331手目 逆用
ここはU田の近くにある喫茶店。
O阪名物、卵焼きサンドを食べながらの作戦会議でやんす。
「というわけで、仕込んできたでやんす」
あっしの報告に、千昭姐さんはきょとん。
「なにを?」
「将棋仮面の正体をあばくために、お膳だてをしてきたでやんすよ」
「どこで?」
「駒桜でやんす」
「どないして?」
ご、5W1Hみたいになってきたでやんす。要点に入るでやんす。
「レモンちゃんを日日杯の司会に推薦するよう、捨神兄さんにお願いしたでやんす」
千昭姐さんはびっくりして、椅子から立ちあがったでやんす。
「話がちがうやろ。敵に塩送ってどないするん?」
「おちついて欲しいでやんす。かくかくしかじか」
あっしは今回のプランをくわしく説明。
千昭姐さんも最後は納得顔になったでやんす。
「ははぁん……うちらは対抗で伊吹ちゃんを推す、と」
「そうでやんす。捨神兄さんは、主催者の囃子原兄さんと友だちでやんす。その捨神兄さんの頼みなら、囃子原兄さんも断らないと思うでやんす。それに、囃子原兄さんはお祭り好きでやんす。将棋アイドルの起用には積極的なはずでやんす」
「うちらはうちらで伊吹ちゃんを推せば、枠争いになるって寸法やね。せやけど、我孫子が捨神はんに頼んだのが伝わったら、自作自演だってバレへん?」
「捨神兄さんには、あっしの名前を出さないようにお願いしてあるでやんす。『おなじエンタメ業界の人間として、レモンちゃんに実績を積ませてあげたい』ってのが建前でやんす。捨神兄さんはひとがいいから、疑われてないはずでやんす」
千昭姐さんは手をもみもみ。
「我孫子も悪やねぇ」
「千昭姐さんほどではないでやんす」
「どない意味?」
「て、定型文につっこまれても困るでやんす。とりあえず、千昭姐さんには適当な口実をつくって、囃子原兄さんに連絡をとって欲しいでやんす」
「かまへんよ。それくらいはお安い御用や。ここのコーヒー代で引き受けたる」
えぇ……これだから千昭姐さん関連は出費がかさむでやんす。
あとで経費にしとくでやんす。
「と、それはええとしてやね。将棋仮面の正体がそんなんでわかるん?」
「そこは手を打ってあるでやんす。囃子原兄さんがレモンちゃんvs伊吹ちゃんを組むことが決まったら、そのイベントに何人か高校生将棋指しを呼ぶでやんす。これは伊吹ちゃんが局をつうじて招待状を送ればいいと思うでやんす」
「ははぁん、複数人でチェックすれば正体がわかるかもしれへん、ってことやね。ほな、将棋界にかなりくわしいメンツ……とりあえずH島の傍目はんとK知の香宗我部は呼んでおかんといかんね」
「傍目姐さんはもう卒業して東京へ行ったはずでやんす」
「週末ならヒマやろ。囃子原にヘリでもなんでも使ってもろうたらええ」
人使いが荒いでやんすね。
とはいえ、傍目姐さんはいてくれたほうが助かるでやんす。
学生将棋界の生き字引。体格から判定してくれるかもしれないでやんす。
「それプラス、Y口の松陰姐さんも呼んでおいたほうがいいでやんす。Y口勢は九州との交流があるでやんす。将棋仮面が九州男児だったときに役立つでやんす」
「で、近畿はうちがおればええね」
千昭姐さんはパンと手をたたいて、席を立ったでやんす。
「ほな、時は金なりや。近畿の顔をつぶさんよう、全力でいくでぇ」
○
。
.
*** ここからは内木さん視点です。 ***
「私を日日杯の司会に?」
捨神先輩は、もうしわけなさそうな顔をした。
「め、迷惑だったかな?」
「いえ……たいへんありがたいお話です。しかし、大会の主催は囃子原グループでは?」
「囃子原くんに頼んだら、前向きに検討するって言ってくれたよ」
「そうですか……ありがとうございます」
まあ、芸能界はコネも大事。だいたいこんなものだけど――違和感。
私は藤花女学園の校舎を背景に、すこしばかり思案した。
葉桜のざわめき。足もとで揺れる木陰。
「もともと、各県の強豪が解説をするというお話ではありませんでしたか?」
「うん、解説はべつだね」
「このタイミングで司会を増やすというのは、捨神先輩のご発案ですか?」
「う、うん、そのほうが内木さんも顔が売れていいかな、と思って……」
言わされてる感がする。だれかうしろにいるのかもしれない。
そう直感した私は、質問をかさねた。
「いずれにせよ、面接などがあるのでは?」
「あ、うん、今週末にオーディションがあるらしいんだ。でも、『棋力は重視する』って言ってたから、大丈夫だと思うよ。内木さんは選手として参加でもおかしくないし」
「……わかりました。推薦してくださって、ありがとうございます」
私はその場で先輩とわかれて、いったん学園の敷地へもどった。
藤花女学園には、中等部と高等部がある。私は中等部の所属。3年生。
エスカレーターだから、そのまま高等部へ進学する子が大半だ。
「こんにちは」
部室のドアを開けた。中はオシャレな小物のある洋室。
窓から吹き込む風が、室内を涼やかに流れていた。
そこに香る一輪のバラ。
「レモンちゃん、遅かったね」
窓際に立っていた少年――のかっこうをした少女が、意味深にほほえんだ。
「捨神先輩に呼び出されたらしいけど、用件は?」
「ナツキに話すことじゃないわ。それより、この街に将棋関係者がこなかった?」
「将棋関係者? ……プロとか? 売り込みでもするの?」
「プロとか記者のことじゃなくて、高校生か中学生の将棋指し」
ナツキは納得がいったらしく、すこしだけ真面目な顔をした。
「ああ、なるほどね……我孫子先輩の姿をみた、っていううわさがあったよ」
私はカバンを置きながら顔をあげた。
「ほんとに?」
「高等部の先輩が見かけたらしい。あのひと、そこそこ有名人だからね」
私は、捨神先輩の裏にだれがいるのかを悟った。
ナツキもなにか察したらしく、バラの花を花瓶にもどした。
「もしかして、さっきの呼び出しと、なにか関係があるのかな?」
「いい、これから話すことは高等部の先輩にも話しちゃダメよ」
「ボクの口がかたいのは知ってるだろ」
知っているから話す。ナツキはその点で信用できる。
私は今週末のオーディションのことを説明した。
「ふぅん……ずいぶんと都合のいいチャンスだね」
「ナツキもそう思う?」
「すくなくとも捨神先輩のアイデアじゃないと思うな」
「じゃあ、我孫子先輩のアイデア?」
ナツキは肯定も否定もしなかった。
手近な本棚へ手を伸ばし、1冊の雑誌をとりだした。
「『将棋アイドル、H島でファンと交流』……なかなか売れた見出しだね」
私はナツキのこういうところが苦手。キライじゃないけど。
ナツキは先輩後輩関係なく、はぐらかした会話をすることがある。
裏見先輩だってあっけにとられてたくらいだ。
だけど、キライじゃない。なぜなら、ナツキがマジメに考えてくれている証拠だから。
ナツキは、どうでもいいことに対して率直に返す。
「で、そのタイトルがどうかしたの?」
「いや、ちょっとしたことさ。『人に大切なのは、自信を持つことだ』……チャップリンの言葉だね。人生においてチャンスの扉がひらく回数は多くない。よほどの幸運にめぐまれていないかぎり、ね」
「ようするに売名に使えってこと? 我孫子先輩の罠を?」
ナツキはほほえむだけで、なにも答えなかった。
私は肩をすくめた。
「ナツキの考え、キライじゃないけど、リスクは相応にあるかしら。それに、相手の狙いがわからない。我孫子先輩だってヒマじゃないでしょうに」
「それはきみの胸の内に聞くしかないんじゃないかな」
どうも腹立たしい言い方だ。私にはやましいところはな……待って。
もしかして、あのときのリベンジ? 我孫子+忌部ペアをやぶったときの……いや、それでもおかしい。我孫子先輩はそこまで嫉妬深いようにみえない。しかも、私にリベンジしたいのなら、直接勝負を申し込めばいいだけの話だ。
忌部さんが私に復讐したがってる? これはそこそこ可能性が高い。でも、司会のチャンスをくれるのは妙。なにかこう、イベントとしてやる意味がどこかにあるはずだ。例えば、このイベントで得をする人物、あるいは、損をする人物――いない。
まさか、イベントをひらくこと自体にメリットがある? だれに?
「……なるほどね」
「おっと、もしかして心の闇に答えがあったのかな?」
「ナツキ、アドバイスありがと。練習につきあってちょうだい」
「黒幕に強敵あり……と?」
私はナツキのさぐりを無視して、席についた。駒をならべる。
そのとたん、カバンのなかのスマホが振動した。
将棋仮面 。o O(将棋イベントのオーディションがあるそうだな)
やっぱりね。我孫子先輩が狙ったのは、情報の拡散。
こうしてひっかかる男がいる。
レモン 。o O(あんたはお留守番。御面ライダーの録画でもみてなさい、OK?)




