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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第33局 日日杯司会決定オーディション(2015年6月28日日曜)
345/682

333手目 第2課題:対局者インタビュー

 ここは選手ひかえ室。

 イベントホールの裏手。スタッフオンリーのドアから入れる場所だ。

 室内にはテーブルがならべてあって、応募者はおたがいに距離をおきつつ着席した。

 顔見知りなのか、かたまって座っているグループも少しだけあった。

 私は支給品のペットボトルをにぎりしめ、落胆していた。

内木うちきさん、そう落ち込まないでください。一発勝負ではありません」

 傍目はため先輩は、なぐさめの言葉を口にした。

「はい……」

 わかっている。わかってはいるけど……心の整理ができない。

 伊吹いぶきさんとペアになった不運もある。でも、それは大した問題じゃない。抽選に幸不幸はつきものだ。私が気にしているのは、葉隠はがくれくんに思いっきり怒られたこと。あの冷淡な態度には、強い怒りを感じた。プロ意識の欠如に対する叱責だ。あの大盤解説は、司会のテクをみているだけで、私と伊吹さんの棋力勝負じゃなかった。

 私は大きく息をついた。

「次は感情抜きで、司会役に徹します」

「は、はい……私はこの手の業界にうといので、特にアドバイスもできませんが、がんばってください……囃子原はやしばらくんに呼ばれているので、そろそろ失礼します」

 傍目先輩はそう言い残して、ひかえ室を出て行った。

 すれちがうように、スタッフのひとが顔をのぞかせた。

「みなさん、ステージへ移動してください」

 私は意を決して立つ。ペットボトルをテーブルのうえに置いた。

 ほかの子も移動を始めていた。列に並ぶ。

 ひかえ室を出ると、数人のおじさんおばさんがステージのうえに立っていた。

 囃子原先輩のマイクが入る。

《それでは、2回戦に入ろう。インタビュー対決だ。ステージのうえにいるのは、囃子原グループのなかで将棋を指せるメンバーだ。抽選でマッチングしたひとに、インタビューをしてもらいたい。くりかえしになるが、将棋に限定する必要はない。世間話でもなんでもよいから、個性を発揮してくれたまえ》

 さきほどとおなじように、ボールを引いて順番を決めた。

 私は5番目になった。

 最初の応募者は、けっこう場慣れしている感じがあった。おそらく、インタビュー経験があるのだろう。2人目は緊張していたらしく、前半がぐだぐだだった。3人目は、前のふたりを踏まえたうえで、バランスをとってきた。

 評価は、すぐには公表されなかった。審査員5名は、メモをしながら聞き入っている。あとでまとめて発表されるのだろう。採点形式も変化するようだ。

「これ、後半のほうが有利じゃないですかねぇ」

 うしろで伊吹いぶきさんの独りごとが聞こえた。

 私はそうは思わない。後半になればなるほど、ネタは出尽くす。インパクトが薄くなるから、高評価は望めない。5番というのは、そこそこいい位置だった。まだ運には見放されていないようだ。

 4人目が終わって、いよいよ私の名前が呼ばれた。

 マイクを受け取って、ひと呼吸おく。スマイル、スマイル。

「こんにちは、内木レモンと言います。よろしくお願いします」

「よろしく」

 私のお相手は、三角縁のメガネをかけた赤いスーツの女性だった。

 ずいぶんと派手な服装だ。とはいえ、やることはひとつ。

「それでは対局を拝見させていただきます。これがその局面ですか?」


挿絵(By みてみん)


「そうよ」

 女性はそう答えただけで、言葉を続けなかった。

 自分から会話をひっぱらないタイプか。やりにくい。

「お姉さんは先手ですか? 後手ですか?」

「後手」

「どちらの手番ですか?」

「後手が5四銀と引いたところ」

「つまり、相手の手番ということですね。形勢は……五分ですか」

「内木さんなら、なにを指してみたい?」

 まるで性格が一変したかのように、いきなり振ってきた。

 審査員の視線を感じる。とくに将棋を指せるメンツは、興味津々といった様子だ。

 ここは恥をかけない。高速で読みをいれる。

「そうですね……5五歩でしょうか」

「理由は?」

「5五歩、同角、3五歩の攻めを考えています……本譜はなんでしょうか?」

「本譜のまえに5五歩をやりましょう」

 女性に主導権をにぎられてしまった。

 反対するわけにもいかない。すなおに従っておく。

 私は大盤の駒をうごかした。

「5五歩と突いて……後手は同角と取るしかありません」

「そこから3五歩?」

「はい」

 女性は黙って同歩と取った。

 私は同飛と走る。

 女性はすかさず6五歩と突いた。


挿絵(By みてみん)


 ……ッ! やらかしたッ!

「さぁ、内木さん、どうするの? 同歩?」

「ど、同歩はないです」

「飛車を走った以上、この局面は想定済みなんでしょ?」

 ぐッ……私は歯を食いしばりかけた。かろうじて笑顔をたもつ。

 王様が7九にいるから、4六角と出られたら終わる。

 例えば6六歩と取り込まれたときに、同銀、4六角の王手飛車だ。

「そ、そうですね……一回3六飛と引きます」

「どうして引くの? 3五歩と一貫性がないような気がするわ」

 このひと……強い。何段かはわからない。けど、5五歩〜3五歩がダメなのは、最初から見抜いていたようだ。私は四苦八苦しながら答えた。

「4四角と戻られないうちに、交換しておいたほうがいいかな、と……」

「読み抜けじゃなくて?」

 ぐッ……私は正直に答えた。

「はい、多少読み抜けていたところもありました。すこし局面をもどして……」


 ヴィー

 

 ブザーが鳴った。タイムアップ。

 私は壇上から降りた。次の選手と交代する。

 あんまりうまくいかなかったような……不安になる。

 ほかの出演者は、次々と演技を済ませていった。

《以上で2回戦は終了だ。採点結果をみせてもらおう》

 小太鼓が軽快に鳴った。スクリーンに全参加者の得点が映し出される。

 

 ・

 ・

 大城風香  6.6点   

 内木レモン 5.4点

 天城せいら 6.0点

 ・

 ・

 

 悪くはないけど、良くもない……いや、ほかの応募者をみるかぎり平均未満だ。

《全体平均は5.8か。なかなか高度な戦いだった。それでは、3回戦に移る。次は相互に観戦できないようにしたい。全員、ひかえ室へもどってくれたまえ》

 私たちはふたたびひかえ室へもどった。

 ひと息ついた瞬間、スマホが振動した。



 将棋仮面 。o O(どうだ? 正義のために戦っているか?)


 

 ハァ……私は返信せずに放置した。

 しばらくして、もういちど振動音が聞こえた。


 

 将棋仮面 。o O(既読無視はいかんぞ。よい子のお約束だ。)

 

 レモン 。o O(そっちこそなにしてるの?)

 

 将棋仮面 。o O(幽玄の録画をみている。)



 けっきょくみてるのか。週末にごくろうさま。

 

 

 将棋仮面 。o O(で、調子はどうだ?)

 

 レモン 。o O(最悪。このままだと落選ね。)

 

 

 私はなぜか、正直に答えてしまった。あわてて消しかけたけど、先に返信がつく。

 


 将棋仮面 。o O(レモンはマジメすぎる。楽しんでやることだ。)



 ひとの苦労も知らないで、まったく。私は既読をつけて放置した。

 というのも、最初のひとがスタッフに名前を呼ばれたからだ。

 さきほどとは違い、ボールで順番を決めるわけではないらしい。

 室内に緊張が走る。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………肩をつんつんされた。

 ふりむくと、伊吹さんがとなりに座っていた。

 いつのまに席を変えたのだろうか。

 伊吹さんは、テーブルのうえに放置されたスマホに視線をむけた。

「カレシに泣き言ですか?」

「あなたには関係ありません」

「まあまあそう怒らずに。じつは私も、ちょ〜ッと成績がかんばしくないんですよね」

 私は伊吹さんの得点を思い出してみた。

 1回戦が私と同じ3.4で、2回戦が……5.8だ。

「2回戦が平均でよかったですね」

「そうねないでください。提案があるんですけど……」

「提案?」

 伊吹さんは思わせぶりな顔をした。

「どうですか、ここはひとつ共闘しませんか?」

「おことわりします。不正行為じゃないですか」

「そうですかねぇ。ほかの子も、なんだかあやしい動きをしてましたけどぉ」

 伊吹さんはそう言って、室内の子を何人かチラ見した。

 私は動揺する。

「あやしい動きって?」

「お題が出るたびに目配せしあってるグループがいます」

「……で?」

「察しが悪いですね。今回のオーディションにそなえて、おたがいに協力し合ってるメンバーがいるってことですよ。おそらく、課題を予想して、あらかじめ打ち合わせておいたんでしょう」

 そんなことできるのかしら。私は半信半疑だった。他人のなかに蛇をみるひとは、自分のなかに蛇を飼っているものだ。伊吹さんがそういうセコい手を考えるから、まわりのひともそうだと思い込んでいるのでは。

 とりあえず、不正のお誘いは受けない。

「ひとりでがんばりますから、遠慮しておきます」

 伊吹さんは、やれやれという顔をした。

「キレイゴトで生き残れる業界じゃないんですが……ま、健闘を祈ります」

 伊吹さんが席を離れたところで、スタッフのひとがやってきた。

「内木レモンさん、どうぞ」

 私はひかえ室を出た。ステージの大盤にライトが当てられている。


挿絵(By みてみん)


 とりあえず、また将棋――って、え?

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