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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第35局 清心高校、県大会に備える(2015年7月14日火曜)
372/682

360手目 本気の対策

※ここからは佐伯くん視点です。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

佐伯さえきくん、なんだか深刻そうな顔をしてるね」

 見上げると、角刈りメガネの田中たなか先輩が立っていた。

 田中先輩は首をひねって、部室のテーブルをのぞきこむ。

 プリントでとっちらかっていた。

「県大会について考えてるの?」

「はい、他校の戦力分析です」

 田中先輩は資料を注視した。

 ほかの学校の選手、春の戦績、棋譜。

 1番うえにあるのは、修身しゅうしん高校。H島市の強豪校だ。

「やっぱり修身がライバル?」

「どこがライバルというわけではありませんが、ネックのひとつですね」

「僕は今回の3人制じゃ戦力にならないけど、事務ならなんでも言ってよね」

 僕はお礼を言った。

 でも、田中先輩は3年生だ。受験勉強でいそがしい。さすがに頼めない。

「とりあえず下級生でできることはやってみます」

 田中先輩はうなずいて、そのまま部室を出ていった。

 僕は、となりの古谷ふるやくんたちに話しかけた。

 古谷くんたちも、膨大な量のプリントとにらめっこしていた。

「どう?」

 古谷くんは棋譜をながめながら、口もとに手をそえた。

 しばらく考え込む。

「……アタリで厳しいところは2校あります」

修身しゅうしんと?」

紫水館しすいかんです」

 御城ごじょうくんのいるところか。僕と御城くんとのあいだには、直接的な面識はない。

 だけど、県大会優勝者の名前は、さすがに知っていた。

 僕は紫水館のデータをとりだした。3人でチェックする。

 最初に口をひらいたのは古谷くんだった。

「まんべんなく勝ってますね。これが一番やっかいです」

 そうなんだよね。今回の作戦会議でわかったことが2つある。ひとつは、清心せいしんの実力が思ったより悪くなかったこと。むしろ上から数えたほうが早かった。ベスト5には入っているように思う。もうひとつは、飛び抜けて勝てる選手がいないこと。清心には、捨神すてがみくんや六連むつむらくんみたいなトップクラスの選手がいない。

 この僕の分析は、古谷くんたちには伝えていない。トップクラスの選手がいないという結論は、古谷くんに対して失礼な気がしたからだ。

 僕はすこし回りくどい言い方をする。

「層が厚い学校には、圧殺されるおそれがあるね」

 古谷くんもうなずいた。

「はい、アタリ次第では圧殺し返せる可能性もありますが、運ですね。県大会は、一度登録した席順を変更できません。あとからマズいとわかっても、どうしようもないんです。逆に言えば、他校から工作をかけられる心配もないわけですけど」

「過去のデータから、うまいならびは見つけられないかな?」

「いろいろ調べてみましたが、まだ見つかっていません」

「そうか……新巻あらまきくんは、なにか意見ある?」

 僕の質問に、新巻くんはきょとんとした。

「あ、いえ、特には」

「今日はなんかおとなしいね。どうしたの?」

「俺はノリで進めちゃうタイプなんで、こういう分析にはあんまり役に立たないと思うんです。先輩と兎丸うさまるに任せます」

 べつにノリでもいいんだ。いくら分析しても答えはなさそうだし。

 それに、新巻くんも代表3人のうちのひとりなんだから、発言して欲しい。

「新巻くんがつきたいポジションはある?」

「そうですね……俺の役目は『格下に絶対勝つ』と『スキがあれば上に一発入れる』だと思ってます。だから、御城先輩とあたる役目は俺かな、と」

 ナイス分析だ。これには僕も古谷くんも異論はなかった。

 御城くんが出てきやすい位置をさがす。

 だけど、やっぱりランダムにみえた。

「紫水館はパターンを作らないように工夫してるのかな?」

 僕の発言に、古谷くんは、

「もしかするとサイコロかなにかで決めてるのかもしれません。紫水館は県大会常連校ですから、そのあたりの対策をしていてもおかしくはありませんね」

 と推理した。そうかもしれない。

 理性の限界かな。これ以上は合理的な解がなさそうだ。

 そう思ったとき、部室のドアがノックされた。

 返事をすると、捨神くんと不破ふわさんが顔をのぞかせた。

 僕は立ち上がってあいさつした。

「こんにちは、待ってたよ。いそがしいところ、ごめん」

「アハッ、いいんだよ。僕たちは個人戦で出場だから利害関係ないし。ね、不破さん」

「いやぁ、利害関係なくてもお人好し過ぎますよ、他校の手伝いなんて」

 不破さんは正直だね。

 僕はふたりに椅子をすすめた。全員着席したところで作戦会議。

 まずは僕から。

「捨神くんは県大会になんども出てるよね?」

「もうしわけないけど、団体戦は出たことがないんだ」

 そうか……だったらメンバーのならびとかは詳しくないのかな。

 僕はそのあたりもたずねてみた。

「出場校のオーダーについて何回か教えてもらったことはあるよ。なんでこういうならびになってるのか、とかね」

 捨神くんの話によると、団体戦のならびはあまり考えてもしょうがない、というのが多数派の見解らしかった。ようするに、僕たちのこれまでの考察とおなじってことだ。

 捨神くんは、

「けっきょく練習するしかないと思うんだよね。ここ数年の県大会は、ぜんぶ実力のある高校が優勝してるよ。オーダーで金星があったって話は聞いたことがないもの」

 とつけくわえた。

「……だね」

「そもそも佐伯さえきくん、そのために僕と不破さんを呼んだんじゃないの?」

 図星だ。オーダー会議よりも練習試合の申し込み、と言ったほうが正しい。

 僕たちはいったん資料をかたづけて、将棋に専念することにした。

 捨神くんは、

「佐伯くんと指すのはひさしぶりかな」

 と言って、僕のまえの椅子に座ろうとした。

 僕は、

「捨神くんは古谷くんと指してもらえないかな、連続で」

 頼んだ。捨神くんは一瞬オヤッという表情をうかべた。

 でも、すぐに意図を察してくれた。フッと笑みをもらす。

「なるほどね……団体戦のエースの座はゆずるわけだ。了解」

 僕は新巻くん、不破さんと15分30秒でまわすことになった。

 じゃんけんをして、僕と新巻くんから。

「チェッ、助っ人なのに最初は見物けんぶつかよ」

 不破さんは飴玉をほおばったまま、テーブルのよこに椅子をひいた。

 振り駒で新巻くんが先手になった。

 僕は一礼してチェスクロを押した。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……7六歩」

 3四歩、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 新巻くんとはここ1ヶ月で50局以上指している。

 僕がすこし勝ち越しているけど、いい勝負だ。

「8八角成」

「右玉退治の新対策、考えてきましたからね。今日は勝ちますよ」

 それは楽しみだ。

 同銀、2二銀、6八玉、6二銀、4八銀、6四歩。

 一手損角換わりっぽく進めていく。

 7七銀、6三銀、3六歩、3二金、2五歩、3三銀、3七銀。


挿絵(By みてみん)


 先手は速攻だね。

 僕の方針は明確だ。右玉に変化する。

 7四歩、5八金右、7三桂、4六銀、7二金。

 僕はチェスクロを押しながら、

「右玉と悟られないように、もうちょっと引っぱったほうがいいかな?」

 とたずねた。新巻くんは、

「他校も佐伯先輩の得意戦法は把握済みだと思いますよ」

 と答えた。

 それもそうか。僕たちが調べているように、僕たちも調べられているわけだ。

 7九玉、8一飛、7八金、8四歩、6六歩、6二玉。


挿絵(By みてみん)


「……9六歩」

 いまの小考は気になるな。次で開戦してくるかも。

 とりあえず端を突き返す。9四歩。

 新巻くんは30秒ほど使って、3五歩と開戦した。

 このスピードなら、ほぼほぼ研究手順だと思う。

 金を5八に保留して、王様も入城しない最短の攻めだ。

 同歩、同銀。

 ここまでは当然だね。

 3四歩と受けるのは損だから、右玉らしい受け方をする。

「1四歩」


挿絵(By みてみん)


「飛車回り含みか……4六銀」

 つっこんでこなかった。

 僕は1三桂〜2一飛がいいかどうか読みなおす。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………こっちのほうがいいかな。

「3一飛」


挿絵(By みてみん)


 新巻くんは、こちらを本戦では読んでいなかったようだ。

 にわかに緊張感が漂ってきた。

「……2二金とずらしてから3四銀と立つ作戦ですか?」

 ポイントは先手の金の位置なんだよね。3八飛と寄りにくい。3八飛には2七角の打ち込みがあって、3七飛と浮くのは4九角成、3九飛と引くのは5四角成がある。かと言って1六角の打ち消しは効かない。3八角成、同角の大駒交換は後手がいい。


 パシリ

 

 新巻くんは5六角と打った。2筋を狙いつつ、3筋の盛り上がりを牽制する手だ。

 とりあえず2二金、3五歩と収めさせてから、僕は1五歩と盛り上がった。

 新巻くんはここでなやんだ。

「あんまり悠長だと1六歩〜1七歩がありますね……7五歩」


挿絵(By みてみん)


 おっと、反対側。

 先手には歩がないから、同歩、7四歩の心配はないね。

 それとも、1六歩、同歩、同香でムリやり入手?

 さすがにムリがありそうだ。

「同歩」

 安心して取る。

「8六銀」

 ……そっちで入手? でも、これは回避できる。

 僕は7六歩と伸ばした。

 新巻くんは7五銀と入ってくる。

 8五歩とはできない。7四歩と打たれたときに桂馬の逃げ場所がなくなる。

 かといって、8四銀〜7四歩とされたら劣勢だ。

「4四銀」


挿絵(By みてみん)


 攻める。

「そう来ますよね。こっちも攻めます。2四歩」

 同歩、同飛、2三歩。

 ここで新巻くんは2三角成としてきた。

「角捨て? 同……」

 いや、ダメだ。同金、同飛成は4三の地点にすべりこまれる。

 僕は急遽方針変更で3五銀と立った。

 同銀、同飛、2二馬。


挿絵(By みてみん)


 突破されてしまった――けど、先手は馬の位置がびみょうに悪い気がする。自陣に引けないし、2一飛成を邪魔している。次に1一馬とされるまえに動こう。

 3九飛成(7九玉の弱点を突く)、5九銀、4八銀、6九金。


挿絵(By みてみん)


 ここは踏ん張りどころだ。攻めが切れたら、右玉はあっというまに崩壊する。7四の地点が空いているから、なおさらだ。僕は長考に入った。

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