348手目 原始SUSHI
うひゃぁ、ここがカードショップかぁ。はじめて入った。
カードが透明なシートに詰められて、壁にかざられていた。値札がついてるね。
これは1000円……うわ、こっちは8000円もするんだ。
あっちの試合をしてる場所が、デュアルスペースかな。対戦せずに雑談してるグループもいた。まるで将棋大会みたいだ。それに、トレカじゃなくてボードゲームをしてるテーブルもあるね。カードショップっていうよりは、ゲーム一般を扱ってるお店みたいだ。
六連くんが入店すると、店内の空気がすこし変わった。
チラ見するひと、ひそひそ話をするひと。おいらも見られてる?
六連くんはどれも気にせず、一直線に奥のテーブルへむかった。
「丸亀」
六連くんの呼びかけに、ひとりの少年が顔をあげた。
すこし出っ歯で、ぼさぼさ髪の少年だった。おいらたちとおなじ高校生だね、多分。
丸亀くんはカードを手にしたまま、視線だけこちらにむけた。
「ああ、来てたのか」
「ちょうど今、ね。例のものは手に入った?」
丸亀くんは一通の封筒をカバンからとりだした。
六連くんは受け取って、中身を確認する。
「……オケ、短期間でよく手に入ったね」
「俺もそれなりにルートあるから」
六連くんはポケットからべつの封筒をとりだして、丸亀くんに渡した。
なになに? お金のやりとり? おいら、ちょっと気になっちゃうよ。
「六連くん、なにか買ったの?」
「……」
無視しないで、グスン。それとも、聞いちゃいけないことだったのかな。
それぞれの業界でタブーがあるから、いろいろ難しいよね。将棋だと助言禁止とか。
おいらたちは、丸亀くんのテーブルに腰をおろした。
六連くんはスポーツキャップをかぶりなおしながら、
「最近、どう?」
とたずねた。
丸亀くんはちょっと意外に思ったようで、
「六連がそういう質問をすると、なんか内偵されてる気がするな」
と、冗談めいた返しをした。半分くらい本気っぽい言い方だった。
「ひさしぶりに来たから、あいさつ代わりだよ」
「『遊戯の王子様』の禁止カードリストが更新されたこととか……まあ、これは六連なら知ってるか……あ、これも知ってるかもしれないけど、坂下がTRPGやめたらしい」
六連くんは眉をもちあげた。
「坂下がTRPGをやめた? 駒桜の坂下だよね? 理由は?」
「んー、理由は聞いてないな。飽きたのかもしれないし……うわさだと、ひとが変わったみたいにおとなしくなったらしいから、親に怒られたとか、事情はありそうだな。ただ、外野がどうこういうことでもないか」
「……」
六連くん、妙に真剣な表情。なんだか考え込んじゃった。
一方、丸亀くんは早乙女ちゃんのほうへむきなおって、
「こんにちは、早乙女さん、だったかな」
とあいさつした。あれ? 知り合いなの?
早乙女ちゃんも顔見知りみたいで、
「先日はゲームにつきあっていただいて、ありがとうございました」
と返した。うーん、ほんとに知り合いなんだ。
おいらは早乙女ちゃんに確認する。
「このお店、来たことあるの?」
「ええ、1度だけ」
「ふーん……トレカ始めたとか?」
「日日杯のミーティングのあとで入ったの。ランチ」
あ、ここ、食事ができるんだ。壁にメニュー表が書いてある。
けっこう何でも屋さん。
おいらがきょろきょろしてると、丸亀くんは、なにか注文するかと訊いてきた。
遠慮する。スタジアムでお弁当食べたいんだよね。
おいらは自己紹介をしてから、今の状況を簡単に説明した。
「おいらたち、カァプの試合まで時間潰しに来てるだけなんだ」
「あぁ、野球観戦か。六連が野球観戦なんてめずらしいな」
丸亀くんは、六連くんのほうを見た。六連くんは思考の海に沈んでいる。
「おーい、六連、どうした? 坂下の引退がそんなにショックか?」
「あ、いや……呼んだ?」
「六連が野球観戦なんてめずらしいな、って言ったんだよ」
「早乙女さんに誘われたんだ。この店に寄る用事があったから、みんなでついでに」
六連くん、そういう言い方は早乙女ちゃんに悪くないかな。
そこはオブラードに包もうよ。
と言っても、早乙女ちゃんは早乙女ちゃんで飄々としてるから、気にしてなさそう。
「暇つぶし、ね。だったらゲームでもやる?」
あ、そういう流れ。でもさ、O道からH島までけっこう遠いから、あんまり時間ないんだよ。在来線だと1時間半くらいかかる。壁の時計は4時半過ぎ。プレイボールは6時。
六連くんもそこが気になったみたいで、
「あと1時間くらいしかないけど、できる?」
と尋ねた。丸亀くんはちょっとだけ考えて、
「クトゥルフの短時間シナリオでもやる?」
と返した。
「僕はキャラシ持ってるけど、早乙女さんと魚住くんは持ってないんじゃないかな」
「1から作ると時間かかるな。早乙女さん、魚住くん、キャラシ持ってる?」
おいらたちは、持ってないと答えた。そもそも何のことかわからない。
丸亀くんはおいらが初心者だと気づいたっぽい。
「魚住くんは、どんなゲームが好き? あるいは、やったことある?」
「おいら、ゲームはあんまりやらないんだよね。釣りが趣味だから」
「釣りが趣味……だったらこのゲームにしよう」
丸亀くんは店長に頼んで、ゲームパックを1つ持ってきてもらった。
原始SUSHI
……………………
……………………
…………………
………………なにコレ。
丸亀くんは解説をはじめた。
「タイトルからお察しのとおり、バカゲーだよ。みなさんには原始人に生まれ変わって、寿司を作ってもらいます。作れたらクリアです」
単純だね。
丸亀くん、急に《ですます》調になった。これがゲームマスターってやつ?
丸亀くんは、このゲームをやったことがあるかどうか尋ねた。
みんな「ない」と答えた。六連くんも、バカゲーのたぐいはやらないっぽい。
「では、簡単にルールを説明します。クリア条件は、原始人になって【寿司】を作ることです。プレイヤー間の対戦要素はありません。協力して作ります」
ここで早乙女ちゃんが手を挙げた。
「原始時代には酢飯がないのではありませんか?」
「ご明察です。【寿司】を作ると言っても、私たちが知っている寿司を作るわけではありません。みなさんが【寿司】だと思うものを作ってください」
早乙女ちゃん、ここでまたつっこむ。
「それなら、地面に落ちている石を拾い上げて『これが寿司だ』といえば、それでゲームセットでは?」
「じつのところ、このゲームは簡単に終わらせようと思えば5分で終わります。が、とりあえず、ルール説明をすこし聞いてください。みなさんが【寿司】と呼ぶものは、なんらかの食材の上に海産物が乗っているもの、でなければなりません」
早乙女ちゃんはようやく納得顔。
「道に落ちている石を拾い上げて【寿司】だと言い張るのはアウト、道を這っている虫を捕まえて、それに海藻を乗せて【寿司】だと言い張るのはOKなわけですね」
「正解です。ですから、ゲテモノでもクリアになります」
「そして、うまく作れたほうが点数が高い、と」
「あ、そこはちがいます。このゲームは【寿司】を完成させたら終わりです」
「……勝敗は?」
「純粋にプレイを楽しむゲームなので、勝敗はありません。楽しければOK」
「ものを組み合わせてクリアでは、楽しむのがむずかしくありませんか?」
「そこで、原始人という設定が活きてきます。みなさんは【言語】【技能】の中から取得した行動しかできません。キャラシを配りますね」
丸亀くんは、おいらたちに紙を渡した。
〔キャラクターシート〕
《プレイヤー名》
《キャラ名》
《基礎スキル》
体力 攻撃 回避
《言語》
《技能》
《言語リスト》
みず ひ かぜ つち すな いし くさ き ひかり やみ
ぼう ひも ほね け つめ きば かみ て あし あたま
けもの さかな むし とり かに かい かめ いるか いぬ ねこ
いく さがす ねる たおす さす きる つく たたく ひく ぬる
《技能リスト》
泳ぐ 登る 噛みつく 飛び越える 深く潜る 手なづける 閃くかもしれない
植物鑑定 料理 工作 絵 火起こし 天気予報 薬草
うわぁ、なんだこれ。語彙が少なすぎる。
おいらは丸亀くんに、
「これで会話できるの?」
と尋ねた。
「そこをなんとかするゲームです」
あ、ようするにコミュニケーションを取るゲームか。
「追加キットとして【好き嫌い】や【病状】もありますが、今回は基本セットだけでいきましょう。では、キャラシを作成してください。【基礎スキル】はサイコロを振って1から6までの数字を書き込みます。【言語】の単語数は4に設定しましょう。さらに、肯定をあらわす『うほ』と、否定をあらわす『うぅ』は最初から使えることにします」
なるほどね。スキルはだいたい理解できるから……ん、一個だけ謎なのがある。
「閃くかもしれない、っていうのは?」
「それはダイスを振ってランダム効果が出ます。ランダム表は別にあります」
某RPGの呪文みたいな感じかな。初心者向きじゃないっぽい。
六連くんはサイコロを振りながら、
「名前を考えるのがめんどくさいんだけど、てきとうでもいい?」
とたずねた。
「かまいませんが、1文字とか紛らわしいのはやめてください」
「じゃあ、すばすば」
名前の2文字をかさねてるわけか。おいらもそうしよ。
こういう初見の手合いは、悩んでもしょうがないんだよね。
将棋で見たことのない手を指されたときと一緒。ちゃちゃっと作成。
「それでは、おたがいに紹介してください。まずは六連くんから」
「僕のキャラシはこれ」
《プレイヤー名》
六連昴
《キャラ名》
すばすば
《基礎スキル》
体力 2 攻撃 2 回避 3
《言語》
ぼう いし ひも ほね
《技能》
料理 工作 薬草
「サイコロの目が悪くて、貧弱キャラになったよ。【攻撃】スキルがある以上、バトルはあるみたいだし、後方支援に回らせてもらう」
「なるほど、次に早乙女さん、どうぞ」
「私のキャラシはこれよ」
《プレイヤー名》
早乙女素子
《キャラ名》
もともと
《基礎スキル》
体力 6 攻撃 5 回避 2
《言語》
けもの さかな さがす たおす
《技能》
泳ぐ 火起こし 狩る
「脳筋キャラなので、狩猟に集中します」
「なるほどなるほど、では最後に、魚住くん、どうぞ」
「おいらはこれ」
《プレイヤー名》
魚住太郎
《キャラ名》
うおうお
《基礎スキル》
体力 4 攻撃 4 回避 3
《言語》
いく うみ やま さす
《技能》
泳ぐ 釣る 植物鑑定
こういうの初めてだけど、がんばって作ってみたよ。どうかな。
「なるほど、釣りをするわけですね」
「寿司ネタには欠かせないからね」
おいらの説明に、丸亀くんはなにも反応を示さなかった。
あれ、おいら、なにか勘違いしてる?
「では、GMは不肖、丸亀が務めさせていただきます。原始人のみなさんは、新しい食べもののかたちを求めて、旅に出ることになりました。ゲームスタート」
……え? それだけ?
おいらは、
「なにか誘導とかないの?」
と尋ねた。
「ありません」
「うーん、だったらとりあえず場所の移動だよね……」
「うおうおくん、その台詞はしゃべれませんよ」
あ、そっか。えーと……えーと……そうだ。
「海行くッ! 海ッ!」
「「うほ」」
六連くんと早乙女ちゃんの原始人演技、なんか笑える。
「では、みなさんは海へ到着しました」
ここで釣りをして、そのへんの植物を採取すれば終わり。
おいら、賢い。
ところが、ここでおいらは困った。
「えーと……ごめん、GMへの質問も原始語になるの?」
「ルールに関する質問は、普通にしゃべっていただいてけっこうです」
「おいら、【釣る】の技能を持ってるんだけど、どうやって使うの?」
「『スキル 釣る』と言うだけです」
「ありがと。スキル、釣る」
「うおうおくんは釣りざおを持っていませんね」
……………………
……………………
…………………
………………あ、そういうゲームなんだ。
おいらたち、毛皮の服以外はなにも持っていない設定かな。
それとも、すっぽんぽん?
「六連くん、釣り……」
「あ、ダメですよ、日本語で相談しちゃ」
しまった。ルール違反。
とはいえ、初心者だから許してね。
丸亀くんも手心を加えてくれた。
「六連くんなら言われなくても分かってますか。ペナルティはなしです」
これを聞いて、六連くんはすぐにしゃべった。
「スキル、工作」
「すばすばくんは、工作できそうなものを持っていません」
「ぼう、ほね、ひも」
さすがは六連くん、対応が早い。早乙女さんも反応した。
「さがすさがす」
見事な連携プレイで、釣りざおゲット――
「砂浜に【ほね】と【ぼう】は落ちていましたが、【ひも】は見当たりませんでした」
え? マジ? これ詰んで……ないッ!
「GM、スキル、泳ぐッ!」
なんだ、最初からこれで良かったじゃん。
海鮮なんだから、なんでも拾ってくればいいんだよ。
「すばすばくんが海に入ると、奇妙な背びれが接近してきました。戦闘です」
「え?」




