344手目 スリーポイントシュート
***** 少女たち、容疑者の応接間で待機中 *****
うーん、なんだか落ち着かないね。
ここは、駒桜市内にある姫野先輩のおうち。おうちっていうか、豪邸? 応接室に通されたあたしたちは、緊張ぎみ。シャンデリアがある部屋とか、はじめて入ったかも。他にも、大理石でできた暖炉の囲い(マントルピースだっけ?)とか、やたら背もたれが装飾されてる椅子とか、いろいろ。床は絨毯が敷き詰められていた。うちのキッチンにあるようなぺらぺらじゃないやつ。
となりに座っているもみじちゃんも、きょろきょろしている。
「いきなり押しかけて、よかったのでしょうか……ポーン先輩が下宿中とはいえ、姫野先輩ご自身はK都ですし……」
「話が通ったからいいんじゃない?」
「まあ、部屋へ通して会わないということはないと思いますが……しかし、ポーン先輩がよもぎさんに圧力をかけたというのは、あまり信じられません」
「そうかな。今の会長って箕辺先輩と葛城先輩だけど、それまでは升風・藤女のペアだったらしいじゃん。だったら、横取りされた役職をもどしたがるかもしれないよ」
もみじちゃんは、微妙そうな顔をした。
「こういうとたいへん失礼かもしれませんが、琴音さん以外で藤女となると、笑魅さんか伊織さんですよね……ありえなくないですか? それなら、まだ獅子戸くんか曲田くんのほうがありえるような……」
「もみじちゃん、ひとり忘れてるよ」
「?」
「レモンちゃんだよ、レモンちゃん」
もみじちゃんはきょとんとした。
「レモンさんは中学生ですよね?」
「中学3年生だから来年は高1だよ。会長・副会長の選出って、じつは学年制限がないって聞いてるよ。よもぎちゃんが辞退したら、2年生に適任者なしで、1年生に繰り下がるかもしれないじゃん」
「あ、なるほど……レモンさんなら、実力的にも性格的にもOKですか……レモンさんは将来的に副会長ではなくて会長になると思いますし……」
「でしょ。藤女はレモンちゃんを候補に立てる予定でよもぎちゃんに……」
あ、ドアがひらいた。ポーン先輩が姿をあらわす。白いワンピースを着ていた。
「Guten Tag, Frau Fukudome und...」
ポーン先輩は、変装したもみじちゃんをけげんそうにみた。
「もうしわけございませんが、どちらさまでしょうか?」
「あずささんの友だちで、鈴木花子と言います。はじめまして」
全国の鈴木花子さんには悪いけど、すっごく偽名っぽい。
だけど、ドイツ人のポーン先輩は、まったく疑問に思わなかったようだ。
「Frauスズキ、es freut mich Sie zu sehen」
ふたりは握手した。さすがにスキンシップじゃ変装はバレないよね。
とりあえず、あたしのほうで対応する。
「いきなり来ちゃって、すみません」
「オホホ、すこしヒマをしておりましたので、もーまんたいですわよ」
このひと、ときどき変な日本語をおぼえてるよね。
同級生が仕込んでるのかな。それとも、将棋部かな。
ポーン先輩はテーブルをはさんで、椅子に腰かけた。
メイドさんがコーヒーを持ってくる。しまった、さっき飲んじゃった。
2杯までならOKかな。カフェイン。
カップとお皿が置かれた。白地に青い模様だった。砂糖はガラスの瓶に、ミルクは銀色の容器に入っていた。壊さないように注意、と。お小遣いがなくなりそう。
「さて、本日のご用件は?」
「えーと、ですね……来年度の運営について質問が……」
「来年度の運営は、Frauフクドメたちのお仕事ですわ。わたくし、3年生ですのよ」
「その件で、だれがなにをするか、ご存知でないかな、と……」
ちょっとストレートすぎたかな、質問が。
「Hmm……じつは、わたくしもあまり存じておりませんの」
「箕辺先輩から、なにかうかがってませんか?」
ポーン先輩はコーヒーカップをお皿に置いた。
いきなりお説教が始まる。
「わたくしは日本の文化には愛着がございますが、ダンゴウはよろしくありませんのよ。みんなで話し合って決めるのが、ミンシュシュギというやつですわ。HerrミノベとHerrカツラギが会長、副会長になったときも、ほかの2年生にはなにも相談がございませんでしたし……あ、これは今のメンバーに不満があるというわけではありませんので、誤解のなきように。オホホホ」
なるほど、ようするに、密室で決まってるわけか。
でもでも、ポーン先輩がもみじちゃんに圧力をかけなかった証拠にはならない。
あたしはちょっとカマをかけてみる。
「ポーン先輩は、来年度の会長がだれになると思ってますか?」
「会長はHerrフルヤで決まりかと思いますわ」
「副会長は?」
この質問に、ポーン先輩は即答しなかった。
「そうですね……3人ほど候補がいらっしゃるかと」
3人? だれだろ?
「だれとだれとだれですか?」
「まず、Frauコマサゲは副会長にお似合いかと思います」
ポーン先輩の話し方からして、敵意は感じないね。
筆頭にあげて来てるし、今回の推理もまちがいだったかな。
「ほかの2人は?」
「Herrフルヤと言えば、Herrアラマキですわ。このコンビもアリかと」
これも予想の範囲内かな。じゃあ、3人目は琴音ちゃん?
「3人目は?」
「Herrイツミも可能性ゼロではないと思います」
あッ……誠か……忘れてたわけじゃないけど、あんまり副会長ってイメージではないかな。誠はどっちかっていうと会計だよ。眼鏡をくい〜ッっとさせて「春の大会で予算を使いすぎました。秋は引き締めていく必要があります」とか言ってそう。
「ところで、Frauフクドメは、なぜそのような質問をなさるのですか?」
「あ、いえ、やっぱり来年度の運営もたいへんそうなので、なにか準備しておかないといけないかなぁ、と……このコーヒー、美味しいですね」
話をズラそう。よもぎちゃんにつながる情報はないみたい。
「コピ・ルアクといって、最高級のKaffeeですのよ」
さすがは、お嬢様。
じゃけん、コーヒー飲み得ということでさよならしましょうねぇ。
***** 少女たち、公園のトイレでXXX中 *****
げろげろげろ……ウ○コじゃん。
「ど、動物の糞からつくるコーヒーがあるとは聞いていましたが、飲んだのは初めてです」
「これ病気になったらどうするのッ!?」
「さすがに市販されているもので病気にはならないかと……」
お金持ちが考えることはよく分からん。ぷんぷん。
あたしたちは公園のトイレから出た。
あたりはすっかり夕暮れどき。もう7時か。6月の西日本だから日の入りは遅い。まばらな木々の影が、ジャングルジムやブランコに長い影を落としていた。
そろそろ帰ろうかな、と思っていると、なにかがぶつかる音が聞こえた。
ふりかえると、バスケットコートにジャージ姿の女の子が。
「いおりんじゃん」
名前を呼ぶと、いおりんはシュートの体勢をくずした。
「ん? ……なんだ、あずさか」
あたしはいおりんのほうへ歩み寄った。
「なにやってるの?」
「見りゃ分かるだろ。シュートの練習。あずさたちこそなにやってんだ?」
あたしはポーン先輩に変なコーヒーを飲まされたことを話した。
すると、いおりんは、
「アッハッハ、おまえらもウ○ココーヒー飲まされたのか」
と笑った。あいかわらずデリカシーがないなぁ。
「いおりんも飲んだの?」
「藤女の部室でみんな飲まされたぞ。けど、うまかったな」
それは否定しない。ネットで調べてみたら、めちゃんこ高かった。
「それにしても、なんでおまえらがポーン先輩の家に?」
あ、ダメだ、余計なことしゃべったかも。
ごまかしかたに迷う。
「な、なんて言えばいいのかな……来年度の運営、みたいな?」
「来年度の運営なんて今考えてもしょうがないだろ?」
だよね。これが普通の反応だと思う。まだ夏の県大会も終わってないし。
「そういや、運営で思い出したけど、なんか妙な話を聞いたな」
「妙な話?」
いおりんは、バスケットボールをひとさしゆびで回した。
「オレに3Pシュートで勝ったら教えてやるぞ。負けたらジュースをおごれ」
教える気がないわけね。いおりん相手にバスケはなぁ。H島県内でも有名な選手らしいし、ちょっと勝ち目がない。と思っていたら、もみじちゃんが一歩前に出た。
「あの〜、私と勝負しませんか?」
いおりんは、ぽかんとした。もみじちゃん――の変装した顔をのぞきこむ。
「おまえ、見かけない顔だな。どこの学校だ?」
「市外です。それより、3Pシュートで勝ったら教えていただけるんですよね?」
「ま、そうだけど、おまえ、ボールが届くのか?」
「大丈夫です」
え? ほんとに大丈夫なの?
あたしが止める間もなく、ふたりはゴールのまえに立った。
「FIBAルールでやるぞ。だいたいこのへんからだ」
いおりんはシューズで地面にラインを引いた。
けっこう遠い。5メートル以上離れてる。
「3Pシュートのルールは知ってるか? このラインを踏まないでシュートするか、あるいは、飛び越えながらシュート。勝敗は……交互に投げて3本先取にするか。2人とも3連続で決めたらサドンデスな」
「わかりました」
勝負が始まった。いおりんが先攻。
いおりんは片手でボールをドリブルして、両手にかかえた。背筋を伸ばす。
さっきまでの余裕は消えた。集中力が伝わってくる。
「……」
スッとボールが投げられた。
パサッ
ボールは綺麗な放物線をえがいて、ゴールの網へ吸い込まれた。
「よし、交代だぜ」
もみじちゃんはゴール下からボールを回収した。ラインのうしろに立つ。
そもそも届くの、これ? あたしだと無理そう。
もみじちゃんはしばらく目をつむり、呼吸をととのえた。
なんかへっぴり腰にみえる。
「……えい」
パサリ
……………………
……………………
…………………
………………あ、入った。
いおりんはヒューと口笛を吹く。
「うまいな、おまえ。フォームはめちゃくちゃだけど」
「ありがとうございます。次は伊織さんですね」
「ん? オレ、名前言ったか?」
「さっきあずささんが言ってました」
言ってないね。いおりんとしか呼んでない。だけど、言ったことにしておこう。
いおりんはボールを回収して、位置についた。遠くでカラスが鳴いた。
スッと腕が伸ばされ、ボールはゴールに飛び込む。シュート成功。
ふたたび、もみじちゃんのターン。
「……それ」
またまたゴール。いおりんはぐるりと肩をまわした。
「こりゃ本気でかからねぇとヤバいな。マジでどこの学校だ?」
いおりん、やたらとしつこく尋ねる。もみじちゃんは困ったらしく、
「え、えーと……ソールズベリーです」
と答えた。マズいよ、有名どころを答えるのは。
「マジか? バスケ部じゃないよな?」
「ち、ちがいますッ!」
「だよな……試合で見かけたことないし……っと、暗くなってきた。決着つけるか」
いおりんはもう一度軽くバウンドさせて、フォームをとった。
日の沈みは早い。みるみる暗くなってきてる。距離がとりにくいんじゃないかな。
「……」
いおりん、正確な動作でシュート――と思いきや。
ガコン
ネットを支えてる金具にぶつかった。
微妙な跳ね方。うまくいけば、内がわに転がりそう。
「入れッ!」
ドン……ダンダン……
ボールはゴールに入らず、外がわへ傾いて、そのまま地面に落ちた。
「くッ……」
いおりんは悔しそうな顔をする。
もみじちゃんは素早くボールを回収した。
太陽はもう住宅の向こうがわに消えていた。
もみじちゃん、がんばれ。
「……そい」
ガコン
ああぁあああああッ!
ボールがゴールのうえで静止する。内がわに落ちろ。
「外れろぉ!」
「入れッ! 入れッ!」
いおりんとあたしは大声を出した。
ボールはゆっくりと傾いて……ゴールの内がわに入った。
「マジかよッ! 風かッ!?」
いおりんは頭をかかえた。
一方、もみじちゃんはホッとしたようすでもどってくる。
「き、緊張しました」
「もみじちゃん、すごいよ」
「さすがに忍術学校で体技がドベでも、これくらいはできます……神崎先輩なら50メートル先でも入れられると思いますが……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、なにも」
あたしはいおりんに催促する。
「さあさあ、教えてもらいましょうか、その特ダネとやらを」
いおりんはボールをポンポンやりながら舌打ちした。
「チッ……つっても、別に大した話じゃないんだけどな」
「それはあたしが判断するから、教えてちょ」
いおりんは急に声を落とした。
「来年度は、会長か副会長のどっちかを、升風から出すってうわさだぜ」




