352手目 二足のわらじの柔道家
※ここからは、石鉄烈くん視点です。
おひさしぶりです。石鉄烈です。
みかんちゃんの彼氏だって言ったほうが、わかりやすいかもしれませんね。
今日は愛甲学園の将棋部で、香宗我部先輩と打ち合わせです。
香宗我部先輩、さっきからスポーツ新聞を手にして、ぷるぷるしてます。
「マヅダスタジアムで女子高生大乱闘……伊代くん、なんだい、これは?」
伊代ちゃん、苦笑い。
「あははは……そういうハッスル女子高生もいるんですねぇ」
「写真に目線が入ってるけど、どこをどうみても伊代くんにそっくりだね」
「あ、この世界には、自分に似ているひとが3人は……」
「あれほど球場ではマナーを守るように言ってあっただろうッ!」
「ひぃいいい、巨神が勝ったから結果オーライですッ!」
そこは論点じゃないと思います。
伊代ちゃん、野球のことだけアホの子になりますよね。
ふだんはこんな感じじゃないんですよ。マジメな委員長タイプです。1年生なのに四国高校将棋連盟の幹事長を任されていることだけはあります。
香宗我部先輩は新聞をテーブルのうえにほうりました。
「やはり温田くんを幹事長、伊代くんを副幹事長にしたほうがよかったか」
「みかんは、そういうめんどっちぃ仕事しないの〜ダーリン幹事長でよかったの〜」
「烈は押しが弱いから幹事長には向いていない」
香宗我部先輩の言うとおりです。僕は向いてないです。
「ダーリンが幹事長で、みかんが副幹事長なら完璧なの〜」
「そういう大奥制も認めない」
「だったら香宗我部先輩はさっさと院政をやめて、伊代ちゃんに全部任せるの〜」
政治の話はやめましょう。みんな仲良く。
僕はおずおずと進言。
「と、とりあえず将棋しませんか……?」
「さすが、ダーリン、ナイスアイデアなの〜」
「将棋指しを将棋にさそえばその場がおさまる、みたいな流れも認めない」
「ダーリンの機転がわからない石頭はさっさと退場するの〜」
かえって悪化させてしまいました。おろおろ。
「みかんちゃん、香宗我部先輩、おちついて……争ってもいいことはないよ……」
「そうなの〜将棋指しは仲良く将棋で争うの〜香宗我部先輩、みかんに勝てるの〜?」
「棋力で決着をつける問題じゃないだろう」
部屋でわいわいやっていると、廊下ががやがやしてきました。
ガラリとドアがあいて、ふたりの男子が顔をのぞかせます。
先頭にいたキザな髪型の少年、じゃない、阿南先輩は、きょとんとして、
「あれ? なんで香宗我部先輩がいるの?」
とたずねました。ですよね、K知のひとがいたら疑問に思いますよね。
うしろに立っている大柄な角刈りの少年も、
「わしが知らんあいだに転校したんか?」
と、耳の穴をほじりながらたずねました。このひとは今治健児。E媛の新浜高校の3年生で、男子柔道部の主将なんです。体格がすごいです。それなのに、将棋でも県大会で優勝したことがあって、まさに文武両道。憧れます。
香宗我部先輩はメガネをなおしながら、
「吉良が対外試合をしたいと言い出してな、俺は保護者だ」
と答えました。
今治先輩は室内をきょろきょろしました。
「吉良はおらんじゃないか」
「うむ、途中ではぐれてしまった。一緒に行こうと提案したのだが、ひとりで大丈夫だと返されてな。なにも大丈夫じゃなかった」
今治先輩、大きくタメ息。
「ガキの使いじゃあるまいし。K知からE媛で迷うやつがあるか」
けっこうむずかしいと思うんですよね。
目印がほとんどないですし。
「まさか事故っとるんじゃなかろうな」
香宗我部先輩はスマホを確認。
「さっきMINEでこっちに向かってると連絡があった。地図アプリがあるから大丈夫だろう。追加の連絡も来ていない……ところで、今治は将棋の練習をしてるのか?」
「しとらん」
「おまえも代表なんだからしっかりやってくれ」
今治先輩は鼻息荒く、
「わしはもともと柔道のほうが本業だ。それに、石鉄と阿南のほうが強い」
と返しました。照れます。
お調子者の阿南先輩は上機嫌で、
「ですです、僕らに任せておいてください」
と言いました。
「とはいえ、わしも手抜く気はないぞ。おなじE媛県勢でも容赦なくしばく」
今治先輩、豪快に高笑い。そうなんですよね。これ、県対抗でも地域対抗でもなくて総当たりなので、僕vs今治先輩も僕vs阿南先輩も今治先輩vs阿南先輩も、ぜんぶ組まれるんです。香宗我部先輩みたいに四国地方と中国地方との因縁の対決みたいにみてるひともいますけど、たぶん少数派のような。
ただ、揉めたくないのでいちいち言いません。
香宗我部先輩は心配そうに、もういちどスマホをチェック。
「遅いな。なんならスマホの位置情報で迎えに……」
「このへんに将棋部ないですかぁ? 将棋部ぅ?」
あ、来ましたね。僕らが返事をすると、吉良先輩が廊下から顔をのぞかせました。
「いたいた、どこ行ってるんですか、香宗我部先輩」
「いや、おまえがどこに行ってるんだ……降りる駅をまちがえたのか?」
「ま、それはどうでもいいじゃないですか。将棋しましょ」
吉良先輩は答えるのが恥ずかしいのか、はぐらかしにきました。
たぶんですけど、駅から歩く方向をまちがえたんだと思います。
香宗我部先輩もそのあたりはお察しらしく、追及しませんでした。
「よし、それでは練習試合をするか。まずは……」
「わしはこのあと部活で新浜へ帰らんといかん。さきに吉良と指させてくれ」
「これも部活だと思うが……だったら、今治vs吉良だ。のこりは適当に組もう」
ここで阿南先輩が割り込み。
「僕、吉良くんの将棋が観たいなぁ」
香宗我部先輩はちらりと阿南先輩をみて、
「べつに観戦でもかまわないが……ほかのメンバーはそれでもいいのか?」
とたずねました。僕はかまわないです。そもそもこのメンバー、吉良先輩と香宗我部先輩以外は全員E媛なので、100局以上指してます。
「僕も観戦でいいです」
「みかんもそれでいいの〜」
「私も異議ありません」
というわけで観戦です。
さくさく準備して、今治先輩が振り駒。今治先輩の後手ですね。
「15分30秒でいいですね。よろしくお願いします」
「ちったぁいいところ見せんとな」
今治先輩がチェスクロを押して対局開始。
7六歩、3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。
今治先輩のゴキゲン中飛車です。
今治先輩は見た目どおり豪快でアグレッシブな将棋ですね。
吉良先輩がどういなしていくのか楽しみです。
4八銀、5五歩、6八玉、3三角、3六歩、4二銀。
超速の流れ。
3七銀、5三銀、4六銀、4四銀、7八銀、6二玉。
「7七銀」
「吉良は矢倉か……7二玉」
今治先輩、ちょっとだけ考えましたね。振り穴を考慮したかもしれません。
6六銀、8二玉、7八玉、7二銀。
あ、さすがにちがいましたか。
5八金右、6四歩。
ここで吉良先輩が少考。
「攻めるっぽいの〜」
みかんちゃん、僕の耳もとでひそひそ。
攻めるなら2四歩でしょうか。
パシリ
攻めましたね。
今治先輩、その場で腕組み。
「ふーむ……」
当然ですが、同歩に悩んでいるわけではありませんね。同歩、3七桂はひと目なので、そのあとの展開だと思います。
「同歩」
吉良先輩は小気味よい音をさせて3七桂。
「受けるのは性に合わん。6五歩」
「過激なの〜」
「みかんちゃんなら、なんだった?」
「みかんなら3二金と固めてるの〜」
みかんちゃんはけっこう手堅いです。
吉良先輩も、これは攻めすぎだとみたのか、
「あんまり前のめりになるとコケますよ、同銀」
と挑発しました。
「前のめりに倒れるなら本望。4二角」
4五銀、同銀、同桂。
あ、これ、吉良先輩のほうが反動を利用して攻めてますね。
後手はあんまり攻勢に移れていません。
「うむむ、6四歩」
「5三銀ッ!」
これは痛い、と言いたいところですが、角or飛車と銀2枚の交換です。バランスはまだ取れてますね。差も見た目ほどないかもしれません。
今治先輩もすぐに6五歩と取りました。
5二銀成、同金左、2三飛。
「その飛車は逃がさん。3二銀」
これは――
「飛車を閉じ込める気なの〜2二飛成、3一銀、1一龍、2二銀打〜」
「そうなるとちょっと面倒だね」
「でもでも、先手はそれでいいと思うの〜後手は駒をかたよらせすぎなの〜」
ですね。飛車の閉じ込めに銀3枚投入は、おかしい気がしてきました。
といっても、そういうのは観戦者視点です。当事者がどう読んでいるか。
吉良先輩は1分ほど時間を使って、2二飛成と入りました。
「3一銀」
「ごちゃごちゃしたの嫌いなんで、すっぱり行きます。2四龍」
あ、これはすごいです。龍角交換。
「ん〜、それはこっちのほうがいいと思うがなあ。同角」
同飛、3八飛、7五角、4二銀打。
7五角は急所です。後手のバランスの悪さを突いています。
でも、先手は王様のラインに飛車を打たれてます。これは怖いです。
「5五角」
「ほほぉ、1一龍を1一馬にしたかったわけか。これは防げん」
3六飛成、1一角成、4五龍。
「駒の損得はバランスが取れてるの〜」
「陣形は後手のほうが固いね……先手は1一の馬を攻防に……」
と、僕が言いかけたところで、吉良先輩は歩を2二に打ちました。
2一歩成は防ぎようがありません。
今治先輩はここで動かないといけませんね。
「3五龍」
「2九飛」
「うーむ……3三桂と逃げてもな……」
3三桂はアリだと思います。けど、今治先輩の棋風じゃないかもしれません。
「前のめりにいくか。3八龍」
「2六飛」
「そいつはこうだ」
パシリ




