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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第33局 日日杯司会決定オーディション(2015年6月28日日曜)
348/683

336手目 ヒーローは遅れてやってくる

挿絵(By みてみん)


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「8六歩ッ!」

 私は飛車先を突いた。

 伊吹いぶきさんは高らかに笑う。

「なるほどぉ、いい手ですねぇ。すなおに同歩です」

 同飛、8七歩、8一飛。


挿絵(By みてみん)


 これで7四桂は回避した。6五銀の食いちぎりはなくなったはず。

「左がダメなら右から揺さぶっちゃいます。3四歩」

 くッ、これも厳しい。角頭は防ぎようがない。

 2二角、3五銀。

 伊吹さんの銀が復活した。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「私も攻めますッ! 7七歩ッ!」

 伊吹さんは、ここでクスリと笑った。

「ふつうに勝ってもおもしろくないのでぇ、ここは舐めプします」

 大盤のうえで金がスライドする。


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜ッ!! 私は背中が熱くなるのを感じた。

 こんなの成立するわけないでしょ。角筋が通ってるのよ。

 私はいきおい、5五銀としかけた。けど、そこで手がとまる。

 待ってよ……もしかして1五角がある?


挿絵(By みてみん)


(※図は内木うちきさんの脳内イメージです。)


 4一玉と逃げて……いや、崩壊する。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「1四歩」

 私は間一髪で端歩を突いた。

「チッ、気づきやがりましたか。7四歩です」

 私はここで5五銀と出た。

「舐めプ、第二弾ッ! 7七桂ですッ!」


挿絵(By みてみん)


 〜〜〜〜ッ!! 潰すッ!

「6六銀ッ!」

「そっちを取りましたか。懸命です。同歩」

 私は7六歩と打って、桂頭を叩いた。

 6五桂、同歩、7三歩成、同金、7四歩。

「それは放置ッ! 6七桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ここが急所だ。同金なら6六歩の伸ばしが激痛になる。

「ん〜、ちょっと危なくなってきましたかねぇ……同金」

 取ってきた。受けに自信あり? いや、そんなの関係ない。

 6六歩、6八金、6七歩成、同金。

「伊吹さんッ! 強がりもここまでッ! 8八角成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 こっちは飛車が利いている。成りこめば寄りだ。

 伊吹さんも軽口がなくなって、真剣に読み始めた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同玉です」

 7七銀、同金、同歩成、同玉、7六歩、同玉。

 成りこみは目前。

 7五歩、7七玉、6六金、同玉。

「8七飛成ッ!」


挿絵(By みてみん)


「うーん、成られちゃいました。とはいえ、駒を渡しすぎじゃないですかぁ?」

「終盤は駒得より寄せの速度。常識よ、伊吹さん」

「ま、そうとも言いますね。6五角です」

 私は8六龍と引いて、6七玉に6六金と打った。

「伊吹さん、もしかしてうっかりですか? 王手角取りですけど?」

「終盤は駒得より寄せの速度って言ったのは、どこのアイドルですかぁ?」

 伊吹さんは、手のひらをひらひらさせておどけた。

 マジでムカつく。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「とりあえず逃げます。5八玉」

 私は6五金で角を回収。

 7三歩成、8五角といったん自陣に利かせてから、4八玉に8九龍と突っ込んだ。


挿絵(By みてみん)


「8九龍……8九龍ですか」

 伊吹さんは、眼帯がんたいをつけていないほうの目で大盤を凝視した。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 伊吹さんは黙って3九飛と引いた。

 飛車龍交換のおさそい……ん? 私の脳裏に、ひらめきが舞いおりた。

「伊吹さん、それは悪手ですッ! 5八角成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 飛車を抜くッ! 会場内に伊吹さんの悲鳴がこだました。

「ひ、ひえぇ〜、ですッ! そんなうっかりッ!」

「待ったはナシよ、伊吹さん」

 伊吹さんは10秒ほどで同玉と取った。

 私は3九龍で飛車を取る。これが銀取りの先手だ。

 すると、伊吹さんはとつぜん笑い始めた。

「アハハのハ、です。レモンちゃん、そんなうっかりで、伊吹に勝てると思いました?」

「うっかり? うっかりしてたのは伊吹さん、あなたでしょ?」

 伊吹さんはクククと笑って、両手を腰にあてた。胸を張る。

「いいえ、うっかりは、レモンちゃん、あなたです」


 パシーン!


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ……詰んでる気がする。

「レモンちゃん、どうしましたぁ?」

「……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 私は5二同銀と取った。

「6二金」

「……4一玉」

「逃げてもムダです」

 伊吹さんは5二金と寄った。


挿絵(By みてみん)



 ダメだ……3一玉と逃げても4二金打以下で詰んでしまう。

「2.6ポイントは、残念ながら落ちてませんでしたねぇ」

 伊吹さんのコメントと同時に、アラームが鳴った。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 審査員から拍手が起こった。

《すばらしい対局だった……それでは、採点を始めよう》


 ダダダダダダダ……ダーン


挿絵(By みてみん) 


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」

 壇上で伊吹さんがさけんだ。

《どうした? 採点結果に不満かね?》

「わたしが9点なのはいいとして、なんでレモンちゃんがこんなに高いんですかッ!?」

《ふむ……採点に対する異議は原則として認めていないのだが、今回は点数のバラツキも大きい。特別に認めよう。では、審査員諸君、結城ゆうきくんからコメントしてくれたまえ》

 結城くんは席を立って、スマイルで答えた。

「みなさん、おつかれさまでした、結城です。勝敗とかはよくわかっていないんですが、最後の試合はとても白熱していて、おもしろかったので、おふたりを同点としました」

《なるほど、では、葉隠はがくれくん》

「俺も結城とおなじだ。将棋はわからないが、最後の試合はふたりともしっかりと熱い演技をしてくれていた。まるで長年のライバルのようで、良かったぞ」

 冒頭ふたりは、ようするに将棋要素なしで採点したらしい。

 こんどは将棋勢にうつる。

香宗我部こうそかべくんは、どうだ》

「あ、はい、えーと……僕はいちおう将棋を理解しているので、おふたりの演技以外に、勝ち負けで1点つけました」

《なるほど、松陰まつかげくんは?》

「私はそこで2点差をつけました。ほかの審査員より棋力を重視した結果になりました」

《それはそれでよかろう。さて……最後に難波なんばくんのコメントをもらおうか》

 難波さんは、ニヤニヤしながら立ち上がった。

「いやぁ、ええ試合やったわ。ふたりとも通過して欲しかったから高得点つけたで」

 なんだか、理由になっているような、いないような。

 囃子原はやしばらくんは笑ってこちらへ向きなおった。

《というわけで、審査員は公正な審査をしてくれたものと思う。それでは、ここで足切りになってしまった参加者諸君、人生は有限だが、チャンスが1回キリということはない。囃子原グループは、がんばるみんなを応援するものだ。また会おう》

 

  ○

   。

    .


 ガタンと、ペットボトルが取り出し口に落ちた。

 オーディションホールを出て、右手に曲がったところにある休憩所。私は控え室にはもどらずに、だれもいないスペースでひと息ついた。ブーンという自販機の音のほかは、なにも聞こえない。

 私はキャップを開けて、スポーツドリンクをひとくち飲む。

 うっすらとした甘味を楽しんでいると、うしろから傍目はため先輩の声がした。

「ボーダー通過、おめでとうございます」

 私はキャップを締めなおして、ひとこと、

「ギリギリでした。平均と2.7ポイント差だったので、最下位通過だと思います」

 と答えた。

「最下位でも通過は通過です……ところで、のこりの課題数をご存知ですか?」

 私は、知らないと答えた。募集要項には書かれていなかったからだ。

 口頭説明もなかった。

「これは推測ですが、募集要項によれば、審査は朝9時から夕方の5時まででした。1つの課題に1時間程度と考えると、午前に3つ、午後に3つ。つまり、のこりは2つです」

「なるほど……それっぽいですね」

 そうなると困るのは……私だ。足切り通過の8人中8位。ここから2課題でトップにおどり出るには、そうとうがんばらないといけない。

「あ、それと、オーディションのあとで聞こうかとも思ったのですが……あの眼帯をしたアイドル……夜ノよるの伊吹いぶきさんでしたか。彼女は、参加者のなかで棋力が飛び抜けて高いようですが、どこのどなたですか?」

「近畿のアイドルグループTKY13のレギュラーメンバーです。各人がモンスターにふんした衣装を着ているのが特徴の、個性派集団です」

「ふつうにアイドルをなさっているかたなのですね。世の中、広いと言いますか、高校将棋界がすべてではないのだと実感しました。じつは、以前お見かけしたことがあるような気もしたのですが……気のせいでしたね」

 気のせいじゃない。N良代表の忌部いんべ安子やすこさんだ。もちろん、傍目先輩が気づかないのもムリはない。忌部さんは、ふだんはほとんどしゃべらないし、サ○コみたいな雰囲気で、髪にくしもかけてこないような子だ。それでアイドルグループのレギュラー入りをしたのは、スカウトとマネージャーがよほど優秀なのだろう。

「内木さん、どうかしましたか?」

「いえ、ちょっと考えごとを……」

「それでは、のこりの課題もがんばってください。同郷として応援しています」

 傍目先輩はそう言って、オーディションホールの方向に消えた。

 私は肩を落とす。ここまでの成績は、お世辞にもいいとはいえない。アイドルのなかで自分の棋力はトップクラスだ。そういうおごりがあったのかもしれないとも思う。あくまでも司会としての能力が求められているわけで、これは将棋大会じゃな――

「レモン、ずいぶん気落ちしているようだな」

 とつぜんの呼びかけに、私はハッとなった。

「その声は……」

 ふりかえると、自販機のそばのかべに、ひとりの男性がよりかかっていた。

 立ったまま足を組み、2本指で敬礼のマネをする。

「ヒーローは遅れてやってくる。将棋仮面、ただいま参上」

場所:日日杯オーディション@囃子原グループ本社ビル

先手:夜ノ 伊吹

後手:内木 檸檬

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲2五歩 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △2二銀

▲4八銀 △3三銀 ▲3六歩 △6二銀 ▲3七銀 △6四歩

▲6八玉 △6三銀 ▲7九玉 △5四銀 ▲4六銀 △4四歩

▲3五歩 △4五歩 ▲3四歩 △同 銀 ▲3七銀 △3三角

▲7八金 △7四歩 ▲5八金 △6二金 ▲6八金右 △7三桂

▲3八飛 △7五歩 ▲同 歩 △6五桂 ▲2六銀 △4三銀左

▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛

▲3四歩 △2二角 ▲3五銀 △7七歩 ▲8八金 △1四歩

▲7四歩 △5五銀 ▲7七桂 △6六銀 ▲同 歩 △7六歩

▲6五桂 △同 歩 ▲7三歩成 △同 金 ▲7四歩 △6七桂

▲同 金 △6六歩 ▲6八金 △6七歩成 ▲同 金 △8八角成

▲同 玉 △7七銀 ▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △7六歩

▲同 玉 △7五歩 ▲7七玉 △6六金 ▲同 玉 △8七飛成

▲6五角 △8六龍 ▲6七玉 △6六金 ▲5八玉 △6五金

▲7三歩成 △8五角 ▲4八玉 △8九龍 ▲3九飛 △5八角成

▲同 玉 △3九龍 ▲5二銀 △同 銀 ▲6二金 △4一玉

▲5二金


まで103手で夜ノの勝ち

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