345手目 もふもふ
***** 翌日の放課後、升風高校を襲撃中 *****
「ふえ? 来年度の運営?」
ここは升風高校将棋部の部室。あいかわらずお堅い感じだなぁ。本棚には将棋の本ばっかりで、漫画は置かれていない。市立はこっそり入れてたりするのに。
中央には長机が2つ。それぞれに椅子が2つ。将棋盤も2つで、どちらも占拠されていた。部内戦かなにかかな。押しかけたタイミングが悪かったかも。
かわいげな女の子――もとい、男の娘は、ぽかんとしていた。
「まだ7月だよぉ。来年度の話をすると将棋のカミサマに笑われるよぉ」
「だれがなにをするか、予定がたってたりしません?」
あたしの質問に、葛城先輩はじとーッとしたまなざしをかえす。
「それを聞いてどうするのぉ?」
「え、その、まあ、心の準備とか……」
あたしは、しどろもどろになった。うしろで笑い声が聞こえる。
かっちゃんこと曲田勝己と、ジョージこと獅子戸譲二だった。
ふたりは対局をとめて、こっちに顔をむけた。
先に口をひらいたのはジョージだった。
「あずさ、さすがにおまえじゃ役員はムリだよ」
むかぁ! んなことはわかってるっつーのッ!
「べつにあたしがなりたくて訊いてるわけじゃないから」
「じゃあ、『心の準備』ってなんだよ?」
ぐぬぅ、痛いところを突いてくる。
「ほら、周りの子が会長とかになったら、サポートする必要があるじゃん?」
ジョージはしたり顔で、
「ははぁん、さては、よもぎが役員かどうか調べに来たな?」
と言った。むむむ、福留あずさ、ピンチ。
もみじちゃん、助けて。目配せでヘルプを求める。
もみじちゃんは、おずおずと助け船を出してくれた。
「高校生同士で腹のさぐりあいをしてもしょうがないので、単刀直入に言いますが、密室会議で決まるという現状のやり方はどうなのかな、と……頼まれた方も断りにくいと思いますし、県の役員は互選になっているそうなので、駒桜でもそういう制度があっていいんじゃないでしょうか」
葛城先輩は、むずかしそうな顔をした。
「うーん、県の役員は全国大会のセッティングがあるから、日本高校将棋連合の規約で選出方法が決まってるんだよぉ。市はべつにそういうのはないよぉ。それに、そこまでしないといけないほどの重職でもないよねぇ。ボクだって、たっちゃんたちと定期的に会議したり大会の司会してるだけだしぃ」
葛城先輩にも一理ある。もみじちゃんも、本音でそこを批判してるわけじゃないと思うんだよね。あくまでも、よもぎちゃんが副会長を嫌がってるのはなんでなのか、その理由を知りたいだけ。いおりんの言ったことがほんとうなら、升風が一枚噛んでるんじゃないかな、という気がしている。
あたしは積極的に質問してみた。
「担当の学校は、どうやって決まってるんですか?」
「担当? 学校枠はないよぉ。どの生徒にやって欲しいかだけだよぉ」
「ほんとうですか? 葛城先輩、じぶんが選ばれた経緯をくわしく知ってます?」
「……知らないねぇ」
「ですよね。ってことは、蔵持先輩と鞘谷先輩とのあいだで、『升風は1枠決定』みたいな談合がなかったとも言えなくないですか?」
どや、さりげなく「升風は1枠決定」というキーワードを入れてみた。いおりんの言ったことがほんとうなら、ここで反応するはず。
ところが、アテははずれた。
「ん〜、そんなことする意味あるのかなぁ。すくなくとも、ボクとたっちゃんの世代ではそれはしないよぉ。めんどくさいしぃ」
これは……ほんとに枠がないのかな。いおりん、ガセ情報だった?
噂がめぐりめぐって、変な解釈をされた可能性もあるんだよね。例えば、来年度は升風から出るんじゃないか、っていう憶測が、いつのまにか断定調になってたり。
あたしが考え込んでいると、葛城先輩はじとーッとした視線をまたむけてきた。
「そもそもさぁ、なんでそれにやたらこだわるのぉ? もしかして、ピ○チュウフードの女の入れ知恵じゃないよねぇ?」
「えッ……来島先輩はなんにも関係ないですけど……」
「ほんとかなぁ……ふえ?」
スマホの振動音。葛城先輩は、ポケットからピンクのスマホをとりだした。
「あ、ボク、ちょっと用事ができたから、またあとでねぇ」
葛城先輩は部室から出て行った。ひとまず胸をなでおろす。
「ふぅ……なんか最後、怖かったな」
あたしがそう言うと、ジョージが笑った。
「逆鱗に触れるところだったな。葛城先輩、来島先輩とは仲悪いっぽいぞ」
「え、マジで?」
「ああ、ほんとに来島先輩の差し金じゃないのか?」
「いやいや、ちがうから。っていうか、ジョージこそあたしをからかってないよね? 来島先輩と葛城先輩、ふだんの大会だと仲よさそうじゃん」
「さぁな、理由はよくわからん。ま、ひとの相性ってあるだろ。兎丸と虎向がなんで仲良くつるんでるのかって訊かれても、答えはない。それと一緒だ」
ジョージ、髪型がライオンヘアーなわりに、けっこういいこと言うじゃん。
と、感心したのもつかの間、すぐに都合の悪いところを突いてきた。
「でさ、さっきの話にもどるけど、よもぎが役員かどうか確認しに来たんだろ?」
「えッ……そういうわけじゃないけど……」
「隠さなくてもいいぜ。俺たちも1ミリくらいは気になってるんだ。な、勝己?」
ジョージは、向かいに座っているぼさぼさ頭のかっちゃんに声をかけた。
かっちゃんは、あんまり興味がなさそうな顔をする。
「僕はどうでもいいかな」
「そう言うなよ。俺たちだって、会計くらいはお鉢が回ってくるかもしれないぜ」
会計は誠だと思うんだよねぇ。ま、そこは言わないでおこう。
それよりも、今の発言で気になるところがあった。
「『会計くらいは』って言ったよね? 会長と副会長はあきらめてるの?」
ジョージはめんどくさそうに自分の肩を揉みながら、
「そんなの決まってるだろ。会長は兎丸だよ」
と答えた。あ、うん、なるほど、1年生でそこを疑ってるひとはいないわけか。
念のため、かっちゃんにも確認しておく。
「かっちゃんも、兎丸が会長だと思う?」
「僕はほんとにだれでもいいんだけど……」
「笑魅ちゃんとかいおりんは、さすがにきびしくない?」
「そう? 林家さんって、わざと笑いをとりにきてるだけで、事務作業を任せたらなんだかんだやってくれそうだよね。高崎さんだって、中学のときはバスケ部の主将だろう」
うッ、論破された雰囲気がある。
とはいえ、かっちゃんもその点にこだわってるわけじゃないっぽくて、
「まあ、会長は兎丸くんが適任だとは思うね」
と付け足した。
「じゃあ、ジョージとかっちゃんに訊くけど、副会長は?」
ジョージは笑った。
「ほらみろ、そこで『よもぎだ』って言って欲しいんだろ?」
「い、いや、そういうわけじゃなくてさ……」
「だいたいアレだろ、俺たちの賛成票をもらったって、最後に決めるのは上級生なんだ。意味ないんじゃないのか?」
マズいなあ。あたしたち、よもぎちゃんの選挙カーじゃないんだけど。よもぎちゃんが副会長になりたがらないのはなぜなのか、なんだよね。そこの真相を知りたい。
事情を知らないジョージは、さらにまくしたてた。
「つーかさ、この票集めって、よもぎが自分で頼んだのか?」
「いや、票集めじゃなくてさ……」
「ま、ちがうよな。よもぎがそういうことするとは思えないし……よもぎは副会長になりたがってるのか? あずさたちが勝手に応援演説してるわけじゃないよな? 兎丸が会長で、よもぎが副会長……悪くはないけど、ちょっとおとなしすぎる気もするな。兎丸と虎向のほうが、メリハリがあっていいんじゃないか」
あ、うーん……いきなり核心部分に飛ぶのか。これはこれで対応に困る。
「ジョージたちに訊きたいんだけど……よもぎちゃんが、副会長はやりたくない、って言い出したら、どういう理由があると思う?」
ジョージとかっちゃんは顔を見合わせた。
先にジョージが答える。
「それって……いや、仮定の話として聞いとくぜ。ふつうに考えたら、めんどくさい、だよな。給料が出るわけじゃないし、特別感謝される仕事でもない。でも、よもぎは中学のとき生徒会長やってたもんな。そういう理由じゃないと思う。むしろ……メンバーだな」
「メンバー?」
「これはあくまでも仮定の話だぜ。もし副会長に就任したくないとしたら、それは会長候補が気に入らないか、あるいは、ほかのやつに副会長になって欲しいか、どっちかだろ。よもぎが兎丸を嫌ってるっていうのは、まあないよな。ってことは、虎向にゆずるつもりなんじゃないか?」
「ゆずる理由は?」
ジョージは右手をあげて、知らないというポーズをとった。
「仮定の話だからな、あくまで……勝己は、どう思う?」
かっちゃんはしばらく動かなかった。考えてるときの癖だね、これ。
「……譲二の分析が完璧だから、とくに付け加えることはないかな」
「へへへ、だろ」
「いずれにせよ、ここまでは仮定の話だよね。リアルがどうなってるかを確かめるには、本人に訊くしかないんじゃないかな」
あたしはびっくりした。提案が大胆だったからだ。
「かっちゃん、けっこうワイルドだね」
「そうかな。真偽を確かめるには事実をみるしかない、ってだけだと思うけど……っと、葛城先輩がもどってきた」
部室のドアがひらいた。葛城先輩がスマホ片手に入室した。
「あ、なにを話してるのぉ?」
葛城先輩は、好奇心をこちらにむけてきた。ヤバイヤバイ。ヘルプ。
かっちゃんが、まっさきにうまくフォローした。
「今の会長・副会長は、いいコンビですよね、って話です」
この言葉に、葛城先輩はご満悦だった。
「えへへぇ、だよねぇ、たっちゃんのベストパートナーは、やっぱりボクぅ」
な、なんか黒いオーラを感じる。ここらへんで退散しましょうねぇ。
○
。
.
というわけで、すべては徒労に終わったわけだけど――
「ん〜、タマちゃん、もふもふぅ」
あたしは神社の縁がわに寝転がって、タマちゃんをもふもふしていた。
タマちゃんはほんとに人懐っこいから、頬ずりしても嫌がらないんだよね。
まわりは夕暮れどき。もみじちゃんは用事があるとかで、先に帰った。
あたしはついでと言った感じで、駒桜神社に寄った。
人気はない。蝉が静かに鳴き始めていた。
「あずささん、いらっしゃったのですか?」
名前を呼ばれて、あたしは起き上がった。
巫女さんの服を着たよもぎちゃんが、お盆を持って立っていた。
「タマちゃんをもふもふしに来たよ」
「そうですか……餌を持って来たので、こちらに置かせていただきます。ごゆっくり」
よもぎちゃんは、お盆を置いて、この場から立ち去ろうとした。
あたしは引き止める。
「今、いそがしい?」
「……いえ、売店は終わりました」
「だったら、いっしょにもふもふしようよ」
てきとうな口実。よもぎちゃんは、あたしのとなりに座った。
あたしはタマちゃんを撫でながら、かっちゃんの言葉を思い出す。「真偽を確かめるには事実をみるしかない」――簡単に言ってくれるなぁ。それができたら、喫茶店を出たところでとっくに聞いてるって。でも、的を射てる。それしかないよね、やっぱ。
「よもぎちゃん、聞きたいことが……」
「あずささん、聞いていただきたいことが……」
あたしたちは声がぶつかってびっくりした。
おたがいに顔を見合わせる。
「よ、よもぎちゃんからでいいよ」
「い、いえ、あずささんからで」
「よもぎちゃんからで」
あたしの押しの強さに、よもぎちゃんが折れた。
「すみません、では私から……じつは、先日、古谷くんから、来年度の副会長にならないか、というお誘いを受けたんです。練習試合のときから、これが2回目で……」
あ、うん、知ってる。スパイしてたからね。
「へ、へぇ、そうなんだ……で、引き受けるの?」
よもぎちゃんは、もぞもぞした。巫女さんの衣装が、衣擦れの音をおこす。
「あの……できれば引き受けたいのですが……」
「え、ほんとッ!?」
あたしのすっとんきょうな声に、よもぎちゃんは、
「わ、私が副会長ではダメですか? ほかのひとが嫌がっているとか?」
と尋ねた。
「そ、そ、そんなことないよ。でもさ、だったらなんで返事を先延ばしにしてるの?」
よもぎちゃんは、夕焼けでもはっきりとわかるほど赤くなった。
「こ、これは古谷くんには絶対に言わないで欲しいのですが……じつは、私、古谷くんのまえにいるときだけ、すごく恥ずかしくなるんです……なにかの病気かな、と思うこともあるんですが、ほかのひとだとならないですし……だから、私、古谷くんとは相性が悪いのかな、とか、そういう気がして……あずささん? どうしました?」
……………………
……………………
…………………
………………ふッ、あほくさ。
あたしは縁がわに寝っ転がって、タマのお腹を顔のうえに乗せた。
「タマちゃ〜ん、あなたのご主人さまがノロケ話で圧をかけてくるの〜」
「ニャー」
「ど、どうしました? あずささん? 話はまだ途中ですよ?」
聞いてられるかぁ! どこまで純なのッ!? 幼稚園児ッ!?
幼稚園児でも恋愛感情は理解してるっしょッ!?
じゃけん、もふもふしてこの話は全部忘れましょうねぇ。もふもふもふ・・・




