342手目 アイドルサバイバルゲーム、決着
難波先輩は中央から反攻してきた。
私は4三銀と引く。
「4五歩でやんす」
うッ……私はこの局面が容易ならざることに気づいた。
先手は攻撃体制がととのっている。
「工夫のアイキャッチが必要だな」
将棋仮面、かっこつけてる場合じゃないわよ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2五桂だ」
全然読んでない手だ。味方だけど混乱する。
難波先輩も眉間にシワをよせた。
「同桂を誘うんか? 同銀で3四のガードが狙いやろうけど……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同桂」
同銀、4四歩、同銀、4六桂。
将棋仮面に手番が渡った。
彼の2五桂は、おそらく3四のガードが狙い。これは難波先輩の読みどおり。
でも、4六桂の重ね打ちで、3四の地点は守備駒が足りなくなっている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4二桂」
自陣に桂馬打ち? 専守防衛ってこと?
4五歩、3三銀、3五歩。
一方的に攻められてない? それとも3四歩に同銀引の予定かしら?
「レモン、おちつけ。ヒーローに読み抜けはない。2六銀だ」
これは……同飛とできないッ! 5八馬がある。
「んー、飛車が危のぉなったわ。3四歩」
同桂、同桂、同銀。
「もろた。4四角やッ!」
うぅ……王手金銀の3方取りだ。
私は仕方なく3三歩とした。
我孫子先輩はここで小考。
「2六角成は3五桂がめんどうでやんすか……6二角成」
3七銀不成、1八飛、2六桂。
飛車を捕獲した。ふたたび好感触。
「1八桂成のときに6八金の必要が生じてるでやんすね。でも、取られたときに対応でよさげでやんす。攻めるでやんす。4四桂」
これも厳しい。将棋仮面は3一金と引いた。
「7二馬や」
「1八桂成」
取り合いにはならない。我孫子先輩が言ったように、先手は6八金が必要だ。
「6八金でやんすぅ」
「こちらも逃げるか。4一飛」
将棋仮面は飛車を逃げた。
でも、これは追い回す手段がある。難波先輩は5二桂成とした。
4三飛以外にないから、私はそう逃げた。
我孫子先輩は困ったような顔をする。
「むずかしくなったでやんす……5四金で飛車は殺せても、4三金、同銀のかたちが固いでやんす……」
そうよね。5四金なら4八銀不成だ。5四金に代えて5四馬でもいっしょ。
さすがに将棋仮面は見落とさないだろう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「一回叩くでやんす。3五歩」
さすが府代表。手をひねり出してきた。
これは同銀とできない。取ったら5四金で今度こそ後手が崩壊する。
将棋仮面も覚悟を決めた。
「放置しかないか……4八銀不成」
同銀、同馬、3四歩、5九飛、6九金打、5六飛成。
攻め切れそう? いい勝負にはなっている。
「6六銀から一気に終了コースでやんすか。受けるでやんす。7八銀」
「急所だ。7五歩」
「それは放置やッ! 5四銀ッ!」
「攻め合いますッ! 7六歩ッ!」
我孫子先輩は8八玉と引いた。
気をつけないと9筋から脱出される。
7七銀、同銀、同歩成、同金上、7六歩、同金直。
んッ、将棋仮面の最後の叩きは――読めたッ!
「退路封鎖ですッ! 8四桂ッ!」
この手に、難波先輩たちは身をひいた。
「あかん、入玉はムリや」
「こうなったら寄せ切るでやんす。4三銀成でやんすよぉ」
こっちの王様にも火がついた。3三歩成〜3四歩のおかわりが厳しい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7六桂」
将棋仮面は王手をした。
難波先輩は9七玉と逃げる。
むずかしい終盤が回ってきてしまった。
30秒じゃ読み切れない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「初心回帰ッ! 9四歩ッ!」
全然わかんなかった。そんなときは初心にかえる。端玉には端歩。
下駄をあずけたかっこうだ。先手にいい手があったらエンド。
我孫子先輩は黙々と読んだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三歩成」
将棋仮面は1三玉と逃げた。
おたがいに端で耐える。
難波先輩は頭をがしがしやった。
「あかんあかんあかん、寄りが見えんで」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「あーッ、攻防や。4四飛」
ん? これは……詰めろじゃない。
私は端歩を取り込む。
「9五歩ッ!」
これは詰めろだ。
2三と、同玉、2四銀、1二玉。
我孫子先輩は頭をかかえた。
「こ、駒の配置が悪すぎるでやんす」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ろ、6三馬でやんすッ!」
「華麗に決めるか。御面ライダートルネード!」
これはさすがに詰んだ。
同金(9八玉なら9七銀打)、9六銀、同馬、同歩、8七玉。
難波先輩は、眉毛をぴくぴくさせた。
「だ、ダブル府代表でも勝てへんとか、どないなっとるんや……」
「正義は勝つ。それだけのことだ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「う、うちらの負けや……」
ありがとうございましたッ!
反省会をする間もなく、天井から触手の群れがおりてきた。
難波先輩と我孫子先輩は、手足をからめとられる。
「うちはこない趣味あらへんでッ!」
「助けておくれやすぅ!」
ふたりは、空中に開いた大穴に吸い込まれた。
……………………
……………………
…………………
………………勝利。
「やったぁ!」
私はこぶしを握って、両手でガッツポーズした。
「よろこぶのはまだ早い。伊吹が行方不明だ」
そ、そうだ。まだゴールじゃない。
私たちはボートに乗り込んだ。係留用の縄をはずし、エンジンを入れる。
将棋仮面は電動ボートのあつかいに慣れているのか、すぐに出発できた。
「レモン、さっきの9四歩はいい手だった。視聴率が取れるぞ」
「読み切ってたわけじゃないわ。格言に従っただけよ」
「それ自体がナイス判断だ。格言というのは、経験則に裏打ちされたものも多いからな。わからないときは、確率が高そうな選択肢を選ぶ。人生でも同じだ」
そうかしら。私はちょっと疑問に思った。
と同時に、難波先輩が言っていた将棋仮面の正体を思い出す。
この目の前にいる男は、葉隠くんなの?
ボートに腰を降ろした将棋仮面を、私はつぶさに観察した。
「どうした? 俺のマスクになにかついているのか?」
「ねぇ、あなた、ほんとに……」
「仮に俺が葉隠秋丈だとして、レモンはそのときどうするんだ? 急に下手に出るのか?」
私は迷った。答えようがない。
そう、さっきから感じているモヤモヤは、そこにあった。
仮に将棋仮面の正体が葉隠くんだとして、私たちの関係はどう変わるのだろう。
「……そうね、あなたが何者かなんて、今はどうでもいいわ」
「今は?」
「ヒーローは最後に正体を現すんでしょ。特撮のお約束」
将棋仮面は、フッと笑みをもらした――ようにみえた。仮面の下の表情はわからない。
「レモンも特撮がわかってきたなッ! 到着だッ!」
ボートは手際よく接岸された。
将棋仮面が先に降りて、私の手をひく。
私も慎重に上陸した。
対岸もあいかわらず地獄みたいな風景だった。
そして、すこし歩いたところに、真っ赤なドアが1枚立っていた。
「これがエレベータか」
「ここは最上階だから、おそらく非常階段よ」
「なるほど……鬼が出る蛇が出るか、レモン、下がっていろ」
将棋仮面はそう言って、私のまえに出た。その指示の意味はすぐに理解できた。ドアの背後に、伊吹さんが隠れていないかどうか警戒したのだ。彼女に追いつくとしたら、もうこの非常階段しかない。いなければ、アウト。
ギィ……
室内の光が、うす暗い非常階段へと差し込んだ――伊吹さんは、いなかった。
「ハァ……どうやら遅過ぎたみたいね」
「待て、あきらめるのは早いぞ」
将棋仮面は、ドアの上部へ手を伸ばした。
「クモの巣だ」
「だれも開けてないって推理? ダメよ。クモの巣って30分くらいでできちゃうんだから、なんの証拠にもならないわ。伊吹さんが通過したあとに作ったんでしょ」
「いや、よくみろ。虫が干からびてる」
将棋仮面は、わざわざ私にみせてきた。蛾の一種だろうか。
羽がちぎれて、そこそこ時間が経っているようにみえた。
「ってことは……」
「伊吹はどこかで迷子なんじゃないか」
希望的観測だ。でも、最後まであきらめない気持ちが湧いてきた。
私たちは非常階段を駆け上がる。
7段ほどしかない、一直線の階段だった。
最後のドアに、パズルがかけてあった。
「また白黒ね……」
でも、周囲に水はない。
将棋仮面もあたりをみまわす。
「……むッ、なにか機械があるぞ」
将棋仮面が指し示したのは、ボタン式のコントロールパネルだった。
「それは空調設備でしょ。【冷房】【暖房】って書いてあるし」
「そのとおり。そしてこれが答えだ」
「?」
将棋仮面は【暖房】を【冷房】に切り替えて、思いっきり設定温度をさげた。
冷たい風が天井から吹き出す。
あッ! そういうことかッ!
「室温がヒントだったのねッ!」
「このフロアが異常に暑かったのも、単なる演出ではなかったというわけだ」
さすがは将棋仮面。褒めてつかわしましょう。
というわけで、あとは問題を解くだけだ。
「34階とおなじ複合パズルね。光の場合、黄色は赤と緑、水色は緑と青だから……」
こうだ。左右反転してるだけ。
「1問目は4二飛成、2問目は6二飛成ッ!」
ピンポーン
ピンポーン
ガチャリ
開いたッ! さっそくドアノブを回す。
私たちは屋上へと飛び出した。O山の街並みがひろがる。
伊吹さんの姿は――ないッ!
「私たちが1番乗りッ!」
「なわけないでしょ〜」
私はびっくりしてふりむいた。うしろから声が聞こえたからだ。
でも、うしろは階段で、将棋仮面がいるだけ……ちがうッ! 上だッ!
屋上の出口のうえに、伊吹さんは颯爽と立っていた。
「遅過ぎでぇす。待ちくたびれましたよ」
「な、なんでそこに……」
伊吹さんはニヤリと笑った。
「あのですねぇ、もっと頭を使ったほうがいいですよ、頭を」
頭? なにを言ってるの? ドアのクモの巣はトリックだった?
でも、そんなことをする意味がどこにも……ん? この音は何?
ビルの谷間から、爆音が聞こえてきた。
いきなりヘリがあらわれて、屋上にすさまじいつむじ風が起こった。
私はあわててスカートを押さえる。
将棋仮面はマスクをガードしながら叫んだ。
「そうかッ! 1階へ降りたのかッ!」
「正解でーす。下に降りちゃいけないってルールはなかったですからね。1問目のパズルを解いたあとは、1階へ降りてからヘリで屋上まで運んでもらいました」
ヘリ? ヘリなんてだれが用意したの?
私は頭上の機体を見上げた。乗員をみて驚愕する。
「い、一之宮先輩ッ!」
K戸のお嬢様、一之宮華蓮先輩が後部座席にみえた。
「おほほほ、ごきけんうるわしゅう」
「なんで一之宮先輩がここにッ!?」
「K戸は近畿ですので、いちおう」
なにがいちおうよ。近畿勢がグルになって伊吹さん推しだったのね。
天城さんと花咲さんも、府代表ふたりにハメられたわけだ。
「それでは、ごきげんよぉ」
一之宮先輩のヘリは、旋回して東の方角へ消えた。
私は脱力した。すべてがムダなあがきだったことを悟ったからだ。
下がコンクリートにもかかわらず、その場にへたりこむ。
「というわけで、これが格のちがいです。人脈も、将棋も、アイドルとしての質もッ!」
ほんとうにそのとおりだ。
私は伊吹さんになにも勝てなかった。
完敗――そんな言葉が脳裏をよぎった瞬間、将棋仮面の声が聞こえた。
「で、怪人の台詞は以上か?」
「あッ、変態仮面さん、レモンちゃんなんか捨てて、伊吹の専属になりませんか?」
「悪いが、性悪娘はヒロインになる資格がない」
伊吹さんはムッとした。親指を下に向ける。
「いいんですかぁ? 変態仮面さんの正体を、週刊誌にバラしちゃいますよぉ?」
「そのまえに、屋上をよく見るんだな」
「?」
伊吹さんは、あたりをきょろきょろした。私もつられて確認する。
屋上のすみっこに、なにかが転がっていた。
「あれは……ドローン?」
「そうだ」
将棋仮面はスマホをとりだした。
「アプリの自動運転で、屋上まで飛ばしておいた」
「……だからどうしたんですか? 先についた人が勝ちなんですよ? ドローンが先に着陸したから、そっちの勝ちとか言い出すんじゃないでしょうね?」
「ドローンと同時にレモンも屋上に着地している」
伊吹さんは目を白黒させた。私も意味がわからない。
「頭がおかしくなりましたかぁ?」
「あのドローンのフレームには、レモンの髪の毛が巻いてある」
……………………
……………………
…………………
………………
「そ、そんなバカな話が認められるわけがないでしょうッ!」
「なぜだ? 体の一部が先に着地しているんだぞ?」
「だいたい、ドローンが先についた証拠が……」
《そこまでだ》
あたりに囃子原先輩の声がひびきわたった。
屋上の中央に、一足のエナメル靴があらわれる。
そこから頭のてっぺんへとホログラムが伸びて、囃子原先輩の全身が完成した。
《ご苦労。おもしろいゲームだった》
私たちは押し黙る――裁定の時間だ。
勝敗があいまいになったから、審判として出て来たに違いない。
《さて、最初に述べたように、最終課題は『本社ビルの屋上へ最初にたどり着けた者』が勝ちだ。たどり着き方に制限はつけていない。したがって、ヘリを使おうがドローンを使おうが、各人の自由ということになる。さらに、体のどこが最初についたかも限定していない。そして……》
囃子原先輩のホログラムは、屋上の監視カメラをゆびさした。
《あのカメラの記録によれば、ゲームが開始した5分後に、すでにドローンは屋上へ着陸していた。ヘリが到着したのは10分後。先後は明白だ》
囃子原先輩は、私と将棋仮面のほうへ右手を高くあげた。
《アイドルサバイバルゲーム、勝者、内木檸檬!》
……………………
……………………
…………………
………………勝った。
伊吹さんは、ガクリとひざを落とした。
しばらく呆然とする。そして、鬼の形相に変わった。
「こんな……こんなローカルアイドルにィ!」
伊吹さんは将棋仮面をゆびさした。
「正体を週刊誌にタレ込んでやりますからねッ! 葉隠秋丈ッ!」
「ほぉ……きみも、俺が葉隠秋丈だと思うのか? 証拠は?」
「控え室を確認すれば、本人がいなくなってるからバレますよッ!」
「だったら控え室に電話してみるんだな」
伊吹さんはスマホで電話をかけた。
「もしもし、難波先輩ですか? 葉隠くんは……え? 控え室にいる?」
私は将棋仮面の横顔をみた――葉隠くんじゃなかったの?
伊吹さんも大混乱していた。
「そ、そんな……ホログラムじゃないんですか? え? 触れる? ほんとうに?」
伊吹さんの手からスマホが滑り落ちた。カシャンと画面が割れる。
将棋仮面は華麗な足さばきを見せて、その場でポーズをキメた。
「正義は勝つッ! 良い子のみんな、また会おうッ!」
場所:囃子原グループ本社35階
先手:難波・我孫子ペア
後手:内木・将棋仮面ペア
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金
▲2五歩 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀
▲7八金 △3三銀 ▲4八銀 △6二銀 ▲4六歩 △7四歩
▲4七銀 △7三桂 ▲6八玉 △6四歩 ▲3六歩 △4二玉
▲3七桂 △6三銀 ▲2九飛 △8一飛 ▲4八金 △6二金
▲9六歩 △1四歩 ▲1六歩 △5四銀 ▲9五歩 △4四歩
▲7九玉 △3一玉 ▲8八玉 △6五桂 ▲6六銀 △2二玉
▲5八金 △3一玉 ▲5六歩 △2二玉 ▲5五歩 △4三銀
▲7七桂 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七金 △8一飛
▲8六歩 △7七桂成 ▲同 玉 △5四歩 ▲2四歩 △同 銀
▲5四歩 △同 銀 ▲2六桂 △6五歩 ▲5七銀 △5六歩
▲同銀右 △3八角 ▲2八飛 △4九角成 ▲5五歩 △4三銀
▲4五歩 △2五桂 ▲同 桂 △同 銀 ▲4四歩 △同 銀
▲4六桂 △4二桂 ▲4五歩 △3三銀 ▲3五歩 △2六銀
▲3四歩 △同 桂 ▲同 桂 △同 銀 ▲4四角 △3三歩
▲6二角成 △3七銀不成▲1八飛 △2六桂 ▲4四桂 △3一金
▲7二馬 △1八桂成 ▲6八金 △4一飛 ▲5二桂成 △4三飛
▲3五歩 △4八銀不成▲同 銀 △同 馬 ▲3四歩 △5九飛
▲6九金打 △5六飛成 ▲7八銀 △7五歩 ▲5四銀 △7六歩
▲8八玉 △7七銀 ▲同 銀 △同歩成 ▲同金上 △7六歩
▲同金直 △8四桂 ▲4三銀成 △7六桂 ▲9七玉 △9四歩
▲3三歩成 △1三玉 ▲4四飛 △9五歩 ▲2三と △同 玉
▲2四銀 △1二玉 ▲6三馬 △8八銀 ▲同 金 △9六銀
▲同 馬 △同 歩 ▲8七玉 △8八桂成
まで142手で内木・将棋仮面ペアの勝ち




