表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第33局 日日杯司会決定オーディション(2015年6月28日日曜)
352/681

340手目 水と光の迷宮

 チーン


 エレベータは34階で止まった。やっぱり1階ずつしか進めないようだ。 

 ドアが開いた瞬間、大量の水が流れ込んできて、私は悲鳴をあげた。

「落ち着け、ホログラムだ」

 わかっててもびっくりするでしょ、これ。

 まったく。囃子原先輩の趣味をうたがう。

 34階は、フロア全体が水没していた。私たちは水中を歩くかっこう。床には砂が敷き詰められ、色とりどりの生き物がそのなかを遊泳していた。まるで海のなかを歩いているような錯覚におちいってしまう。

「アトラクションに使う技術のようだな。テーマパークで、ジャングルや海のなかを体験できるようにするつもりだろう。ここはその試作品というわけだ」

 将棋仮面が歩くたびに、足元で砂が舞った。

「モーションセンサーか。よくできてる」

「感心してる場合じゃないわ。ここにも伊吹いぶきさんたちがいないとなると、彼女たちはもうゴールしてるか、あるいは35階ってことよ」

「すこし妙だと思わないか?」

 私と将棋仮面のあいだを、大きなタコが泳いだ。

 私はまた悲鳴をあげてしまう。

「『すこし妙』とか言わないで、タコがいるならタコがいるって言いなさいよ」

「い、いや、タコの話じゃない。パズルについてだ」

「パズル? パズルがどうかしたの?」

伊吹いぶきが解けるのは、まだわかる……が、天城あまぎ花咲はなさきは、なぜ解けるんだ?」

 ……あれ? 私は将棋仮面の疑問を共有できた。足をとめて、その場で考え込む。

 将棋仮面は、歩きながら相談しよう、と先をうながした。

「あのふたりは素人だ。伊吹と指したとき、どちらも反則負けだったからな」

「たしかに、あのジャングルのパズルすら解けそうになかったわね……天城さんと花咲さんは、32階で迷子になってるのかしら? たまたま出くわさなかっただけとか?」

「それならいいんだが……ん?」

 私と将棋仮面は、円形の広場に出た。天井から太陽の光がふりそそぎ、白い砂にリボン模様のゆらめきを作っていた。幻想的だ。水深は2メートル半ほどだろうか。周囲には岩がならんでいる。かたちはいびつだけど、等間隔だから、それがソファーだということはわかった。どうやら、この階の中央ホールに出たようだ。

「いかにも、なにかありそう……って雰囲気だけど、魚しかいないわね」

「待て、そこの海藻のところに、なにか挟まっていないか?」

 将棋仮面は岩場のそばにかがみこんだ。パネルを1枚ひろいあげる。


挿絵(By みてみん)


「なるほど、これがパズルか……3手詰めだな。33階とは色違いだ」

「でも、マークはどれもみたことがあるわね」

 私と将棋仮面は、パズルとにらめっこした。

「あら? これも2通り答えがない?」

「だな……1七飛、2一玉に1二桂成か1二飛成だ」

 ということは、まちがい……でも、それ以外に思いつかない。

「とりあえず試してみたらどうだ?」

「そ、そうね」


挿絵(By みてみん)


 ブッブーッ

 

挿絵(By みてみん)


 ブッブーッ 

 

 画面が暗転した……なんで? 合ってるでしょ?

 しかも2つめの回答は、桂馬が成っていない。意味不明。

「しょ、将棋仮面の答えは?」

「レモンとおなじだが……なぜこれがまちがいなんだ?」

 画面が明るくなったので、私たちはもういちどおなじ手順を試してみた。

 やっぱりまちがいのブザー音が鳴る。

 わけがわからない。

 将棋仮面は、ふむと息をついた。

「ひょっとして、駒の対応がちがうのか?」

「これまでのルールが応用できないんじゃ、解きようがなくない?」

「そうだな……いきなり理不尽な問題を出すとも思えない。ほかに見落としてるパネルがあるんじゃないか。合わせて解くのかもしれない」

 私たちは、あたりの海域を探索した。なにも見つからない。

 しかたがないので、マークと駒の動きをもういちど1からあてはめなおす。

「まず、♦︎が飛車で#が龍というのは正しいんだろう」

「でしょうね……問題は王様よ。盤上に1つだから▲か▼か●のはず」

「これまでは▼が王様だったな。今回も1一のマークが敵将にみえる」

「それが間違ってるんじゃないの?」

「しかし、ほかのマークは詰みそうな位置にいないぞ」

 私たちはそれぞれのパターンを考えてみた。可能性があれこれありすぎて、どうしようもなかった。時間がどんどんすぎる。まいった。

「ダメだわ、こうなったら総当たりで……」

「それもなくはないが……このパネル、ほんとうに正しいのか?」

「パズルがミスってたら、もうどうしようもないわね」

「ミスという意味じゃない。33階のパズルは水につかると駒が溶けたな?」

「そうよ……あ、これは溶けてないわね」

「マーク……水……」

 将棋仮面は、ホログラムの空を見上げた。私もつられて見上げる。太陽がまぶしい。

「さすがに手が届かないか……レモン、俺の肩に乗れ」

「はい?」

「このパネルを水中から出すんだ。水に反応してるせいで解けないのかもしれない」

 私はポンと手をたたいた――と同時に、気まずくなった。

「あの……それって、ようするに肩車よね?」

「もちろんだ。サーカスみたいに足だけ支えるのはできないぞ」

 私は自分の衣装を確認する。局が用意したふりふりのミニスカートだった。

「レモン……まさか俺にふとももを当てるのが恥ずかしごふぅッ!?」

 腹筋パンチ! 腹筋パンチ!

「なに勝手に妄想してるのよッ! っていうかそこの岩を動かせば届くでしょッ!」

 どさくさにまぎれてセクハラするな。

 私たちは岩(というホログラムをかけられたソファー)を移動させた。

 T字型に2つ重ねて、そのうえに将棋仮面が乗る。

「不安定だな。しっかり支えておいてくれ」

 将棋仮面は慎重に腕を伸ばして、パネルを水中から出した。


挿絵(By みてみん)


 きたぁッ!

「レモン、ソファーから手をはなすなッ!」

 あ、いけないいけない。私はソファーに手をかけなおす。

 それから、遠目にパネルを見つめた。

「あッ! 上下逆ッ! しかも双玉形ッ!」

「なるほど、盤がひっくりかえっていたのか。ということは……」


挿絵(By みてみん)


「こうだ」

 まちがいない。これならどこも矛盾していないし、無駄駒もない。

「将棋仮面、答えは8七玉、8九玉、7八飛成よ」

「正義は勝つ、と……」

 将棋仮面はパネルをささっと操作した。


挿絵(By みてみん)


 ピンポーン

 

 よしよし。私は将棋仮面が岩から降りるのを手伝った。

「さて、正解したわけだが……」

 将棋仮面は、あたりをみまわした。

「おかしいな。エレベータが出現しない」

「ここが中央ホールっぽいから、エレベータはここにありそうだけど……」

 そのときだった。私は周囲に違和感をおぼえた。その正体がなんなのか、すぐにはわからなかった。けど、視覚的にどこか違っているような気がした。

「ねぇ、風景がちょっと変わってない?」

「ああ、俺もちょうどそのことを考えて……ん」

 将棋仮面は足もとに視線を落とした。

 わたしもつられて見る。


挿絵(By みてみん)


 うわぁ、砂のうえにマークが現れてる。色はついていない。

「無色図式というわけか」

「色をつける方法がないと、さすがにどうしようもないわね」

「水が関係しているはずだ。色が消えているのは、水にれているからだろう」

「地面はパネルみたいに持ち上げられないわよ」

 わたしたちは水を抜く方法を考えた。どこかにスイッチがないか確認する。

 だけど、どこにもそれらしいものは見当たらなかった。

「もうすこしちがう発想が必要そうだな……」

「あ、わかった」

 わたしはパンと両手をあわせた。

「その心は?」

「パズルを水から出せないなら、わたしたちが水から出ればいいのよ」

「俺たちが……? パズルが水にれてるのは変わらないぞ?」

「水に反応してるとはかぎらないでしょ。光の屈折かもしれないじゃない」

「……一理ある」

 私たちは天井を見上げた。水面から顔を出すには――ぐッ! まさかッ!

「さすがに肩車するしかないんじゃないか、これは」

「ソファーを3つ重ねて乗りなさいよ」

「2つであれだけバランスが悪いのに、3つはさすがにムリがあるだろ」

 このセクハラ仮面がぁ。私はいきどおりつつ、将棋仮面を地面にかがませた。

「ちょっとでも変なことしたら、屋上から放り投げるわよ」

「ヒーローはセクハラしない……と」

 将棋仮面はスッと立ち上がった。けっこう筋力あるのね。

 私は水面から顔を出して、砂に描かれた模様を観察した。


挿絵(By みてみん)


 なッ!?

「こ、こんどは5色になったわよ」

「なに? どういう配置だ?」

 私は盤面を説明した。

「うーむ……後半戦とあって、さすがに難しくなってきたな……」

「しかも、右上の数字が4だわ」

「4? ……4手詰めということか? ありえないぞ」

 私たちは頭をひねる。

 色の組み合わせがヒントになってるはずだけど、5色になるパターンが思いつかない。4手詰めというのも謎。

「右上の数字は、手数じゃなかったとか?」

「ほかに解釈がないだろう。これまでも正解の手数と右上の数字は一致していた」

「……そうよね」

 私は太陽を見上げる。ホログラムとはいえ、まぶしい。

 目を細めると、白色光が虹色にわかれた。

「……ん? 虹色?」

「どうした? また色が増えたのか?」

「ねぇ、白色光って、いろんな光の色が組み合わさって白くなるのよね?」

「そうだ。絵の具は混ぜると黒に近づくが、光は逆になる」

 私はいまの情報を整理する。たしか、青い光と赤い光の組み合わせは――

「わかったわッ!」

「なに? ほんとうか?」

「2つの詰め将棋が重なってるのよッ!」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「そうか。5色なのは、赤い駒と青い駒の合成色があるからか」

「数字もこれで解決するわ。1+3=4で、手数の合計ッ!」

「レモン、でかしたぞ」

 からくりがわかれば、あとは簡単だ。まずは1手詰めから。

「2二銀成!」


挿絵(By みてみん)


 ピンポーン

 

 次は3手詰め。

「1一飛成、同玉、2二金!」


挿絵(By みてみん)


 ピンポーン

 

 よーしよしよし、絶好調。

 ガッツポーズをした瞬間、ガタンと音がした。

 水中に割れ目ができて、エレベータがあらわれる。

「やはり正義は勝つッ! 最上階へゴー!」

 こらぁ、乙女はもっと静かにおろしなさーいッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ