え? もう見つかった?
ここは、駒桜市でも有名なスイーツ店、ゲシュマック。
女のひとがたくさんいるね。あとカップルも。僕たちは場違いじゃないかなぁ。
「へへへ、それじゃあ、『本日の特製パフェ』をいただくことにしますか」
不破さんはもみ手をしながら、店員のお姉さんを呼んだ。
「歩夢は、どうする?」
「僕はコーヒーでいいよ」
お金があんまりないからね。特製パフェっていくらするんだろ……900円!?
「これは痛い……デフレ大国日本には痛い……」
「夏目で足りるんだから、そう気にするなよ」
「たしかに、税込でも972円……って、そういう問題じゃないよね?」
「そういう問題」
どうも不破さんのペースに巻き込まれちゃうな。僕ってお人好し。
そのうちメニューが運ばれてきた。
不破さんのパフェは、キウイフルーツをふんだんに使った緑色のチョコソフト。
僕のホットコーヒーは普通だね。カップが陶器に金模様。綺麗だ。
「いただきまーす」
不破さんは、細長いスプーンで生クリームをパクリと食べた。
「ん〜、おいひぃ〜」
ご満悦だね。僕はコーヒーをひとくち飲んで、鞄をあけた。
「『将棋ワールド』の今月号か?」
「そうだよ。読みかけなんだ」
「せっかくふたりっきりなんだから、もうちょっと配慮しろよ」
「なにを?」
不破さんは頬杖をついた。ムスッとしている。
「これだから歩夢はなぁ」
意味が分からない。僕がなにをしたって言うんだい。
ソフィストみたいな会話は受けつけないよ。
面倒だから、さっさと続きを読んでしまおう。詰め将棋のコーナーから。
……………………
……………………
…………………
………………
「おい、貴様」
ん? 貴様呼ばわりされた?
声音が不破さんじゃなかった。声の方向も違った。
僕は顔をあげた。
「貴様が駒込歩夢か?」
僕より背の高い女子高生が、するどい眼光をむけていた。
細いようにみえて、明らかに鍛えてある。
髪はロングを束ねているだけ。ファッションには気を遣ってなさそうだ。
もうひとつ気になったのは、右目に眼帯をしていること。
制服は市立のものだったけど、顔に見覚えがなかった。
「こんにちは、どなたですか?」
「さきに質問したのは私だ。おまえが駒込歩夢か?」
失礼だなぁ。不破さんも、不審に思ったみたいだ。ギロリとにらんだ。
「おい、なに歩夢に声かけてんだ?」
さすがは不良の溜まり場、天堂高校。ガンつけに迫力がある。
ここは不破さんに任せよう。
ところが、あいても負けじとにらみ返してきた。
「貴様に用はない」
「あぁ? てめぇ、あたしが誰だか知ってて言ってんのか?」
「知らんな」
長引くと、パフェが溶けちゃうよ。サクッと、サクッと。
不破さんに任せると物騒な気がしてきた。自分で対応しよう。ご指名だし。
「僕が駒込歩夢だけど、なにか用?」
眼帯のお姉さんは、右手の親指で胸もとをグッとゆびさした。
「私は草薙巴、駒桜市立高校の1年生だ」
いや、用件を尋ねたんだけど。それに、制服で分かる。新品だからね。
「クサナギさんは、なんで僕に声をかけたの?」
「貴様、将棋部だな?」
あ、そういうことか。はじめから言ってくれればいいのに。
「入部希望なら、僕じゃなくて女子将棋部のほうに言ってね」
このひと、筋肉がありそうだから、てっきり体育会系だと思ってた。
文化部に入りたいなんて、奇特だね。
「なに? 男子将棋部と女子将棋部があるのか?」
眼帯少女は眉間にシワをよせた。
「そうだよ。正確には、男子将棋同好会と女子将棋部ね。前者は非公認」
僕の回答に、眼帯少女はすこし考え込んだ。右手をあごに添えて、そっぽを向く。
「しまった。お嬢さまから聞いていなかった」
お嬢さま? 誰のことだろう。
不破さんも引っかかったらしい。僕に耳打ちしてきた。
「おい、こいつ、姫野のババァの刺客じゃねぇか?」
「えぇ? 姫野さんの友だちっぽくはないけどなぁ」
「あのババァ、お嬢さまぶってて、ウラでなにしてるか分かんねぇぞ」
それは半分以上、私怨入ってるよね。
姫野さんっていうのは、去年卒業した藤花女学園の生徒会長だよ。
実家が姫野重工っていう、瀬戸内でも有名な会社なんだ。いわゆる御令嬢。
姫野さんは藤花の将棋部の主将で、市代表経験もある強豪だった。
不破さんがライバル視してるってわけ。姫野さんがどう思ってるかは知らない。
「女子将棋部は、どこで活動している? ここか?」
トンチンカンな質問だなぁ。
どう見ても将棋を指してな……あ、『将棋ワールド』を読んでた。
「ここじゃなくて、学校の部室だよ」
「今から行っても間に合うか? 紹介状がいるのではあるまいな?」
「べつにいらないよ。まあ、頼まれたら紹介するけど。きみ、何段? 強いの?」
「柔道、剣道、空手、各二段、その他もろもろ持っている」
アホの子かな? 格闘技の段位を言われても困る。
ただ、ヘタに怒らせないほうがいいみたいだ。骨折しちゃいそう。
「将棋は? 初段くらい?」
「昨日、駒の動かし方をおぼえたぞ」
あ、はい。初心者か。それでもまったく問題はない。
駒桜市立高校将棋部は、だれでもウェルカムなのさ。みんなも、どう。
それに、この状況は願ったり叶ったり。ちょうど11人目を探してたんだからね。
「それじゃ、飛瀬主将にMINEするから、ちょっと待ってて」
○
。
.
「こんにちは……飛瀬カンナです……」
「私が草薙巴だ。ご足労だったな」
「年齢関係を無視している地球人が、またひとり……」
飛瀬先輩、あんまり宇宙人ネタを仕込まないほうがいいですよ。
怒りだすかも。からかわれてるように見えるし。
僕たちは4人がけのテーブルに座って、おたがいに様子をうかがっていた。
飛瀬先輩の正面に草薙さん、僕は不破さんと向かい合いっこ。
「で、入部してもいいのか?」
「うーん……原則自由なんだけど……」
「私だけノケモノにする気ではないだろうな?」
草薙さんは凄んだ。でも、飛瀬先輩は動じない。
「今は事情があって、幽霊部員になる可能性のあるひとは、入れたくない……」
「幽霊部員? 私は生きているが……まさか、殺るのか?」
なにを言ってるんだ、このひとは。
「幽霊部員っていうのは、登録だけして来なくなるひとだよ……」
「それなら安心しろ。お嬢さまのご命令だからな」
ん? また【お嬢さま】っていうワードが出てきたぞ。
飛瀬先輩も反応した。
「草薙さん、だれかに頼まれて入るの……?」
草薙さんはこのとき初めて、言葉につまった。
「気にするな。独り言だ」
いや、気にするだろう。しかも、さっきのは独り言じゃないよ。会話。
飛瀬先輩も、警戒心がつのったらしい。即答しなくなった。
「ごめん、ほかの部員と相談するね……」
飛瀬先輩は、トイレに姿を消した。テーブルには、飲みかけの紅茶。
僕のコーヒーも冷めちゃった。
「チッ、パフェが溶けちまったじゃねぇかよ」
「溶けたほうがいろいろ混ざっておいしい」
草薙さん、そこは食いついてくるんだ。不破さんも苦笑した。
「ま、そりゃそうだけどよ……ところで、お嬢さまって、だれだ?」
「独り言だ。気にするな」
そういう返し方だと、入部はムリなんじゃないかな。
うちは礼儀作法にきびしいんだよ。とくに裏見先輩とか。
飛瀬先輩は、しばらくしてトイレからもどってきた。
「お待たせ……結論から先に言うね……」
「ああ、単刀直入に言え」
草薙さんは、指の骨をポキポキ鳴らした。脅迫だよ、それは。
「入部を許可します……」
「おい、宇宙人、ビビってんじゃないだろうな?」
不破さんのツッコミ。
「ううん……ちゃんと相談した……部長もOKだって……」
草薙さんは、さも当然そうな顔をして、
「あたりまえだ」
と答えた。
……………………
……………………
…………………
………………ん?
なんであたりまえなんだ? 全然あたりまえじゃないよね?
もしかして……お嬢さま=来島先輩(部長)?
でも、来島先輩って、キャラクターフードをかぶった変わり者だしなぁ。
お嬢さまっていうよりは、ゲームオタクって感じなんだけど。
一方、草薙さんは、もういちど指の骨を鳴らした。
「交渉成立だな。で、どうすればいい?」
「草薙さん、主体性がないね……好きに将棋を指せばいいんだよ……」
「将棋を指せと言われても、駒の動かし方しか知らん」
動かせれば遊べるよ。
将棋を楽しむコツは、ルールをおぼえたらさっさと指すこと。
詰め将棋とか定跡とかは、あとでもオッケー。
サッカーとかバスケだって、基本的なボールの使い方をおぼえたらプレイする。
それと一緒だね。
「小学校のスポーツクラブでも、もうすこしマシな説明をするぞ」
「うぅん……じゃあ、私が指導するね……」
飛瀬先輩は、めんどうみがいいなぁ。あとはよろしくぅ。




