338手目 最終課題:アイドルサバイバル
※ここからは我孫子くん視点です。
ここは難波姐さんの控え室。審査員ひとりひとりに個室があてがわれるなんて、ほんとに豪勢でやんすねぇ。革張りのソファーに、マホガニーのテーブル。壁には、よくわからない抽象画が飾られてるでやんす。あっしは浮世絵とかのほうが好きでやんすよ。
「ハァ……ほんまたまげたわ」
難波姐さんは、お茶を飲みながらタメ息。
メガネのむこうでは、いまだに信じられないといった表情。
「点数をいじったのが葉隠くんだっていうのは、確実なんでやんすか?」
「まちがいあらへん。相談のときにみせてもろうたリストとちがっとったんは、葉隠はんや。あのリスト通りなら、レモンはんは5位で落選。彼女をサポートした葉隠はんが変態仮面で決まりっちゅーこと。おどろいて椅子から飛び上がってしもうたわ」
「葉隠=将棋仮面は、あっしが最初に言いだしたことなんで、異論はないでやんすが……どうも納得がいかないでやんすね。人気アイドルの葉隠秋丈が、ローカルアイドルの内木レモンとコスプレして会うメリットって、なんでやんすか?」
「そういう性癖なんやろ」
すべてを投げ捨てる推理はやめて、くーんーだーまーしぃ。
とはいえ、人気アイドルだから変質者じゃないとは言えないのが、この業界のつらいところでやんすねぇ。イケメン無罪でもないでやんすし。
「もうひとつ、納得のいかないことがあるでやんす。葉隠くんが将棋仮面なら、彼の棋力は県代表クラスってことになるでやんす。ありえるでやんすか?」
難波姐さんは、湯飲みをおいて小考。
「……べつにアイドルが高段者でも、ええんとちゃう?」
「それはそうでやんすが……そういえば、ほかの兄さん姐さんたちは、なんか言ってるんでやんすか? 葉隠くんの顔に見覚えがあるとかは?」
「ぜぇんぜん。香宗我部も松陰も、変態仮面をじかに見たことがないんとちゃう? そろそろ実物に出てきてもらわんと困るわ。レモンはんがピンチにならんとあかんのやろな。せやから、さっき数字をいじって落とそうとしたんやけど……」
「ま、マズいでやんすよ。オーディションの公正さがそこなわれるでやんす」
難波姐さんは、肩をすくめてニガ笑い。
「我孫子、まだ気づいてへんの? このオーディションは茶番や」
「それはあっしらの都合であって、囃子原くんはマジメに……」
「ほんまにそう思う?」
あっしはポカーン。扇子をひらいてパタパタしながら、状況を整理。
「……まさか囃子原兄さんも、将棋仮面=葉隠説に気づいてる、でやんすか?」
「せや。このオーディション自体が、将棋仮面をおびき出す罠なんや。第3課題で葉隠・内木ペアになったのは、偶然やない。囃子原の策としか考えられんわ。ちゅーことは、この最終課題にも、なにか罠が用意されとるはず」
難波姐さんは、パンとひざを叩いて、黒い笑みを浮かべたでやんす。
「ほな、呉越同船。うちらも協力するでぇ」
***** ここからは、内木さん視点です *****
オーディション会場は、いよいよ決勝をむかえた。
4人の最終候補者が、ステージのしたで1列に並ぶ。
みんな緊張しているのがわかった。呼吸音さえ聞こえてきそうだ。
開始時刻ぴったりでマイクが入る。
《諸君、よくここまで残った。あらためておめでとう》
囃子原先輩はそういって、ひとりひとりの顔を確認した。
《しかし、オーディションはまだ終わっていない。ものごとは、90%を成し遂げてからが大変だ。それはビジネスの世界でもアイドルの世界でも変わらないだろう。では、最終オーディションに移る》
いよいよ最終課題が……と思いきや、会場が暗くなった。
なに? 停電? ところが、スタッフも含めてだれも騒ぎ出さない。
……………………
……………………
…………………
………………明るくなった。
「え? ここは?」
伊吹さんの声にあわせて、私たちは周囲をみまわす――あたりは、見知らぬ草原になっていた。鳥の声。川のせせらぎ。木々の葉がざわめく音。みんな混乱して、しばらく声も出せなかった。
さっきまでホールにいたわよ? 薬で眠らされた記憶もない。意識は連続している。
「もしかしてホログラフじゃない?」
そう言って、ひとりの少女が動いた。強いウェーブのかかった髪の毛の持ち主。天城せいらさんだ。せいらさんは数歩うしろに下がって、空中をノックする。
コンコン
「ほら、壁がある」
そのとたん、どこからともなく囃子原先輩の声が聞こえた。
《さすがは決勝メンバー、うろたえることもなかったか》
私たちはふたたび周囲を確認した。蝶が舞い、そよ風が草むらを揺らした。
《ここはきみたちがいたオーディション会場だ。最終課題は、いたって簡単。ここから本社ビルの屋上へ最初にたどり着けた者が、日日杯の司会に選ばれる。それ以外にルールはない。では、諸君、健闘を祈る》
そこで音声は途切れた。しばらく待っても、アナウンスは再開されない。
せいらさんが大声でたずね返す。
「屋上へ出る、ということは、屋上のドアを開けてそとへ出ればいいのですか?」
……………………
……………………
…………………
………………返事がない。せいらさんは、もういちど質問をくりかえした。
「……ダメみたいね。オーディションは始まってる、ってことか」
せいらさんは、私のほうをみた。
「えーと、内木さん、だったかしら? あなた……あら? 相方は?」
「相方?」
「TKY13の伊吹さんよ。さっきまでいたじゃない」
え? 私はうしろをふりかえった――いない。
パタン
かすかな人工音。私たち3人は、一斉に360度を見渡した。
どこまでも草原がひろがるだけで、伊吹さんの姿はなかった。
「どこかに隠れてない?」
せいらさんは、木陰や草むらに目を走らせた。ひとが隠れられそうな場所はない。
「なるほど……答えはひとつ、ドアから廊下に出たってわけね」
私も、うすうすそうじゃないかと思っていた。
右手のほうの壁をゆびさす。
「たしか、出入り口はそのあたりに……ん?」
私はうでをつかまれた。ふりむくと、天然ほんわか系の花咲さんが、にっこりしながら私の腕をつかんでいた。なにをしているのかと思い、かるく振りほどこうとする。でも、花咲さんは力をさらに込めて、私を離さなかった。
「おとなしくしてくださいねぇ。せいらちゃん、テープを」
??? 私が声を立てるまえに、うしろからハンカチで口もとを押さえられた。
そのまま花咲さんにうでをひねりあげられる。
「あんまり暴れないでくださいね。萌絵、チカン対策で護身術習ってますから」
「ん、んむぅ」
うでを動かすと激痛が走る。私はなされるがままに、ビニールテープで手足を縛られてしまった。そのまま床に転がされる。視界が緑でおおわれた。けど、頬にはヒンヤリとした板張りの感触。やっぱりこれはホログラフなのだ。
もがいていると、頭上で萌絵さんの声がした。
「さすがはせいらちゃん、最後はナンでもありゲームっていう予想、さすがですぅ」
「べつのオーディションで、似たようなルールがあったって聞いたわ。伊吹はエレベータへ向かってるはずだから、わたしたちもさっさと移動しましょ」
ふたりの足音が聞こえる。ドアの開閉音も。
……………………
……………………
…………………
………………最悪だ。いきなりリタイア。
くやしいとかを通りこして、脱力してしまった。
「将棋アイドルも、こうなるとカタなしだな」
この声は――私は顔をあげようとした。
「いたた、首が……」
「おとなしくしていろ」
闖入者は私の手足からテープを剥がした。猿ぐつわをはずしてもらう。目のまえに手を差し伸べられた。
「つかまるといい」
「……遠慮するわ」
私は自力でたちあがった。テープを剥がされたところがヒリヒリする。
「スキンケアはあとだ。追うぞ」
「追うもなにも、手伝ってもらったから失格でしょ……ヘルプには感謝するけど」
「そうかな? さっきの少女は『ナンでもありだ』と言っていたが?」
まさか……もしかして、ほんとにナンでもありなの? ルール無用? 協力者アリ?
私は大声でたずねてみた。
「囃子原先輩、私はまだゲームに参加してもいいんですか?」
返事がない。将棋仮面はパチリと指を鳴らした。
「便りがないのはいい便り、だ。失格の宣告がない以上、まだ参加権がある」
「参加権があっても、もう手遅れよ。3人ともエレベータに乗ったに決まってる」
将棋仮面は「ふむ」と言って、私をじっとみつめた。
「な、なによ……」
「アイドルにしては、往生際がよすぎるな」
私は、第5課題のときの伊吹さんを思い出した。あの野心に満ちた瞳。私にはないと感じたものだ。そして、タメ息をつく。
「ええ……アイドルに向いてないのかもしれないわね」
「そういうクールなところも嫌いじゃない……が、せっかくのディナーを残すのは、主催者に失礼だ。デザートまでたどりつけるかどうか、味見してみるのもいいんじゃないか」
私はおかしくなった。なんでこいつのほうがヤル気になってるんだろ。
「あなた、負けず嫌いなのね」
「まあな」
「しかもおせっかい焼き」
「ヒーローらしいだろ?」
私はくすりと笑った。将棋仮面も、御面の下で笑ったような気がする。
「じゃ、さっそく出ましょ。たしかドアは……」
「そこにある野バラの右どなりだ」
私は数メートルほど移動して、手を伸ばした。劇場ホールのドアのような、革でおおわれている感触。力を入れると、空中にスキマができた。気圧の差で風が吹き込む。
ろうかに出た私は、アッと喫驚をあげた――目のまえに森が広がっていたからだ。
「これは……」
「どうやら、建物全体にホログラフがかかっているようだな」
「業務に支障が出るんじゃないの?」
「おそらく、この階から上だけだろう。ここは最上階に近い」
そうだ、ここは最上階に近いフロアだ。おそらく、屋上まで3、4階しかない。
「エレベータを使われてたら、もう決着がついてるかもしれないわね」
「自分の目でみないあいだは、なにも信じないことだ」
私は、記憶をたよりにエレベータをさがした。むずかしい。ただ、目印はあった。ホログラフの映像とフロアの構造は、だいたい一致しているようなのだ。その証拠に、いきなり壁にぶつかったり備品につまづきそうになったりはしなかった。安全性に配慮しているのだろう。だけど、カモフラージュ自体は完璧で、ここがエレベータだと認識できるような地形は見当たらなかった。
「方向はあってると思うんだけど……ん?」
私はふと足をとめた。妙に古びた木がある。それがエレベータにみえたわけじゃない。けど、その木の大きな洞のなかに、なにか光るものがみえた。
「ねぇ、そこの穴のなか、赤く光ってない?」
「赤? グリーンにみえるが?」
「御面で色の識別がついてないんじゃないの」
「特注品だぞ。そのあたりの御面といっしょにしてもらっては困る」
お、オーダーメイドなんだ。私はあきれながら、洞をのぞきこんだ。
……なにこれ?




