343手目 よもぎちゃんを脅すのは誰だ!?
※ここからは、福留さん視点です。
ここは駒桜のゲシュマック。中高生に人気の、おしゃれな喫茶店だ。
放課後だけあって、ずいぶんにぎわっていた。暗色のテーブル。電灯は輝度を押さえたぶら下げ式。そのシェードは、チューリップのようなかたちをしていた。それぞれのテーブルは、観葉植物を植え込んだ仕切りで区切ってある。プライバシーも万全。カップルがよく使うんだよね、ここ。値段は他のお店より高め。あたしも、あんまり利用しない。
じゃあ、なんで今日に限ってここにいるかというと……馬下よもぎちゃんが、古谷兎丸くんにデートに誘われちゃったのだッ!
じゃけん、親友として見守りましょうねぇ〜。
サングラスにマスクもしてきたし、近距離でもバレないっしょ。多分。
あたしはウキウキしながら、よもぎちゃんたちの到着を待った。
すると、向かいの席に座っているもみじちゃんが、
「デートじゃなくて、ふつうに将棋のお話だと思うのですが……」
と、つぶやいた。もみじちゃんも、ちょこっとメイクして変装している。パッと見、全然知らない女子高生だ。もみじちゃんは変装の天才だから、絶対にバレないね、うん。
「もみじちゃん、甘いよ。将棋の話にかこつけたデートだよ」
「古谷くんが来年度の会長だというのはもっともらしいですし、よもぎさんが副会長というのもしっくりくるので、その打ち合わせなんじゃないでしょうか」
「会長と副会長が勝手に決まってる時点であやしいってば」
「たしかに、駒桜の場合は選挙もなにもないので、不透明ですが……しかし、棋力から考えても性格から考えても、古谷・馬下ペアで問題ないように思います。先輩方もそう考えて、ふたりを指名したのでは。箕辺会長から直接聞いたわけではありませんけど」
「もみじちゃん、もっと世の中を疑ってかからなきゃ。兎丸くんが、よもぎちゃんを指名したのかもしれないでしょ。ふたりきりで、あんなことやこんなことを……むふふ……」
「えぇ……古谷くんのどこをどう分析したら、そういう結論になるんですか?」
「ああ見えて、古谷くんは狼系だと思うんだよね。殺人兎って呼ばれてるし」
「それは棋風の話ですよね?」
「ゲームのほうが素の性格でるじゃん」
「そうかもしれませんが……あ、来ましたよ」
あたしたちは会話をやめた。入り口のところに、兎丸くんとよもぎちゃんが登場。
うわぁ、ふたりとも制服デート。初々しい。これぞ高校生。
「うひひひ、ふたりともカワイイねぇ」
「あ、あずささん、ご自身の趣味嗜好で観察をしてませんよね?」
「ちがうよ、もみじちゃん。送り狼の兎丸くんから、よもぎちゃんを守るんだよ」
「べつに送り狼がダメという年齢でもないと思うのですが……」
「も、もみじちゃん、唐突にオトナになるのやめて……」
ふたりは店員さんに案内されて、ちょうどあたしの右隣のテーブルに座った。あたしたちのあいだには、ドラセナという観葉植物を植えられた仕切りしかない。
いかん、近すぎるかも。あたしは背を丸めて、ドラセナのうしろに隠れた。
よもぎちゃんも兎丸くんも、ホットコーヒーを頼んだ。
店員さんが「以上でよろしいですか?」と尋ねると、兎丸くんは、
「なにか追加で頼んでもいいよ。今日は僕がおごるから」
と言った。ほらほらほら、やっぱりデートじゃん。
だけど、よもぎちゃんは、
「いえ、お金はちゃんと払いますので」
と言ってことわった。これはあれか、初回は割りカンにしてアピールする作戦か。
コーヒーが届くよりもまえに、ふたりは打ち合わせを始めた。
「で、このまえの件なんだけど、いい返事はもらえそうかな?」
なッ! いきなりそんな展開ッ!
「高校将棋連盟の副会長に、というお話ですが……まだ、なんとも」
なんだ、そのことか。っていうか、まだ返事してなかったんだね、よもぎちゃん。市立と清心で合同練習会したときの話*だから、ずいぶんまえなのに。
「ネガティブになる理由を教えてもらえない?」
「棋力で言っても運営のしやすさで言っても、虎向くんのほうが適任かと思います」
あんなワンちゃんみたいな虎は、放置、放置。
兎丸くんも懐柔を始めた。
「先々代は升風の千駄先輩と藤女の姫野先輩、先代は升風の蔵持先輩と藤女の鞘谷先輩、今は市立の箕辺先輩と升風の葛城先輩だろう。男女で組むのが基本だし、学校も分けるのが伝統だと思うんだ。だから、同じ学校の虎向とは組めないんだよ」
3番目はなんか違うかもしれないけど、男の娘だから大丈夫だね。うん。
ところが、よもぎちゃんはあいまいな返事をかえした。
「しかし、そういう決まりがあるわけでもありませんので……」
なんでそんなに強情なの? あたしは不思議に思った。
もみじちゃんに小声で話しかける。
「なんかOKできない理由があるのかな?」
もみじちゃんも変だと思っているらしく、こう答えた。
「ここまで強くことわるのは、なんだか妙ですね……よもぎさんは、他人から頼まれたらノーと言えないタイプだと思うのですが……」
ほんそれ。中学のときなんか生徒会長に推されて、ポンとなっちゃったからね。
けっこう押しに弱いはずなんだけど、なんで今回だけ拒否ってるのかな。
「あッ……まさか」
「なにか心当たりでも?」
「よ、よもぎちゃんにもナニがついてるんじゃ……葛城先輩みたいに……」
「あのぉ、中学のとき、一緒に修学旅行へ行きましたよね? しかもどういう関係が?」
あ、そっか。いけない、思考が変な方向へ突っ走ってる。
そのあいだも会話が進んでいたらしく、兎丸くんのタメ息が聞こえた。
「そっか……まだ半年あるから、箕辺先輩ともよく相談してもらえないかな」
「……わかりました」
なんか気まずくなってしまった。離婚するかしないかの相談してる夫婦みたい。
おかしいなぁ。ラブラブデートを観察したかったんだけどなぁ。うーん。
それからふたりは学校の話とか、将棋の話をして、解散した。
ふたりが出て行ったところで、あたしは真剣に悩む。
「おかしい……おかしいよ、これは」
「あの……これは私の憶測なのですが……」
もみじちゃんの憶測ならばっちこい。
「なになに?」
「もしかして、だれかに『副会長を引き受けないように』と言われているのでは?」
「……だれに?」
「それは見当がつかないのですが……よもぎさんがここまで拒否するからには、なにか外的な圧力があったとしか思えず……」
うーん、外圧ねぇ……ん、待ってよ。ひとりいるじゃんッ!
***** 少女たち、容疑者の自宅を襲撃中 *****
「おい、こら、虎向ぁ、とっとと出てこんか〜い」
あたしがチャイムを連打すると、虎向が玄関から飛び出してきた。
短パンにTシャツ、足もとはサンダルで、いかにもくつろいでましたって感じ。
「さっきからうるさいぞ。近所迷惑だろ」
「あんたね、よもぎちゃんに不当な圧力をかけてるでしょ」
「?」
「じぶんの胸に聞いてみなさい」
虎向は律儀に手をあてた。
「金の貸し借りはしてないしな……なんのことだ?」
「副会長の件で、よもぎちゃんとなにか話したでしょ?」
「副会長? ……高校将棋連盟の副会長のことか?」
「そうよ」
「俺はなにも聞いてないが……ひょっとして、俺とよもぎの一騎打ちなのか?」
……………………
……………………
…………………
………………あれ、なんか知らないっぽい雰囲気。
うしろに控えていたもみじちゃんも、あたしに耳打ちする。
「うそをついてるようには見えませんよ」
ぐぬぬぬ、推理ミスだったか。
あたしが言いわけを考えるまえに、虎向は意外なことを口走った。
「まあ、副会長はよもぎでいいんじゃないか」
「……マジで?」
「なんだ? あずさは俺派なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……虎向ならやりたがるかな、と……」
「兎丸となら、やりたいけどさ、事務的なことは、よもぎのほうが向いてると思う。それに、女子と折衝するのが俺はムリな気がする。特に笑魅といおりん」
たしかに揉めそう。
「虎向、意外と常識人だったんだね……」
「どうみても駒桜の将棋指しの中じゃ常識人サイドだろッ!」
はーい、おっしゃるとおりで。さいならぁ。
あたしたちはそのままとんずらした。
第1容疑者、あっさりハズレ。あたしの勘もニブったなぁ。
「じゃけん、第2容疑者にとりかかりましょうねぇ」
「え? 第2容疑者の目星がついてるんですか?」
よもぎちゃんにプレッシャーをかけそうな人物といえば、彼女ッ!
***** 少女たち、容疑者を市内で捜索中 *****
「琴音ちゃん、発見ッ!」
あたしたちは、藤女の通学路で、白杖を持った琴音ちゃんを発見した。
琴音ちゃんは制服姿で、これから自宅に帰るらしかった。
笑魅ちゃんといおりんがいないから、チャンス。
近づいていくと、琴音ちゃんはいきなりふりむいた。
「その声は、福留あずささんですね」
「えへへへ、こんにちは、ちょっといいかな?」
「用件次第です」
これは、のらりくらりすると逃げられるパターンだね。
率直に行こう。
「最近、よもぎちゃんとなにか話さなかった?」
「なにか……と言われましても。いろいろ話しましたが」
「例えば?」
「神社の猫をもふもふする話など」
くぅ、あたしもタマちゃんをもふもふしたい。
よもぎちゃんの実家の神社には、タマっていう真っ白な猫がいるんだよ。
もうおばあさんらしいけど。って、今はその話じゃない。
「ほかには?」
「そうですね。駅前に最近できたタピオカ屋の話……」
「あそこのタピオカ屋さん、すっごい並んでるよね」
「ええ、ひとりだと暇になってしまうので、よもぎさんと並んでいました」
視覚障害者のおつきあいをするよもぎちゃん、マジ聖人。
「ちなみに、どのドリンクを頼んだの? 王道のミルクティー?」
「よもぎさんが抹茶ミルクで、私が杏仁ミルクでしたが……タピオカドリンクの好みを聞くのが用件なのですか?」
あ、話が逸れてた。
ちなみにあたしはブルーベリーヨーグルトだよ、うん。
「来年度の高校将棋の運営について、なにか相談されなかった?」
「来年度の運営? ……もしかして、よもぎさんが会長か副会長なのですか?」
くッ……ここもちがったか。今初めて知った、みたいな反応だ。
「あ、うーん、そうだね、そういうこともあるかなぁ、と」
「もうひとりは兎丸くんでしょうし、私はこのとおり視覚障害がありますので、よもぎさんでいいのではないかと思います」
ふ、ふぇええん、福留あずさ、ひとを疑って悪うございましたぁ。
「だ、だよね、よもぎちゃんが適任だよね」
「もしや、あずささんも立候補なさるのですか?」
「ちがうちがうちがうッ! あたしはよもぎちゃん一択だよッ!」
「……そうですか」
ぐッ、なんか疑われた気がする。
じゃけん、ここは退散しましょうねぇ。
まだまだ容疑者はいるんだから。次は上級生だぁ。




