29手目 打ち上げ
いよいよ表彰式。私たちは、会場の奥に集合し、ぐるりと半円を作った。
正面に立った会長の箕辺くんは、コホンと咳払いをした。
「それでは、表彰式を開催します。捨神九十九くん」
「はい」
捨神くんはひょっこり現れて、箕辺くんと向かい合った。
「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、男子の部優勝、天堂高校、捨神九十九殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰致します。2015年4月19日、会長、箕辺辰吉」
箕辺くんは、賞状を手渡した。拍手ぅ。
「ありがとうございます」
「優勝を記念して、なにか一言」
「そうですね……去年の秋は準優勝だったので、すなおに嬉しいです」
このふたりが丁寧語で話していると、違和感がある。うわさによると、箕辺くん、捨神くん、葛城くんの3人は、幼なじみらしい。
全体がもう一度拍手して、捨神くんは古谷くんと交代した。
「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、男子の部凖優勝、清心高校、古谷兎丸殿。以下、同文です」
拍手ぅ。
「なにか一言」
「決勝は捨神先輩ということで、非常に苦しい戦いでした。最後は大差でしたが、高校生活で悔いの無い将棋を指せるよう、これからもがんばっていきたいと思います」
ずいぶんと、あっさりかつ模範的な挨拶だった。
殺人兎っていうあだ名は、やっぱりウソなんじゃないかしら。
松平にからかわれたかも。
「女子の表彰に移ります。不破楓さん」
「ういーッす」
不破さんは口に飴玉をくわえたまま、前に出た。お行儀が悪い。
賞状の受け渡しが、箕辺くんから葛城くんに交代する。
「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、女子の部優勝、天堂高校、不破楓殿。あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰致します。2015年4月19日、副会長、葛城ふたば」
葛城くんは、賞状を手渡した。
「おめでとうございまぁす」
「サンキュ」
「なにか一言あるかなぁ?」
不破さんは左手で賞状をひらひらさせながら、ギャラリーに向き直った。
「今年は、姫野のババァも売れないアイドルもいねぇから、張り合いがなかったぜ。おまえら、もっと気張っていけよなぁ」
なんじゃそりゃ。めちゃくちゃなコメント。
広報委員の葉山さんだけ、やたらと喜んでいた。
プロレス的興行禁止。
「ふえぇ……次、大場さん、どうぞぉ」
不破さんが引っ込んで、大場さんと交代した。
「駒桜市高校将棋連盟主催、2015年度春季個人戦、女子の部凖優勝、駒桜北高校、大場角代殿。以下、同文です」
大場さんは、賞状を両手で受け取った。あんまり元気がない。
「おめでとうございまぁす」
「ありがとうございますっス」
「なにかコメントはありますかぁ」
「次回こそ優勝を狙うっス! あそこのギャルをボコボコにするっス!」
意気消沈してると思ったら、そうでもなかった。
一方、指をさされた不破さんは、
「どこをどうみたら、あたしがギャルなんだよ」
と言って、舌打ちをした。
「ギャルじゃなかったら、ファションセンスの悪い不良っス」
大場さんの反論に、不破さんは大笑いした。
「アハハ、あんたに言われたくないよ。変な制服着てるくせに」
あ……これは……。
大場さんは賞状を五見くんに押し付けると、不破さんに詰め寄った。
「角ちゃんの制服の、どこが変なんっスか!?」
「どこをどうみたら、変じゃないんだよ?」
「みんな変だって言わないっス!」
「知らぬが仏だろ。絶対みんな変だと思ってるぞ」
不破さんはそう言って、周囲に目配せした。みんな目逸らし。
「クーっ! マジで頭にきたっス! 角ちゃんともう一回勝負するっス!」
「ああ、いいぜ。どうせ、あたしが勝つからね」
「はいはい、そこ喧嘩しないでねぇ。なにか連絡事項はあるかなぁ?」
特になし。
「では、以上で2015年度春季個人戦を終わりまぁす。おつかれさまでしたぁ」
「おつかれさまでした」
ガヤガヤと撤収が始まった。
天堂高校は男女の部征覇ということで、盛大にお祝いするらしい。
「松平、どうする? さすがに帰りましょうか?」
「そうだなぁ……つじーん、くららん、サーヤも先に帰ったみたいだし……」
私たちが相談していると、箕辺くんに声をかけられた。
「松平先輩、裏見先輩、おつかれさまです」
「おつかれさま。なにか用?」
このあと駒桜市立高校で打ち上げをする、と箕辺くんは伝えた。
「先輩たちも、いかがですか。受験生ですから、無理にとは言いませんけど」
「そうねぇ……松平は?」
「俺は夕食代もらってるし、いいぞ」
「たち消えになった優勝パーティー代?」
私がたずねると、松平は後頭部をかいて、
「あはは、まあな」
と苦笑いした。
「まったく……じゃあ、私も付き合うわ」
「あ、よろしいですか?」
私も優勝パーティー代もらってるのよ。会長なら察しなさい。
○
。
.
というわけで、やってまいりました。いつものファミレスです。
「ほかの高校も来るかと思ったら、そうでもなかったな」
松平はドリンクバーのジュースを飲みながら、あたりをきょろきょろした。
「今回は天堂が全部持っていっちまったし、お祝いって感じじゃないわけか」
箕辺くんは、すこし残念そうな顔をして、
「ですね……ところで、3年生の方々にも集まっていただいたので、ご相談が……」
と切り出した。もう、こういうときの相談って、ロクでもないんだから。
勘で分かる。
「男女合併の話でしょ?」
箕辺くんは、「うッ」という顔で青ざめた。
「なぜそれを?」
「この時期に3年生の男子まで集めて話し合わないといけないことって、それくらいしかないでしょ。団体戦のオーダーは全部任せてあるわけだし、そもそも出られないのはあらかじめ言ってあるわけだから」
「ご、ご明察です……というわけで、今日の議題は……」
「ダメよ。男女合併は認めません」
この件については、若干予備知識が必要だ。
駒桜市立高校の将棋部は、私が入学する以前に、不祥事でお取り潰しになった。なんで今も活動しているかと言うと、お取り潰しになった原因(賭け麻雀)に参加していたのが全員男子だったから、女子将棋部として再スタートになったのだ。
と、ここまで説明すると、なんで松平や箕辺くんもいるのか、って話になる。じつは、松平たちは、将棋部じゃなくて、将棋同好会という別の団体に所属しているのだ。
そして、目下揉めているのが、女子将棋部と将棋同好会の合併について。
「ま、まだ相談内容を言ってないんですが……ダメですか?」
「ダメなものはダメよ。いろいろ条件を付けるつもりなんだろうけど、結論として、合併は認めません」
「まあ、裏見、話くらいは……」
「松平、あんたは黙ってなさい」
「はい」
私は、断固とした姿勢をみせた。すると、主将の飛瀬さんと部長の来島さんは、
「これは尻に敷かれてるね……援軍の見込みなし……」
「だね。だいたい予想はついたけど」
と、ひそひそ話を始めた。聞こえてるわよ。
しばらく沈黙が続いたあと、部長の来島さんが静寂をやぶった。
「どうしても、ダメなんですか?」
「これは感情論とかじゃなくて、今後の連盟との付き合いからも認められないわ。駒桜市の高校将棋連盟は、1校につき1クラブの登録が原則なの。うちだけ例外扱いしてもらっているのは、『男子は団体戦には出さない』っていう約束をしたからよ」
私と卒業した傍目先輩のふたりで、この件について交渉したのだ。
だから、当事者としてものを言わせてもらう権利があるってわけ。
「ようするに、その約束を守り続ければいいわけですよね?」
「できないでしょ。来島さんたちが在学中はいいとして、あとはどうするの?」
「OBとして圧力をかければいいと思います」
「かけられる圧力に限界があるわ。しょせんは部外者なんだから」
来島さんはちょっと視線を落として、
「いろいろあるんだけどなぁ」
とつぶやいた。なんですか、暴力ですか。暴力禁止。
ここで、主将の飛瀬さんに発言が渡った。
「現実問題として、女子だけでやっていくのはムリがあるような……」
「藤女はちゃんと運営してるわよ」
「あそこは女子校なので……戦力もあるし……」
「姫野さんのときに強かっただけでしょ。今ではそうでもないわ」
「どーこーがーそうでもないですって?」
うわぁッ!?
ふりかえると、サーヤが腰に手をあてて立っていた。
「香子ちゃん、今、うちの悪口が聞こえたみたいだけど?」
私は激しく首を振った。
「言ってない、言ってない」
「ウソおっしゃい……というのはいいとして、となり、失礼するわよ」
サーヤは、私のとなりに腰をおろした。気まずい。激しく気まずい。
しかも、内部事情を聞かれた可能性がある。
「香子ちゃん、合併がどうのこうのって聞こえたけど?」
「サーヤ、剣道のやりすぎで耳がおかしくなってるのよ。病院に行ったほうがいいわ」
「あのねぇ……ま、じつは、それと絡んで、ちょっと話があるの」
ん? なんか相談されそう? 私は身構えた。
サーヤは話を整理するために、持参していたオレンジジュースを飲んだ。
「市立は、現状の団体戦について、どう思う?」
「どう、って言われても……」
「満足? 不満足?」
私は、どちらとも言えないと答えた。ごまかしにいく。
サーヤは両腕を胸元で組んで、椅子にもたれかかった。
「私は不満があるの」
ぶっちゃっけたわね。この発言は強すぎる。
私は理由をたずねた。
「ひとつ、男女混合でやってる意味が、まったくないわ。県大会は男女別なんだから、男子は男子、女子は女子で決めるのが本筋でしょ。混合でやっても、けっきょくは男子の1位と女子の1位が県大会進出で、試合数を増やしてるだけよ」
「まあ、それは若干ある……かな」
「ふたつ、試合数が増えたせいで、幹事の仕事はめちゃくちゃたいへんになってるの。私と冬馬が副会長、会長をやって実感したことだから、現場の声よ。箕辺くんたちも、そう思うでしょ?」
箕辺くんは、はぁ、と煮え切らない返事をした。
「みっつ、じゃあなんでこんなことになっているかっていうと、一昨年と去年に卒業したOGが、『男子チームに勝ちたい』っていうエゴを通したから。運営上のメリットじゃなくて私情で混合にしたから、私たち後輩が困ってるってわけ。ちがう?」
「いや、まあ、あの混合のときの話し合い*はおかしかったとは思うけど……」
「でしょ。というわけで、私は現状に不満があるの」
どう反応したものか。サーヤの愚痴なのか、それともべつの意図があるのか。
私はとりあえず、それが藤女の総意なのかどうかをたずねた。
「総意じゃないわ。私の個人的見解」
「んー、だったら、まずは藤女のほうで話し合いを……」
「話し合ったわよ。ヨッシーはOGが怖いからなにも言わないし、部長の金子さんは文芸部が本職でなにも分かってないし、主将のポーンさんはあれでしょ。1年生は変な子ばっかりで、話し合いにならないのよ」
サーヤは、どんどんとテーブルを叩いた。
酔ってるんですか? ここまで荒れるってことは、なにか理由があるんじゃないの?
萎縮する市立陣営をよそに、サーヤは歯ぎしりした。
「おかげで運営がいそがしすぎて、冬馬とのハッピーラブラブハイスクールライフが全然進まなかったじゃないのよ。駒桜の連盟はブラック企業よ。恋愛権を侵害してるわ」
けっきょく私情かい。呆れ。
とはいえ、そのまえにあげられた3つの理由は、どれも尤もに思えた。
「で、サーヤとしては、どうしたいの?」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、サーヤはグラスを持ち上げた。
「こうなったら、市立は女子将棋部ってことで、男女別にもどして欲しいのよ」
「えぇ、さすがにそれは朝令暮改でしょ」
「おかしなものはサクッと改正。これが社会をよくする秘訣よ」
そうかなぁ。私はそこまで考えて、ふとあることを思いついた。
「分かったわ。じゃあ、今の話は一応聞いといたってことで」
「あら、香子ちゃん、ずいぶんと物分かりがいいのね」
「一応聞いといたってだけよ。そういうのは、2年生以下の課題だから」
サーヤは私の真意を見抜けなかったらしく、きょとんとした。
でも、話を聞いてもらえたことで満足したのか、席を立った。
「それじゃ、また次の模試で会いましょう」
「えぇ、おたがいに頑張りましょう」
バイバーイ……むふふふ。私はご満悦で烏龍茶を飲んだ。
「というわけで、今後男女合併の話をするときは、藤女にも配慮してもらわないといけないから、そのあたりよろしくね」
私の一言に、2年生から悲鳴があがった。
「この女、狡猾さが常軌を逸している……地球人は汚い……」
「松平先輩も、いろいろ考えなおしたほうが良さそう」
「オホホホ、飛瀬さん、来島さん、なにか文句でも?」
「……」
「……」
女子校生の政治は怖いのよ。後輩諸君、よーく覚えておきなさい。
*36手目 会議する少女
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