歩で角道をあけて、5五銀と繰り出す。
不破さんは4筋での銀交換を嫌って、5四銀と出てきた。
同銀、同飛に5五銀と打ちなおしておさえこみ。
「5三飛」
これは……誘いのスキかな。4四銀に2三飛の狙いだね。
後手から7三角と出られるとめんどうになる。そのまえに動こう。
まずは6四歩で手裏剣をとばして、5二金右を強要。
さらに3五歩とたたみかける。飛車のスライドを見せた手だ。
「こっちも動かないとマズいか。7五歩」
同歩、4二角――この手はうまい。5六飛〜5五銀の進出を未然に防いで、しかもスキがあれば6四角から歩を取り払うつもりだ。こっちも銀を動かしにくくなった。
「7四歩」
7筋に便乗する。
「おっと、こっちも便乗させてもらうぜ。7五銀」
そう打ってくるのか……7六歩に同金でもだいじょうぶかな?
7六歩、同金……いきなり5筋につっこまれる心配はなさそうだ。
「2二歩」
「いやらしいところに打ってくるねぇ」
不破さんは30秒ほど考えて、桂馬を逃げずに2五歩と伸ばした。
飛車の逃げ場所がむずかしい。縦に逃げると7六歩が厳しくなる。
ふたたび小考。
「……4六飛」
「そこね、了解。7六歩」
同金、同銀、同飛、6六歩、同飛、7五金、6八飛。
安定はした。
「もういっちょ7六歩」
してなかった。
6六角、同金、同銀、5九角。
これはもう殴り合いだ。
僕は2一歩成で駒損を解消した。飛車角交換は許容する。
こっちは金銀5枚の穴熊だから、飛車を渡したくらいじゃ寄らない。
「9六歩」
っと、端攻めか。
同歩、3七角成、1一と、6二金寄――こんどこそ安定したかな。反撃。
「6五香」
「ぐッ……やっぱ微妙にキツいな……5九馬」
6筋の攻めの拠点、飛車を抜きにきた。
こんどこそ交換してくると思うから、先に受けておく。
「6九金」
6八馬、同金直、7七桂、同銀引、同歩成、同銀。
後手は攻めの拠点がなくなった。
「チッ、受けるしかねぇか。5四銀」
あ、僕の香車が浮いちゃってる。どうしよう。
……………………
……………………
…………………
………………こうかな。
パシリ
角で紐付け。
「おまえ手品みたいな受け方してるな」
マジシャンだからね、というのは冗談で、棋理だよ。
後手は飛車しか持ち駒がない。この角に打ち返す駒がないんだ。
不破さんは3九飛と攻め合いに出た。
これは怖くない。6六桂と追撃する。
6五銀、同角成、3五飛成、5四銀、2三飛。
3九飛は受けの手だった?
3六歩、同龍、7五桂、3九龍。
うーん、攻めるか守るか、なやましいね。
のこり時間も1分しかない。秒読みまで考えよう。
ピッ……ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六歩」
「げッ、シブすぎだろ」
これで僕の穴熊は金銀6枚分になった。盤石。
不破さんは次の手に悩む。そのまま30秒将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「6七歩ッ!」
ほぐしにきた。冷静に対処する。
同金直、5一香、8七銀、3五龍、3六歩。
これを取ったら、龍の横利きがそれる。こんどこそ6三歩成だ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
さすがに切ってきた。同銀とする。
「さっきの角の受け、使わせてもらうぜ。3七角」
場所:清心高校将棋部
先手:新巻 虎向
後手:佐伯 宗三
戦型:後手右玉
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8八角成 ▲同 銀 △2二銀
▲6八玉 △6二銀 ▲4八銀 △6四歩 ▲7七銀 △6三銀
▲3六歩 △3二金 ▲2五歩 △3三銀 ▲3七銀 △7四歩
▲5八金右 △7三桂 ▲4六銀 △7二金 ▲7九玉 △8一飛
▲7八金 △8四歩 ▲6六歩 △6二玉 ▲9六歩 △9四歩
▲3五歩 △同 歩 ▲同 銀 △1四歩 ▲4六銀 △3一飛
▲5六角 △2二金 ▲3五歩 △1五歩 ▲7五歩 △同 歩
▲8六銀 △7六歩 ▲7五銀 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩
▲同 飛 △2三歩 ▲同角成 △3五銀 ▲同 銀 △同 飛
▲2二馬 △3九飛成 ▲5九銀 △4八銀 ▲6九金 △5九銀成
▲同金引 △7七銀 ▲2三馬 △2二歩 ▲6七馬 △3三角
▲3四飛 △7八銀成 ▲同 馬 △2九龍 ▲7四銀打 △2五龍
▲3五歩 △2八龍 ▲6八金右 △7七桂 ▲同 桂 △同歩成
▲同 馬 △8五桂打 ▲8八馬 △7八歩 ▲同 馬 △7七歩
▲4五馬 △7四銀 ▲同 銀 △5四銀
まで88手で後手の勝ち




