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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第34局 カァプ応援団(2015年7月11日土曜)
362/682

350手目 トップデッキの恨み

「よぉ、六連むつむら、ここでなにしてる?」

 声をかけたのは、黒いジャケットにジーンズといういでたちの少年だった。多分、おいらたちとおなじ高校生だ。すこし勝気かちきそうな雰囲気で、どこかからかうような表情をしていた。まわりにいる2人の取り巻きも、おなじようにニヤついていた。

 不吉だな、と、おいらの釣り好きのカンが働いた。その証拠に、六連くんも、招かれざる客をみているようだった。

伊之瀬いのせか……なんの用?」

「質問を質問で返すなよ。おまえ、実家はO道だろ? なんでこの店にいるんだ?」

 六連くんは、スポーツキャップのつばをなおしながら、

「僕はここの常連だよ」

 と、そっけなく答えた。イノセと呼ばれた少年は鼻で笑った。

「俺もここの常連だぜ。おまえの顔は滅多に見ないけどな」

「……で、なにか用?」

 イノセくんは右手をあげて、そう急ぐなというポーズをとった。

 このひと、六連くんとはべつな意味でおとなびてる。独特な間合いがあった。

「おまえ、夏のチャンピオンシップに出ないんだって?」

「……だれから聞いた?」

「俺が答えると思うか?」

 六連くんは、それもそうか、と答えた。

「おおかた、運営スタッフのだれかだろうけど……出なかったらどうしたの?」

「どうしたの、じゃないだろ。去年の俺のセリフ、おぼえてないのか?」

「『来年のチャンピオンシップは絶対にリベンジする』……だっけ。安っぽいよね」

 六連くんは、こっちがひやひやするような挑発をかけた。

 相手の少年も、さすがに口もとをむすんだ。

「安いとか高いとかの問題じゃねぇんだよ。去年のおまえとの予選準々決勝、あのクソみたいなトップデッキ*で勝負がついたとは思ってないからな」

「トップデッキを認めないなら、TCGはやらないほうがいい」

 イノセくんは舌打ちをした。

「俺はあのトップデッキが気に入らないんじゃないんだ。TCGは長丁場だろ。おまえがここでいきなりTCGをやめて勝ち逃げされたら腹が立つってだけだ」

「TCGをやめる? ……そんなこと言ったおぼえはないけど?」

「だったら、なんで将棋大会のほうに出るんだよ?」

「この大会は3年に1回だから、ここで出ないともうチャンスはないんだ」

 イノセくんは、初めて聞いたかのような顔をした。

 ひるんだところをみると、反論に窮したっぽい。

「……チッ、俺はもうすぐ卒業だ。機会がないのはおなじなんだぞ」

 え? 3年生なの? 六連くん、2コ上とタメ口で会話?

 おいらは六連くんを盗み見た。

 六連くんは、しばらく黙ったあとで、

「TCGは長丁場、なんだろ。だったら大学か社会人で当たればいい」

 とつぶやいた。

 イノセくんは今度こそ返答に窮したらしい。サッと背をむけた。

「そいつは、TCGをやめないって宣言でいいんだな?」

「だから、いつ僕がTCGをやめるって話になったんだい?」

「……これだけは言っとくぜ。勝ち逃げは許さない。絶対に、だ」

「……」

 イノセくんとその取り巻きは、カードショップから出て行った。

 店内の空気が微妙になる。

 そんななか、最初に言葉を発したのは、当事者の六連くんだった。

「そろそろ出ないといけないんじゃないかな」

 おいらは時計を確認した。あ、もう17時10分だね。

 さすがにゲームはできないっぽいし、退店の準備。

 おいらたちはかたづけをして、丸亀まるがめくんにお礼を言った。

「ありがとね。ちなみに、どこ高?」

 おいらの質問に、丸亀くんは修身しゅうしんだと答えた。

「あ、もしかして、並木なみきくんって知ってる?」

「なみき……何年生?」

「1年生だよ。おいらたちと一緒」

「あ、ごめん、僕は2年生なんだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あわわわ、ごめんなさい、先輩だったんですね、六連くんにつられちゃって……」

「いや、べつにそういうのはどうでもいいんだけど、そのナミキくんがどうしたの?」

 おいらは、並木くんが修身で一番強いんです、と答えた。

「なるほどね……悪いけど、僕は将棋部とつながりがないから、わからないかな」

 そのとき、入り口のところで六連くんに呼ばれた。六連くんと早乙女さおとめちゃんは、もう退店しようとしていた。おいらもあわてて退店する。うしろから丸亀先輩もついてきた。

「あれ、丸亀先輩も帰るんですか?」

「いきなり切り替えると気味が悪いから、タメ口でいいよ。僕も六連くんに渡しものをしたら、すぐに帰る予定だったから」

 あ、そうなんだ。ゲームにつきあわせて悪かったかな。

 六連くんと早乙女ちゃんはマイペースコンビだから、だいぶ先を歩いていた。

 おいらは丸亀先輩──丸亀くん?

 本人がいいって言ってるから、いいのかな?

 とりあえず、行き先をたしかめる。おなじ駅の方向だった。

「ごめんね、つきあわせちゃって」

「時間はあったからいいよ。家に帰るだけで、用事があるわけじゃないし……ところで、今年は将棋大会があるらしいね。どういう大会?」

 おいらは、日日杯の説明をした。囃子原はやしばらグループ主催の中四国最大のイベントで、3年に1度、県代表になったひとだけが出られる大会だ。おいらは、県大会で優勝したことはあるけど、県代表になれたことはない。残念。

 説明を聞き終えた丸亀くんは、さらに質問をかさねた。

「TCGとは簡単に比較できないけど……けっきょく、全国大会じゃないってこと? しかも、非公式戦?」

「ん、まあ……そう言われると、そうなんだけど……」

 そういう話なのかな。なんかちがうと思う。全国大会はたしかに47都道府県の代表が集まるから、そこが公式の頂上決戦。でもさ、トーナメントで一発勝負なんだよ。日日杯はリーグ戦で、3泊4日かけての総当たり。非公式戦なのに選手の気合が入ってるのは、ここでついた格付けがかなり重視されるからだ。

 おいらはそのことを伝えようとした。どう伝えようかな……あ、そうだ。

「さっき、イノセっていうひとが、『TCGは長丁場』って言ってたよね。おらいもそう思うんだ。将棋の全国大会はトーナメントなんだけど、日日杯はリーグ戦で、4日かけて消化するんだよ」

 これには丸亀くんもおどろいたようすで、

「へぇ、それはすごいね。スポンサーに囃子原グループがついてるだけのことはある。世界規模で遊ばれてる『遊戯の王子様』でも、全国大会はトーナメントだったりするし」

 と言った。どうだ。えっへん。

 おいらが胸を張ったところで、丸亀くんは補足をした。

「でも、やっぱりチャンピオンシップ辞退とは釣り合わないかな」

「……どうして?」

「『遊戯の王子様』は世界的なTCGだからね。今年は日本で開催されるけど、アメリカやヨーロッパで開かれることもあるんだ。その日本代表を決定する予選を全国大会と呼んでるだけ。そこへ出場できる国内ランキング上位120名って、スゴいことだと思う」

 世界大会の予選なんだ──おいら、てっきり将棋の全国大会レベルかと思ってた。

 だけど、納得がいかない。

「でもさ、六連くんは将棋を選んだんだよね? それって、六連くんがカードゲームの世界大会予選よりも将棋の中四国大会を大事にしたってことじゃない?」

 丸亀くんは、すぐには反論しなかった。ちらりと六連くんをチラ見した。

 なにか言えないことを言おうとしている。おいらは身構えた。

「これは六連くんには絶対に……いや、言ってもいいか。どうせ僕があとで嫌味を言われるだけだし……僕も伊之瀬くんとおなじで、六連くんはTCGをやめる気がしてるんだ」

「え? 将棋一本にしぼるってこと?」

「僕の予想が正しかったら、六連くんは将棋もやめるよ」

 おいらは困惑した。なにかヤバい個人情報じゃないよね。病気にかかってるとか、家庭の事情とか、そういう。おいらは続きを聞くのが怖くなった。けど、聞かないとあとで六連くんの顔をみられない気がした。

「なんで、そう思うの?」

「そのあたりは、魚住うおずみくんにも思い当たる節があるんじゃない?」

 おいらは、なんのことかわからないと答えた。

「じゃあ、僕の体験談から話そうか。六連くんがあのショップに初めて来たのは、彼が中学1年生のときだったよ。もっとも、彼は小学生のころから多少有名だった。僕はデュエルを申し込んで、4デュエル2マッチ連続負けをした。そのとき、僕は思った。今これだけ強いなら、将来はH島のだれも勝てなくなるんじゃないか、ってね」

 おいらは【思い当たる節】の正体を察した──六連くんは、早熟頭打ちタイプじゃないかって憶測。おいらだけじゃない。御城ごじょうのあんちゃんも、おなじことを言っていた。六連くんが棋歴半年で春の県代表になったとき、もうだれも勝てないんじゃないかな、と思った。だけど、その秋にO道ブロック代表になったのは、六連くんじゃなくて、おいらだった。今年は六連くんに個人戦ではやられちゃったけど、決勝は接戦だった。

 御城のあんちゃんはその棋譜を見て、「六連のやつ、中3の春からあんまり強くなってない気がするな」と分析していた。そうなのかもしれない。

「六連くんのカードゲームの実力って、どれくらい?」

 おいらの質問に、丸亀くんは淡々と答えた。

「僕と初めてデュエルしたとき、同世代では県内で3本の指に入ってたよ」

「今は?」

「今でもトップ3、かな」

 おいらたちは、そこで会話をやめた。駅前の分かれ道に入ったからだ。丸亀くんは、本屋に寄るという理由で離脱した。地下街へと消えていく。

 おいらたちは、早乙女ちゃんを先頭にスタジアムへとむかう。

 途中、お寺のよこを通っていると、六連くんが話しかけてきた。

「さっき、丸亀となにを話してたの?」

「え、あ、うん、日日杯ってどんな大会か説明してた」

「……それだけ?」

 怖い。聞こえてたわけじゃないと思う。さすがに距離があった。

 会話時間が長すぎたかな。

 おいらが返答に窮していると、早乙女ちゃんが肩を叩いてきた。

「魚住くん、六連くん、今は日日杯の話をしてる場合じゃないわ」

 早乙女ちゃんは、2本の赤いメガホンをさしだした。

「ここから先は戦場よ。はりきって行きましょう」

*トップデッキ

逆転に必要なカードを山のうえから実際に引くこと。

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