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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第3局 激突!春の個人戦(2日目・2015年4月19日日曜)
35/682

29手目 打ち上げ

 いよいよ表彰式。私たちは、会場の奥に集合し、ぐるりと半円を作った。

 正面に立った会長の箕辺みのべくんは、コホンと咳払いをした。

「それでは、表彰式を開催します。捨神すてがみ九十九つくもくん」

「はい」

 捨神くんはひょっこり現れて、箕辺くんと向かい合った。

駒桜市こまざくらし高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、男子の部優勝、天堂てんどう高校、捨神すてがみ九十九つくも殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰致します。2015年4月19日、会長、箕辺みのべ辰吉たつきち

 箕辺くんは、賞状を手渡した。拍手ぅ。

「ありがとうございます」

「優勝を記念して、なにか一言」

「そうですね……去年の秋は準優勝だったので、すなおに嬉しいです」

 このふたりが丁寧語で話していると、違和感がある。うわさによると、箕辺くん、捨神くん、葛城かつらぎくんの3人は、幼なじみらしい。

 全体がもう一度拍手して、捨神くんは古谷ふるやくんと交代した。

「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、男子の部凖優勝、清心せいしん高校、古谷ふるや兎丸うさまる殿。以下、同文です」

 拍手ぅ。

「なにか一言」

「決勝は捨神先輩ということで、非常に苦しい戦いでした。最後は大差でしたが、高校生活で悔いの無い将棋を指せるよう、これからもがんばっていきたいと思います」

 ずいぶんと、あっさりかつ模範的な挨拶だった。

 殺人兎さつじんうさぎっていうあだ名は、やっぱりウソなんじゃないかしら。

 松平まつだいらにからかわれたかも。

「女子の表彰に移ります。不破ふわかえでさん」

「ういーッす」

 不破さんは口に飴玉をくわえたまま、前に出た。お行儀が悪い。

 賞状の受け渡しが、箕辺くんから葛城くんに交代する。

「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、女子の部優勝、天堂高校、不破楓殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰致します。2015年4月19日、副会長、葛城ふたば」

 葛城くんは、賞状を手渡した。

「おめでとうございまぁす」

「サンキュ」

「なにか一言あるかなぁ?」

 不破さんは左手で賞状をひらひらさせながら、ギャラリーに向き直った。

「今年は、姫野ひめののババァも売れないアイドルもいねぇから、張り合いがなかったぜ。おまえら、もっと気張っていけよなぁ」

 なんじゃそりゃ。めちゃくちゃなコメント。

 広報委員の葉山はやまさんだけ、やたらと喜んでいた。

 プロレス的興行禁止。

「ふえぇ……次、大場おおばさん、どうぞぉ」

 不破さんが引っ込んで、大場さんと交代した。

「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、女子の部凖優勝、駒桜北こまざくらきた高校、大場おおば角代すみよ殿。以下、同文です」

 大場さんは、賞状を両手で受け取った。あんまり元気がない。

「おめでとうございまぁす」

「ありがとうございますっス」

「なにかコメントはありますかぁ」

「次回こそ優勝を狙うっス! あそこのギャルをボコボコにするっス!」

 意気消沈してると思ったら、そうでもなかった。

 一方、指をさされた不破さんは、

「どこをどうみたら、あたしがギャルなんだよ」

 と言って、舌打ちをした。

「ギャルじゃなかったら、ファションセンスの悪い不良っス」

 大場さんの反論に、不破さんは大笑いした。

「アハハ、あんたに言われたくないよ。変な制服着てるくせに」

 あ……これは……。

 大場さんは賞状を五見いつみくんに押し付けると、不破さんに詰め寄った。

すみちゃんの制服の、どこが変なんっスか!?」

「どこをどうみたら、変じゃないんだよ?」

「みんな変だって言わないっス!」

「知らぬが仏だろ。絶対みんな変だと思ってるぞ」

 不破さんはそう言って、周囲に目配せした。みんな目逸らし。

「クーっ! マジで頭にきたっス! すみちゃんともう一回勝負するっス!」

「ああ、いいぜ。どうせ、あたしが勝つからね」

「はいはい、そこ喧嘩しないでねぇ。なにか連絡事項はあるかなぁ?」

 特になし。

「では、以上で2015年度春季個人戦を終わりまぁす。おつかれさまでしたぁ」

「おつかれさまでした」

 ガヤガヤと撤収が始まった。

 天堂高校は男女の部征覇ということで、盛大にお祝いするらしい。

「松平、どうする? さすがに帰りましょうか?」

「そうだなぁ……つじーん、くららん、サーヤも先に帰ったみたいだし……」

 私たちが相談していると、箕辺くんに声をかけられた。

「松平先輩、裏見うらみ先輩、おつかれさまです」

「おつかれさま。なにか用?」

 このあと駒桜こまざくら市立いちりつ高校で打ち上げをする、と箕辺くんは伝えた。

「先輩たちも、いかがですか。受験生ですから、無理にとは言いませんけど」

「そうねぇ……松平は?」

「俺は夕食代もらってるし、いいぞ」

「たち消えになった優勝パーティー代?」

 私がたずねると、松平は後頭部をかいて、

「あはは、まあな」

 と苦笑いした。

「まったく……じゃあ、私も付き合うわ」

「あ、よろしいですか?」

 私も優勝パーティー代もらってるのよ。会長なら察しなさい。


  ○

   。

    .


 というわけで、やってまいりました。いつものファミレスです。

「ほかの高校も来るかと思ったら、そうでもなかったな」

 松平はドリンクバーのジュースを飲みながら、あたりをきょろきょろした。

「今回は天堂が全部持っていっちまったし、お祝いって感じじゃないわけか」

 箕辺くんは、すこし残念そうな顔をして、

「ですね……ところで、3年生の方々にも集まっていただいたので、ご相談が……」

 と切り出した。もう、こういうときの相談って、ロクでもないんだから。

 勘で分かる。

「男女合併の話でしょ?」

 箕辺くんは、「うッ」という顔で青ざめた。

「なぜそれを?」

「この時期に3年生の男子まで集めて話し合わないといけないことって、それくらいしかないでしょ。団体戦のオーダーは全部任せてあるわけだし、そもそも出られないのはあらかじめ言ってあるわけだから」

「ご、ご明察です……というわけで、今日の議題は……」

「ダメよ。男女合併は認めません」

 この件については、若干予備知識が必要だ。

 駒桜市立高校の将棋部は、私が入学する以前に、不祥事でお取り潰しになった。なんで今も活動しているかと言うと、お取り潰しになった原因(賭け麻雀)に参加していたのが全員男子だったから、女子将棋部として再スタートになったのだ。

 と、ここまで説明すると、なんで松平や箕辺くんもいるのか、って話になる。じつは、松平たちは、将棋部じゃなくて、将棋同好会という別の団体に所属しているのだ。

 そして、目下揉めているのが、女子将棋部と将棋同好会の合併について。

「ま、まだ相談内容を言ってないんですが……ダメですか?」

「ダメなものはダメよ。いろいろ条件を付けるつもりなんだろうけど、結論として、合併は認めません」

「まあ、裏見、話くらいは……」

「松平、あんたは黙ってなさい」

「はい」

 私は、断固とした姿勢をみせた。すると、主将の飛瀬とびせさんと部長の来島くるしまさんは、

「これは尻に敷かれてるね……援軍の見込みなし……」

「だね。だいたい予想はついたけど」

 と、ひそひそ話を始めた。聞こえてるわよ。

 しばらく沈黙が続いたあと、部長の来島さんが静寂をやぶった。

「どうしても、ダメなんですか?」

「これは感情論とかじゃなくて、今後の連盟との付き合いからも認められないわ。駒桜市の高校将棋連盟は、1校につき1クラブの登録が原則なの。うちだけ例外扱いしてもらっているのは、『男子は団体戦には出さない』っていう約束をしたからよ」

 私と卒業した傍目はため先輩のふたりで、この件について交渉したのだ。

 だから、当事者としてものを言わせてもらう権利があるってわけ。

「ようするに、その約束を守り続ければいいわけですよね?」

「できないでしょ。来島さんたちが在学中はいいとして、あとはどうするの?」

「OBとして圧力をかければいいと思います」

「かけられる圧力に限界があるわ。しょせんは部外者なんだから」

 来島さんはちょっと視線を落として、

「いろいろあるんだけどなぁ」

 とつぶやいた。なんですか、暴力ですか。暴力禁止。

 ここで、主将の飛瀬さんに発言が渡った。

「現実問題として、女子だけでやっていくのはムリがあるような……」

藤女ふじじょはちゃんと運営してるわよ」

「あそこは女子校なので……戦力もあるし……」

「姫野さんのときに強かっただけでしょ。今ではそうでもないわ」

「どーこーがーそうでもないですって?」

 うわぁッ!?

 ふりかえると、サーヤが腰に手をあてて立っていた。

香子きょうこちゃん、今、うちの悪口が聞こえたみたいだけど?」

 私は激しく首を振った。

「言ってない、言ってない」

「ウソおっしゃい……というのはいいとして、となり、失礼するわよ」

 サーヤは、私のとなりに腰をおろした。気まずい。激しく気まずい。

 しかも、内部事情を聞かれた可能性がある。

「香子ちゃん、合併がどうのこうのって聞こえたけど?」

「サーヤ、剣道のやりすぎで耳がおかしくなってるのよ。病院に行ったほうがいいわ」

「あのねぇ……ま、じつは、それと絡んで、ちょっと話があるの」

 ん? なんか相談されそう? 私は身構えた。

 サーヤは話を整理するために、持参していたオレンジジュースを飲んだ。

市立いちりつは、現状の団体戦について、どう思う?」

「どう、って言われても……」

「満足? 不満足?」

 私は、どちらとも言えないと答えた。ごまかしにいく。

 サーヤは両腕を胸元で組んで、椅子にもたれかかった。

「私は不満があるの」

 ぶっちゃっけたわね。この発言は強すぎる。

 私は理由をたずねた。

「ひとつ、男女混合でやってる意味が、まったくないわ。県大会は男女別なんだから、男子は男子、女子は女子で決めるのが本筋でしょ。混合でやっても、けっきょくは男子の1位と女子の1位が県大会進出で、試合数を増やしてるだけよ」

「まあ、それは若干ある……かな」

「ふたつ、試合数が増えたせいで、幹事の仕事はめちゃくちゃたいへんになってるの。私と冬馬とうまが副会長、会長をやって実感したことだから、現場の声よ。箕辺くんたちも、そう思うでしょ?」

 箕辺くんは、はぁ、と煮え切らない返事をした。

「みっつ、じゃあなんでこんなことになっているかっていうと、一昨年と去年に卒業したOGが、『男子チームに勝ちたい』っていうエゴを通したから。運営上のメリットじゃなくて私情で混合にしたから、私たち後輩が困ってるってわけ。ちがう?」

「いや、まあ、あの混合のときの話し合い*はおかしかったとは思うけど……」

「でしょ。というわけで、私は現状に不満があるの」

 どう反応したものか。サーヤの愚痴なのか、それともべつの意図があるのか。

 私はとりあえず、それが藤女の総意なのかどうかをたずねた。

「総意じゃないわ。私の個人的見解」

「んー、だったら、まずは藤女のほうで話し合いを……」

「話し合ったわよ。ヨッシーはOGが怖いからなにも言わないし、部長の金子かねこさんは文芸部が本職でなにも分かってないし、主将のポーンさんはあれでしょ。1年生は変な子ばっかりで、話し合いにならないのよ」

 サーヤは、どんどんとテーブルを叩いた。

 酔ってるんですか? ここまで荒れるってことは、なにか理由があるんじゃないの?

 萎縮する市立陣営をよそに、サーヤは歯ぎしりした。

「おかげで運営がいそがしすぎて、冬馬とのハッピーラブラブハイスクールライフが全然進まなかったじゃないのよ。駒桜の連盟はブラック企業よ。恋愛権を侵害してるわ」

 けっきょく私情かい。呆れ。

 とはいえ、そのまえにあげられた3つの理由は、どれも尤もに思えた。

「で、サーヤとしては、どうしたいの?」

 よくぞ聞いてくれましたとばかりに、サーヤはグラスを持ち上げた。

「こうなったら、市立は女子将棋部ってことで、男女別にもどして欲しいのよ」

「えぇ、さすがにそれは朝令暮改ちょうれいぼかいでしょ」

「おかしなものはサクッと改正。これが社会をよくする秘訣よ」

 そうかなぁ。私はそこまで考えて、ふとあることを思いついた。

「分かったわ。じゃあ、今の話は一応聞いといたってことで」

「あら、香子ちゃん、ずいぶんと物分かりがいいのね」

「一応聞いといたってだけよ。そういうのは、2年生以下の課題だから」

 サーヤは私の真意を見抜けなかったらしく、きょとんとした。

 でも、話を聞いてもらえたことで満足したのか、席を立った。

「それじゃ、また次の模試で会いましょう」

「えぇ、おたがいに頑張りましょう」

 バイバーイ……むふふふ。私はご満悦で烏龍茶を飲んだ。

「というわけで、今後男女合併の話をするときは、藤女にも配慮してもらわないといけないから、そのあたりよろしくね」

 私の一言に、2年生から悲鳴があがった。

「この女、狡猾さが常軌を逸している……地球人は汚い……」

「松平先輩も、いろいろ考えなおしたほうが良さそう」

「オホホホ、飛瀬さん、来島さん、なにか文句でも?」

「……」

「……」

 女子校生の政治は怖いのよ。後輩諸君、よーく覚えておきなさい。

*36手目 会議する少女

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