28手目 男子の部決勝リポート(2)
ギャラリーがざわつく。
こらこら、みんな、反応しちゃダメ。
静粛に、静粛に。
となりの松平も、かなり動揺していた。
「そ、そうか、4五香と取れないのか」
松平のつぶやきに、私はハッとなった。
4五香には6八角があるのだ。
【参考図】
「アハッ、さすがに気づいた?」
捨神くんは、いつものへらへら笑いで尋ねた。
「ええ、気づきました」
古谷くんも、ニッコリ笑い返した。
なごやかな会話にみえるけど、火花がちらほら。
「角を取れないんじゃキツいけど、しょうがないよね」
捨神くんはそう言って、8四歩と突いた。
古谷くんは、5四角と逃げる。
8三歩成、6四角、8五飛、3四歩、2六銀。
「5七歩成」
古谷くんは、力強く歩を成り込んだ。反撃開始だ。
「同歩、5七桂成は、こっちの戦力が足りないから、桂馬をもらうよ」
捨神くんはそう言って、6六歩と突いた。
これは苦し紛れにみえるけど……私は応手に模索した。
「5八と、6五歩、5五角に7三とと捨てて、同角と一回戻らせるつもりかしら?」
「そんな暇あるか?」
「それがダメなら……5五角に7五飛、9九角成、7三と、5二金、8五飛?」
【参考図】
「一度ゆさぶってから、8筋の桂馬を守るわ」
私のアイデアに、松平は、うーんとうなった。
「角香交換なうえに、馬まで作らせていいのか?」
さすがに強引過ぎたかしら。考えなおす。
「……じゃあ、やっぱり7三とと捨てて、同角に8三飛成とする?」
「8二歩で?」
「8八龍と引いて、5五角、5八龍、9九角成、4五桂」
龍引きが、と金に当たっている。角を活用して5五角と出てきたら、5八龍、9九角成としたい。そこで4五桂と打てば、4二銀も4四銀も5四龍で角を取ることができる。
パシリ
おっと、答えが出たみたいね。どれどれ。
ん? いきなり、と金を捨てた?
同金、7七桂不成、8四と、8九桂成。
私たちが相談していたのとは、まったく違う局面になった。
「7四と」
捨神くんは、と金を角に当てた。
どうするの、これ? 5五角と逃げられないんだけど?
「4六角」
あ、切った。
同金、9九成桂、7三と、5二金。
「3六歩」
捨神くんは、3筋を唐突に受けた。
これは2五香の防止だ。2五香、3七銀、2七香成、同銀、同角成がある。
「4四歩」
古谷くんは、角を逃がすスペースを作った。
「古谷は受けるつもりみたいだな。こうなると徹底的にやってくるぞ」
松平の予想通り、古谷くんは受け始めた。
8二飛成、5一歩、7四角、6一香。
「アハハ、これはうんざりするね。4八歩」
先手も固めなおした。。
この時点で、お互いにのこり5分を切っている。
形勢は……うーん、判断できない。
ただ、表情は古谷くんのほうが若干険しい。
「これ以上は、固められないか……」
のこり3分で、古谷くんは攻めを選択した。2五香だ。
「踏み込んだわね」
「3七銀に4五桂だろうな」
松平の指摘通りに進む。
3七銀、4五桂、同金、同角。
「こっちは攻め駒が足りないんだよね。2六歩」
捨神くんは、ふたたび攻め駒を攻めた。
攻め駒を攻める。いい言葉だと思わない?
3五歩、2五歩、同歩。
「6五角」
おっと、これは?
3二に当たっているから、守りというより攻めだ。
5四金、同角に対して同角なら、5五香、同銀なら2四歩、同銀、5三金の強襲。
どうやら、成立してるっぽい。
「渋い手がきましたね……」
古谷くんは、いやそうな顔をした。
「アハハ、どうかな?」
古谷くんは1分将棋に突入した。秒読みが始まる。
30秒……40秒……50秒……ピッ、ピッ、ピーッ!
「2二玉!」
顔面受け。
「王様が出て来たね……じゃあ、これが厳しいかな」
捨神くんは3八香と打った。
これは……3六歩に同銀かしら?
1分将棋に入ると、ギャラリーも見守るしかなくなってくる。
7七歩成、9一龍、5四銀、8三角成。
角を退かせた。でも、これが香車当たり。香車は助けられない。
この時点で、捨神くんも1分将棋になった。
「6八と」
古谷くんは、香車を見捨てた。
捨神くんは6一馬と入って、古谷くんに4三銀を強要させる。
銀を引かないと5二馬、同歩、4一龍の素抜き。
「さて、これが間に合うか……」
と金のすり寄り。取れないから……逃げる?
いや、でも、逃げたら一手一手のような……例えば、4二金右、5一と、3一飛……5五桂、3四銀右と逃げて……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
古谷くんは、攻め合いの5九とを選択した。
5二と、同歩。
捨神くんは、こめかみに指をそえた。
「思ったより手掛かりがないな……2四歩」
こういうのは、だいたい急所にみえる。
同銀だと……5一馬かしら? これが飛車と銀の両方に当たってる。3一飛とは逃げられないから、同飛、同龍……そのあとが分からない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
同銀、5一馬、同飛、同龍。本譜も、ここまでバタバタと進んだ。
「予想よりはいけるのか……でも……」
古谷くんは、右手を口元にあて、左手でそのひじを支えた。
そして、2六歩と突いた。
ギャラリーは、固唾を呑んで見守る。
「これは……2手スキですらないよな?」
松平は私にそう確認した。
「一応、2手スキじゃない? 2七金〜3六角で」
「そうか……ただ、意味のある2手スキじゃないな」
そうね。ムリヤリ駒を置いて、それっぽくしているだけだ。
「先手、いい感じ?」
「かなり先手が押してると思う」
松平の意見に、私も同調した。
古谷くん、どこかで間違えたっぽいわね。
捨神くんのポカがなければ勝ち。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
一目、詰めろ。
「詰めろ?」
「ああ……多分……2一飛成から……」
1分将棋だから、松平も答えにくそうだった。
パッと見、詰めろだとは思う。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
2一飛成としなかった。
3三玉の早逃げは正解ということだ。
「これは詰めろ? 2手スキ?」
「すぐには分からんが、もう後手は2手スキでも受けるしかないぞ。先手玉が遠い」
た、たしかに、詰めろだとか詰めろじゃないとかの段階にない。
「5四銀」
古谷くんは、単純に銀を逃げた。
2一飛成、2二金打。
優勢なはずの捨神くんは、困ったような顔をした。
「決め手が難しいな」
なんでも勝ちなんじゃないかしら? 私の勘違い?
先手は絶対に詰まないわけだし、4一龍右と逃げとくくらいでも……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
……龍を見捨てた?
ギャラリーも、少しだけざわついた。
古谷くんはノータイムで2一金と取って、捨神くんは同龍。
「放置して反撃かしら? 8九飛?」
「8九飛には、5四桂が痛いな」
「松平だったら、なにを指すの?」
「金駒がないから……3一飛かな」
自陣飛車――それしかないっぽい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3一飛」
松平が正解だ。同龍、同金。
「3四香」
「4二玉」
「最善、最善でくるね……2三飛」
捨神くんは、銀の背で滑らすように、飛車を打ち込んだ。
5五銀、5四香(詰めろ)、3三角。
これは決まったんじゃないかしら。受け駒に乏しい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同香成」
角香交換が成立。
同銀、5二香成、3二玉。
「5二同玉、3三飛成は明快だから、むずかしいほうに逃げたな。飛車を切るか?」
松平は、小声でそうつぶやいた。
「ありそうね。あるいは、2六飛成とか」
前者なら攻め、後者なら受けだ。
「2六飛成、2五歩、3五龍、3四歩、2五龍、2四香か?」
「それは1四龍が痛いんじゃない? 2三に角筋が利いてないわよ?」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
捨神くんは前者を選択。踏み込んだ。
同玉、5一角、4二香。
捨神くんは大きく息を吸って、5二の成香に指を乗せた。
「ようやく出口がみえてきたかな……同成香」
捨神くんは、スッと成香を寄った。
これは詰めろだ。3一成香、4二合駒、2四銀、同玉、4二馬、3三合駒、2五金、同玉に2六銀が好手で、取っても取らなくても香打ちから詰む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
「同金」
「3四香」
「4三玉」
古谷くんは、香車を取らずに寄った。
「今のを同角は、同桂が厳し過ぎるわね。3四同角、同桂、同玉に4二角成が詰めろ。さきに4五玉と逃げても、4三馬が両サイドからの詰めろ。終わってる」
「本譜でも、同じくらいキツいな……古谷の負けか……」
捨神くんは華麗な手付きで、6二角成とした。
3三金、同金、5三金までの詰めろ。
回避する順はいくつかある。例えば、5二飛。
でも、3三金、同金、同香成、同玉、5二馬で飛車を抜かれてしまう。
勝ち目がない。
会場が沈黙するなか、古谷くんは、持ち駒を右端にそろえた。
背筋を伸ばして、呼吸をととのえる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
捨神くんは大きく息をつき、お茶を飲んだ。
といっても、清涼飲料水のペットボトルだ。
どういうこと? ほかの大会でも、あれを持参してる気がする。不衛生。
30秒ほどして、古谷くんは恥ずかしそうに笑った。
「大差でしたね」
「途中、攻めが切れそうで、ヒヤヒヤしたよ」
まずは、口頭で感想戦。ふたりとも疲れ切っているようだ。
この様子だと、やって1局面だと思う。
投了図以下をまとめたところで、ふたりは次の局面をピックアップした。
【参考図】
「2六飛成のほうが良かったかな?」
捨神くんは、こめかみに指をあてた。
一方、古谷くんは、右手で口元を覆って、そのひじを左手で支える。
これはなんかの癖っぽい。
「……2六飛成でも寄ってそうですね」
古谷くんは、あっさりと劣勢を認めた。
「次に1一角が詰めろになってると思うんだ」
「8九飛と仮定して、1一角、4九と、3三角成……微妙に詰まない気がします」
古谷くんは、静かにそう告げた。
「変だな……一目詰みそうなんだけど……」
捨神くんも、ちょっと疑問な様子。
「詰まないとなると……4九と以下、3三角成、同玉、2四金、4三玉、5三金、3二玉、3三銀、2一玉、1三金、2三歩かな」
【参考図】
「これでも僕の負けですね」
古谷くんは、ずいぶんと悲観的だった。
「そうかな? 3九とで、速度が逆転してない?」
「さすがに別の詰めろは掛かるでしょう」
「……ああ、そうだね。2二歩、1一玉、1五龍だ」
1五龍は受けがないわね。3九とが間に合わない。
「1五龍と出られないように、2三桂と受けますか?」
「それはさすがに、同金と取りたくなるかな。同角、同龍、2二歩、1二角、1一玉、1三龍が詰めろで、受けなしだと思うよ」
【参考図】
そこへ、不破さんが顔を出した。
「1一角は2二香でマズいんじゃないですか?」
ふたりは、不破さんの指摘通りに指した。
【参考図】
「なるほど、困るね」
「たしかに、2二香は好感触です」
古谷くんは、香車をちょんちょんした。
不破さん、やりますねぇ。
「逆転してるかもしれない。本譜が最善だったみたいだ」
捨神くんは、2六飛成をダメと読んだらしい。局面を崩した。
「それでは、表彰式の準備がありますので、このあたりでお願いします」
箕辺くんは、感想戦を打ち切らせた。
名残惜しい雰囲気のなかで、ふたりは一礼し合う。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
【更新予定】
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。
前回報告したとおり、6月はアルファポリス様の歴史時代小説大賞に応募します。
『大江戸棋客伝〜将棋に生きた女たち』
http://ncode.syosetu.com/n4974cr/
このため、本小説は6月末まで不定期更新となります。ご了承ください。
なお、前作の『こちら、駒桜高校将棋部』は、5月29日(金)で完結します。
こちらも最後までお付き合いいただければ幸いです(´-ω-`)ペコリ
場所:2015年度 春季個人戦 男子の部決勝
先手:捨神 九十九
後手:古谷 兎丸
戦型:先手角交換型振り飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲6八飛 △6二銀 ▲4八玉 △4二玉
▲2二角成 △同 銀 ▲3八玉 △3二玉 ▲8八飛 △1四歩
▲6八銀 △5四歩 ▲8六歩 △1五歩 ▲8五歩 △5三銀
▲5六歩 △2四歩 ▲5七銀 △2三銀 ▲2八玉 △2二玉
▲1八香 △3二金 ▲1九玉 △7四歩 ▲2八銀 △7三桂
▲4六銀 △4四銀 ▲5九金左 △8一飛 ▲3六歩 △6二金
▲3九金 △6五角 ▲7五歩 △同 歩 ▲8六飛 △5五歩
▲6六角 △5六歩 ▲4八金左 △7六歩 ▲3五歩 △5四角
▲3四歩 △6五桂 ▲3五銀 △4一飛 ▲5八歩 △1二玉
▲4四銀 △同 歩 ▲3八金寄 △4五角 ▲4六銀 △3四角
▲3五銀 △4五角 ▲4四角 △5三銀 ▲1一角成 △同 玉
▲4六香 △4三歩 ▲8四歩 △5四角 ▲8三歩成 △6四角
▲8五飛 △3四歩 ▲2六銀 △5七歩成 ▲6六歩 △4七と
▲同 金 △7七桂不成▲8四と △8九桂成 ▲7四と △4六角
▲同 金 △9九成桂 ▲7三と △5二金 ▲3六歩 △4四歩
▲8二飛成 △5一歩 ▲7四角 △6一香 ▲4八歩 △2五香
▲3七銀引 △4五桂 ▲同 金 △同 角 ▲2六歩 △3五歩
▲2五歩 △同 歩 ▲6五角 △2二玉 ▲3八香 △7七歩成
▲9一龍 △5四銀 ▲8三角成 △6八と ▲6一馬 △4三銀
▲6二と △5九と ▲5二と △同 歩 ▲2四歩 △同 銀
▲5一馬 △同 飛 ▲同 龍 △2六歩 ▲4一飛 △3三玉
▲5五桂 △5四銀 ▲2一飛成 △2二金打 ▲4六桂 △2一金
▲同 龍 △3一飛 ▲同 龍 △同 金 ▲3四香 △4二玉
▲2三飛 △5五銀 ▲5四香 △3三角 ▲同香成 △同 銀
▲5二香成 △3二玉 ▲3三飛成 △同 玉 ▲5一角 △4二香
▲同成香 △同 金 ▲3四香 △4三玉 ▲6二角成
まで155手で捨神の勝ち




