11人いる!
※ここからは、駒込歩夢くん視点です。
はじめましてのひとは、はじめまして。そうじゃないひとは、こんにちは。
僕の名前は、駒込歩夢。
昨年度は姉さんがお世話になったみたいだけど、今年度からは僕の出番だよ。
よろしく。
今日は、駒桜市立高校の将棋同好会のミーティング。
2年生の箕辺先輩と3年生の松平先輩の3人で、学生食堂のテーブルを囲んでいた。
放課後の食堂は雑談スペースとして公開されている。学生もそこそこいた。
「というわけで、昨日のレストランでの件、なんとかなりませんか?」
箕辺先輩は、おっかなびっくりといった感じで、松平先輩に話しかけた。
松平先輩は、椅子にもたれかかって一言。
「ムリだな」
ばっさり切り捨てた。
「男女合併は重要な案件ですし、松平先輩も関係者ですよね?」
「その点なんだが……」
松平先輩は椅子をかたむけるのをやめて、テーブルにひじをついた。
「仮に合併するとしても、春の団体戦には間に合わないだろう。職員会議を通さないといけないからな。俺は3年生だから、どうせ秋の団体戦には出られない。となると、俺は利害関係人とは言えないんだ。辰吉たちでなんとかして欲しい」
「俺たちじゃ無理がありますよ。裏見先輩がノーって言ってますし」
「裏見が卒業するまで待つ、ってのはどうだ?」
松平先輩の提案に対して、箕辺先輩はあいまいな回答をした。
どうも足並みがそろわないね。
僕が傍観者に徹していると、松平先輩はこちらへ顔をむけた。
「歩夢は、どうしたい?」
「僕ですか? 僕はどっちでもいいです」
「だよな……」
僕は、個人戦にしか興味がないんだよね。
団体戦に出るのは構わないけど、積極的にはかかわらないよ。
松平先輩も僕の回答に満足したらしく、ウンとうなずいた。
「歩夢もこう言ってるし、合併を急ぐ必要はない。これが俺の結論だ」
松平先輩はそう言って、壁の時計をみあげた。
「っと、もうこんな時間か。学内模試が近いから、俺は先に失礼するぞ」
松平先輩は席を立って、食堂を出て行った。
姿が見えなくなったところで、箕辺先輩は大きくタメ息をついた。
「完全に尻に敷かれてるな……」
「松平先輩のことですか?」
箕辺先輩は、黙ってうなずいた。
だろうね。春の団体戦に間に合わないとか、秋の大会は出られないとか、いろいろ理由をつけてるけど、本心は裏見先輩と揉めたくないからだよ。姉さんはKYだったけど僕はKYじゃないから、こういう人間関係はちゃんと察しがつくのさ。
僕は水を飲んで、続きを待った。先輩は両手を合わせて、祈るように考え込む。
「……松平先輩を動かせないとなると、OBを動かすしかないな」
「あ、僕の姉さんはダメですよ。『どうでもいい』って言うに決まってます」
「それはなんとなく分かる……他にいないか?」
いないか、って言われてもね。
箕辺先輩だって、さんざん考えたうえで目星がつかないんだと思う。
それもそのはず。OB世代は男子の不祥事で部が潰れたことを知ってるから、今さら男子と合併させろとは言えない。特に、直近のOBは女子しかいないから、テコでも動かないだろう。
ただね、そもそもの部分が変じゃないかな?
「箕辺先輩は、なんで男女合併にこだわるんですか?」
僕の質問に、先輩は一瞬あせったような顔をした。
「え? そりゃ……男女合併したほうが戦力アップしていいだろ?」
「それだけですか? だれかに突っつかれてません?」
箕辺先輩は、そんなことはない、と答えた。
ほんとかなぁ。あやしいなぁ。
だってさ、男子将棋同好会って、3人しかいないんだよ。松平先輩は受験生だから、実質2人。箕辺先輩には悪いけど、団体戦で戦力になりそうなのは僕ひとり。そこまで揉めなきゃいけない案件じゃないと思う。
「ほんとに戦力強化のためだけですか? ほかに理由ありません?」
先輩はごまかしきれないと思ったのか、席を移動して小声になった。
「他言するなよ」
「口は堅いほうです」
先輩はポケットからプリントを取り出して、ひらいてみせた。
「部室の公募? 将棋部も応募するんですか?」
「シーッ、声が大きい」
僕も声を落とす。
「将棋部も応募するんですか? 人数がぜんぜん足りてませんよ?」
裏見、飛瀬、来島、葉山、馬下、福留、赤井。
ほら、4人も足りてない。と、そこまで考えて、僕はあることに気づいた。
「もしかして、男女合併って人数合わせのためですか?」
箕辺先輩はかるくうなずいた。
そんなことなら、最初から言ってくれればいいのに。
「男女合わせても10人ですけど、追加で1人くらいならなんとかなりそうですね」
「だろ? 4人はむずかしい。幽霊部員は、ほかのクラブから突っ込まれる」
「ですよねぇ……って、箕辺先輩、やっぱりだれかにせっつかれてません?」
箕辺先輩はギクリとした様子で、背を引いた。
「ど、どうしてそう思うんだ?」
「先輩って、あれが欲しいこれが欲しいってタイプじゃないですよね」
先輩は、ドンとテーブルをこぶしで叩いた。
「部室くらいは欲しいぞッ!」
「先輩、声が大きいです」
まわりに見られてる。
「コホン……ともかく、男女合併しないと話が進まない」
その話を進めないといけない動機が分からないんだけどね。
箕辺先輩に圧力をかけられそうなのって、女子将棋部の上級生か同級生でしょ。
3年生は裏見先輩しかいないから除外するとして、同級生の誰か。
候補は飛瀬(女子将棋部主将)、来島(同部長)、葉山(同幹事)の3人。
飛瀬主将はなさそうかな……いや、ああいうのが意外と強欲セレブだったり。
あるいは、来島部長……うーん……付き合いが短いから、なんとも言えない。
やっぱり、葉山先輩かなぁ。「もらえるものはもらっちゃえ!」ってね。
「歩夢、なにかアイデアはないか?」
「1年生に相談とか、連盟会長の名が泣きますよ」
「そういうなよ……ほんとに悩んでるんだぞ……」
箕辺先輩は人がよすぎるんだよね。はっきり分かる。
こんなの「俺と関係ないだろ」で終わらせられるのに。
僕は自販機で買ったパック入りジュースをチューチューして、しばらく考えた。
「……なにも思い浮かびません」
「そうか」
先輩は、がっくりと肩を落とした。
「ただ、ひとつアドバイスがあります」
「お、なんだ?」
「男女合併が認められるかどうかはともかく、女子将棋部の部員を増やす努力は、したほうがいいです。運良く4人集まったら合併の必要がありませんし、合併するにしてもあとひとり足りません。新歓はじきに終わりますから、早く動かないと手遅れになりますよ」
箕辺先輩は「そうだな」と言って、また表情が暗くなった。
「来島といっしょに頑張ってはいるんだが、なかなかつかまらない」
そりゃ将棋だからね。いくらブームとは言え、大量には来ない。
「とりあえず勧誘ポスターを作って、掲示板に貼ってみては」
「それなら、もうやってるぞ」
先輩は、見本をみせてくれた。
【将棋部員・将棋同好会員募集】
◇場所 女子:2号館3階 男子:食堂
◇活動日 月〜金の放課後(大会は日曜祝日)
◇大会 個人戦(男女4月・9月)、団体戦(女子のみ5月・11月)
◇担当者 女子:来島遊子(2年2組) 男子:箕辺辰吉(2年2組)
ふぅん、なるほど、箕辺先輩もちゃんと動いてるわけか。
「毎日活動っていうのは、ちょっと気になりますね」
「最初はおどしといて、あとから週2〜3にしとけばいいだろう」
それじゃ見学にも来ないんじゃないかなぁ。
ま、僕には関係ないからね。しょうがないね。
「分かりました。1年生で将棋に興味のある子がいたら、声かけしときます」
「頼んだ」
僕たちは、そこで解散になった。
箕辺先輩は、いったん教室にもどると言って消えた。
僕はカバンを持って、校庭に出る。
ランニング中の運動部を横切って校門にさしかかったとき、名前を呼ばれた。
「おい、歩夢」
ふりかえると、不破さんが立っていた。
一番うえのボタンをはずして、上着を腰に巻いている。
あいかわらずだらしない格好だなぁ。制服はちゃんと着ないとダメだよ。
「歩夢、元気してるか?」
「可もなく不可もなくだよ」
「今日は将棋サークルやってないのか?」
「男子は最近低調なんだ」
女子のほうは、部室でわいわいやってるんじゃないかな。
食堂でずっと活動するっていうのは、なかなかむずかしいように思う。
僕がそのへんの事情を伝えると、不破さんは、
「なんだなんだ、高校生のくせに陰謀じみたことするなよ」
と言った。
「だね。そのあたりは気が合うよ」
「へへへ、だろ……ところで、なにか忘れてないか?」
「忘れ物? カバンはちゃんと持ってるよ?」
不破さんは、またまた、と言った感じで、僕をひじで小突いた。
「個人戦優勝のお祝いだよ、お祝い」
「あ、そうだ、まだ言ってなかったね。おめでとう」
「サンキュ、今日は歩夢のおごりな」
……………………
……………………
…………………
………………
「え? なにを?」
僕の質問に、不破さんはキョトンとした。
「なにっておまえ……ゲシュマックで特製パフェに決まってるだろ」
「えぇ? いつそんな約束したの?」
不破さんは前髪をかきあげて、タメ息をついた。
「あたしと歩夢の仲だろ。それくらい察しろよ」
「いや、お気持ちで攻められても困るんだけど」
「ハハハ、気にするな。細かいことはおいといて、ゲシュマックにレッツゴー!」
不破さんは僕の背中を叩くと、そのまま腕をひっぱった。
僕は為されるがままに、校門をあとにした。




